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ウェークリー八方台

 (このコーナーは藤田よしおをはじめプラスワンのメンバーが日々の出来事や感想をエッセイ風にまとめたものを毎週、テーマを変えて連載します。)

  「君と歩けば Part2」 (2002-11-16)  
 

10月も末のある日、久しぶりに盲導犬のオパールと市役所までの往復を歩いた。 
冬の訪れを予感させるような冷たい雨が降り、散歩にも出れない毎日が続いていたが、その日は朝から久しぶりに澄んだ秋空が広がる一日だった。私はオパールと一緒に議会会派の決算委員会審議のため市役所に向かった。
 朝、出かける前に排泄をすませ、オパールと一緒に、近所の三ッ郷屋のバス停から路線バスに乗る。10分ほど揺られて千手三丁目のバス停で降り、ここからおよそ25分ほど歩いて市役所に着いた。音声腕時計を眺めると(聞くと?)、家を出てからまだ40分足らず。久しぶりに歩くせいか、オパールの足取りも軽く今日はいつもより早い。
 そして午後、会議が思ったより早く終わり、議会事務局で簡単な打ち合わせを済ませて時計を見るとまだ2時を少し過ぎたところだ。天気予報では今日一日は久しぶりの快晴。しかもついこの前までのような猛暑の季節とは違い、空気もすがすがしい。
暑さに滅茶苦茶弱いオパールも、このところすこぶる元気で、今日も仕事やる気満々である。朝の通勤ウォークで気を良くした私達は、帰りは思い切って家まで歩いて帰ることにした。これまで何回か歩いた事はあるのだが、早くても1時間弱はかかる。
 ポカポカ陽気に誘われたせいもあるが、市役所から山田町のバス通りに至る堤防沿いの道で、最近工事が終わったばかりの歩道があり、そこを一度歩いてみたかったことも理由のひとつだった。
 市役所6階の議会フロアーからエレベーターで1階の広い玄関ロビーに降りると、私はいつもの右に向かう正面玄関ではなく、左側の裏玄関に向かうようオパールに指示した。「ヒダリ、ドア」。勢いよくいつもの玄関方向に向かおうとしたオパールは、普段と違う私の指示に初めはキョトンとしていたが、躊躇しつつもすぐに納得した様子で反対側にきびすを返した。どの犬もそうなのかも知れないが、オパールは東京でもどこでも初めての所を歩く時は、尻尾をピンと立て、胸を張り、目線を高くして歩く。嬉しいと同時に興味津々なのだ。握った右手のハーネスがグイグイと私を引っ張る。私は苦笑いしながら「ユックリ」とオパールを制した。
 入り口であることを知らせる「ポーン」という盲導鈴の音を聞きながら、6段ある玄関階段を下り、市役所を出るとすぐに音響式信号の付いたT字路の交差点がある。
初めての道を歩くときはどうしても不安がつきまとう。これで間違いないはずだと思っていても、いったん迷い始めるとドンドンとんでもない方向に進んでしまい、ついには帰れなくなってしまう事もよくあるからだ。それに盲導犬と言えどもスーパードッグではない。チョッっとしたきっかけで曲がってしまうことだってありうる。そこでどうしても初めての所では特に慎重にならざるを得ない。
 歩いている時には視覚以外の様々な情報、例えば車の流れる音や音響信号、ガソリンスタンドで働くお兄さんのかけ声などの、耳から入ってくる情報や足の裏の地面の感覚、パン屋のパンを焼く臭いや木の香りなどの様々な臭い、それに皮膚に当たる太陽の向きなどで、方向や自分の現在位置を確認しながら歩く。
 遠くからでも聞こえてくる音響信号の音は、視覚障害者にとっては通行上の安全と同時に、自分の今居る位置を確認する為の大切なサインともなる。つまり「安全」であり「安心」なものでもあるのだ。
 「ピヨピヨ」という信号機の音を聞きながら横断歩道を渡り、車の流れと並行して歩き出す。この激しい車の流れる音が聞こえているうちは間違いなく目的の方向に進んでいることになる。
言い換えれば車の音が聞こえなくなった時は、意に反しいつの間にかどこかで曲がってしまったと言うことであり、違った道を歩いていることになる。。
 車の音に注意を払いながら暫く歩くと目的の歩道に出る。完成したばかりの道はさすがに快適だ。 10メートル幅の車道は県道で、堤防沿いにまっすぐ南北に走っている。私も県の土木事務所には招かれて何回か足を運び、障害者の立場で歩道のバリアフリーに関する講話をしてきた経過もあって、施工には強い関心があった。どうやらこの歩道には、視覚障害者が歩行中によく足を引っかけて転倒する、車の出入りのための切り下げは作っていないようだ。人が安全で快適に歩くための歩道に車のための切り下げは絶対に必要ない。
そう思いながら時々靴底に感じる点字ブロックを踏んで暫く気持ちよく歩いていると、突然オパールが歩道の途中で立ち止まった。どうやら判断に迷っているらしい。オパールの動きに注意をしていると、歩道から降り、まっすぐに車道に出ようとしている。そのオパールの動きで歩道の真ん中にデンと車が駐車してあって、行く手を遮っているらしい事が容易に理解できた。建物側も通れないほど歩道いっぱいに留めてあるらしい。仕方なく車道に出て迂回することにしたのだろう。オパールが車道との境で止まって私の指示を待つ。
