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折々の記 2002@

折々の記:…2002…【心に浮かぶよしなしごと】

【 01 】08/30〜  【 02 】09/10〜
【 03 】09/24〜  【 04 】10/06〜
【 05 】10/13〜  【 06 】10/24〜
【 07 】11/12〜  【 08 】12/01〜


【 02 】09/10〜

  09 10(火) 質実剛健の気風とお百姓 ●稲
  09 13(金) 一人一人の意見をもつこと ●アメリカヤマゴボウ
  09 14(土) 「目には目」の原則論理はどこへいった
  09 15(日) 独習の面白み
  09 17(火) 信州の高遠は素晴らしい
  09 18(水) キム体制は専制政治そのもの
  09 19(木) キムが専制体制なら、アメリカは報復体制
  09 20(金) 米の収穫予想
  09 21(土) 餅好きの孫 ●喬木第一小学校運動会
  09 23(月) 非道の北朝鮮!?

 09 10(火)質実剛健の気風とお百姓

      〔稲〕
 今年の稲はよく分蘖(ぶんけつ)し、草丈もよく伸びた。米作りがうまくいくかどうかは、 “世の中はどうだった?”…

 “うん、よかったよ”


 という、やりとり で表現されていた。ご飯をこぼすと“ひろってたべなさい”というのが当たり前だった時代の言葉である。百姓にとってはそれほど米作りはたいへん大事なことだった。

 世の中の良し悪しが、米作りの農村で普通の会話となっていたということは、この地方だけのことだったのかもしれない。それだけに、この言葉を思うと農村の人たちの気持ちがよくわかるのである。だが今年の米の収穫高は、脱穀を済まさないとまだまだ判らない。気象の様子によって変わってくるから、まだ判らないのである。

ふつう「畝取り」というのは、30坪で1俵、つまり一反歩で10俵の収穫をこの地方では意味している。売上粗収入17万円前後である。一町歩耕作して畝取りの換算で170万の収入だから、いまのご時世では話にはなりません。後継ぎの若者が米作りだけの農業をやるわけはないのである。一町歩の耕作というのは、大変な労力を要する。だから、この地方の専業農家は、畜産や果樹、ビニールハウスによるイチゴその他の園芸、野菜などの仕事を組み入れている。

質実剛健の気性をやしなうという意味からは、いくら時代がかわろうとも、農業に従事することそれ自体は、素晴らしい遺産を私たちに残し続けてくれるものと私は思います。

自分で食べるものを作らない者は、お百姓の方に感謝しなければなりません。
ちなみに私は田畑をすこしだけ作っていますが、お百姓とはとてもいえるものではありません。

 09 13(金)一人一人の意見をもつこと

   〔アメリカヤマゴボウ〕
 アメリカヤマゴボウ(帰化植物)

 赤みを帯びた黒紫色の実房が秋とともに垂れ下がって存在感を増してくる。北アメリカ原産の大形の帰化植物で、明治初期に渡来し観賞用に栽培されていた。

 高さが1〜2メートルにもなる。房と実は始めは青いが、色づいてくると房は赤くなり実は黒紫とな る。繁殖力が強く、山野に多くみられる。

 秋の七草を撮るつもりで出かけあちらこちら探しまわったけれど、ナデシコと藤袴の二つは、とうとう見つけられなかった。どうも七月か八月でないとだめかと思う。なにも、七草を揃えなくてはならないことはない。田中知事再選が決まった日に、天気がよかったので散策したくなって七草を狙っただけのことだった。七草の言い訳はこれまでとする。

9月11日はニューヨーク貿易センターへ航空機が突っ込んだテロ事件の一周年の日であった。この事件の分析をどのようにしたらいいのか、いまや世界の未来は政治家だけに任せておけない時代になった。実は「地球の未来をどうしていったらいいのか」という政治哲学を、私達一人一人が胸の中に形作っていかなければならない、そういう時代になっていると考えざるを得ない。

長野県政にしても、いまや県民一人一人の意見集約をすることが、どれほど緊急なことであるかが証明されたと言える。所属集団の代表者は、利害得失やら意見なり考え方なり、比較思考の上から自己主張を優先する体質になってしまったからである。
テロ問題についても、政治家の国家利益やら今までのしがらみに拘束されて、両方の一人一人の立場など無視された論議になることは、もうはっきり判っていることである。私たちは、両方の一人一人と手を取り合って膝を交えて語り合い、戦争のない地球の未来を考えていかなければならない。

