―It’s a Sword of Starlights―
真期1065年、緑の月9日。
ワルマーシア大聖堂近くの修練場にて。
「――――はぁっ!!」
「っと。うんうん、惜しい惜しい」
打ち合う音は鋼の音。舞い踊る色は銀と黒。
リシェルとロウの模造剣は激しくぶつかり合い、身に付けた新たな力を実感しながらの訓練は、さながら実戦そのものの激しさ。
リシェルのフォーム・リェルシアは水。その動きは彼女の従来の戦闘スタイルに非常に近く、流水の動き。
水はいかなる物もいなし、避け、無力化する。だが一度激流と化せば、それは巨岩すら破壊し、一点突破ならば金剛石をも切り裂き、穿つ。
「何が惜しい、よ。悉く防いでいるくせに……っ!」
回転を上乗せした、渦潮の一撃。しかしそれすら、ロウの剣は容易く受け止めてしまう。
「だって。僕のフォームはそういうフォームだし、それに可愛い女の子を叩き伏せる男って、イメージ悪いでしょ?」
「それじゃあ訓練にならないでしょう!?」
「何と言われようと、僕はキミには手を上げないよ」
リシェルの言葉通り、ロウはこれまで一太刀も彼女に反撃していない。だがそれこそが、ロウのフォーム・土のグエルクにおける大原則。
土は転じて大地。それは全ての源であり、あらゆるものを受け止める偉大な存在。ゆえにグエルクとは完全防御を可能とする、守り主体のフォームである。
一見するとこれは地味に思われがちだが、それは誤解だ。どんな防御であっても、隙は生じる。隙を衝かれた際に偶然の回避や防御が出来たとしても、
それが2度も3度も続くとは限らない。
だが、グエルクは『完全』防御。この意味がお分かり頂けるだろうか。
即ちそれは、全てを『敢えて』受け止めるのだ。
回避することも、隙を突いて反撃することも、いつでも可能。にも関らず敢えて攻撃を受け続け、防御し続ける。
それは、攻撃する側から見ればとんでもない屈辱であり。
同時に、どうしようもない程に、彼我の実力差を見せ付けられる。
真に実力ある剣士ならば、おそらく数合と打ち合わぬうちに己の敗北を認めるだろう。リシェルもまた、それは痛いほど分かっている。
「いいから、少しは反撃しなさい!!」
「やだよ。このまま昼食まで続けるからね」
激流の連撃と、磐石の守り。既に洗礼の儀式から5日が過ぎ、リシェルもロウもそれぞれのフォームを問題なく修得し、なおも研鑽を続けている。
その一方、リディアはというと。
「…………なんで、あたしだけ、こんなこと……ぐぅ」
「リディア様っ!!」
バシン!! とどこから取り出したのか食事用のトレイで頭を叩かれる。その一撃で普通の人間ならば目が覚めるどころか逆に気絶してもおかしくないが、
リディアはなんでもないように叩いた犯人――――ベル・シェルウィッシュを見上げた。
「ベル先生〜。そんなに叩いたら、また忘れちゃうよぉ……」
「眠そうな声で言わないで下さいっ! 大体、何なんですかリディア様のこの、非常識な石頭はっ!?
