あの瑞穂坂学園の校舎爆発から、二ヶ月弱が経った。
学園の方は鈴莉の言ったとおり、事故の翌日から臨時の春休み。学園生たちにとっては、夏休み以上の長期休暇となった。
そして4月8日。長かった春休みも昨日で終わり、今日から新たな学年と共に新学期がスタートする。
そんな日の朝。・・・いや、まだ朝とも呼べない、夜明け前の時間帯。
「エル・アムダルト・リ・エルス――」
小日向雄真は自宅の庭で、毎日の日課である魔法の鍛練を行っていた。
トップアスリートなどは、1日でも練習をサボれば取り戻すのに3日掛かると言われている。
それは魔法使いも同じ、というのが雄真の持論。こうした反復こそが実力に結びつき、こなし続けることにこそ真の意義がある、と。
「ディ・ルテ・セルダム・リル――」
雄真が今行っているのは、俗に言う「治癒魔法」と呼ばれるものだ。
治癒といえば聞こえもいいかもしれないが、魔法とてそこまで万能ではない。実際には、生命体における自然的な「治癒能力」を、その個体の細胞を活性化させることによって急激に早めているだけに過ぎない。
つまりは、普通の生命体ならば必ず辿る怪我、治癒、完治の流れを、魔法で短縮させている、ということだ。
「カルティエ・ラティル・アクリウス!」
最後のワードと共に、杖状の相棒――アリエスを振るう。
対象は、庭の片隅で枯れ果てていた、一輪の花。
萎れていた花は、雄真の放つ淡い光に包まれ、そしてゆっくりとその折れていた茎を持ち直し始める。
「――っ」
しかし、それも数秒の事。花は完全に直立する前に、まるで力尽きたかのようにまた元の状態へと戻ってしまった。
「はぁっ、はぁっ・・・・・・ふう、失敗か」
【どうやら、そのようです】
花を包んでいた淡い光が消える。後に残ったのは、魔法を掛ける前と何ら変わらない状態の花。
「進歩は見られるが・・・まだまだだな」
【はい。ですが、これはClassBの治癒魔法。失敗は当たり前と思って、焦らずに行きましょう】
「そう・・・だな」
雄真が行った魔法は、治癒魔法でもかなり高度なものに分類される、植物の活性化だ。正確に言うならば、枯れてしまった植物の枯渇因子を取り除き、細胞を活性化させることによって、再び植物として命を灯すといったところだろうか。
そもそもにして植物は、人間や他の陸上動物とは細胞に違いがあるため、その活性化も非常に困難とされている。すなわちこの呪文が出来れば、人間の怪我などはある程度治癒できると考えていいだろう。
【それに、そもそも治癒は水属性の魔法。マスターには適さないと思うのですが・・・】
「ああ。でも、色んな属性の魔法を使えるようになっておいたら、どんな場面でも活用できるだろ?」
【それは勿論、そうなのですが】
属性。
それは、魔法における分類を示す言葉。
四大元素である「火・土・風(空気)・水」。さらに明と暗を表す「光・闇」。
どんな魔法も、上記の六属性のどれか一つには分類され、さらに効果もそれぞれ異なってくる。
主として、火は攻撃。土は強化。風は変化。水は治癒。光は防御・結界。そして闇は捕縛・重力操作に秀でているとされている。
勿論、火属性の防御魔法もあれば、水の攻撃魔法もあり、土の治癒魔法だって無いわけではない。しかし素直に秀でている属性を使用した方が、魔法としての効果も高くなるのが普通である。
例えば、雄真が小雪のタマちゃんを防ぐのに使用した防御魔法は光属性であったし、夜の校舎へと疾走した時に使用した強化魔法は土属性であった。
さて、ここで問題になってくるのが、個人によって得手不得手の属性があるということだ。
それは先天的な魔法素質の違いと言われているが、ハッキリしたことは分かっていない。もちろん、不得手な属性も鍛練によって克服することはできるし、実際鈴莉やゆずはなどは、どの属性の魔法も高次元で使うことができる。
だが学生の見習い魔法使いたちは、特に得手不得手の傾向が顕著である。やはりどうしても、子供の内は得意なものに傾倒しやすいということなのだろう。
だからこそ、無理やりに光属性の攻撃魔法を撃ったり、闇の防御魔法で盾を築こうとする者もいるのである。
ちなみに雄真の得手は火と風。対して水は不得手、つまり苦手なのだ。