 09 14(土)「目には目」の原則論理はどこへいった

やっと朝夕涼しさを感ずるようになった。今年も暑くてやりきれなかった。
地球の温暖化がすすんでいるのは確かなことだ。海水の上昇、世界各地の洪水、日本各地の最高気温の更新、病原菌媒介の昆虫の高緯度への移動、こうした現象はおりおりにテレビでも放映されてきた。

地球温暖化防止世界会議の京都議定書はどうなっているのだろうか。熱心にその趣旨に賛同して政策を推進していこうとしているのはヨーロッパ諸国である。アメリカは人気を苦にするのか大統領の統率力は発揮されないでいる。哀れにも日本はアメリカに追従している姿勢である。

政治家はいろいろの思惑があって、というのは、財界からの利害計算からくる要望に左右されて、グズグズと議論をつづける癖がある。これはいただけないのである。こういう体質は日本もそうだし、長野県の議会議員もそうであった。議員の体質は旧制度の体質をそのまま受けていると言えよう。

フランス革命ではこの旧体制をアンシャンレジュームといった。アンシャンレジュームを打破するために国民一人一人が立ち上がり、自由の旗を振りかざして革命がすすめられた。変革にはいろいろの功罪もあった。

いま国内を見ますと、大企業が金ゆえに嘘をいい、とんでもない迷惑を多くの人たちに与えている。
枚挙に遑(いとま)なしとは、まさに今の日本のありさまであろう。
人々の最低の約束事、法律はどうなっているのだろうか。《罪と罰》この意識はどうなっているのか。罪にたいする罰が対応していないのではないのか。《目には目》という荒削りな法律の原則理論は、こんにちの法律理論のどこに活かされているのだろうか。文明という名のもとにひ弱な腰抜けになってしまい、国民の安全という最大の目標が外されてしまっているのではないか。

民事法は抜本的に、素人の考えを骨格にして、再構成すべきではないだろうか。国民の気持ちを救うための手立てを、どこに求めたらいいと言うのだろうか。今日的課題である。

 09 15(日)独習の面白み

きのうはパソコンがフリーズしてしまい、この前に対処した方法をメモってなかったので、テクニカルセンターの援助を受けた。あまりいじらないうちに連絡したので大事に到らなかったのは幸いだった。

まだウイルス被害をうけていないが、バックアップしておかないと、万一メロメロになったんでは大変だと言っていた矢先のことだった。CDを何枚も用意して、丸ごとドライブ別にバックアップしておかなくてはならない。時間がだいぶかかるようだ。
きのうのは、ロータスのデータをすべてフロッピーへコピーしておいてから、ロータスを全部削除し、復元することができた。操作ミスでフリーズした場合、その関係ソフトをカットしたほうがいいという教示を頂いたのでその通りやったわけである。ついでに正規のスキャンディスクをしたら大変な時間がかかった。お蔭に復元したのでデータを入れなおしてホッと一息した。

誰でも一度や二度はフリーズに出会う。フリーズしてしまうと、全く困惑の極に達する。

一番いい方法は、パソコン購入の際に添付されてくるテクニカルサービスセンターへ、パソコンのシリアルナンバーを調べてから電話することがいい。親切丁寧に教示してくれるはずである。

 09 17(火)信州の高遠は素晴らしい

信州の高遠は由緒ある地域である。

ここで同級会があって、当番の中に文学の造詣が深い友達がおり、更に、この地方の名士の家柄で退職後、公民館長その他の文化活動の先達をしている同級生がいた。この人たちから高遠にまつわる説明をお聞きしたのである。大変感ずるところがあったし、高遠への興味もだんだんと強くなってきた。

高遠というと桜の名所として知られているが、歴史の上からも文化の上からも、人物排出の上からも学ぶべきことが意外に多いのである。

まず、歴史の上からみると、
@県歌「信濃の国」にうたわれている《仁科の五郎信盛》は、織田軍との戦いに高遠城に散った青年城主である。五郎山山頂に墓がある。
A徳川三代将軍家光の弟《保科正之》城主の地である。保科正之は二代将軍秀忠の妾腹の子で、政略上高遠へ養子ににだされてた人であり、四代将軍の補佐役にあたった人物である。
B江戸城大奥の粛清の犠牲となった《絵島》が幽閉されたのが高遠である。彼女は粗衣粗食、三十年近くの幽閉に耐えて六十一歳で没している。「囲み屋敷」と墓(蓮華寺)がある。
なお、織田信忠が高遠城を攻めたとき、下伊那の名刹「開善寺」からひきずってきたという梵鐘が、桂泉院にあり、いまは県指定の文化財になっている。

