09 13(木) 安倍普三内閣総理大臣辞職 |
朝日新聞の社説
首相の決意―理解に苦しむ論理だ 安倍首相はなぜ政権にとどまるのか。その正当性は何か。参院選後、初の本格的な論戦の舞台である臨時国会で、首相がまず語るべきはそこにあったはずだ。 国会冒頭の所信表明演説で、首相はこう訴えた。 「改革を止めてはならない」との一心で私は続投を決意した。だが、改革にはどうしても痛みが伴う。改革の影に光を当て、優しさとぬくもりを感じられる政策に全力で取り組んでいく―― 迫力にも具体性にも乏しい印象だったが、とにもかくにも「改革継続」が続投を正当化する首相なりの論理であるということだろう。 ところが、首相は前日まで訪問していた豪州から、まったく違うメッセージを国民に送ってきた。 9・11テロ後のアフガニスタン攻撃に絡んで、日本はインド洋に海上自衛隊を送り、米国などの艦艇に給油してきた。そのためのテロ対策特別措置法が11月1日で期限切れとなる。首相は活動の継続について次のように語ったのだ。 「国際公約となった以上、職を賭して取り組む」「あらゆる力を振り絞って職責を果たしていく」「(継続できなければ)職責にしがみつくことはない」 給油活動を継続できなければ退陣する、という趣旨と受け止めて当然だろう。重要な政策課題をめぐって首相が決意を述べるのは珍しくないが、いきなり退陣に言及するとはただならない。政権の死活を賭けた最重要課題ということのようだ。 では、国会で語った「改革継続」への覚悟とはいったい何なのか。改革の影に光をあてる政策はどうするつもりなのか。そのために続投するのだと国民の理解を求めておきながら、それとは違う問題で「職を賭す」というのでは、まったく一貫性がない。 給油活動の継続を「国際公約」と位置づけたのも納得できない。 テロ特措法の期限が切れる11月1日までの活動は、国会の多数が賛成したことであり、日本の国際公約と言えなくもない。だが、首相自身がブッシュ米大統領らに「継続に最大限努力する」と誓ったからといって、それを「国際公約だ」と言いつのるのは手前勝手というものだ。 テロとの戦いに日本としてどうかかわっていくか。これは国民の合意のもとで考えることであり、自分の国際公約を押しつけるようなものではない。首相は思い違いをしているのではないか。 それに、なぜ国会の演説ではそれを語らなかったのか。テロ特措法の問題は、最後の方でおざなりに触れられているにすぎない。 不退転の決意を示したかったのだろうが、その支えが「退陣」であるかのような発言は理解に苦しむ。続投を批判し、テロ特措法の延長に反対する野党は、もとより退陣に異存はなかろう。首相の決意と覚悟は混乱している。
国会承認なし―民主主義の根幹の問題だ 驚くような内容の法案が政府・与党に浮上した。海上自衛隊によるインド洋での給油活動の継続をめぐってである。 現行のテロ対策特別措置法は11月1日で期限切れとなる。これを延長するのではなく、新しい法律をつくって派遣の法的根拠とする。その際、今の特措法に盛り込まれている国会による事後承認規定を外してしまおう、というのだ。 テロ特措法は派遣の基本的な枠組みを決めるものだ。実際の派遣にあたって、政府は具体的な活動の場所や内容などを定める基本計画を閣議で決め、それに基づいて自衛隊が動く。首相は部隊が活動を始めてから20日以内に国会に付議し、承認を求めなければならない。 軍事的な訓練を受けた実力部隊を海外に出すのだから、それだけ慎重な手続きを踏むのは当然のことだ。その根底には、海外での軍事力行使を認めない憲法の大原則がある。 自衛隊を動かすのに国会の承認を求めるのは、それがシビリアンコントロール(文民統制)の要であるからだ。承認が得られなければ、部隊は撤収する。これまでも、承認は事後でいいか事前にすべきかで議論は分かれたが、国会承認の必要性については幅広い合意があった。 そんな重要な手続きを、新法はなぜ省くのか。政府・与党の理屈はこうだ。 法案は給油活動に絞った単純な中身なので、基本計画に匹敵する具体的な活動内容を書きこめる。そうすれば、法案の成立自体が国会の承認を兼ね、文民統制をないがしろにすることにはならない。 この理屈はとうてい受け入れられるものではない。政府・与党の思惑が透けて見えるようだ。 法案自体は、野党が多数を占める参院で否決されても、衆院で3分の2の多数で再可決すれば成立させられる。