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折々の記 2004 @

【心に浮かぶよしなしごと】

【 01 】12/29〜        【 02 】01/15〜
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【 02 】01/15〜

  01 15 紅茶のジャンピング
  01 16 警鐘・アジアから見捨てられる日本…これでもいいのか…
  01 19 警鐘・アジアから見捨てられる日本…これでもいいのか…(続)
  01 22 しじま●吉田東吾

 01 15(木) 紅茶のジャンピング

美味い紅茶の入れ方、NHKはそれを放映した。

@軟水A丸い容器B水から沸かして95度のお湯C紅茶の葉が沈殿してから注ぐD95度は目で見て…が要点であった。

ТV番組には日常生活に役立つもものが多い。今日はページへ載せる。
具体的には『ためしてがってん』を開けばよい。




2004年1月14日放送 紅茶のJumping

今回の番組について

紅茶は、いれかた一つで味も香りも大違い。高級茶葉からティーバッグまで全ての紅茶をおいしくするたった一つの極意がありました。それは「ジャンピング」。茶葉がポットの中で浮かんだり沈んだりを繰り返します。では、どのようにしたらうまくジャンピングが起きるのでしょうか。実験に実験を重ねてたどり着いた極意を大公開!

オープニング

達人のいれた紅茶と素人のいれた紅茶を比較すると、うまみ成分の差は5倍ありました。さらに、香りによるリラックス効果を脳波(α波)で測定したところ、達人の紅茶は2倍以上!

ティーバッグとリーフティー

紅茶は種類も値段もさまざまですが、大別すると、カップにお湯を注ぐだけのお手軽なティーバッグと、ポットを使っていれるリーフティーに分かれます。値段は、安いものから、100グラム5000円を超えるものまであります。しかし、ティーバッグとリーフティーの違いや、値段の違いにかかわらず、すべての紅茶をおいしくする極意はたったひとつ! その極意をまずはリーフティーから探っていきましょう。

「みんながんばっティー!大実験」

都内の商店街で、皆さんに一番おいしいと思う紅茶をいれてもらい、その味をプロのティーテイスターに判定してもらいました。茶葉の種類と量は全員同じですが、水は軟水・硬水から選択、ポットは丸型、三角型、円筒型から選択、お湯の沸かし加減はお好みです。結果は、10〜90点までさまざまでした。

軟水と硬水

紅茶をいれるのには、一般に軟水が向いていると言われています。軟水は、カルシウムやマグネシウムなどミネラル分が少なく、硬水は多く含まれています。ミネラル分は、紅茶のうまみ成分「タンニン」を結合させる働きがあります。タンニンは結合すると色が暗くなり、苦味が増します。日本の水道水や日本産のミネラルウォーターはほとんど軟水で、紅茶向きです。

水道水はカルキ臭が気になると言う方もいますが、紅茶は香りが強く、それほど気にならないと言われています。

タンニン

タンニンは、紅茶の渋み成分と色の成分の総称です。紅茶に含まれるおもなタンニンは、テアフラビンとテアルビジンです。テアフラビン同士が結合するとテアルビジンになり、色が濃くなり苦味が増します。ただし、テアルビジンがまったくないと逆にコクのない味となってしまうので、テアフラビンとテアルビジンのバランスを取ることが大切です。

「ポット出ではありません! これが伝統のスタイル」

どの形のポットが紅茶に適しているのでしょうか。イギリス人のティーパーティーを訪ねると、使われていたポットは丸型でした。そしてもう一つ、おいしさの秘訣として「ジャンピング」というキーワードが出てきました。

ジャンピングとは、茶葉がポットの中で浮かんだり沈んだりを繰り返すことです。ただし、やかんからポットにお湯を注いだ勢いではなく、茶葉がお湯の対流に乗ることで起こるものを指します。

ジャンピングが紅茶をおいしくする理由

紅茶はうまみがよりよく出るように、機械でもんで作られますが、その過程で茶葉は丸まります。この茶葉にお湯を注ぎ、ジャンピングすると、丸まった葉が開き、うまみがしっかりとお湯に溶け出すのです。