なんでトレイの方が割れるんですっ!? 何枚ダメにすれば気が済むんですかっ!?」
「む〜……またアナスタシアさんから貰ってくるの?」
「そんなことを言ったら、今度は私がアナスタシアから叩かれます。そもそも、仮にも王家の血統であるリディア様が
助祭の試験を受けてらっしゃらないからこんなことになったんじゃありませんか!!」
「だってぇ〜……知らなかったんだもん……ふぁ」
「眠るの禁止です!! 14時から試験なんですから、今のうちに覚えていただきますからね!! さぁ、これでも飲んで頭をスッキリさせて下さい」
手渡されたのは、割と高級な栄養ドリンク『ユナーズ・ロイヤル』。ゼンポゥラで広く愛飲され、どこのマーケットでも手に入るほど普及している。
リディアはそれにストローを挿して、やる気なさげにじるじると下品な音を立てて飲み込む。
洗礼の儀式の日から5日間。
友人2人が修行に明け暮れる中、リディアは祖母であり国王であるロベリアの指示の下、文字通り机に縛り付けられて――――何故か勉強させられていた。
第二話 神の住まう国
05.新たなる旅路
――――王位継承権を持つ者は、ミドルスクール卒業後に最低限、助祭の資格を得る必要がある――――。
これはワルマーシア王家において代々守られてきた掟であり、過去においてこの掟が守られなったことは無かった。
通常、第一継承者は即位と同時に大司教の任も受け継ぐため、司教の位を有しておかねばならない
(ちなみに大司教は明確な宗教とは言えない精霊信仰における最高位であり、実在するカトリックのように枢機卿や、その上の教皇は存在しない)。
それはさておき。
当のリディアはというと、精霊関連の知識はBマイナス程度の成績だった。通常の成績はBプラスか、良くてA。ただし体育だけはSSS++(トリプルエス・ダブルプラス)。
仮にもワルマーシア王家に連なる者としては前代未聞の成績であり、この事実を知ったロベリアはただちに特例の試験を設けた。
はっきり言って職権濫用この上ないのだが、まさか第三王位継承者が助祭ですらないなど世に知れたら格好のネタであり、ワルマーシア始まって以来の珍事だ。
ベレメリィアにいるロベルトも、助祭の資格は有している。アランはかつてロベリアが王位継承権を放棄していたため
継承者の対象から外れていたが、彼自身の資格として、助祭を叙階している。
どちらも司教から叙階を受ければ直ちに司祭になれるほどであり、さすがは王家の血統であると言えよう。
しかし。
「……リディア様。応用問題は所々合っているのですが、なぜ基礎がダメなんですか?」
「さ、さぁ……?」
ホログラフィ・ディスプレイに表示された採点結果を見て、ベルはしみじみと溜め息をついた。今までリディアに解かせていたのは実際の試験と
同様の内容の、模試だ。本番とさして変わらない。だというのに……
「Bです。助祭の叙階基準はAマイナス。それはご存知ですよね?」
「…………はい」
項垂れるリディア。ベルはその一方でPCを操作し、精霊関連のテキストと問題を次々呼び出していく。
「精霊概論。六聖基礎。六聖応用。属性概論。四大精霊ピックアップ基礎、並びに応用。精霊視における見え方。精霊関連基礎言語。それから――――」
「…………先生、質問です」
「なんでしょうか?」
挙手するリディアと、指示棒で彼女を指すベル。まるで教室の中で補習を命じられた生徒と、その担当講師の図式だ。
「それ、全部やるんですか?」
「もちろんです。試験まで約130時間。これだけあれば、嫌でも覚えますでしょう?」
満面の笑み。しかし、こめかみはわずかに痙攣しており、怒りを堪えているのが分かる。
こうして、リディアとベルの、2人きりのドキドキ課外授業が始まった…………のが5日の夕食後。既に、授業総時間は120時間を超えていた。
「…………時間です、リディア様。キーボードから手を離してください」
「はぁい…………くぁ」
時刻は16時。2時間に渡る助祭基礎試験はあっけなく終了し、リディアは大きな欠伸をする。ベルもまた、メガネを外して目頭を押さえていた。
