「おおっ・・・神坂さんだ・・・本当にいるよ」

「そりゃ当り前だろ。同じクラスなんだから」

教室の前までやって来た雄真は嘆息しながら、目の前で教室を覗きながら鼻息を荒くしているハチの背中に軽く蹴りを入れた。

「つーか、邪魔だ。教室に入れないだろうが」

「なあ、雄真〜。姫だよ、姫。俺たちのクラスに姫がいるぞぉ」

「聞こえてねえし」

雄真は再びため息をひとつ吐いてから、何となくハチに倣って教室を覗いてみる。

すると窓際の方の席に、ハチの言う「姫」こと春姫の姿が確認できた。

「・・・」

彼女は教室の喧騒を気にすることなく、静かに自分の席に着いて魔道書を読み耽っていた。ただ本を読んでいるだけの光景なのに、ここまで「絵」になるのは、やはり春姫本人が纏っている雰囲気というか、空気がおのずとそう見せているのだろうか。

「はい、ハチ邪魔〜」

「ゲフッ」

ハチが入口を塞いでいるせいで、そろそろ後ろもつかえてきたことを悟った準が、問答無用の回し蹴りで入口を確保する。

脇腹を押えながら悶えているハチを横目で見送りつつ、雄真はこの時間だけで三度目となるため息を吐きながら、ようやく教室の中へと入るのであった。





はぴねす! SS

            「Secret Wizard」

                             Written by 雅輝






<8>  天性のトラブルメイカー





「あ・・・」

「お・・・」

教室の前に張られた座席表通りに自分の席へとやって来た雄真は、その隣にいた春姫と共に少々間の抜けた声を上げた。

「おはようございます、小日向くん」

「おはよう、神坂さん。隣の席だったんだな」

「はい、これからよろしくお願いします」

「ああ、こちらこそ。神坂さんが隣にいてくれると、頼もしいよ」

座席は出席番号順――つまりは五十音順に並べられているらしいが、雄真のクラスはたまたま男子のあ行が少なかったため、「か」の春姫と「こ」の雄真が隣になったらしい。

「おっはよう、神坂さん♪」

「あっ、渡良瀬さんも。おはようございます」

とそこへ、教室の一番奥という席になった準が、春姫と雄真の元へとやってくる。満面の笑みを張りつけた準に、春姫も自然と笑顔で挨拶を返した。

「私のことは準でいいわよ。「わたらせ」って苗字、呼びにくいでしょ?」

「えっと・・・それじゃあ、準さんで」

「よろしい♪」

人とすぐに仲良くなれるのは、準の特技だよなぁ・・・と、雄真は口には出さないが感心していた。

誰に対してもわけ隔てなく気さくに接し、その容姿も相まってか、準は同性にも異性にも人気がある。ただ特定の相手が出来たという話は今まで耳にしたことがないのは、本人は「雄真一筋だから♪」と公言しているためか。

