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折々の記 2007 C

【心に浮かぶよしなしごと】

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【 04 】09/24〜

  09 24 中国故事物語
  09 24 中国故事物語(三巻)
  09 27 タグ、フォントや文字サイズ
  09 28 真面目

09 24(月) 中国故事物語(URL)

中国故事物語については、9月14日と9月16日両日に取り上げています。 素敵な本が出版されているのを知って、アマゾンを開いて2社から三巻を購入した。

<中国故事物語>を開けばわかるように、‘河出書房新社発行の「中国故事物語」を参照・転載’しています。
    ↑クリックして開いてみて

本のほうは「教養の巻」「処世の巻」「愛情の巻」の三冊に分かれているが、当初は「新十八史略物語」の別巻として上下二巻319項目で出版されたという。 それで「中国故事物語」として出版されたのは50項目少ない269項目になったという経緯が、取り寄せた本の‘あとがき’に記されている。

<中国故事物語>のURLは、収録項目271となっており、文庫本に比べると文字が大きく、段落ごとに空行があり、大変読みやすい。

こうしたサイトはパソコンで利用しない手はない。

「青は藍より出でて藍より青し」「秋の扇」………に始まる271項目の良く知られている故事・成句について解説している。

09 24(月) 中国故事物語(三巻)

 河出文庫「中国故事物語(教養の巻)」河出書房新社 駒田信二寺尾善雄編 S61 6刷発行 380円
                  購入 価格 1円 送料 340円
                  扱店 ブックセンターいとう http://www.book-center.co.jp
 河出文庫「中国故事物語(処世の巻)」河出書房新社 駒田信二寺尾善雄編 S59 3刷発行 380円
                  扱店 古書森羅 http://www.koshosinra.com/
 河出文庫「中国故事物語(愛情の巻)」河出書房新社 駒田信二寺尾善雄編 1994 10刷発行 480円
                  購入 2冊価格 254円 送料 2冊580円
                  扱店 古書森羅 http://www.koshosinra.com/

この三冊の本は今日届きました。 この文庫版の収録項目はアイウエオ順の配列から内容別配列にし、項目を100増やしたとあるから、 中国故事物語(URL)より100項目多い371項目が載せられている。

いま掲載項目を本のほうでチェックしていると、「堂に入る」「五斗米」「粒々辛苦」「龍頭蛇尾」など出ている。 「堂に入る」とは言っても字句の意味までは知らないでいる。

例えば「堂に入る」(「中国故事物語(教養の巻)81p)を開いて、中国故事物語(URL)流にしてみると、


堂に入る

あるとき、弟子の子路が琴を弾いているのを耳にした孔子が言った。

「あれの琴ときたら、どうも………」

孔子は親しみをこめ、ややユーモラスに批評したつもりだったが、傍にいた弟子たちは早がってんし、以来、子路を軽く見るようになった。 それと知った孔子は弟子たちをたしなめた。

「あれの腕前は相当なものだ。 すでに表座敷に昇っている(堂に升(ノボ)れり)が、まだ奥座敷に達してない(室に入らず)だけだ。 お前たちはまだ表座敷にさえ昇っていないではないか」 (『論語』)

原文は以上のように「堂に升り」「室に入る」とある。 堂を一応の腕前とすると、室は奥義といってよかろう。 孔子の言は「子路は一応できている、しかし、まだ奥義には達していない」という意味である。 今日では「堂に入る」を立派な腕前を評する言葉としている。

なお、腕自慢の子路が、無骨な手で琴を弾じていたのは、琴が君子の修めるべき六芸(礼・楽・射・御・書・数)の一つの楽だったからである。 (寺尾)