採点するのは大司教であるロベリア。解答のデータはすぐにロベリアの執務室のPCに送信され、今は採点結果と総合判定を待つ時間だ。
「それにしても……基礎がBマイナスギリギリなのに、応用はAプラスだなんて……リディア様、一体どういう勉強をされてきたんですか?」
「そんなの、分かんないよぉ〜。ただなんとなく、こうしたら良いんじゃないかなぁって言うのは、漠然と、浮かんでくるから……」
それは精霊信仰における『賢人型』というタイプである。
叙階応用試験では稀に、並の識者よりも優秀な結果を出す者がいる。これを賢人型と言い、彼らは決して普段から優秀というわけではなく、平時は
平均かあるいはそれ以下の成績しか出すことが出来ない。またさらに一握りではあるが、何の知識もなく基礎的な精霊視をやってのける事がある。
精霊信仰は基本的に知識の積み重ねだ。記憶力さえあれば司祭への叙階は認められることが多く、また場合によっては司教への叙階も許される。
しかし、精霊視となれば話は別。精霊視を行えるのはごく一部の司祭と司教、そして大司教のみであり、それには優れた『霊力』が必要となる。
霊力は生まれついての物であり、専用の測定器でしかその数値を図ることは出来ない。並の司教が数値を測定した場合、およそ1000前後。
常人ならばせいぜい150程度であり、司教がどれほど特異な能力を持っているかは一目瞭然だろう。
だがリディアの言うように、知識が不十分にも関らず『なんとなく』で応用が効くほどの精霊視は司教のレベルさえ超えている。
さらに――――今回の特別試験の設問に、一つだけ応用問題の上級設問が組み込まれていた。これはロベリアがわざと追加した問題であり、
リディアの真価を図るために組まれた物だった。
「――――――――やっぱり、正解しているわ……」
それは精霊視を用いなければ解けない問題であり、また司教であってもこの問題と同様のケースに遭遇することは、全くと言っていいほどない。
故に現在、実例に乏しく、また正規のテキストに掲載されることの少ないこの問題が解ける時点で――――リディアの精霊視は、ある意味では司教を凌駕している。
「基礎知識はギリギリでAマイナス。しかし、精霊視においては……論外ね」
これも実は、分かりきっていた結果だ。加護精霊に愛されていることは5日前の洗礼で思い知らされていたし、当然解けるだろうとも思っていた。
だがだからと言って、何の基準も実績もなく、助祭に叙階するわけにもいかない。身内だからといって贔屓していては権力を担う者としては失格だ。
「でもこれで、名実ともに貴女は助祭の位を叙階する。貴女が王位に着くことは無いかも知れないけど、その力は、いつか助けになるはず」
キーボードを操作して、採点結果と叙階式の場所と時間をベルのPCに返信。それを終えると、ロベリアは自身が追加した問題に、再び目を通した。
――――親族間、あるいは他者間における、加護精霊の譲渡と定着法。その儀式――――
この儀式は遥か昔、愛する人や家族を死してなお精霊の加護の下に守りたいという想いから作り上げられた儀式形態である。しかし現代では精霊信仰自体が
全盛期に比べて弱体化したこともあり、このようないわゆる過去の『遺産』的なものは人々から忘れ去られており、またそれを執り行う側の司教らも、
あくまでそういった物がある、という程度にしか認知していない…………。
「いやぁ、参ったね。まさか夕食前まで付き合わされるなんて思わなかったよ」
「それもこれも、貴方が、反撃、しないから、でしょう……まったく」
息を荒げ、修練場の一角に設けられたコテージのソファーに座り込むリシェル。彼女は側にあった飲み物を掴むと、一気に煽った。
如何なる時も冷静さを失わず、凛とした姿勢を崩さない彼女がここまで消耗するのは珍しい。今日のロウとの訓練はそれほど苛烈だった。
しかし彼女の実力は誰しもが認めるものであり――――ロウもまた、今日の訓練でそれを実感している。
「まさか……僕の訓練剣が折られるとはね。リシェル、手は大丈夫?」
「ぷはっ…………おかげさまで、感覚がまるで無いわ。それに貴方の剣を折っても、私の剣は粉々に砕けてしまったんだから。私の完敗よ」