【まあ、準さんは実際にいい人ですしねぇ】

『そうだなぁ・・・って、何ちゃっかりと人の思考に入ってきてるんだ?』

【まあまあ、そんなことより・・・端の方でハチさんが泣いてますよ?】

アリエスの言葉でようやく彼の存在を思い出した雄真は、不運なことに教壇の目の前という席で血の涙を流したハチへと目を向ける。

「しくしく・・・いいんだいいんだ。俺なんか、その辺の「男子A」や「女子B」と一緒に、背景に紛れてればいいんだ」

「・・・」

聞こえてきた呪詛のような呟きに、流石に同情にも似た想いに駆られた雄真は、とりあえずその震えている肩をポンと叩くと。

「えっと・・・ハチ?ちゃんと紹介してやるから、こっち来いよ」

「うん☆」

――1秒で立ち直った。





「でもびっくりしましたよ。まさか準さんが男の子だったなんて」

新学期ならではの、朝のショートホームルームの後。始業式までのちょっと空いた時間の春姫の言葉に、雄真は苦笑しながら返した。

ちなみに、流石にそろそろ度が過ぎたと自覚してきたのか、春姫の誤解も、準自らの説明で既に解決している。

「まあ、あの容姿だから。たぶん、初対面で気づく人は、ほとんどいないんじゃないか?」

「そうですよねぇ。・・・それじゃあ、初めて会ったとき・・・もしかして私、勘違いしちゃってました?」

春姫の言う勘違いとは、おそらくバレンタイン前日に公園で会ったとき、二人をカップルだと思い込んでしまったことだろう。

もちろん、春姫に非があるわけでもなく、あの場合勘違いするなという方が難しいのだろうが。

「ああ、誤解は解けたんだから気にしないでくれ。・・・そういえば、そちらの相方さんは?」

「えっ、相方?」

「ほらっ、バレンタインの時に一緒にいた・・・確か、柊さんだっけ?」

「ああ、杏璃ちゃんならそろそろ・・・」

「たっだいま〜!」

「・・・帰って来たみたいですね」

まさに絶妙のタイミングで開け放たれた教室の扉から覗く、金髪のツインテール。そしてその勝気そうな瞳は、紛れもなくあの時の少女であった。

「おかえり、杏璃ちゃん。どうだった?」

「ふふっ、バッチリよ!良い雰囲気だったし、楽しくやっていけそうだわ」

「ふっふ〜ん♪」と上機嫌に胸を張る杏璃。しかしふと視界に雄真の姿を確認すると、今度は逆に腰を曲げて「ん〜〜?」と雄真の顔を覗きこんだ。

「お、おはよう」

「うん、おはよう・・・って、思い出した!あんた、バレンタインの時の・・・そうそう。確か、雄真だったわよね?」

「ああ、そっちは柊さんでいいんだよな?」

「ええ、でも「さん」は要らないわ」

「じゃあ、柊で」

「オッケー。・・・へぇ、同じクラスだったんだ」

「そうみたいだな。まあ短い間とは思うが、これから宜しくな」

そう言って右手を差し出す雄真。たとえ今のこのクラスが、魔法科校舎の再建までの仮のものだとしても。クラスメイトであることには変わりないわけだし、魔法科に知り合いはほとんどいない雄真にとっては、大切にしたい友人関係でもある。

・・・まあ、そんな打算的なことはあまり考えないのが「小日向雄真」という人間なので、この行為は天然といえるのだが。

「ふふっ、こちらこそ。・・・でも、良かったじゃない。春姫」

「え?」

「ふふ〜ん、とぼけちゃってぇ♪ カレ、想い人と一緒のクラスになれたことに決まってるでしょ?」

「「なっ―――!!」」

雄真と春姫、二人の絶句の声が重なる。互いに顔を赤らめている辺り、二人の恋愛関係に対する免疫の無さが垣間見える。

「――ぬぁんだってぇぇぇぇぇっ!!!」

だが二人以上に驚き、絶叫する人間が一人。・・・そう、突然現れたその人物とは、言うまでもなく高溝八輔である。

「おわぁっ、いきなり戻って来るなよ」

「それどころではぬわぁいっ!!どーゆーことだ。どーゆーことだ!どーゆーことだぁっ!雄真ぁっ!!」

「揺するな馬鹿!つーか顔がちけーよ!んなもん、誤解に決まってるだろうが!!」

「本当だろうなぁ・・・ハァ〜、ハァ〜!」

獣のように呼吸を荒くしながら、尋常ではない目つきで雄真を睨むハチ。その双眸は、いわば餓えた肉食動物のソレである。

どうやら彼にとって、神坂春姫の存在はそこまで神聖化されているらしい。

「バレンタインの時と同じ誤解じゃねーか。あの時にも、何回も説明しただろうが」

「誤魔化さなくてもいいじゃな〜い」

「頼むから柊は黙っててくれ。というか、混ぜっ返してくれるな」

雄真はげんなりとため息をつきながら、杏璃への認識をまた少し見直す。

「快活でノリの良い少女」から、「天性のトラブルメーカー」に進化。ジョブチェンジ。レベルアップ。

「あの、高溝くん。・・・小日向くんの言う通りなんですよ?」

「信じますぅ〜。何もかも神坂さんの言う通りなんです〜」

「早っ!っていうかお前・・・いや、もういい。言うだけ無駄か」

あまりのハチの変わり身に、理不尽さも働き流石に少々腹が立った雄真であったが。春姫にそう言われただけで昇天しそうなほど蕩けきっている今のハチに、何を言っても効果が無いことは目に見えているので、首を振って自己解決する。

「ふ〜ん・・・まぁいいか。それで、あたしのチョコと春姫のチョコ、どっちが美味しかったのよ?」

「え?えーっと、それは・・・」

即座に返答できずに、雄真は助けを求めるように春姫を見る。

しかし彼女も、何やら少し興味のある目で雄真のことを見つめていた。

それでもう言い逃れは出来ないと悟ったのか、雄真は気恥ずかしそうに口を開く。

「い、いや、その・・・柊のチョコも確かに美味しかったけど、神坂さんのチョコは・・・なんというか、凄く美味しくて、甘い上に優しいっていうか。神坂さんって、お菓子作るの上手なんだな」