だが、承認はそうはいかない。参院で不承認となれば、部隊は引き揚げなければならない。だから、承認手続きを省いてしまおう。そんな狙いではないのか。 こんな乱暴な思惑で自衛隊を海外に派遣していいはずがない。承認が得られそうもないからその仕組みを省くというのでは、本末転倒というものだ。 衆院のみの意思で派遣できるというあしき前例をつくるべきではない。日本の民主主義の根幹にかかわるし、派遣される自衛隊にとっても不幸なことだ。 戦後日本は、軍部の独走が破局をもたらした過去の反省から、自衛隊の運用については厳しい制約を課してきた。それを国会がチェックするのは、文民統制のうえで欠かせぬ手続きである。 今回の補給活動について、賛否どちらの立場に立つにせよ、その原則をゆるがせにしてはならない。 政府・与党には、派遣実現に向けての対野党交渉で国会承認を取引材料にする計算もあるのかもしれない。だが、こんな基本のところで原則をゆがめるようでは、議論の出発点にすらなるまい。
安倍首相辞任―あきれた政権放り出し 解散で政権選択を問え なんとも驚くべきタイミングで、安倍首相が辞任を表明した。文字通り、政権を投げ出したとしかいいようがない。前代未聞のことである。 内閣を改造し、政権第2幕に向けて国会で所信表明演説をし、国民に決意と覚悟を語ったばかりである。その演説に対する各党の代表質問を受ける当日に、舞台から降りてしまった。国の最高指導者として考えられない無責任さだ。 首相は記者会見で、辞任の理由として、11月1日に期限が切れるテロ特措法の延長が困難になったことをあげた。海上自衛隊によるインド洋での給油活動を継続することに「職を賭す」と発言していた。 ■路線の破綻は明白だ そのために民主党の小沢代表に党首会談を申し入れたが、それを断られたため、「テロとの戦いを継続させるには、むしろ局面を転換しなければならない。私がいることがマイナスになっている」と、身を引くことを決めたという。 だが、それほど給油活動が大事だというなら、方法はほかにも考えられたろう。実際、政府・与党は新法による打開を画策していた。その成立に全力をあげるというなら分かるが、辞任することで道を開くという理屈は理解に苦しむ。 辞任に追い込まれた真の理由は、7月の参院選で歴史的な惨敗を喫し、明確な「ノー」の民意をつきつけられたにもかかわらず、政権にとどまったことにある。 内閣改造で出直そうとしたけれど、すぐに遠藤農水相らが辞任。他の閣僚たちにも政治資金にまつわる不祥事が次々と噴き出し、ついに政権の求心力を回復することができなかった。 新内閣で首相を側近として支えた与謝野官房長官は、辞任の理由として健康問題を指摘した。盟友の麻生太郎自民党幹事長も「迫力、覇気がなえ、しんどいのかなと思った」と述べた。 精神的に首相職の重圧に耐えられない状態になっていたのだろう。そう考えれば、今回の異常なタイミングでの辞任表明も分からなくはない。民意にさからう続投という判断そのものが誤りだった。 だが、つまずいたのは参院選後の政権運営だけではない。その前からすでに、基本的な安倍政治の路線は幾重にも破綻(はたん)をきたしていた。 小泉改革の継承をうたいながら、郵政造反議員を続々と復党させた。参院選で大敗すると「改革の影に光をあてる」と路線転換の構えを見せるしかなかった。 首相の一枚看板だった対北朝鮮の強硬路線も、米国が北朝鮮との対話路線にハンドルを切り、行き詰まった。従軍慰安婦についての首相発言は、米議会の謝罪要求決議を促す結果になった。せっかく中国と関係を修復しながら、「歴史」をめぐる首相の姿勢は米側の不信を呼び起こし、日米関係に影を落としていた。 そして、宿願だった憲法改正が有権者にほとんど見向きもされず、実現の見通しも立たなくなった。選挙後、「美しい国」「戦後レジームからの脱却」という安倍カラーが影をひそめざるを得なかったところに、安倍政治の破綻が象徴されていた。もはや、それを繕いきれなくなったということだろう。 戦後生まれの52歳で当選5回、閣僚経験は小泉内閣での官房長官のみ。この若さは武器にもなるけれど、日本という大国のリーダーとしては不安でもある。ベテラン議員を多く起用した改造内閣で、首相の姿がいかに小さく見えたことか。 1年前、安倍氏が自民党総裁につくにあたって、私たちは「不安いっぱいの船出」と題した社説を掲げ、安倍氏の経験や準備不足に懸念を表明した。