「訓練に勝ち負けは無いよ。模擬戦じゃないんだから」
度重なる激流の連撃。いかに磐石の大地といえども、その豪雨を前にすれば、僅かながらではあるにしても綻びは生じる。
そして綻びは即ち点穴。穿たれた穴がいかに浅かろうと、一度開けば崩せぬ道理は無い。
水滴が数年を以って石を割るように。リシェルの剣もまた、ロウの剣を割ったのだ。
「ほら、手を見せて。手当てするから」
「…………ありがとう」
開いた手は既に血塗れ、乾いている。およそ少女の手とは言えない痛々しさは、並の男ならば触れたいとも思わない。
そして、その手を異性に晒す事もまた、並の女性ならば即座に拒否するだろう。
しかし2人は剣を交えた戦友であり、同じ道を歩む同志でもある。
そこに、無粋な遠慮は皆無。
「ちょっと沁みるよ。我慢して」
「ええ…………っ」
冷水で血を洗い流し、湿潤療法の基本処置を行う。通常の治療よりも再生効率が高く、また感染症の危険性も大きく下がる術式だ。
「……手馴れているのね」
「こう見えても、医師資格持ってるからね。みんなを守る力になればと思って」
みんな、というのは――――おそらく、ロウと同じく亜人の血を引く者達のことだろう。リシェルはそれを察し、敢えて問い掛けた。
「それが…………貴方の、戦う理由なの?」
「……………………」
その沈黙は雄弁な肯定だろう。ロウはリシェルの処置を終えると、対面のソファーに腰掛け、彼女に視線を向ける。
「そうだね、半分は正解。もう半分は……キミには正直に言うけど、まだリディアには言わないで欲しい。彼女はそういうことを受け止めきれるほど、心が成熟してないと思うから」
「そうかしら……。あの子は、強い子よ」
「うん、それは分かるよ。けど……今はまだ、言えない。でもリシェルには、ちゃんと話しておきたいんだ。君も、別の理由があるみたいだから」
それは、これ以上ないくらい的確に、リシェルの心の奥底を貫く一言。
「…………やっぱり、知っていたのね。レティシアのことを」
「知らないはずがない。彼女は、僕の師匠の知り合いでもある。君達は、やっぱり…………」
「ええ。あの人は、私の――――――――たった一人の、血を分けた姉よ」
…………会話は途切れ、静寂。
そして静寂の終結とともに、彼らの密談はほんの僅か、交わされた。
その密談の内容をリディアが知るのは、まだ先の話。
大聖堂内の祭壇前には、4人の司教が二列に並んでいる。
その中にリディアは膝立ちで座っており、正面には大司教たるロベリアの姿。
「本日、正式なる叙階試験において規定を満たし、また精霊の加護のもとに。リディア・ハーケン、貴方を正式に助祭として認め、ここに叙階します」
大聖堂に響くロベリアの声。その言葉が終わると、後方に位置していた2人の司教が、白水(はくすい)色のローブをリディアに羽織らせ。
前列の司教は、銀色のティアラをリディアの頭にそっと乗せる。
「正しき精霊の加護を」
と、ステファニィー・ダニレス司教。
「朝の目覚めとともに」
と、マリエル・テーレンシス司教。
「夜の眠りとともに」
と、タッド・ウル・クージェン司教。
「命の鼓動とともに」
と、カイゼル・ロックウェン司教。
「星の、息吹とともに…………」
最後にリディアのその言葉をもって、叙階式は終了する。羽織ったローブはその色も相俟って、リディアの飴色の髪とはこれ以上ないほどに釣り合っていた。
「おめでとうございます、リディア様」
「これで、ロベリア様も一安心ですな」
「写真撮らせてもらって、ええかのう?」
「ああっ、ずるいですよロックウェン殿! リディア様、私にも撮らせて下さいな」
叙階式が終わった途端、今の今まで厳かだった雰囲気は霧散する。そのあまりの変わりように、さすがのリディアも驚きを隠せない。
「え? えぇ!? ちょ、ちょっと、これ……おばあちゃん!?」
「撮らせてあげなさい、リディア。ロックウェン司教とテーレンシス司教は、貴女のファンなんだから」
「ファ、ファンって、どういう……わぁっ!!?」