つづいて、高遠が輩出した人物にはこんな人たちがいる。
@「伊沢修二」明治の近代教育開拓者で、東京音楽学校(現・芸大)初代学長。〈小学唱歌集〉生みの親であり、生家が残っており胸像もある。
A「伊沢多喜男」修二の弟、各県知事歴任、台湾総督、東京市長となった人である。高遠城址公園に有名な《無字の碑》がある。
B「中村不折」洋画家、書家。文展、帝展の審査員。
C「池上秀畝」日本画家。文展、帝展の審査員。
D「守屋貞治」江戸時代に全国で活躍した高遠石工の代表的名工。東は埼玉から西は山口まで三百余の石仏。建福寺、桂泉院他。
E「中村弥六」日本初の林学博士。
F「高橋作衛」国際法の東大教授。

文化の上から
@数え切れないほどの名士、文学者の来訪があり、街筋に公園に山麓に、数多くの句碑歌碑がある。
絵島の墓を見出した作家の田山花袋、この他、太田水穂、北原白秋、若山牧水、窪田空穂、円地文子、吉屋信子、今井邦子、有島生馬、木俣修、小宮豊隆、正木不如丘、河村碧梧桐、荻原井泉水、山頭火、他。
A「進徳館」城内に藩校をもったのは唯一である。高遠藩主、内藤頼直が1860年に開いた。
B「高遠城」武田信玄の命をうけて山本勘助らが、それまでの城を拡張改築した。

一朝一夕では学びきれない。一見の価値があり、下調べしていくとよい。桜は「コヒガンザクラ」、土産は「たかとうまんじゅう」である。

今日は小泉総理大臣とキム・ジョンイルの会談の日であった。

 09 18(水)キム体制は専制政治そのもの

小泉総理の表情は、終始厳しかった。

以前の日本と北朝鮮の会談で、拉致問題に触れたら、北朝鮮側の人たちが席をけって会議をつぶしたことがあったと報道していたが、そうかと思えば、今後このようなことは無いようにする、とピラミットの頂点に位置するキム氏が言っていた。北朝鮮のニュース担当者は、拉致問題はわが国を冒涜している、と突っかかった強い調子でテレビニュースで日本を非難していたのに。
不審船はとんでもない言いがかりだと、これまた非難していた。中央集権国家の命令系統徹底と突き上げれば一枚岩という悲惨な体質がありありと判る。

私たちは、キム氏による権力集中そのままが、北朝鮮の政治体制であり、北朝鮮人一人一人がその色に染まっている、と理解しておかなくてはならない。「坊主にくけりゃ、袈裟までも」の轍を踏んではいけない。一人一人の人たちは決して悪くはなく、私たちと手を取り合うことのできる普通の人たちなんです。情報統制はいろいろと欠陥を生ずるものであります。政治への抵抗は、国外脱出がずっと続いているのをみても理解できるし気の毒なことであります。

問題は、キム体制がいつどのように崩壊するかである。今直ぐでなくてもいい。日本には、「広く会議を興し万機公論に決すべし」という政治の要諦を、こんなふうに直接表現している明治の先輩がいた。だがそれは、そこに到るまでには、議論、武力、権政欲が渦巻いていたことを知らなくてはならない。それにいまなお、それが実行されているかと言えば、まだまだであり、変革を必要としていることが多い。

「真実は何か」という意識を、北朝鮮人一人一人が持つようにしなくてはならない。そのためにはどんな方便があるのだろうか。今のことだから国外からの情報が一人一人に伝達されるようになれば、国家一色の体制も自分たちの手で変わっていくだろう。この国外情報の浸透が加速されることが、変化の近道と思う。道は自分たちが開くようにしないといけない。情報公開こそ大切な近道だと思う。

三十八度線の取り払い、これも一つの選択肢である。東西ドイツの統一の歴史を真似れないだろうか。少なくとも統一に到る過程を南北ともども研究していく必要があろう。

参考になる検索はいろいろありますが、私は次のものを参考にしています。
今回はこの感想を書いてからURLで読みました。

 朝日新聞社説
 信濃毎日社説 1   二つのタイトルが別でありそのため1・2となっている。
 信濃毎日社説 2
 アサヒコム朝刊
 朝日新聞 天声人語  コラム関係から二つ。
 信濃毎日斜面
 朝鮮日報 社説コラム  批判的記事が多く参考になる。
人民中国には日本に関する記事が少ない。
このことについては、次のサイトを是非一読してください。

  http://www3.azaq.net/d/02/green21.html「2002/09/19の日記
北京在住の吉田昭一さんの日記で、とても参考になる。

 09 19(木)キムが専制体制なら、アメリカは報復体制

+ 日朝会談について調べていたらZAKZAKというURLがある。この頁の右上に「Access Ranking」があり「昨日」「先週」があるので、アクセスするとニュースがランキング順にあらわれます。この ZAKZAK は余り規矩にとらわれていない編集で面白いと思うので参考までに。

