0歳教育関係へ

私製本「0歳教育」

【私製本「0歳教育」の概要】 【躾・その考え方と親の責務 】
【胎児教育・その1     】 【幼児の能力を育てる・その1】
【胎児教育・その2     】 【幼児の能力を育てる・その2】
【誕生と乳児・その1    】 【幼児の能力を育てる・その3】
【誕生と乳児・その2    】 【幼児の能力を育てる・その4】
【0歳児の年間計画    】 【幼児の能力を育てる・その5】



0歳児の年間計画

幼児の能力を育てる・その1
「親の愛情とは、わが子のしあわせを願って、何かを、してやること」


幼児の能力を育てる・その1(昭和63年7月2日)

 さて、今日は「幼児の能力を育てる・その1」ということで、お話申しあげたいと思います。赤ちゃんの能力の特長について、まず私達が知っていないといけませんから、赤ちゃんの能力の特長、基本的なこと、ということで話したいと思います。

 先ず第一に、赤ちゃんはすばらしい潜在能力、いいかえますと、超能力をもっているということでございます。

 従って赤ちゃんの育て方、接し方によっては、どんなことでも赤ちゃんは身につけることができるんだ、ということでございます。

 その例として、言葉と数について話したいと思います。先ず最初、言葉では、日本語については誰でもが日本語をしゃべるようになるわけでございますが、数カ国語ですら赤ちゃんは同時にマスターすることができるということでございます。

 従って、英語にしても朝鮮語にしても中国語にしても、そういう環境においてやれば、何の苦もなく同時にそれらをマスターすることができるんだということでございます。ウエプスターの辞書がございますが、このウエブスターという人は、両親が英語ドイツ語をそれぞれ話し、同時に他の二カ国語が耳にはいる環境にあったそうで、小さい時から四カ国語を同時に聞き話をしたといいます。そして後に、辞書編纂を立派にやってのけた人でございます。そんなわけで、言葉については幾つかの言葉を同時にマスターできる能力を、赤ちゃんは持っているということであります。

 それから数については、アメリカのグレン・ドーマンという人、この方は脳障害児の治療に当たっている先生でございますが、その人の考案したドッツという方法で数について教えていくと、その脳障害児が数についての能力をどんどん身につけていくということでございます。

 正常の子どもがそのドッツ方式に基づいてやると、数についてのすばらしい力がつくということでございます。

 例として5つの問題をいってみたいと思います。

  599-(38+409)+3216/67=
  4099-67*58+90*43-81*43=
  290-5265/45+1848/7+6=
  100-6*[{70-2(150-30)}/8]=
  121-2*[11-{(16+12)/7-3}]=

 こんな問題が出されて、2歳6ヶ月の子供が、僅か20秒たらずで正解がいえるという事実があります。こうして4歳、5歳になった時には、高等学校でやる微分積分の問題をやっていく、といわれております。

 こんなふうに、数ヵ国の言語を同時にマスターできる能力や、4〜5歳で既に微分積分まで解く能力を、幼児はもっているということ、自分達の幼児はそういう力をもっているんだということを、第1に承知しておきたいのでございます。

 さて、第2に、そのすばらしい潜在能力は、いつまでも働くのではなくて、ある臨界期があることを理解しておかなければなりません。

 人間の場合、7歳あたりまでが、その潜在能力が働くのであって、生まれたばかりが100%であったとすると、7歳あたりになると0%になる、小さいうちのほうがその潜在能力、いいかえると、超能力をもっているんだといわれております。これは、能力遁減の法則といわれております。

 例えば、絶対音感についていえば、ハ調のドはどういう音程なのかわかるということなんですが、この絶対音感を身につけるということについて、実は6歳児以下の子供を対象にいろいろ研究された結果がございます。国分さんと木下さんという音楽家でございますが、4年間の実際の訓練の結果、年齢別絶対音感の習得能力というものは、5歳児の1ヵ年の習得能力を1とした場合、4歳児は約2倍であり、3歳児は3倍近く、年齢がさがるほど習得能力が高く、逆に6歳になると、5歳児の習得能力の半分になって、7歳児までになると、もうすっかり絶対音感は身につかなくなってしまう、と、こういうことを指摘しております。

 臨界期というのは、そういうことなんでございますが、これは絶対音感ばかりではなく、英語など言語にしても、数にしても、色彩にしてもあるようでございます。

 猫の場合には、例えば生後2〜3週間、縦縞模様だけの箱に飼っておいてから、その後箱から出して観察していると、縦縞模様の線はわかるんだけれども、横の模様つまり階段などにはつまづいて昇れなくなるんだといいます。網膜には横縞模様の線を識別する力がなくなってしまうという実験であります。

 これが臨界期でございます。すばらしい潜在能力というものも、幼児のうちに働きかけてやらないと臨界期に達っしてしまう、というわけでございます。

 さてそこで、第3番目に、能力が伸びていくそのスタイルを知っていなくてはいけない、ということを理解していなければなりません。

 それは、どの赤ちゃんでも身の廻りの環境に正確に適応して、自分で大脳システムを作りあげていく、ということでございます。

 逆にいいますと、私達大人というものは、赤ちゃんの環境をどう作りあげてやったらいいのか、そして、どう働きかけてやったらいいのか、どう支えてやったらいいのか、ということになるわけでございます。

