自分の内に秘められている異質なモノ――魔法の要素となる魔力が徐々に高まり、練り上げられていく感触。
杏璃はその感触を確かめつつ、高揚した気分のまま詠唱を続ける。
『ふふっ。今日は調子がいいわ♪』
これなら、自分が初めて魔法で敵わないと思える好敵手にして親友――神坂春姫に一矢報いることができそうだ。
杏璃にとって魔法とは、No.1になるべきものだった。
勉強はあまり得意ではなく、習い事の類もすぐに飽きが来て、身に付くことはなかった小学校時代。
そんな時、彼女は魔法に出会った。彼女の父親が、Classこそ低いが魔法使いであったため、一人娘である杏璃にも一応検査を受けさせた。魔法を扱うに足る魔力が、体内にあるかどうかの検査だ。
誤解のないように言っておくと、魔力というのは人間である以上は誰しもが有している。一般人と魔法使いの違いは、その魔力量の多寡で分けられるのだ。
しかし、その違いは余りにも大きい。一般人に比べ、魔法使いの魔力量は・・・優に100倍以上。
だがそれは最低ラインの話。高名な魔法使いにもなると、それこそ数万倍、数十万倍の単位で膨れ上がっていく。
そして杏璃は、そんな稀有な人間の一人であった。魔法使いである父を遥かに超える魔力量。両親の期待を一身に背負い、この瞬間に魔法使いとしての柊杏璃は誕生した。
それからというもの、杏璃はその世界へのめり込んでいくこととなる。
両親にも認められた自分だけの「才能」。魔法は、彼女が頑張れば頑張るほど、どんどん期待に答えてくれた。
しかしその才能に決して溺れず、努力し続けた杏璃は、魔法科のある中学校時代でも常にトップだった。生来の負けず嫌いである彼女にとって、No.1という称号は、誇りであり手放せないものとなっていた。
だが、高校に入って状況は一転する。魔法科を有する学校でも1,2を争う名門校、瑞穂坂学園。当然のごとく推薦で入学した彼女は、そこで本物の天才と出会ってしまった。
神坂春姫。それが、魔法では誰にも負けないと思っていた杏璃の自信を、粉々に打ち砕いた才女の名前だ。
春姫の魔法は、負けず嫌いを自覚している杏璃から見ても・・・とても、綺麗だった。
そう、綺麗なのだ。魔法式も、詠唱も、構成速度も、魔法の完成度も、何もかも。彼女が意識を集中させ、魔法が発動されるまでの一つ一つのプロセスが。
だからこそ、杏璃は次点に甘んじた。春姫がトップであることを認めた。認めざるを得なかった。
しかしだからといって、諦めたわけでは決してない。杏璃は瑞穂坂学園での初めての魔法実習が終わった直後、ライバル宣言を高らかに行なった。
――「あたしは柊杏璃!春姫、あんたは今日からあたしの一番のライバルよ!!」
それ以来、春姫は杏璃のライバルであり、良き理解者であり、自他共に認める親友ともなっていった。
『――イケるっ!』
充分に高まった魔力。後はこれを魔法式に乗せれば――。
「――エスタリアス・アウク・エルートラス・レオラッ!!」
『・・・え!?』
そこでようやく、杏璃は異変に気付いた。
”無かった”のだ。
いや、正確には無くなっていた。魔力と共に構成していたはずの魔法式が、発動するその時には既に無くなっていた。
しかし、既に詠唱は終わってしまった。その結果、当然――。
「あ・・・」
魔法式という魔法の核を失った状態の魔力は、眩い光を放って大気に雲散してしまった。
はぴねす! SS
「Secret Wizard」
Written
by 雅輝
<9> 微かな疑念
『ふう・・・やれやれ』
【どうやら間に合ったようですね】
『ああ』
アリエスの落ち着いた声に苦笑と共に頷いた雄真は、身を隠していた廊下からさりげなく教室へと戻る。
面白いもので、教室の生徒の反応は大きく分けて二つに分かれていた。これはおそらく、普通科と魔法科の違いだ。
普通科の面々は、何が起こったのか分からず唖然としている。元々魔法自体に興味深々だったようで、不発に終わった杏璃の魔法に、肩透かしを食らっているようだ。