また、紅茶のうまみは水より重く、下に沈みます。茶葉が沈んだままだと下の部分だけ飽和状態になってしまい、うまみが十分に出ません。ジャンピングによって茶葉が浮かび上がると、より多くのうまみが出るのです。

ポットの形による対流の違い

ポットの形よってジャンピングはどう変わるのでしょうか。アルミの粉を使って丸・三角・円筒型の中の対流の違いを見てみると、丸型は器全体で対流が起こるのに対し、三角型や円筒型は上の部分だけでした。対流という点では、伝統的に紅茶がおいしくはいると言われてきた、丸型のポットが優れていることがわかりました。

家庭では紅茶をいれるために三角型のポットが使われることもありますが、本来はコーヒー用であって、紅茶のために設計されたものではありません。また、最近流行している円筒型のポットは、もともとヨーロッパでコーヒー用として開発されたものですが、押し下げるフィルターを紅茶用に改良し、現在は紅茶用として市場に出ています。円筒形のポットも、ガラス製で茶葉の動きが見える、茶こしが要らないので手入れが楽、などのメリットがあります。

しかし、商店街の実験では、軟水と丸型ポットという組み合わせを選んだにもかかわらず、円筒型や三角型より点数の低い人もいました。ジャンピングにとってポットの形以上に大切な要素は、温度でした。

温度によるジャンピングの差

商店街での実験では、同じ丸形ポットを使って、最も低かった湯温は80℃で、最も高かった湯温は99℃でした。この両方でジャンピングの様子を比較すると、80℃では茶葉が全て浮かび、99℃では茶葉が全て沈み、両方ともジャンピングは見られませんでした。

さらに、両方の茶葉の様子をよく見ると、浮かんだ茶葉には泡がびっしりついていて、沈んだ茶葉には泡が全くついていませんでした。ジャンピングしている茶葉には、茶葉をちょうど水の重さと同じにするくらいの、程よい量の泡がついていました。

「教えて!TEA茶ー(ティーチャー)」

達人に理想の紅茶のいれ方を教えてもらいました。

 @水は軟水を使う。
 Aポットはお湯を少し入れて温めておく
  (お湯が冷めにくいため、きれいな対流が長続きします)
 Bお湯は95℃
  (水面が波立ち、大小さまざまな泡が立ち上っている状態)
 C95℃のお湯をすぐにポットに注ぐため、ポットはやかんのすぐそばに準備しておく
 Dジャンピングが終わり、茶葉が沈みきったらむらし終了
   ※中が見えないポットの場合は、しっかりと時間を計る。通常3分くらい
  (茶葉、好みによって異なります)
 Eカップに注ぐ前にスプーンで下からひとかき
  (下に沈んだうまみを均一にします)

お湯の適温の見極め

お湯に溶けている気体(酵素)の量は、温度が低いほど多く、沸騰するとなくなってしまいます。ということは、紅茶をおいしくいれるには、一度お湯を完全に沸騰させてしまってはダメなのです。さらに調べてみると、お湯の沸騰する温度は、標高やその日の天気(気圧)や水の純度によって変わることが分かりました。

結局、自分の目で確かめるしかありません。ポイントは「水面の泡と波が同時にある状態」です。笛吹きケトルの場合は、音が「ヒュー」から「ピー」に変わった瞬間が目安になります(ケトルによって異なることがあるので、ご家庭でお試しください)

「ティーバッグもいいジャンプ!」

ジャンピングを極めれば、ティーバッグでもおいしい紅茶がいれられます。ティーバッグの場合は、2つのジャンピングがあります。

 * バッグの中で茶葉が浮き沈みするジャンピング
 * ティーバッグ自体が浮かび上がり、そして沈むというジャンピング

理想の気体量(番組では95℃)のお湯で入れた場合、ジャンピングが終わったら(ティーバッグが沈んだら)飲みごろという点もリーフティーと同じでした。

ティーバッグのおいしいいれ方

 @お湯は95℃、つまり「泡と波が同時にある状態」
  (リーフティーと同じ)
 Aジャンピングが終わった時が飲みごろ
 Bお湯が先、バッグは後
  (バッグを入れてから湯を注ぐと、バッグがひしゃげたりひっくり返って、
   本来のジャンピングができません。バッグを手で揺らしたり、スプーンで
   搾り出したりすると、余計なエグみが出てしまいます)
 Cカップは深め
  (いわゆるティーカップには、ティーバッグ自体がジャンピングするだけの
   深さがありません。ティーカップはもともとポットでいれた紅茶の色や香
   りを楽しむためのカップであり、ティーバッグ用ではありません)