その不安がはしなくも的中した。 ■自民党の衰弱あらわ 深刻なのは、そうした安倍氏を総裁に選び、首相の座につけた自民党の判断力の衰えである。 昨年の自民党総裁選には安倍氏を含め3人の候補者が立ったが、優位が予想された安倍氏に雪崩をうって党内の支持が集まった。ベテラン議員らも露骨な「勝ち馬に乗る」思惑からはせ参じた。 政治家としての本当の見識や経験、政策は二の次三の次で、選挙で勝てる「顔」にふさわしいかどうかだけで党首を選ぶ。そんな自民党の見識と活力のなさこそが、今回の突然の政権放り出しを招いた要因ではなかったか。 その意味で、安倍氏を重用することで後継者の位置に押し上げた小泉前首相の責任は重い。参院選後、安倍続投に動いて幹事長におさまった麻生氏も責任は免れまい。続投の流れに乗った有力者や連立与党の公明党もまたしかりだ。 首相は政治空白を最小限にとどめたいと語ったが、遅きに失した退陣表明で参院選後の1カ月半を空費してしまったのは首相自身だ。 政治空白が長引くのは困るが、どたばたで後継総裁、新首相を決めてしまうのでは、参院選の惨敗を踏まえた党の出直しにならないのではないか。きちんと候補者を立て、開かれた党内論議を徹底的に行うべきだ。 次の総裁、新首相は有権者の支持を得られなかった安倍首相の後継だ。新たな政権は自らを「選挙管理内閣」と位置づけ、可能な限り速やかに衆院を解散し、総選挙をする必要がある。 今回の政権放り出しは、民主党を第1党にした参院選がもたらした結果でもある。自民党政権がこれだけ混迷してしまった以上、総選挙で有権者にきちんと政権選択を問うべきだ。国民の信頼に基づく政治を取り戻すにはそれしかない。 |
from (http://www.kantei.go.jp/jp/singi/anpo/houan/tero/gaiyou.html) テロ対策特措法の概要 内閣官房 1 名称 平成13年9月11日のアメリカ合衆国において発生したテロリストによる攻撃等に対応して行われる国際連合憲章の目的達成のための諸外国の活動に対して我が国が実施する措置及び関連する国際連合決議等に基づく人道的措置に関する特別措置法 2 目的 この法律は、 1) 平成13年9月11日に米国で発生したテロリストによる攻撃(「テロ攻撃」)が国連安保理決議第1368号において国際の平和と安全に対する脅威と認められたことを踏まえ、 2) あわせて、安保理決議第1267号、第1269号、第1333号その他の安保理決議が、国際テロリズムの行為を非難し、国連加盟国に対しその防止等のために適切な措置をとるよう求めていることにかんがみ、我が国が国際的なテロリズムの防止・根絶のための国際社会の取組に積極的かつ主体的に寄与するため、次の事項を定め、もって我が国を含む国際社会の平和及び安全の確保に資することを目的とする。 ・ テロ攻撃による脅威の除去に努めることにより国連憲章の目的達成に寄与する米国等の軍隊等(「諸外国の軍隊等」)の活動に対して我が国が実施する措置等 ・ 国連決議又は国際連合等の要請に基づき、我が国が人道的精神に基づいて実施する措置等 3 基本原則 (1) 政府は、協力支援活動、捜索救助活動、被災民救援活動その他の必要な措置(「対応措置」)の適切かつ迅速な実施により、国際的なテロリズムの防止・根絶のための国際社会の取組に我が国として積極的かつ主体的に寄与し、もって我が国を含む国際社会の平和及び安全の確保に努める。 (2) 対応措置の実施は、武力による威嚇又は武力の行使に当たるものであってはならない。 (3) 以下の地域において対応措置を実施する。 1) 我が国領域 2) 現に戦闘行為が行われておらず、かつ、そこで実施される活動の期間を通じて戦闘行為が行われることがないと認められる次に掲げる地域 ・ 公海及びその上空 ・ 外国の領域(当該外国の同意がある場合に限る。) (4) 内閣総理大臣は、対応措置の実施に当たり、基本計画に基づいて、内閣を代表して行政各部を指揮監督する。 (5) 関係行政機関の長は、対応措置の実施に関し、相互に協力する。 4 我が国が実施する活動 (1) 協力支援活動 1) 諸外国の軍隊等に対する物品・役務の提供、便宜の供与その他の措置。 2) 自衛隊を含む関係行政機関が実施する。 3) 自衛隊が行う物品・役務の提供の種類は、補給、輸送、修理・整備、医療、通信、空港・港湾業務、基地業務。