そして、普通科に比べると少数である魔法科の面々。こちらはどうして杏璃の魔法が発動しなかったのか、既に察知していることだろう。その証拠に、一様に安堵している表情が覗える。
そんな中、彼女らと同じようでいて違う人物。キャンセルを発動させた春姫本人は、油断なくマジックワンド――ソプラノを構え、しかし顔にはほっとしたような表情を浮かべていた。
「あれ?」
「・・・もしかして、失敗しちゃったのかしら?」
ハチと準が普通科の意見を代表するかのように、驚きを隠せずに呟く。
キャンセル
確かに、魔法に精通していない人ならそう思うだろう。消去魔法という概念が無いのだから。
「そ、そんなはずは・・・春姫でしょ!あたしの魔法を打ち消したの!」
「ごめんね、杏璃ちゃん。でも、こんなところで魔法を使うのはやっぱり危ないわ」
「やったわね・・・春姫っ、見てなさい!」
春姫に邪魔されたのがよほど悔しかったのか、もう一度先ほどと同じ態勢で魔法の詠唱を始めようとする。
だが―――。
「こら、そこまでだ」
”パコッ”
「いたっ」
魔力を練り上げるべく、目を閉じて集中を始めようとした杏璃を制したのは、いつの間にか彼女の背後に回った雄真であった。
その手には、今しがた杏璃の頭を小突いたであろう、丸めた教科書が握られている。
「何すんのよっ、バカ!」
「バカはどっちだ。こんな人のいる場所で、攻勢魔法なんか使おうとしやがって・・・もし失敗して暴走でもしたらどうするつもりだ」
「そんなヘマしないわよっ!」
「俺は可能性の話をしてるんだ。いくらお前が魔法に自信を持っていようが、可能性はゼロじゃない」
「そんなこと・・・」
「もし、お前の魔法で誰か関係のない奴が傷ついたとき、お前はその責任を負いきれるのか?」
「そ、れは・・・」
「・・・聞き方を変えてやる。その責任を、どうやって取るつもりだ?後悔してからじゃ、何もかもが遅いんだぞ」
「・・・・・・」
雄真の言葉に何も言い返せない杏璃は、唇を噛み締めながら俯いてしまった。
【・・・雄真さん。鈴莉さんとの約束、覚えてますよね?】
『ああ。でも・・・俺は自分の信念を曲げる気もないし、それにこのままだと遅かれ早かれ、柊は絶対に後悔することになると思ってな』
【はぁ・・・やっぱり雄真さんは、天然の女たらしですね】
『ん?なんのことだ?』
【・・・イエ、ナンデモアリマセン】
『???』
「・・・悪かったわよ」
アリエスとの念話を挟んだ数秒後、呟くように未だに顔を俯かせてそう言った杏璃は、もうそろそろ授業開始だというのに、教室を早足で出ていった。
雄真も授業の用意をしようと席に戻ろうとすると、何故かにやけ顔の準に捕まってしまう。
「どうしたんだよ、準」
「べっつに〜♪ただ、雄真があそこまで怒るなんて、珍しいなぁと思ってね」
「怒る、か。・・・確かにそうかもな」
雄真にとって、魔力の暴走というワードは、過去に親しい姉のような存在を亡くしたトラウマだ。
だからこそ、杏璃にもああやってきつく忠告しておいたのだが・・・。
「でもまあ、納得してくれたみたいで良かったよ」
「そうね。・・・でも、あまり魔法に関することに首を突っ込まない方がいいんじゃない?」
前半は雄真に同意し、後半部分のセリフを彼の耳元で囁く準。
準も雄真の秘密を知っており、かつそれを秘匿にするという難題をサポートする、数少ない協力者なのだ。その助言は確かに有難い。
「ああ、サンキュな。でも、バレない範囲でやるつもりだから、大丈夫だって」
だが雄真とて、時には譲れない信念というものが選択肢に出てくるだろう。そしてその時、彼は間違いなく、自分の秘密より信念の方を取る。
たとえその結果、鈴莉やゆずはに迷惑を掛けることになったとしても。それでも今回の事件において、自らの信念も貫けないようなやつが、果たしてキーマンとして活躍できるかと問われれば、答えは否だろう、と。
