「・・・がふ」
「・・・・・・哀れな」
雄真が教室へと戻って来ると、ハチが討ち死にしていた。
何となく予想が着いていたことではあったが、実際にムンクの「叫び」のような表情で石化するハチを見ると、流石に同情心も湧いてくる。
ただ、なぜか彼は雄真の席のすぐ近くで、直立不動のまま固まっていた。たまらず、3つ隣の席の準へと視線を向ける。
「なあ、コレ邪魔なんだが」
「うーん、そうね。先生が来るまでに、ロッカーにでも押し込んじゃいましょうか」
「・・・まあ、それが妥当か」
どうにかハチを教室の後ろの掃除用具ロッカーに押し込めた丁度その時、5時間目の授業の先生が入って来る。
『さて、と・・・』
そうして雄真は何事も無かったかのように自分の席へと着くと、ノートを取っていない授業に限って机の中から出す、教科書に扮した魔道書を読みふけるのであった。
・・・哀れなハチに合唱。
はぴねす! SS
「Secret Wizard」
Written
by 雅輝
<5> バレンタインデー(後編)
「さてと、そろそろ帰るか」
放課後。一度大きく伸びをした雄真は、鞄を持って教室を出た。今日は母から新しい魔道書が送られてくるはずなので、もう届いているかもしれないそれを早く帰って熟読したかったからだ。
ちなみに、雄真は魔法理論がさほど出来ないというわけではない。いや、むしろ優等生として知られる春姫には及ばないものの、この学園の魔法科の生徒に比べると、かなり出来る方には入るだろう。
だからこそ、その知識を以って自身の膨大な魔力を抑えることだって出来るし、それを制御するための魔法式の組み立ても得意だ。
しかし、得てして人間とは、自分の好きなものや興味を持ったものに情熱を傾けるものであり、そのことに関しては果てしなく貪欲に追い求める。
それは魔法使いとしても例外ではない。歴史に名を連ねる魔法使いは、そのほとんどが病的なまでに魔法にのめり込んだものであった。
であるからして。雄真のソレは、ある意味で絶対的な魔法使いとしての才能とも言えた。
【今日はどのような本が届くのですか?】
『どうだろうな。でも、母さんが送ってくる本は、大概が魔法の制御に関することだから・・・そっち方面だとは思うけど』
【おそらくそれも、雄真さんのケタ外れの魔力を考慮してのことなのでしょうね】
『たぶんな。俺としても、制御方法の幅が広がるのは嬉しいし』
下足室で靴を履き替えた雄真は、校門に向かって歩きながらアリエスと念話を交わしていた。
だからこそ、だろうか。彼らの反応速度が、いつもよりほんのコンマ数秒ほど遅れてしまったのは。
『――っ!アリエス!』
【マスター!後方からClassC相当の魔力弾を感知。どうやら、暴走している模様です!】
本日二度目の急襲に、二人して同時に叫ぶ。咄嗟に後ろを振り返った雄真の目前には、既に青く光輝く魔法弾が色々な方向にくねりながら迫っていた。
「くっ―――!」
そこで雄真は、一瞬判断に迷う。最初のタイムロスが響いたようで、避けるにはギリギリのタイミングだった。もしかすると、避け損なって腕や脚に着弾するかもしれない。
すなわち雄真が取った行動は、先ほどの小雪のとき同様、魔法障壁での防御。
「エル・アムダルト・ラティル――」
問題はないはずだった。小雪のタマちゃんに比べれば遥かに威力も速度も落ちる魔法弾であったし、雄真の術式構成速度なら間に合わないはずもない。
ただ、唯一の誤算といえば。ふと視界の端に二人の――おそらくこの魔法を暴発させたであろう魔法科の生徒が、こちらに駆け寄ってくる光景が映ったことだ。
レジスト
『アムレ――っ!?・・・くそっ!アリエス、抵抗!間に合う範囲でいい!』
【了解!】
魔法使いとして、一瞬の思考の停止は敗北に繋がる可能性がある。例えばそれは戦闘であったり、魔法の制御であったりと様々だが、魔法という概念が特別であるからこそ、そのリスクは常として術者に付き纏うものだ。
咄嗟に紡ぎだそうとしていた光の障壁をキャンセルした雄真は、その動作のせいで完全に無防備な状態となってしまった。
そこへ、すかさず念話を飛ばしたアリエスのフォロー。雄真の体に、時間内に出来得る最低限の魔法抵抗要素が施される。
そしてそれが終わったとほぼ同時に、青く輝く魔法弾は―――雄真の体に着弾した。
「ぐっ・・・」
アリエスのおかげで、ほとんど痛みはなかった。ただ着弾時に生じた衝撃に弾かれ、2,3歩後方によろめいた雄真は、そのまま尻もちを着く形になってしまう。
「・・・ふう、何とか間に合ったか」
【大丈夫ですか!?マスター】
『ああ、アリエスのおかげで、かすり傷も負っちゃいないさ』
アリエスとそんな念話を交わしていると、先ほど雄真の視界に映った二人の女生徒が、駆け寄ってきていた。
「ごめんなさいっ!大丈夫だった!?」
その内の一人。金髪のツインテールを揺らしながら気遣わしげに言葉を掛けてくる女の子に、雄真は憮然として答えを返す。
「ああ、まあ大丈夫だったけど・・・さっきの魔法は、キミが?」
「う、うん・・・ごめん!ホントーにごめんっ!」