「あっ、その・・・あり、がとう」

春姫が顔を朱に染めて、細々とお礼の言葉を口にする。

「あ、ああ」

そして雄真も、今更ながら恥ずかしくなってきて、頬をポリポリと掻きながら忙しなく視線をあちこちへと移す。

何とも言えない空気。俗に言う、甘ったるい空間。しかしここには、当然それを良しとしない猛獣が一匹。

「ゆぅ〜〜〜〜まぁ〜〜〜〜〜〜・・・」

「うわっ!ゾンビか、お前は!」

ゆらゆらと、負のオーラを纏って目の前に突然現れたハチは、まさにゾンビそのもの。言い得て妙である。

「裏切り者には死を〜〜〜・・・幸せ者には厄病神を〜〜〜・・・」

「ま、待て、ハチ。落ち着いて話をだな・・・」

「これが落ち着いていられるかぁぁ!お前、いつのまに神坂さんとそんなに親しい空気を作るようになってんじゃぁぁぁぁっ!!」

「ぐあっ、馬鹿!腕を噛むな!!」

「うるせー!どーせ二人のチョコはもう食っちまったんだろうが!なら俺は、お前の血肉となったそれを頂くまでだっ!」

「痛たたたたたたっ!この野郎、本気で噛むなっつーの!」

ハチは先ほどのような死人の目から、すっかり猛禽類の目に戻ってしまっている。

流石に腕をむしり取られるようなことはないが、それでも歯型は絶対に残るだろうし、何より痛い。現在進行形で。

『こうなったら魔法で・・・』

【駄目です、雄真さん!鈴莉さんから言われたことをお忘れですか?】

アリエスの言う「鈴莉から言われたこと」とは、おそらく「これまで以上に、慎重に正体を隠さなければならない」という言葉のことだろう。

確かに。ここは教室のど真ん中。その上、目の前には魔法科のトップ2とされている春姫や杏璃がいる以上、迂闊に魔法の使用はできない。

「エル・アムニア・リ・レフス・・・」

どうするか、と痛みに耐えながら考えあぐねていた雄真の耳に、いつかも聞いた柔らかな詠唱が入って来た。

途端、教室は淡緑の光に包まれ、その中心にいたハチへと光は集中していく。

『魔法か・・・。アリエス、解析を頼む。それくらいだったら大丈夫だろう?』

【そうですね。では、仰せのままに】

「・・・ミディア・リ・アムスレイン」

そして収束のワードと共に、光が弾ける。

教室にいるものを包んだのは、まるで森の中にいるかのような爽快感と、ここに居てもいいのだと言われているかのような安心感。

騒ぎの元凶であるハチまでも動きを止め、興奮していた様子は微塵も感じられないほどだ。

やがて、マジックワンドを背中へと戻した春姫はニッコリと笑うと、そのままハチに呼びかけた。

「高溝くん、少し落ち着いてください」

「・・・ふぁーい」

『流石だな、猛獣化したハチをいとも簡単に。・・・詠唱を聞いている限りは、沈静化の魔法か?』

【はい。解析の結果、沈静化の魔法にアレンジを加えた・・・リラックス効果とでも言いましょうか。そういう類の魔法ですね】

『なるほどな。それをクラス全体にまで広げて・・・Classでいうと、どれくらいの魔法になるんだ?』

【断言はできませんが・・・Cといったところでしょうか。ですが、やはり安定感がケタ違いですね。失敗する要因なんて、ほぼ皆無でした】

アリエスと魔法談議を脳内で交わしながら、雄真は魔法を使うことなく解決して良かったと、内心で安堵のため息をついた。

「うん、とりあえず一件落着ね。・・・ところで春姫ちゃん。今のって、魔法よね?」

いつの間にやって来たのか、騒ぎが収束したところで、笑顔の準が春姫に問いかける。

「あっ、はい。少し心を落ち着かせる魔法を使いました。成功してくれたようなので、良かったです」

「またまた、謙遜しちゃって〜♪魔法科の二年生の中で、春姫ちゃんが一番っていうのは普通科でも有名なんだから〜」

「あ、いえ・・・」

「そうそう。一年の時にたった一人だけ、ClassBの試験をパスしたって、普通科でも話題になったんだぜ」

「その上、運動も出来て座学も出来て。容姿端麗、良妻賢母」

「くぅ〜!流石は瑞穂坂を代表する姫だぜ!」

「あ、あの、もうその辺で・・・」

引き攣り気味の笑顔で曖昧な返事をする春姫に対して、準とハチが褒め殺すかのように話題を繋ぐ。

『・・・なんか、嫌な予感が』

そんな中、普通科の中ではただ一人雄真だけが、言い知れぬ不安に襲われていた。

それは曲がりなりにも、目の前で春姫を褒めちぎっている二人よりは、「彼女」の性格を理解している賜物か。

そう、先ほど「天性のトラブルメイカー」へと雄真の心の中で華麗なる転身を遂げた少女は、どことなく慌てている春姫の様子を見て、面白く無さそうな顔をしていた。

だから、何となく直感的に悟ってしまった。これから起こしてしまうであろう、彼女の行動を。