そんな問答など一切無視して、マリエルとカイゼルの2人は容赦なくシャッターを切る。夜の上に、元々仄暗い大聖堂の中なのでフラッシュは標準装備だ。
「やはりええのぅ。昔のロベリア様にそっくりじゃ」
「いやいや、ロベリア様よりも表情が豊かですよ。なんせ王室とは違う環境で暮らしておられましたから」
会話しつつもフラッシュは止まらない。リディアはそんな2人に、引きつった笑顔で応えるしかなかった。
実は、カイゼルは昔からロベリアに憧れていた。それはロベリアがゲインに嫁いでからも変わらず、また国王として再びこの国に戻ってからもだ。
そんな彼が、若い頃のロベリアによく似たリディアの写真データ(当時7歳、獅子のぬいぐるみを抱いての笑顔)を見た瞬間、天啓を得たかのように「くわっ」と目を見開いた。
長年憧れていた女性の、若かりし姿を再びこの目で見る(データだが)ことが出来るなど、夢にも思わなかった。これは是非、いつか生で見ておかねば。
彼の想いは同じようにロベリアに憧れていた、当時新米のマリエルを同じ道に引きずり込み、2人は極秘裏に「リディア様FC」を設立。
しかし端から見れば、幼女に息を荒げる2人の変態司教の爆誕である。他の司教であるタッドやステファニィーは素で引いていたが、一部の司祭らは同じように
ロベリアへの憧れを抱いており、こっそりと名簿に名を連ねていた。
だがどこから漏れたのか、そのFCはロベリアの知る所となり――――
「ロックウェン司教……会員番号0番は、私でしょう?」
――――前代未聞の、国王公認FCになってしまったというのだ。
「…………何なの、この状況は」
「判断に困るね……記念撮影?」
リディアから送られてきたメールで、叙階式のことを知っていたリシェルとロウが大聖堂に到着してもなお、カイゼルとマリエルの撮影会は止まらない。
「あ、リシェル、ロウ…………あの〜……そろそろ、終わってくれませんか?」
リディアが申し訳無さそうに声をかけるも、その微妙な表情の変化を逃すまいと、フラッシュはより一層激しさを増すばかり。
「リディア様、視線こっちにお願いします!!」
「ああ、ご友人方も並んで並んで!! さ、行きますぞ!!」
普通ならそんな馬鹿馬鹿しい誘いなど断るところだ。しかし何の因果か相手は仮にも司教、一介の騎士風情がどうこう言える相手ではない。
2人を交え、さらに数十枚の撮影を終えたところで――――ようやく、ロベリアからストップがかかった。
「さぁ、そろそろお開きにしましょう。もう十分撮ったでしょう? 彼らはまだ食事を取っていないのだから、解放してあげなさい」
「ううむ……ロベリア様の命とあれば、仕方あるまい」
「そうですね……残念ですが、リディア様。またの機会に」
ロベリアの一声でそそくさと撤収する2人。ちなみに、ステファニィーとタッドは開始1分で呆れてさっさと出て行ってしまっていた。
「貴方達も、早く食事になさい。明日の昼にはここを発つのでしょう? なら、早く休まなければ」
その言葉に、3人は頷き――――リディア1人が、思い出したように声を上げた。
「あたし、フォームの修行全然やってない!! リシェル、付き合って!!」
「悪いけれど、パスさせてもらうわ。しばらく手が使い物にならないから」
そういって、包帯の巻かれた両手を見せる。既に傷は塞がっているが、最低でも1日は安静にしなければならない、というロウの指示である。
「じゃあ、ロウは!?」
「構わないけど……ロベリア様、修練場の使用時間は何時までですか?」
「22時までよ。もう過ぎてしまったわ」
無情なる国王の一言。リディアはぺたんとその場に座り込み、これ以上ないくらいに落胆の姿。
「そんなぁ〜〜……」
「助祭の資格をちゃんと持っていれば、こんなことにはならなかったのよ? 自業自得、よく覚えておきなさい」
ぽん、と。
軽くリディアの頭を叩いてから、ロベリアは大聖堂を出て行った。
その後ろ姿をしっかりと見送ってから…………リディアは糸の切れた人形のように、こてん、と倒れこんだ。
「ちょ、リ、リディア!?」
「どうしたの!? 何が――――」
「…………思い出したんだけど、さ――――あたしこの5日で、ほとんど、寝てないんだ…………」
