「瑞穂坂学園、か・・・」

時間軸は少し遡り、まだクラス割の表示が張り出されて間もない時間。

瑞穂坂学園の校門の前に並び、堂々と佇む三つの人影。

「ふん。よもや、ここまで遠回りさせられる羽目になるとはの・・・」

その中央にいる銀髪の少女は、その長く美しい髪にスッと指を通しながらクツクツと可笑しそうに嗤った。

「まあよい。しばし、楽しませて貰うとしようか。・・・行くぞ」

「「御意」」

その瞳に狂気にも似た色を映しながら、銀髪の少女は敷地内へと足を踏み出す。左右で常に一歩引いた位置にいる従者も、主の命令に従いその足を進ませた。



『御薙鈴莉。・・・”秘宝”は、返してもらうぞ』





はぴねす! SS

            「Secret Wizard」

                             Written by 雅輝






<10>  転入生の兄妹





「ふう、ようやく始業式も終わったな」

体育館から教室へと向かう道すがら、雄真は欠伸を噛み殺しつつ横の二人に話しかける。

「本当よねぇ。相変わらずウチの校長は話が長いんだから。貧血で倒れるかと思ったわ」

「あぁ、神坂さんとか貧血で倒れないかなぁ。そしたら俺がすぐさま駆け寄って・・・ぐふふ」

雄真の言葉に対し、準が愚痴りハチが妄想を膨らます。そんないつも通りの風景と共に歩いていた雄真の視界の端に、ふと気になるものが映った。

『あれは・・・小雪さんと式守伊吹?』

廊下の窓から見えたもの。それは、桜並木が続く広大な公園の中、一際目に引く大きな桜木の下で向かい合っている、一組の女生徒たちであった。

『なんであんなところに・・・いや、その理由は説明が付くか。でも・・・』

あの木の下には、那津音が――正確には、那津音の遺骨が眠っており、伊吹は那津音と同じく式守家だ。那津音との関係までは分からないが、もしかするとかなり近しい存在なのかもしれない。

小雪にしても、以前からよくあの公園で姿を見かけてはいた。なので、彼女が居てもおかしくはないのだが・・・。

『なんか、様子が変だな』

その様子を一言で言い表すのならば・・・険呑。

遠目なのではっきりとは分からないが、お互いに無言でいるのにも関わらず、その空気はどこかピリピリしているように思える。

「・・・準、ハチ。先に教室に戻ってくれないか?」

「へ?お、おい、雄真!」

「HRはどうするのよ〜!」

「代返しといてくれ!頼んだ!!」

振り向きもせずにそう答えた雄真は、中庭の公園へと駆け足で向かった。







『・・・小雪さん一人、か』

雄真がその場所に着く頃には、伊吹の姿はどこにも無かった。おそらく、もう教室へと戻ったのであろう。

彼としても、伊吹の前に姿を見せるわけにはいかなかったので、それは僥倖といえた。流石に最も警戒すべき相手の目の前にいきなり姿を見せるほど雄真も愚かではないし、あの伊吹と小雪の空気に割って入るようなことでもあれば、それこそ雄真が伊吹の印象に残ってしまう。

「瑞穂坂大災害」のキーマンとして、雄真はなるべく目立ってはいけない。特に注意すべき人物の前では、極力「普通の生徒」を演じるべきなのだ。

「こんにちは、小雪さん」

「・・・え?」

件の桜に背を預けながら、芝生に腰を下ろしている小雪に呼びかける。対する小雪はぼんやりとしていたのか、数秒遅れてようやく反応を示した。

「あら、雄真さん。どうかなさったんですか、こんなところで」

「いえ、それはこっちのセリフですよ。小雪さんこそ、こんなところで何をしていたんですか?」

「・・・何を”していた”ですか。ふふっ、どうやら、先ほどのことを見られてしまったようですね」

一見すると聞き逃してしまうような言葉の端に隠された意図を読み取り苦笑する小雪を見て、雄真はやはり聡い人だなと感心する。

「・・・ええ、廊下の窓から。遠くて何を話しているかは分かりませんでしたが、彼女が式守伊吹・・・ですね?」

「名前まで御存じでしたか。それでは、彼女が那津音さんの義理の妹である、ということは知っていますか?」

「妹!?・・・ってあれ、小雪さんは那津音姉さんのことを知ってるんですか?」

「ええ。私も小さな頃、よく遊んでいただきましたから。まるで本当の妹のように可愛がってもらって、魔法の基礎も教えてもらいました」

「・・・俺も、です。俺も小さな頃はよく・・・。じゃあ、何で那津音姉さんの妹さんと小雪さんが睨み合ってたんですか?」

雄真がそう問いかけると、小雪は微かに苦笑を洩らしながら。

「ふふ、私は睨んでいた覚えは無いんですけど・・・確かに、彼女には私を恨む理由があるのかもしれませんね」

「小雪さんを?その理由って・・・」

「秘密、です。また・・・時機がくれば、打ち明けることになると思いますけど」

「・・・分かりました」

そう返事を返したところで、丁度鳴り響くHR開始を告げるチャイム。雄真は最後に一度、桜の木を見上げてから小雪に声を掛ける。

「それじゃあ俺は行きますね。・・・小雪さんは、行かなくていいんですか?」

「・・・私はもう少しだけ、この桜を見てから行きます」

「そう、ですか」





桜の花弁が、ひらりと目の前に落ちる。

小雪はその向こうの雄真の背中が徐々に小さくなっていくのを見届けてから、再度座り直して堂々とした桜の枝を見上げた。

「やはり雄真さんも、那津音さんのことを・・・。これはやはり、彼が持っているべきなのではないでしょうか」

制服の上に掛けているエプロン。そのポケット――空間に干渉した魔法により四次元となっている――から、彼女は徐に一つの木箱を取り出した。

それは那津音が死に至る直前、彼女から小雪の母であるゆずはに直接手渡された遺品であった。白木によって形作られた直方体の箱の中には、一本の笛が眠っている。

その母から那津音の遺言と共にこの笛を受け取ってから5年。久しぶりにこうして四次元空間から引っ張り出してきたが、昔と変わらずに存在感を放つ魔具に、小雪は何とも言えない吐息をついた。