実習コーナー「おいしく健康に! あったか紅茶」

紅茶のうまみ成分(タンニン、紅茶に含まれるタンニンを限定して紅茶フラボノイドと呼ぶこともある)には、風邪菌やインフルエンザウィルスを撃退する効果があります。また、この成分には活性酸素を撃退し、免疫力を上げるという効果があることも確認されています。

シトラスハーモニー(5人分)

・材料
  レモン、オレンジ、ライム
  (皮をむいてスライスしたもの)各10枚(他の柑橘類でも可)
  はちみつ 小さじ5
  紅茶 900ミリリットル
・作り方
  1 あらかじめ紅茶を作っておく
  2 カップにレモン、オレンジ、ライムを入れ、上からはちみつをかける
  3 [2] に紅茶を注いでできあがり。(果物はそのまま食べられます)

ほうじ紅茶(5人分)

・材料
  紅茶 小さじ5(香りのとんでしまったもの)
・作り方
  1 油気のないフライパンで30秒〜1分くらい、良い香りが出るまで軽く炒る。
  2 ポットに [1] の茶葉を入れ、お湯を注いで蒸らしてできあがり。

ロイヤルちからティー(5人分)

・材料
  ティーバッグ 7袋
  牛乳 1リットル
  砂糖 25グラム
  きな粉 小さじ7
  もち(焼いたもの) 80グラム
・作り方
  1 ティーバッグをお湯にひたしておく(50〜100ミリリットル)
  2 なべに牛乳を入れ、沸騰直前に火を止める
  3 [1] を入れてふたをし、3分ほど蒸らす
  4 ティーバッグを取り出し、砂糖ときな粉を入れてよく混ぜる
  5 焼いたもちを器に入れ、[4] を注いでできあがり。

※牛乳にはカゼインという成分が含まれていて、それが膜を作って紅茶のうまみが出るのを阻害してしまいます。紅茶のうまみがすでに出始めている状態で牛乳にいれてください。

※リーフティーの場合も原則は同じです。茶葉を先にお湯にひたしておきます。




 01 16(金) 警鐘・アジアから見捨てられる日本…これでもいいのか…

“Look East!”かつて、マハティールが率いたマレーシアの旗印であった。勤勉な国民性にささえられて敗戦後のドン底から経済成長を続けて立ち上がった日本を見て、彼は“Look East!”を旗印にしたのである。

首相:アブドゥラ・バダウィ(2003年10月就任)は“Look East!”から、中国、韓国との経済交流重視という方向へかえてきている。

経済は別としても、日本からは学ぶものがなくなったというのである。というのは、勤勉な国民性はなおざりにされ、将来への明るい展望も予測できないと状況判断をしているらしい。

若者の精神的支柱となっていた勤勉さだんだん希薄になって、髪を染め、ミニスカートに興じ、成人式では自分のわがままを誇らしげに行動するものが多く見られる状況を目の前にすれば“Look East!”の軌道修正は当然の帰結かもしれない。

さらに、対米追従の姿勢をあらわにして軍備を増強し続け、首相の靖国神社にクレームをつけられても耳をかさない対外姿勢をみていれば、“Look East!”の軌道修正は当然であろう。

加えて、教育の不安定、実情をずっと見ていれば、日本から学び取ろうという気持ちにはなれなくなってくるのも当然であろう。

アジア諸国の日本評価には、私たちが改めて考えなくてはならないことが非常に多い。

こうしたアジアの近隣諸国の人たちの変化に対して、日本の実情を憂える人は意外に多い。

多くの人が、どうしたらいいのか、対策に困惑している実情ととらえていいのだと思う。

根底に横たわる原因は、……


 01 19(月)警鐘・ アジアから見捨てられる日本…これでもいいのか…(続)