――――そう。
総計学習時間120時間に対し、睡眠時間わずか8時間。
これで眠くない人間などいるはずはなく、リディアも勿論例外ではない。
「…………くぅ」
「……寝てしまったわ。ロウ、お願いできる?」
「ん。りょーかい」
ひょいっとリディアをおぶるロウ。その姿はまるで遊びつかれた妹と、面倒見のいい兄のようにも見えた。
緑の月10日――――午前11時。
ワルマーシア・エリウティーポート。
「ふわぁ…………にゃむ」
「きゅぅ?」
眠そうに目を擦るリディアと、久方ぶりの再会した親友のその表情に、小首をかしげるルゥ。
「出発したい所だけど、まだ来てないみたいだね……先輩さん」
「ええ……。一体、どういうことかしら?」
リシェルとロウが周囲を見渡すが、それらしい人影はない。出航の準備は既に整っており、あと10分もしないうちに船は港を出るだろう。
「そう焦らなくてもいいわ。彼はちゃんと来るから」
そう言ったのはロベリアだった。わざわざ国王直々に見送りに来ることは極めて異例であるが、彼女はそんなことなど気にもしていない。
なぜなら――――ここには既に、正統なアーク・トゥエラが3人も揃っている。実戦には乏しいが、その才覚、実力は折り紙つきだ。
護衛として、これ以上の者はいないと言ってもいい。
「では、彼が来る前に……あなたたちを騎士と認めて、これを渡しておきましょう」
ロベリアが合図すると、傍らに控えていたカイゼル・ロックウェン司教がアタッシュケースを掲げる。そして中を開き、まず1つをロベリアに手渡す。
「これは、ロウ君ね」
手渡されたのは金属製の、円筒形の物体。長さは30センチ程度だが、重量は1キロもない。
「これは……リシェルさん」
それは、両手持ちに十分な長さ。そして利き手の、丁度中指と人差し指が来る場所にカバーがあり、内側にはボタンが。
「最後にこれが……リディア。貴女のものよ」
――――それは。
かつて、このゼンポゥラが真期と呼ばれ始めた頃に現れた、1人の英雄の名を冠する武器。
騎士たちの象徴として扱われ、数百年。
数多の法を守護し、悪を断罪する裁きを担う光の剣。
レーザー技術の集大成…………その名を、ゼンセイバー。
「そう……。確かにそれは騎士たちの象徴だけれど、同時に容易く命を奪う力を持っている。だから、使い所を間違えないで欲しい」
ロベリアの言葉は、紛れもない事実。
軽すぎる剣、質量をほとんど伴わないが無類の切れ味を持つ刃。それは戦うべき敵のみならず、使い所を間違えれば自身の命さえも奪う諸刃の剣。
しかし――――。
「「「はいっ!!」」」
若く、溢れんばかりの力を秘めた3人の騎士は、凛然とした声で答える。その声を聞き、ロベリアは優しく微笑んだ。
「さて。どうやら彼も着いたようだし……そろそろ出発ね。先達を務める先任騎士、彼の任務の補佐をするのが、貴方達の最初の仕事よ」
「え?」
3人が振り向いた先には、1人の青年の姿。
揺れる髪は黄金。ロウよりも僅かに低い身長。自然体でありながら、隙の無い立ち姿。
「……お久し振りです、ロベリア様。レオン・ウィルグリッド、着任しました」
「レ、レオン!!? なんで!!?」
声を上げたのはもちろんリディアだ。まさか6日前に出会ったあの青年が……自身と同じ、アーク・トゥエラだったとは。
一週間にわたるワルマーシアの日々は終わり、4人と1匹は新たなる旅路へ。
海の向こうに待つ新たな任務は、果たしてどれほどの過酷さか。
その全てを知るのは……精霊たちなのかもしれない。
第3話へ続く
管理人の感想
今話で2話も終了。より戦闘シーンが増えてくる、第3話への土台ができたって感じですね。
それぞれのフォームを身に付けた3人の、新しい戦闘スタイルが今から楽しみです^^
そしてやはり出てきました、レオン。
予想通りアーク・トゥエラで・・・なるほど、新米の3人が補佐役として就くほどの凄腕だと。
あと、それぞれに渡された武器。
ゼンセイバーについては、基本設定の方に載せてありますので、そちらを参考にしてください。
それでは皆様も、第3話をお楽しみに^^