となり、理解しやすく、かつまた読みやすいのである。

09 27(木) タグ、フォントや文字サイズ

文字の修飾方法はいろいろある。 ホームページ開設時に「はじめてのホームページ」(森 健二)を使っていたから、使っていたタグリストはそう多くはなかった。

今まで使った主なタグは次のようなもの。
  
テキスト 内容
<B>〜</B>文字を太くする
<I>〜</I>イタリック体にする
<U>〜</U>下線を引く
<BR>改行する
<FONT SIZE=1〜7>〜</FONT>文字のサイズを変える
<FONT COLOR=カラーネイム>〜</FONT>文字の色を変える
レイアウト 内容
<PRE>〜</PRE>入力状態をそのまま表示する(サイズを指定)
<HR 他>線を引く
イメージ 内容
<IMG SRC="〜" 他>画像を貼付ける
テーブル 内容
<TABLE 他><TR><TD>…</TD></TR>〜</TABLE>枠、表を掲示する
リンク 内容
<A HREF="〜">〜</A>ファイル、画像、URL へリンクする

タグについてはこのほか、一応のものは載っており、後で入手した「超図解・タグ辞典」には 135 項目の内容があるが、普段は使っていない。

それから、自分で普段使っているフォントや文字サイズについても記録として以下に残しておく。

フォント

インターネット上でのフォント設定(個人の好み)
  Web ページ フォント  MSP明朝
  テキスト形式 フォント  MS明朝
  文字サイズ        中

メモ帳でのフォント設定(個人の好み)
  フォント名 MS明朝
  スタイル  標準
  サイズ   12

※テキスト上フォント サイズ
  1 刻み 8 9 10 11 12
  2 刻み 14 16 18 20 22 24 26 28
  8 刻み 36
  12 刻み 48
  24 刻み 72

Web上での文字のサイズ

 <FONT SIZE=1> 文字 </FONT> …………… <FONT SIZE=7> 文字 </FONT>

 <FONT SIZE=1>   まじめ  真面目
 <FONT SIZE=2>   まじめ  真面目
 <FONT SIZE=3>   まじめ  真面目   通常はこの大きさ(Webの‘文字サイズ・中’は、これより小ぶりのサイズ) 
 <FONT SIZE=4>   まじめ  真面目
 <FONT SIZE=5>   まじめ  真面目
 <FONT SIZE=6>   まじめ  真面目
 <FONT SIZE=7>   まじめ  真面目


画像のサイズは 320 位はあったほうがいい。

それで画像を多く使いたいのだがそうもいかないため、画像へのリンクを多くしていきたいと思っている。

09 28(金) 真面目

まじめ・真面目という言葉が社会通念の上位規範からだんだん薄れてきている。

まじめという概念、言葉は人の品格を顕わす上位概念、言葉であったが、現代社会の流動変化によりこの概念、言葉が目先の市場価値に目を奪われるようになって、経済生活の程度によって価値判断をする傾向が強くなってしまった。

人としての倫理観とか品性とか資質とか、形而上の価値観が薄れて、物質至上主義につつまれた意識に左右されるようになってきました。 目先の成績向上という評価がだいじにされ、進学や就職のための学業に堕してしまい、真実を追究するという本来の意味からだんだん遠ざかってきているのです。

“本当のことを愛する”(philosophy=哲学) という意味は、学校教育から遠ざかり、大学はさらに一般の人にとっては肩書き取得の手段に帰したという有様です。 青雲の志という意識や言葉など感じられないものになってきました。 情報を多く知っているというだけで、物知り顔をする人があちこちに増えているのは事実でありましょう。

こんな社会情勢が続いてきますと、市場価値に目を奪われ、市場価値に頭脳まで奪われ、極端になると、拝金主義がなんで悪い、ということになってしまいます。

困ったことになっています。

そこで、philosophy という単語を調べてみると、

新英和中辞典 第6版 (研究社)では、


phi・los・o・phy /filsofi|‐ls‐/→
 1 哲学,哲学体系.→
 2 哲理,原理.→
 3 (経験などによって得た)人生哲学,人生観,処世観.→
 4 (哲人のような)冷静さ,達観; 悟り,あきらめ.→
 5 哲学書.
 →Dctor of Philsophy
 ギリシャ語「知を愛すること」の意; philosophical, philosophize



ランダムハウス英和大辞典では、


phi・los・o・phy [filsofi|-ls-]
 n. (pl. -phies)

 1 哲学:【用例】

  speculative philosophy|思弁哲学
  synthetic philosophy|総合哲学
  empirical philosophy|経験哲学
  practical philosophy|実践哲学
  deductive [inductive] philosophy|演繹(えんえき)[帰納]哲学
  philosophy of science|科学哲学(P.O.S. と略す).