――私が扱える代物ではない、と。







「早速だが、転入生を紹介する」

ようやく始まったHR――結局雄真は遅刻してしまい、新学期早々担任教師に目を付けられることとなったのだが、まあそれはさておき。

まだ少し賑やかな教室の中、担任のそんな声が通り、皆も話を切り上げて興味深々に黒板の前に立つ一組の男女へと視線をやった。

『へえ、魔法科か』

そしてそれは雄真も例外ではなく。ぼんやりとその二人を観察する。

男の方は長身痩躯。しかし体つきはがっしりしているという理想的な体型の上に、顔もキリっとした眉が特徴的で女子に人気が出そうだ。

対して女の子の方も、今どき珍しいおかっぱ頭が良く似合う、儚げな雰囲気を纏った美少女だ。その証拠に、美少女には敏感なハチも鼻息を荒くして、その女の子を見て――いや、もはや視姦ともいうべき血走った目つきで見つめている。

ただ、二人には共通点があった。それが、背中に背負っているマジックワンドだ。

男の方は・・・一見するとただの木刀にしか見えないのだが、よく見ると微かに魔力を纏っており、背中に「張り付いている」という事実から見てもマジックワンドであろうことが推測される。

そしてもう一方はヴァイオリン。おそらく愛用の楽器をワンドの素材にしたのだろう。意外にも、そういう生徒は多いのだ。

「それでは二人とも。自己紹介を頼む」

担任が二人を促して、自らは一歩下がる。二人は一瞬どちらが先に言うかと目配せをしたようだが、それもすぐに決まったらしい。

「上条信哉だ。宜しく頼む!」

男――信哉と名乗った男子生徒の声に、皆が口を閉ざしてその言葉の続きを待つ。

「・・・」

「「「「「・・・・・・」」」」」

しかし沈黙のまま十秒が経過。時間の止まった教室の中で、担任がクラスを代表するかのような素朴な疑問を口に出す。

「・・・終わり、かね?」

「余り己のことを語るのは得意ではありませぬ故」

「そ、そうか。では次は・・・」

担任は苦笑と共に、固まった教室の空気をどうにか和らげようと次を促す。

「上条沙耶です・・・。兄共々、よろしくお願い致します・・・」

女生徒――沙耶の自己紹介に、教室の男子生徒がどよめく。ハチは・・・言うまでもなく。

しかし無理もない。その姿にピッタリな儚げな消え入りそうな声。けれど、なぜか耳に残る清涼感さえ醸している。

さらに、どよめき始めた男子生徒たちに驚いたように体を一瞬震わせ、頬を染めながらおずおずと後ろに下がる姿もまた、まるで古くから言われる大和撫子のような奥ゆかしさを感じさせる。

そんな中雄真は、ざわめく男子たちを尻目に一人思案の海に浸かっていた。

――狙い澄ましたかの様に転入してきた兄妹。背中のマジックワンド。そして上条という苗字・・・。

『・・・ビンゴ、かな』

【そうですね。おそらく二人とも、式守家の護衛役を務める上条家の者でしょう】

二人はそんな念話を交わしながら、長い春休みを利用して調べ尽くした――とはいっても特秘事項も多く、調べることができたのは極一部でしかないのだろうが――式守家や学園に関する情報の一部である記述を思い出す。

上条家。

それは、魔法使いの一族として名高い式守家の分家であり、また分家の中では最も権力を握っている家。まさに分家の長ともいえる存在。

故に、昔から上条家は唯一宗家の者と護衛として行動を共にすることができ、その縁もあって魔法の実力も分家の中で1,2を争う。

特に、式守伊吹は式守家の次期当主。護衛は付いていて当然と言えるだろう。

まさか転入してくるとは思っていなかったが、狙いの者があの森の奥にある以上、学園生という身分の方が何かと融通が利くのも確か。となると、伊吹も転入している可能性が高いわけで・・・。

『・・・そういえばあのお嬢さんは1年生だと情報にはあったが、もしかするとすももと同じクラスになってるかもな』

【そうですね。その上、友達になってたり・・・】

『はは、まあ有り得ないよなぁ』

【そうですよねぇ】



この同時刻。下の階で、彼らが笑い飛ばした予想とほぼ同じ出来事が起こっているとは、二人はまだ知らない。



11話へ続く


後書き

もう10話かぁ・・・と少し感慨に耽りながらも掲載〜。

えーっと。連載開始が6月8日なので・・・だいたい3ヵ月?で10話だとしたら、平均して9日に1話か。

微妙にローペースなのかな。まあ今は隔週ですし、割と仕方ない部分もあるのですが。

定期的な更新は何とか出来ているので、まあいいかと思ったり。


さて、それはともかく。内容の方は10話も経ったというのに、ほとんど進んでいません。まだ始業式だよorz

まあこれからは早いと思いますが。主要人物も、大方出揃いましたしね。後は急ぎ足にならないように、気をつけるだけですね。


では、また二週間後に・・・あっ、でもテスト真っ最中かも(笑)



2008.9.15  雅輝