根底に横たわる原因は、……重層構造であり複雑である。

傾いた家の修復と同じで一つの箇所を修復すれば良いというわけにはいかない。

全体の日本人が根底的にもっている欠落ではないと考えていいから、修復は可能である。

基本的部分は「人の養育」改善ととらえたい。
個人のバックボーンとなるものは価値観であり、人間性であり、世界観であり、人生観であるとみなしてもよい。こうした基本的部分のなかに「人の養育」観ができあがっている。

物質文化に目を向けた意識からは精神文化を大切にする意識が薄れて、「人の養育」のなかに精神的文化の養育がおろそかにされている。たとえば「人を大事にするという分野の礼儀」、「ウソを言ってはいけないという信義」、「モノの命を大事にするという質素倹約」、「愛情に報いるための、報恩とか孝養」、などの精神的文化の養育がおろそかにされている。

「ウソを言うな」「人のものをとるな」この部分の養育が希薄になると、自分たちが選んだ議員の人たちですら「ウソ」を言うようになる。人に迷惑をかける「ウソ」は法的にもその責任は追及されなければならないし、以後「ウソ」を言った人を信頼してはいけないはずだ。「人のものをとる」、この人を「ドロボー」と言う。「ドロボー」の汚名は人の脳裏からは拭い去ることはできない、これは基本的な倫理意識だった。そういう意味から「万引き」は、まちがいなく「ドロボー」なのである。どうして泥棒意識が薄れてしまったのか、ひとえに「わが子への養育観」が変貌していることに原因があると考えざるを得ない。

「茶髪、ピアス」に現れているウスッペラな「美意識」は、時の流れとかご時世とかいっているのも「赤信号みんなで渡れば怖くない」という個人意識を尊重しない自意識の欠如であり、「人の養育」からかけ離れた親の人生観から生まれでてきている。日本人の「勤勉さ」からは程遠いものと言わなければならない。

むかしの“イワンのばか”という教えは、薄れてきている。多くの勤労者はそのことを大事にしているのだが、「人の養育」には活かされていない。

吉田兼好とか芭蕉とか、信州出身の一茶とか、良寛とか、清貧にうらうちされた先哲への精神的文化への憧憬はどこへいってしまったのだろうか。

中江藤樹といっても、今の学校で教育を受けた若者には知る人もない。「生活できる」という生来の最低限の希望に汲々として夢を追うものが多いが、「自分を築き上げる」という壮大な夢を追うものは少ないように思う。

人が伸びる学校教育は「先生の教育権」が崩れてしまった。先生方の責任だけではなく、おやの教育指針が自己本位に流れ、くわえて行政サイドに教育哲学が軽んじられるようになってしまった。信州教育といった先生の夢も地域社会のバックアップもなく、教育行政のビジョンもなくなっている。教育の国家統制というものは、自由思想の発露を弱体化させている。

家庭における「人の養育」とともに「教育権の復活」が、日本の子供たちが蘇生する唯一のキーポイントではあるまいか。

円周率を3で処理する考え方からは、「本当のことを知ろう」という教育本来の姿勢を奪うものであって、ギリシャの「知識を愛する、真理を探究する」というフィロソフィーからは、しばらく離れた立場となることは明らかだといえよう。ギリシャの学問が人の生活のうえで如何に大切な働きを担ったかを見れば、因果関係は理解されるはずである。

日本の教科書の変遷をみていると、だんだんと低俗化していることも事実である。教室における師弟関係も低俗化している。子供たちに謙虚さがみられないのである。「人の養育」が質的にも低俗化している証拠でもある。

「瓜の木に茄子はならない」「親に似ぬ子は鬼子」……民間の諺は厳然として生きている。



  妻をめとらば 才たけて
  みめ美わしく 情けある
  友を選ばば 書を読みて
  六分(りくぶ)の侠気(きょうき) 四分(しぶ)の熱



この歌を歌った頃はバンガラではあったが、前途有望の青年の高唱はなつかしいし、野性的な夢に満ちていた時代でもあった。それが今では影をひそめてしまった。

 01 22(木)しじま

朝の七時だというのに、静かにじつに静かに雪が降っている。

登校するこどたちの甲高い話し声もなく、普段ならあちこちから聞こえてくる音もなく、静寂そのものの景色だ。雪はあらゆる音を吸いとってしまう。…しじまという言葉がふとあたまに浮かぶ。