 2 (哲学の3分科とされている)自然哲学(natural philosophy),道徳哲学(moral philosophy),
  形而上(けいじじょう)学(metaphysical philosophy).

 3 哲学説,哲学体系:【用例】

  the philosophy of Spinoza|スピノザ哲学
  the Kantian philosophy|カント哲学.

 4 哲理,原理;(ある学問分野の)根本原理についての批判的研究:【用例】

  the philosophy of language|言語の原理
  the philosophy of science [history, economics]|科学[歴史,経済]哲学.

 5 人生[処世]哲学,人生観;主義,方針,見識:【用例】

  a philosophy of living|処世哲学,処世法.

 6 哲学的精神,哲人的態度;(困難・心配に直面したときなどの)冷静さ,
   沈着さ;悟り,諦観(ていかん),達観:【用例】

  one's philosophy about women|女性に対する達観
  accept one's setbacks with philosophy|覚悟して自分の失敗を受け止める.

 7 ((米)) (大学の)哲学専攻コース.

 8 ((古・文語)) 自然現象の研究,特に錬金術・占星術・天文学.

 ◇タイトル名

 [文学・著作物]The Philosophy of Grammar『文法の原理』Jespersen の言語学の著作(1924).
 [c1300.中期英語 philosophie<ラテン語 philosophia<ギリシャ語 philosophia.
  →PHILO-,-SOPHY

phil・o- [filou,-l]

 comb. 愛…,…を愛する(loving).

 ◆ギリシア語からの借用語に見られる:philology,philoprogenitive. (また phil-)

 [<ギリシャ語 philos 愛する,親愛な]

-so・phy [sfi]

 comb. 学,…知識(体系):philosophy.

 [<ギリシャ語 sophia 技,知]


と出てきます。 

ギリシャ語では、明らかに“本当のことを愛する”という意味だったのです。

「悪法もまた法なり」と言って自説をまげず毒杯を飲んだギリシャの哲学者がいたことを、昔教わった。 この言葉を検索で調べると、いろいろと解説が出てきます。 

法というと道元禅師がいう「正法」の意味は「実相」であり、「実相」とは実の相(スガタ)であり、実の相(スガタ)とは 『真理(合理的なほんとうのこと)』 “本当のこと” と理解してもいいと言えます。 

中国の修行から帰った道元が帰国後のインタビューで 「顔横鼻直」 と応えたという逸話は、仏道の本義もまた 「真理を究める」 ことだったのです。

私の「0歳教育」というホームページの中で 『真理(合理的なほんとうのこと)』 と書き込んだわけは、実はここに由来しています。

philosophy というと、なんか難しいことと感ずるけれど、実は古代ギリシャ当時では、‘ほんとうのことを知る’ということが人々の日常の勉強するということの中核になっていて、文学も数学も芸術もすべてその対象になっていたのです。

そして基本的な心構えとして、“まじめさ”が基盤になっていたのです。 認識の対象に正面からまじめに向き合っていたからこそ、ソクラテスの毒杯が逸話として伝えられているのです。

法にはいろいろとあります。 だが、基本的になるものに嘘偽りがあってはならなかったのです。 まじめこそ大切にしなければならなかったのです。 そこには絶えず真剣な学問と生活があったのです。

まじめが薄らいできて、私たちの生活価値観が、いま音を立てて崩れている事実に気づかなくてはなりません。


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