アメリカの 9.11事件(2001.同時多発テロ)では、感情的なピークにあったから『報復』の考えに賛成する人が多かった。一年たった今またアメリカは、イラクへの不審から武力をバックにした外交を展開してしている。悲しいことであります。
暑かった夏の日々が去り、夜そとへ出てみると昔聞いた通りのコオロギの鳴き声(コロコロッ、コロコロッ)が聴こえる。コウロギの生涯は唯我独尊でしょう。昼間の風もやみ草木は静まり返っている。これまたすべて唯我独尊でありましょう。
枯死したくないというのが、生命の根源だから、唯我独尊とみえても、そうでないのかもしれない。人間の英知は、他人よりも優位に立とうという心の衝動、が強すぎて制御できないのだろうか。この心の衝動は、枯死への拒否に根ざしていて、人間の英知では制御できないのかもしれない……いろいろな思いが脳中をかけめぐる。静かな秋だというのに。

9.11の死者に寄せた思いからは、憎さを押さえれない。自分の子とか孫が非業の死を強いられたとしたら、安穏となどしておれない、報復は当然のなりゆきでありましょう。報復は報復の種を拡散するということも誰しも承知はしているのだけれども………。

報復を受ける側はどうだろうか。死にたくない、それは生命の根源であり、その気持ちから離れることはできない筈である。

矛盾した論理を越えていくのには、宗教という「自己内部の絶対世界」に入り込む以外にはないのか……ないのであろう。

漱石は、自殺か発狂か宗教かという結論に達した。自殺も発狂も破滅を意味しているが、宗教ですら他とのかかわりの論理を取り入れていると戦争に結びつく可能性がある。それは、いわばキリスト教と仏教の相違であるかもしれない。そう考えることもできるのだが、どうだろうか。

 09 20(金)米の収穫予想

今年の水田作付面積は235uである。米の畝取りとすると、計算に寄れば2俵1斗の収穫があればよい。
籾袋(袋1つに約17升)3つと、2升あればよいことになる。あーぁ、とれてほしい。
きょうは稲刈り機が空いていたので、午後稲刈りを済ませた。
明日は小学校の運動会である。あしたは天気だそうだ。

 09 21(土)餅好きの孫

  〔喬木第一小学校運動会〕
 今年も孫たちがプログラムを持って、運動会にきて下さいと招待された。

 栗がはいったお赤飯をつくって出かけたが、あいにくお昼には孫たちは教室なので大人だけのお昼になった。去年までは下の子が一緒だったからお昼も賑やかだった。

 この写真は男子の棒倒し競技だったが映像が小さいので、様子がはっきりしない。雰囲気だけはと思い載せてみた。昔と同じ裸で、声だけは元気なものだった。

 明日は、お餅を搗く約束をしてある。下の孫が大の餅好きなのである。

 それはここへ書く必要もないことだが、餅に関してこんなことがあります。もち米は必要量だけ耕作する人は少なく、田の面積を考えて普通は耕作します。ところで、一昨年作ったもち米は5〜6斗とれたので多少は配ったのだが、残ったので昨年はもち米を作らなかった。

ところが、結局は二年前のもち米を搗いた餅は、実は、粘りが少なくて早く固くなるのです。ご存知だったでしょうか。一年前のものでもその傾向があるのでしょうが、今まで、全く知らずにいました。

古米になると味は勿論ですが、そのほかのことも変わってくるのですね。お百姓はたいてい新米を食べるのは翌年の4〜5月頃ではないかと思います。万一のことを考えての習慣だったと考えられます。(内幕暴露でしょうか)

 09 23(月)非道の北朝鮮!?

非道の北朝鮮!?

忘れてはいけないから、これは記録しておこう。今朝は四時半頃起きて次のサイトから驚くべき情報を見たのである。

 http://www.zakzak.co.jp/〔ZAKZAK Access Ranking 先週〕
 http://news.lycos.co.jp/topics/society/northkorea.html
 〔Lycosニュースの中のトピックス〕


私たちは、北朝鮮の理解のためには、マクロの見方を失うことなく、ミクロの情報もきちんと位置づけておかなくてはならない。
とんでもないことだ。事実かもしれない……。そうだとしたら、亡くなった人たちの冥福をみんなと祈りたい……。合掌………。

朝日の社説も参考にあげておきたい。

  http://www.asahi.com/paper/editorial.htm〔朝日新聞社説〕

こちらは、ブッシュ政権の危険な考え方が出ている。



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