「オパール O.K.」。流れる車の音に細心の注意を払いながら車道に出る。そして問題の場所を通り過ぎるとすぐさま歩道に戻るよう私を誘導する。歩道の縁に前足をかけて止まり、高くなっている歩道の段差を私に教えた。
「ありがと、オパール。ようしいいぞオ!」。 そう話しかけながら私達はまた歩道を歩き始めた。途中で木の枝が飛び出している所では徐行し、怪我の無いように歩いてくれている。とてもうまくガイドしているようだ。
私は特に初めての所では建物や電柱などの存在にすこぶる敏感になり、その接近を気配で感じ取る。「怖い」と思わず首をすくめてしまう事も時々あるのだが、そういう時でもオパールは歩みをゆるめ徐行してくれる。オパールと歩き始めてもう4年以上になるが、大袈裟ではなくこれまでかすり傷ひとつ負ったことはない
 時々狭くなる歩道を再び歩き出す。この道にはちょうど櫛の刃のように脇から細い道が何本も突き出して交叉している。オパールはその交差点でいちいち立ち止まり、私に曲がり角である事を教えると共に、安全確認の指示待ちをする。いわゆる「コーナーストップ」である。
 「藤田さん、お久しぶりでーす。お元気ですか」。途中で知り合いの女性に声をかけられ、うっすらと滲んだ額の汗をハンカチで拭いながら少し立ち話をする。
 背広の上着も脱いでまた暫く歩いて行くと、これまでの縦方向に流れる車の音ではなく、左右に流れる車の騒音が聞こえてきた。
ようやく山田町のバス通りに出たようだ。ここを左に曲がればもう信濃川だ。
 「オーダン!」とオパールに横断歩道を探させる。犬は信号機の色までは識別できないと言う。私は車の流れる音で信号が青になったことを確認して大通りを渡る。更に左に曲がる横断歩道を渡って坂道を上って川に出た。この日本一の大河に架かる長生橋は長さ860メートルで、アーチ型をした長岡を象徴する美しい吊り橋だ。
この橋を渡れば後はいつもの散歩コースになる。ここまで来ればもう迷うことはないと思いながら、脱いだ上着を左手に抱え、歩行者専用橋を渡る。遠くかすかに川のせせらぎを右の耳で聞きながら歩く。川面を渡る風が少し汗ばんだ体を冷やして心地よい。
 橋を10分ほど歩くと、その膨らみが下り勾配になった。おそらく橋を渡りきって、たもとまで来たのだろう。ここから私達は歩道をまっすぐ進まず、右折して信濃川の堤防を歩くことにした。「ミギ!」とオパールに指示する。大好きな堤防に出たオパールの足取りはまだまだ軽い。しかし考えてみたらこの交差点は堤防からの道も含め6方向に進む道がここから放射線状にのびている。「大丈夫だろうか」。一瞬不安が頭をよぎる。「オパール、ミギ、ミギ」と、道を間違えないことを祈りながら一生懸命にオパールに指示する。どうやらうまく堤防の方に曲がったらしい。ホッとして歩いていくと足下の道が急に下り始めた。おかしい。堤防の道は橋とは同じ高さの筈だ。下っていると言うことは堤防の道とは明らかに違っている。しかし一体どこを下っているのだ。長生橋から下る道は何本かある。いずれにしてもとにかく下っては駄目なのだ。こういう時は元来た道を迷わず戻ることである。こうして橋のたもとまで戻ったことは戻ったのだが、果たして私達は今、一体どの道を歩いているのだ。混乱する頭の中であれこれ思い巡らす。坂道を上りきると、思い切って別の道を歩いてみる。どうやらうまく行ったらしい。今度は下ってはいないようだ。
暫くして早足で歩く運動靴の音が聞こえてきた。迷わず「すみません。教えていただけますか。ここは堤防の上の道ですね。」「そうです。」と、散歩中だったらしい中年の男性の声が返ってきた。よかった。これで家に帰れる。どうやら「ミギ、ミギ」とオパールにだめ押しで何回も指示したせいで、堤防より更に右にあって河川敷に出るもう1本の道を下ってしまったようだ。
 ホッと胸を撫で下ろし、舗装された堤防の道を、頬を撫でて通る川風に吹かれながら颯爽と歩く。薄い茶色のネクタイが風になびく。頭上では晴れ上がったまっ青な秋空を小鳥が1羽、ピーピーとさえずりながら舞っている。何と気持ちの良い日なのだろう。
 40歳前後で視力を失い、一人で外を歩く事など全く考えられなかった失意の頃に比べれば、このひとときがまるで夢のようである。「アリガト」。心の中でオパールに語りかける。
 堤防の途中で人気の無い事を確かめると、オパールのハーネスをそっと外した。リードも首から抜いて、僅かの時間、休憩を兼ねオパールを放してやる。 
 近くにもう賑やかな車の流れが聞こえている。さあ、次の大手大橋の道に突き当たって左に曲がれば、我が家はもうすぐだ。
(ふう)

(2002-11-12)

 
 

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