「そう?・・・まあ、雄真なら心配ないか。それじゃあ私も、自分の席に戻るね」
そう言って薄紫の長髪を靡かせながら、準はゆっくりと自分の席がある廊下側の奥の席へと歩いていく。
そしてそれが合図といわんばかりに、雄真は先生が来るまでの数分間を、睡眠に当てるべく机に突っ伏すのであった。
しかし、彼らは気付いてはいなかった。
杏璃が教室を出て行ってから、ずっと隣の席から雄真のことを観察するように見つめていた、茶色掛かった双眸に。
『・・・もしや、神坂さんは・・・』
そしてそのことに唯一気づいていた、雄真の指に光る存在――アリエスも、彼にそのことを告げるか一瞬悩んだものの、もう少し様子を見ようと何も言わぬままであった。
「ねえ、ソプラノ」
「はい、何でしょう?」
雄真が机に突っ伏したのを見届けると、春姫は徐に席を立ち、静かに教室を出ていった。
それはソプラノと話したいことがあったから。春姫は廊下の窓から外を眺める振りをしながら、背中にいる相棒に語りかけた。
「さっきの小日向くんの言葉に、何か疑問は感じなかった?」
「・・・やはり春姫も気づきましたか」
何気ない言葉の中にあった微かな矛盾点に気づくことの出来た優秀な相棒に、春姫は誇らしい気持ちになりながらも言葉を続ける。
「ええ、杏璃ちゃんを諫めたときのあの言葉」
――「こんな人のいる場所で、攻勢魔法なんか使おうとしやがって・・・」
「”攻勢魔法”・・・そんな言葉が、普通科の彼から出るはずがない。春姫もそう考えたのでしょう?」
「そう。あの段階で杏璃ちゃんの魔法が「攻勢」だと判断するのは、よほど魔法を視る目があるか、もしくは・・・」
「あの短時間で解析を行ない、あの魔法が火属性であることを知ったか・・・ですね」
「・・・あの時、小日向くんってどこにいたっけ?」
「さあ・・・私たちもキャンセルの準備をしていたから、断言はできませんが。いつの間にか、あの輪の中から消えていたように思えました」
「・・・」
春姫は考える。果たして彼は、何者なのかと。
例えば、こうも考えられる。彼には身近に魔法使いがいて、その人の魔法を間近で見てきたから、ある程度は魔法の種類が分かるようになった。
流石に苦しい考えだと思うが、しかしあり得ない話でもない。
口から適当に「攻勢魔法」と言ったのかもしれないし、「魔法=攻勢」だと思っている人もいるだろう。
ただ、一番しっくりと来る答えは・・・。
「・・・小日向くんが、魔法使い?」
自分で口に出して呟き、あまりに突拍子もない考えに思わず苦笑が漏れた。
だが、まだ腑に落ちない点も残っている。杏璃の魔法をキャンセルしていた時のことだ。
あの時に自分の他にもう一人、キャンセルを手助けしてくれる存在を、確かに春姫は感じていた。
しかもその人物は、相当魔法に長けていると覗えた。魔法科No.2である杏璃でも、また自分でも。あんな芸当はそうそう出来るものではない。
あの時、彼はあの輪の中にはいなかったと言う。杏璃が詠唱を始める前までは、確かにいたというのに。
「考えすぎ、だよね?」
「・・・そうですね。そろそろチャイムも鳴りますので、教室に戻りましょう」
風を入れるように開けていた窓を閉め、春姫はソプラノの助言に従い歩き出す。
ただ、彼女の胸の内には「小日向雄真」に対する微かな疑念が残った。
10話へ続く
後書き
Secret Wizard、第9話をお送りします〜^^
ん〜、全然話が進んどらんですが(汗) 今回は杏璃紹介をメインに添えつつ、春姫の心中も書いてみました。
魔法の恐ろしさというものを知っているからこそ、杏璃を諫めた雄真。しかしその結果、春姫に微かな疑念を抱かせてしまうこととなり・・・。
自分の役目を全うするか、それとも信念を貫くか。難しいですねぇ。
次回もあまり進まない予感(滝汗) 皆様、のんびりとお付き合いくださいませ。
それでは。