   「冬の星座」  ヘイス作詞作曲 堀内敬三訳詞 文部省唱歌

  木枯らしとだえて
  さゆる空より
  地上に降りしく
  奇(くす)しき光よ
  ものみないこえる
  しじまの中に

  きらめき揺れつつ
  星座はめぐる

  ほのぼの明かりて
  流るる銀河
  オリオン舞い立ち
  スバルはさざめく
  無窮(むきゅう)をゆびさす
  北斗の針と
  きらめき揺れつつ
  星座はめぐる



懐かしい歌だ。

「ものみないこえる しじまの中に」原文はどうなのかしらないが、おそらく名訳ではなかろうか。たとえば evening に対する日本語訳は夕方だけではなく、「日暮れ、灯ともしごろ、夕闇迫 るころ、黄昏、夜の帳」などなど、その雰囲気に合わせた日本語があるという。これは坪内逍遥の「ハムレット」訳が他の翻訳よりずっと文学的に優れているという評論家の批評であった。

わずか14の文字は、わたしたちをしてその情景を髣髴させるのにじゅうぶんな表現ではないか。「しじま」という言葉は唱歌で憶えたほかに記憶はない。

言葉は言霊(ことだま)とも言われる。言葉の理解、言葉の使い方は生活上だいじなことだとつくづく思わされる。

いまも静かに降り続いている。上空にはつよい寒波がちかずいてきたと報道されていた。

「広辞苑」でみると次のように出ていた。

しじま【黙・静寂】  〓口をつぐんで言わないこと。無言。沈黙。源末摘花「いくそたび君が―に負けぬらむ」  〓静まりかえっていること。静寂。「夜の―」

●吉田東吾

NHKの昼の放送によれば、彼は「大日本地名辞書」をまとめた人だという。

“1998 Hitachi Digital Heibonsha, All rights reserved.”によれば次のように紹介している。


新潟県北蒲原郡保田村(現,安田町)に生まれる。旗野木七の三男,のち吉田家を継いだ。新潟英語学校に一時学んだほか,学校教育は全然受けず,独学で小学校教員となった。24歳のとき那珂通世の《年代考》を読み,史学のとりことなり,翌年から2年間北海道に身をひそめ,歴史地理の研究に没頭した。北海道から《史学雑誌》に寄稿した《古代半島興廃概考》が学者の注意を引き,読売新聞社から招かれて上京した。落後生という筆名で続々史論を発表し注目された。日清戦争に従軍して,このころから,日本の地名の変遷を記した研究がないことに気付き,独力で多くの困難と闘いながら,13年かかって《大日本地名辞書》11冊を完成した(1907)。原稿の厚さ5m に及ぶ質量とも古今未曾有の大地誌で,今日でも刊行されている。早稲田大学教授となり,のち同校理事を兼ねたが,学内の抗争に巻き込まれ,その疲労のため没した。
 歴史地理学のほか日本音楽史にも精通し,とくに能楽の造詣が深く,1908年《世子六十以後申楽談儀(ぜしろくじゆういごさるがくだんぎ)》(《申楽談儀》)を校訂,これが世阿弥伝書の発見につながる契機となった。09年,吉田が《花伝書》と命名した《風姿花伝》をはじめ,当時発見された世阿弥の著書16部を収めた《世阿弥十六部集》を校注,〈吉田本〉と呼ばれる。これは従来の観阿弥・世阿弥像を一新させ,近代能楽研究の出発点となった。ついで《禅竹集》を公刊。晩年は宴曲(早歌(そうが))研究に努め,東儀鉄笛(とうぎてつてき)の協力で宴曲再興を試み,私財を投じて《宴曲全集》(1917)を公刊して研究の基礎を築いた。


記憶力抜群であったという。

今でも冨山房から刊行されている。地名関係の第一級の原典であるらしい。北蒲原郡安田町保田1725−1(TEL 0250-68-1200)には「吉田東吾記念博物館」があ。

見学する場合には、「吉田東吾記念博物館」を開いて予備知識をもっていくとよい。

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