(ただし、武器・弾薬の補給、戦闘作戦行動のために発進準備中の航空機に対する給油・整備及び外国の領域における武器・弾薬の陸上輸送は行わない。) (2) 捜索救助活動 1) 戦闘行為によって遭難した戦闘参加者(戦闘参加者以外の遭難者が在るときは、これを含む。)の捜索・救助を行う活動。 2) 自衛隊の部隊等が実施する。 3) 捜索救助活動の実施に伴う協力支援活動としての物品・役務の提供の種類は、補給、輸送、修理・整備、医療、通信、宿泊、消毒。(ただし、武器・弾薬の補給、戦闘作戦行動のために発進準備中の航空機に対する給油・整備及び外国の領域における武器・弾薬の陸上輸送は行わない。) (3) 被災民救援活動 1) テロ攻撃に関連した国連決議又は国際連合等の要請に基づき、被災民を救援するために実施する、食糧・衣料・医薬品等の生活関連物資の輸送、医療その他の人道的精神に基づく活動。 2) 自衛隊を含む関係行政機関が実施する。 (4) その他の必要な措置 1) 例えば、自衛隊による在外邦人等輸送にあたり外国人も輸送すること 2) 自衛隊を含む関係行政機関が実施する。 5 基本計画 (1) 閣議決定される基本計画には、対応措置に関する基本方針のほか、上記4に掲げる各活動に関し、その種類・内容、実施する区域の範囲等を定める。 (2) 対応措置を外国の領域で実施する場合には、当該外国政府と協議して、実施する区域の範囲を定める。 6 関係行政機関による対応措置の実施等 (1) 防衛庁長官は、基本計画に従い、実施要項において具体的な実施区域を指定し、内閣総理大臣の承認を得て、自衛隊の部隊等に協力支援活動としての物品・役務の提供、捜索救助活動及び被災民救援活動の実施を命ずる。また、対応措置の中断・休止に関する事項を規定する。 (2) 上記(1)のほか、防衛庁長官その他の関係行政機関の長は、法令及び基本計画に従い、対応措置を実施する。 7 物品の無償貸付及び譲与 内閣総理大臣、各省大臣等は、その所管に属する物品(武器・弾薬を除く。)につき、諸 外国の軍隊等又は国際連合等からその活動の用に供するため当該物品の無償貸付又は譲与を求める旨の申し出があった場合、当該活動の円滑な実施に必要であると認めるときは、所掌事務に支障を生じない限度において、当該申し出に係る物品を無償で貸し付け、又は譲与することができる。 8 国会の承認・国会への報告 (1) 内閣総理大臣は、自衛隊の部隊等による協力支援活動、捜索救助活動又は被災民救援活動を開始した日から二十日以内に国会に付議して(国会が閉会中又は衆議院が解散している場合には、その後最初に召集される国会において速やかに)、これらの対応措置の実施につき国会の承認を求めなければならない。 政府は、不承認の議決があったときは、速やかに、当該活動を終了させなければならない。 (2) 内閣総理大臣は、基本計画の決定・変更があったときはその内容を、また、基本計画に定める対応措置が終了したときはその結果を、遅滞なく国会に報告しなければならない。 9 武器の使用 (1) 自衛隊の部隊等の自衛官は、自己又は自己と共に現場に所在する他の自衛隊員若しくはその職務を行うに伴い自己の管理の下に入った者の生命・身体の防護のためやむを得ない必要があると認める相当の理由がある場合には、その事態に応じて合理的に必要と判断される限度で、武器を使用することができる。 (2) 武器の使用は、当該現場に上官が在るときは、原則としてその命令によらなければならない。この場合、上官は、統制を欠いた武器の使用によりかえって生命・身体に対する危険又は事態の混乱を招くこととなることを未然に防止し、武器の使用が適正に行われることを確保する見地から必要な命令をする。 (3) 武器の使用に際し、正当防衛又は緊急避難に該当する場合のほか、人に危害を与えてはならない。 (注)自衛隊法第95条(武器等防護のための武器使用)は適用する。 10 その他 (1) この法律は、公布の日から施行する。 (2) この法律を受けて、自衛隊がその任務遂行に支障を生じない限度において協力支援活動等を実施できる旨を自衛隊法に規定する。 (3) この法律は、施行の日から4年で効力を失うが、必要がある場合、別に法律で定めるところにより、2年以内の期間を定めて効力を延長することができる。(再延長においても同様。) |