「ふっふっふ。春姫が見せたのなら、私も見せないとねぇ!」

――そしてそういう時の「嫌な予感」というのは、往々にして当たるものである。

「・・・はぁ。やっぱりそうなるのよねぇ」

そうしてため息をつく春姫の表情は、既に諦めモード。どうやら、魔法科では割と日常茶飯事な出来事だったらしい。

「何かまずいの?」

「ええ、少し・・・いえ、かなり・・・」

そして問いかけた春姫の答えを聞いて、直感は確信へ。

『・・・なぁ、アリエス。どうすりゃいいと思う?』

【と、言われましても・・・とりあえず、最優先はバレないようにすること、ですね】

だよなぁ、と嘆息しながら、とりあえず雄真は様子を見ることにする。

まだ何をすると決まったわけではないのだし、どうせなら気のせいであってもらいたい。

「それで、杏璃ちゃんはどんな魔法を見せてくれるの?」

「もっちろん、一番得意な魔法よ!!」

気のせいで・・・。

「ちょっ、ちょっと杏璃ちゃん!?一番得意な魔法って、まさか・・・」

「行くわよ、パエリア!」

―――あぁ、やっぱり駄目っぽいわ。

皆が「パエリア」と呼ばれたマジックワンドを平行に構えた杏璃に視線を集める最中、雄真はいつの間にか出来ていた人垣を縫って、どうにか誰にも気付かれない内に教室の外の廊下へと身を滑らせる。

「オン・エルメサス・ルク・アルサス・・・」

それと同時に、教室の中から堂に入った杏璃の詠唱が聞こえてきた。

ぐんぐんと高まり、練り上げられていく魔力。

『へぇ、大したもんだ。流石は魔法科ナンバー2ってか』

【そうですね。おそらく、最大使用魔力量では雄真さんより上でしょう】

『ああ、だが・・・制御が追い付いていない。あの馬鹿、何の魔法を・・・って、もしかして!これ、火属性の魔法じゃないか!?』

【・・・どうやら、そのようです。それも、かなりClassの高い攻勢魔法】

                                                              キャンセル
『またあいつはフィールドも張らずに・・・しょうがない。アリエス、消去魔法を。詠唱は任せる』

【了解しました。エル・アムダルト・・・】

 キャンセル
消去魔法―――アンチマジックともいえるそれは、その名の通り「魔法を打ち消す魔法」のことだ。

相手の魔法式を解析し、それを一つ一つ紐をほどくように打ち消していき、最終的には魔法の発動さえ許さない。

簡単そうに聞こえるかもしれないが、これがなかなか難しい。何しろ魔法式の構成というのは人それぞれであり、細部まで知っている自分の魔法式ならいざしらず、他人の魔法式を初見でキャンセルするというのは、かなりの知識と技術が必要とされる。

だが幸いなことに。そこにはその知識と技術を持っている魔法使いが「二人」もいた。大魔法使いと謳われる御薙鈴莉の弟子、小日向雄真と神坂春姫である。

『あれは・・・神坂さんもキャンセルを。これで何とか間に合いそうだな』

廊下から教室の様子をチラリと覗いた雄真の視界の先には、先ほどのように目を閉じ集中しながら、ワンドを構える春姫の姿が。

『よしっ、もう一踏ん張りだな・・・』





『何だか・・・変、だな』

一方春姫は、魔法に集中しているのとはまた別の意識の下で、違和感を感じていた。

突然攻勢魔法を放とうとしている杏璃に対して、咄嗟に施したキャンセルは順調だった。いや、”順調すぎた”。

自分の解析がまだ及んでいない個所でも、次々と魔法式が打ち消されていくのだ。しかしそれに荒々しさはなく、あくまで全ての魔法式を消し去ろうと丁寧この上ない。

まあ下手に魔法式を残してしまうと、中途半端な状態で魔法が発動してしまい、それは魔力の暴走と同じと言えるのだけれど。

しかも、その速さが尋常ではない。そちらの方がずっと後に始めたはずなのに、もう春姫と同じ段階まで来ている。

『・・・とにかく今は、キャンセルに集中しなきゃ』

杏璃の詠唱と共に、そろそろキャンセルも無事に終わるだろう。

その時、自分を責めるであろう彼女にどう言い訳をしようか。春姫はある種の微笑ましさを感じながら考えていた。



9話へ続く


後書き

何とかUPできました。第8話です!

しかし内容はなかなか進みませんねぇ^^; もう8話なのに、まだ始業式も始まっていないという・・・。

何話まで伸びるか怖いなぁ。


さて、今回は杏璃メイン?の回でした。

今回だけでなく、次回もそうなる予定ですが。でもやっぱり、視点は雄真になってしまうんですよねぇ。

そして何気においしいハチ。やっぱりギャグ要員としては、欠かせない存在だなぁ、とつくづく思いましたね。

次回は・・・とりあえず、夏休みが終わるまでを目標に。



2008.8.10  雅輝