 前回は「躾・その考え方と親の責務」という題でお話いたしました。赤ちゃんや幼児というのは、周囲の環境、いいかえると、両親や家族の人達の言葉づかいや、行動の仕方、礼儀作法や挨拶など、そういったものを毎日、目で見、耳で聞くことによって、それを繰り返し繰り返し見たり聞いたりすることによって、自分の中へとり込んで、自分で躾について、礼儀作法についての、行動の仕方や感情の表し方を身につけていくんだということを話したわけであります。

 それで、その他の能力についても同じことがいえるわけでございます。これが、能力が伸びるスタイルでございます。

 そういう意味では、植物を育てるのととても似ていると思うわけであります。ずっと前にお話しましたように、筑波博のトマトの栽培、ハイボニカの栽培でもって、一本の木で1万3千個のトマトを作った例がありました。これは、ごく普通のトマトの小さい種を播いたもので、人為的に、土の栽培ではなくて水気耕栽培という方法で、トマトが必要とするあらゆる条件を、理想的なところまでもっていくと、1本の木で1万3千個もトマトがなるというのであります。あの小さいトマトの種ですら、ある環境のもとにおいてやれば、すくすく成長してすばらしい実をつけるという、そういう力をもっているのでございます。

 そういう意味で、赤ちゃんや幼児が伸びていくスタイルというのを充分に理解し、私達としては環境をどのように作ってやったらいいのか、どのように働きかけてやったらいいのか、このことが極めて大事な課題だと思うわけでございます。

 以上3つの大きな特長、承知していなければならないことを申しあげたわけでございます。これは、私なりに3つに要約したわけであります。

 実は、私は学校をやめてから2年余りたちますが、その間いろいろ本を集めてみました。170冊余になりましたが、いろいろな本を見ておって、兎に角、思いますのは、幼児期を逃してはならないんだ、ということを痛感したわけでございます。

 従って、幼児期を逃してはならないんだということはわかるんですけれども、それじゃあ一体何をしてやったらいいのか、っていうことで、今いろいろ調べたりまとめたりしている最中でございます。

 そこで、あまり幼児期に力を入れるっていうことは、頭でっかちを作ってしまうんで困るんだっていう、そういう批判もございます。しかし、そういう批判っていうものは自分でいろいろのものを調べてみなんで批判だけをいっていても駄目なんで、いろいろのものを見て、本当のものは何かということを掴んでもらいたい、と思うわけでございます。

 私は、吉田松陰っていう人は、日本を育ててきた人の中では、非常に大事な立場にあった人だと思いますので、実は昨年の秋、広島に研修会があったとき、萩まで足をのばして、松下村塾を自分の目で見てまいりました。

 その時に、実は、玉木文之進という松陰の叔父さんにあたる人なんですが、こういうことをいっていることが、印刷したものの中にあるのを見つけました。

 吉田松陰が11歳で、藩主の毛利公の兵学講義をしたわけですけれど、他の人から、玉木文之進は松陰に対して度が過ぎた詰め込み教育をしているんではないか、という批判をうけました。その時、彼はこういっています。「それは馬の調教を知らないものがいう言葉だ」というんであります。馬の調教ができない人だ、というんであります。

 そこで、吉田松陰のことを思いますと、実は、昭和40年ちよっと過ぎあたりに、教育の爆発時代という言葉が教育界では使われておったんですが、実は日本の経済の発展というものは、教育に負うところが非常に大きいということで、日本の教育は何故そんなに力をもってきたのかを調べるために、アメリカの調査団が日本に調査にきたことがありました。その調査団がいろいろ調べ最後にみつけた結論・・・それは、日本の教育の原点は、庶民の寺小屋教育と、武士の藩学、塾にあった、というのでありました。

 教育っていうものを兎に角大事にということでは、現在のアメリカの父親が育児の権利ということで休暇の要求とか残業廃止の要求をして、家で自分の子供の面倒をみる、そういう風潮が強まっている、ということがテレビに出ていました。

 或いはシンガポールをみますと、シンガポールが大事にしているのは、実は小さい子供の教育で、それをとても大事にしているようです。彼ら政治家の教育政策がそのようであるから、テレビでも取材したのでありましょう。(あとで解かったのですが、マハティールという政治家が Look East という言葉で、日本に学べという基本方針を掲げていたからでした)

 小さい時からの教育、幼児期の教育は、極めて大事だということで、今日は3つの話をしたわけであります。赤ちゃんや幼児の能力、その特色は3つばかりではなくて、考えてみますと数えきれないほど沢山あるんです。けれども私なりに3つにしぼって、今日話したわけであります。

 そこで具体的に能力を育てるには、先ず第1に言葉を取り上げなければならないと思います。

 次回は、言葉の能力をどうのばしたらいいのか、そのノウ・ハウについてお話したいと思います。

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