だからこそ、その弱点を克服しようと鍛練を怠らない。彼が目指しているのは、オールマイティーに魔法を扱え、どんな状況でも人を助けることのできる魔法使いなのだから。
「・・・さて、そろそろ部屋に戻るか」
【そうですね。今日は始業式ですから、早めに切り上げましょう】
念のために張っていたフィールドを解除して、アリエスを待機状態に戻した雄真は、眠気眼を擦りつつ自室へと向かう。
こうして雄真の新学期――激動とも言える4月の学園生活が始まったのであった。
はぴねす! SS
「Secret Wizard」
Written
by 雅輝
<7> 新たな学園生活
「ふぁああ〜〜・・・」
「もう、兄さん。そんなに大きなお口を開けて・・・だらしないですよ」
朝の通学時間を迎え、雄真は漏れ出る欠伸を噛み締めながら小日向家を出る。その隣には、瑞穂坂学園の制服に身を包んだすももの姿が。
今日は学園の入学式兼始業式。真新しい制服を纏うすももが出るのは勿論前者であり、つまり彼女は受験の荒波を超えた新一年生。
今朝は雄真も彼女の制服発表会に付き合わされ、素直に「似合ってるよ」と感想を述べた。ちなみに、娘より母の方がノリノリだったのは言うまでもない。
「えへへ〜」
「どうしたんだ?えらいご機嫌じゃないか?」
「いえ、また兄さんとこうして登校できるようになったのが、嬉しいだけですよ」
「またって・・・できなかったのはたった1年間だろ。少し大袈裟じゃないか?」
「そんなことないですよ!」
【そうです。雄真さんは魔法より、もう少し女心を勉強した方がいいですね】
すももに力いっぱい否定され、さらにはアリエスに念話で窘められては、雄真としてはグウの音も出ない。
それに、雄真にとってもすももは勿論大事な妹であり、一緒に登校できて嬉しいという気持ちもある。しかしすももの気持ちが、雄真の「嬉しい」とは、少し違った想いから生まれているということは、鈍感な彼には到底理解し難いことなのだろうが。
「あ〜・・・悪かったって。降参降参。さっさと準たちとの待ち合わせ場所に急ごうぜ」
「あっ、兄さん待ってくださいよ〜」
【・・・逃げましたね、雄真さん】
とりあえずアリエスの呟きは、聞こえないフリをした。
待ち合わせ場所で既に待っていた準とハチも伴い、一行は雑談に花を咲かせながら学園を目指す。途中、ハチがすももの制服姿に興奮して暴走しかけたのは言うまでもなく、準の必殺技「パトリオットミサイルキック」でハチを沈めて、何とか事なきを得た。
そして魔法が使えるわけでもないのに、学園に着く頃には何事も無かったかのようにハチが隣を歩いているのもまたいつものことで・・・。
「・・・ハチ、お前どんな回復力をしてんだよ?」
「いやぁ、慣れって怖いよなぁ。最近準の蹴りにも、耐性が付いてきたみたいなんだよ」
「あらそう。なら今度からは、もっと強烈なキックを放っても大丈夫そうね♪」
そんな会話を交わしつつ、雄真たちは学園の敷地内へ。ちなみにすももは入学式があるため、案内係に従って先ほど雄真たちと別れた。
校舎の前まで来ると、徐々に雄真たちの視界に黒山の人だかりが出来ているのが見えてくる。どうやら、新クラスの割り振りを提示しているらしい。
だが流石に雄真たちが今いる場所からは、そこに羅列している名前までは確認できない。3人とも目は悪くないのだが、例えるならば視力検査で一番下の字を答えるようなものだ。
とはいえ、今はもう始業の10分前。早くしないと、新学期初日から遅刻の可能性も出てくる。
『仕方がないか・・・アリエス。目の身体強化を頼む』
【了解しました。ディ・ラティル・ファルナス】
俯き、目を閉じる雄真の双眸を、注視しないと分からないほどの微量な光が覆う。
「土」属性の、身体強化魔法。効果はさほど長くは続かないが、汎用性がある上に他人――たとえそれが同じ魔法使いであったとしても気付かれにくいという点から、意外と日常生活でも重宝しているのだ。
そして顔を上げた雄真の瞳には、黒山の群衆の先に並ぶ文字の羅列が、くっきりと映っていた。
『ん〜〜っと・・・小日向、小日向と・・・おっ、あった』
自分の名前を見つけ、さらにその下まで見ていく。すると、同じ組を示す縦の列に、雄真と同じく「高溝八輔」と「渡良瀬準」の名も見つけることが出来た。
「・・・どうやら、今年も三人一緒らしいな」
「え、この距離で見えたのかよ?」
「ん・・・まあ、コレでな」
そういってアリエスを翳すと、ハチは納得したように2,3度頷く。彼も準と同じく、雄真の秘密を知っている側の人間なのだ。
「やったね、雄真♪これで5年間連続よ!」
「そうだな。ここまで来ると、何か作為的なものすら感じるんだが・・・」
雄真はそう苦笑しながら、はしゃいでいる準に返事をする。準の言う様に、雄真と準、そしてハチの三人は中学一年の頃から別のクラスになったことはなく、まさに「腐れ縁」な関係なのだ。
『・・・もしかして、母さんが一枚噛んでるとか?』
【流石にそれは無いと思いますが・・・】
アリエスとそんな会話を交わしつつ、再度クラスの掲示を見ていく。すると「魔法科特別枠」と記載されている下に、覚えのある名を二つほど見つけた。
『あれ?「神坂春姫」に「柊杏璃」って・・・どう考えてもあの二人だよなぁ』
何故魔法科の彼女たちが普通科のウチのクラスに・・・と、そこまで考えて「ああ」と思いだす。
『そういや、今日から魔法科の生徒と合同授業だっけ。流石にあの倒壊っぷりじゃ、修復は間に合わなかったのか』
あの事故からまだ二ヶ月弱。普通の学校ならもしかすると直っていたかもしれないが、ここは魔法科の存在する「瑞穂坂学園」。
当然、魔法関係において希少なものも多数存在しており、それを護るための侵入者用のトラップも張り巡らされている。よって、校舎の建設よりも先に優先されるのは、爆発でほとんどが反応してしまったあの周辺のトラップを元通りに再生することなのだ。
しかもそれは、建築会社には当然行えないことであり。結果的に、もともと数の少ない魔法科の教員が、時間を見つけて修復するしかなかったのだ。
『まあそのお陰で、しばらくは退屈しないで済みそうだけどな・・・』
雄真はそう心の中で呟いた。
まだ魔法科の校舎の建て直しは終わっていないのだが、流石にこれ以上学校を休みにすると、カリキュラム上問題が出てくる。
ということで、魔法科の生徒1クラス40名は、ランダムに普通科のクラスに振り分けられ、そこで合同授業を受けるという形に収まったというわけだ。
【雄真さん、何だか楽しそうですね】
『・・・そうか?まあ、面白くなりそうだな、とは思うよ』
雄真とて、ハチほどではないにせよ、一般的な男子学生である。当然、美人率7割とも言われる魔法科との合同授業は、そういった意味でも楽しみだ。
しかし、それ以上に雄真は魔法使いとして、魔法科の授業というものに関心を持っていた。彼としては既に諦めていたのだが、まさかこのような形で魔法科にかかわれるとは思っていなかったからだ。
あくまで普通科である自分がどこまで魔法科の授業に絡めるかは分からないが・・・少なくとも「合同」授業だ。少しは期待してもいいかもしれない。
『・・・っとと。いかんいかん。母さんに釘を刺されたばかりなのにな。でも・・・それももうすぐ・・・か』
鈴莉の言う様に、そして自分が推測したように、もうすぐゆずはの予見した「瑞穂坂大災害」が起こるのであれば。
それが終結する頃、自分はもう魔法使いであることを隠す必要は無くなる。
果たしてその時、自分は何を思い、そして何を選択するのか・・・。
『・・・まあ、今から考えてもしょうがないか』
「ゆ〜まぁ〜〜っ!早く行かないと遅刻しちゃうわよ〜!」
「わかった!今行く!」
遠くから聞こえる準の声に、咄嗟に思考を切り替えて返事をする。
『とりあえず今は、精一杯やるだけだよな。・・・魔法使いという正体を隠す、普通科の生徒として』
魔法使いであろうとする自分。普通科の生徒であろうとする自分。
準とハチの二人と並んで教室に向かいながらも、雄真の心境は複雑に絡み合っていた・・・。
8話へ続く
後書き
ちわ〜っ、雅輝です。
今回は二週連続でこちらの更新となりました。いや、正直ことりの方はネタが思いつかなくて(汗)
夏休みに入ったので、時間はあるんですけどねぇ。
さて、今回は結構オリジナル要素が入りました。
魔法の属性。これはもう私の勝手な見解であり、本編とは何の関係もないのでご容赦を。
まあ後々重要な要素になるはずですので。・・・たぶんね?(笑)
あっ、ちなみに水が苦手だとほざいていますが、普通の魔法科学生よりはよっぽど出来ちゃいます。他の属性に比べて、って感じですかね。
そんでは〜^^