雄真も魔法使いであるから、魔法の制御が難しいことは知っている。特に彼の場合は保有する魔力が膨大すぎて、気を抜くとすぐに暴走を始めてしまうそれに、随分と苦労をさせられたものだ。
かといって、それが魔法の暴走を許す免罪符になりえるものではないということもまた、雄真は知っている。
理不尽な魔法の暴走によって被害を被るのは、何もその術者だけではないのだ。
『那津音さん・・・』
そう、かつて魔力の暴走に巻き込まれて命を落とした、那津音のように・・・。
「・・・まあ、いいさ。それより、今度からは気を付けてくれよ?」
だからこそ雄真は、今回魔法を暴走させた張本人に少しきつく言おうと思っていた。しかし、即座に謝ってこちらを心配してきた殊勝な態度と、反省をしているように俯いている様子を見ては、流石にそんな気も無くなってくる。
『・・・それはそうと、いつまでも尻もちを着いているわけにもいかないな』
そう思い、後ろに手を付いて起き上がろうとした雄真の目の前に、スッと手が差し出された。
「ごめんなさい、大丈夫ですか?小日向くん」
「あっ、君は・・・」
差し出された、白く美しい手の持ち主は、昨日公園で出会った母の生徒。
「ありがとう、神坂さん」
「いえ、それより怪我はしてませんか?」
春姫に手を貸してもらいながら立ちあがった雄真は、尚も心配してくる春姫に対し、一応体を捻って異常が無いか確認する。
「杏璃ちゃん、だから言ったのに・・・。フィールド無しの魔法生成は危ないって」
「春姫がフィールド無しで出来て、私に出来ないなんて悔しいじゃないっ!」
そうしている間にも、彼女たちの話す内容が聞こえ、雄真は表情には出さず心の中で納得していた。
『なるほど、原因はフィールドを張ってなかったせいか』
フィールドとは簡単に言ってしまえば、若輩の魔法使い用の、魔法練習場みたいなものである。
まだ魔法を使うことに慣れていない者や、自分の実力よりランクが上の魔法を使う者などは、得てしてその規模の大小は問わず魔法を暴走しがちである。
そこで張られるのが、フィールドと呼ばれる結界。これはClassEもあれば張ることができ、逆にこれを成せない者は、魔法使いと呼ばれるには時期尚早だとも言われている。
フィールドの特徴は、その中では魔力の運搬や制御が格段に楽に行える点である。さらに言えば、相応の魔力をぶつけてもびくともしない堅固さを誇り、つまりその中であれば、余程のことでない限り魔法が暴走することも、フィールド外に暴走の被害が及ぶこともない。
一応この学園の生徒は、自身のClassと同等、あるいは上のランクの魔法を使う際には、フィールド生成が義務付けられている。しかしその規則も、ClassB以上の生徒は特例として免除となっており、春姫や小雪はそんな一握りの内の一人であった。
「っていうか、春姫に出来てあたしに出来ないなんて、そんなの絶対に認められないわっ!」
「まあ・・・杏璃ちゃんの気持ちも分からなくはないけど・・・」
「分かってるんなら口出ししないっ。ほら、まだまだ付き合ってもらうわよ〜」
「えっ、まだするの?」
「あったり前じゃない」
「それじゃあまた被害者が・・・あっ、小日向くん。大丈夫でした?」
「あ、ああ。体は何ともなかったよ」
雄真はやや苦笑しながらそう答える。どうやら杏璃と呼ばれた子は相当負けん気が強く、春姫との関係もだいたい想像が付いたからだ。
「本当にごめんなさい、巻き込んだ形になってしまって・・・」
「気にしなくていいって。それに、神坂さんが謝ることじゃないだろ?」
「・・・ふふ、そう言って頂けると助かります」
そう言って、二人で互いに微笑み合う。何となく、その場に穏やかな空気が流れた。
「って、何よ何よ何よ〜!何そこで勝手に良い雰囲気になってるのよ!」
しかしそんな空気も、杏璃の甲高い声によって破られる。どうやら、自分が蚊帳の外の状態になっていたのが、面白くなかったらしい。
「べ、別にいい雰囲気とかそういうわけじゃ・・・!」
対して、春姫はあまりそういうことは言われ慣れていないせいか、少し顔を赤らめつつ否定した。
「それに何? もしかしてあんたたち、知り合いだったわけ?」
「知り合いっていうか・・・」
雄真が杏璃の疑問に答えようとするも、上手い表現が見つからず口ごもってしまう。実際は母の弟子という観点からして、彼は春姫の兄弟子ということになるのだろうが、それをここで言えるわけもない。
「えっとね、小日向くんとは昨日・・・」
そして春姫も上手い表現が浮かばなかったのか、どうやら昨日の事を話すようだ。
「昨日?昨日いったい・・・ってもしかして!」
しかし何を思ったのか、杏璃は天啓を得たかのように右の拳を左の掌にポンッと落とした。
「「もしかして?」」
「はっはぁ〜ん・・・」
ジロジロと二人を凝視していた杏璃は、ニヤリと口端を歪めて納得するかのように何度も頷いては「なるほどねぇ〜」などと呟いている。
「なっ、何なの?杏璃ちゃん」
「そういうことねぇ。それじゃあ・・・」
やがて杏璃は「うん」と一つ頷くと、鞄をゴソゴソと漁り、その中からラッピングされた市販のものと思われるチョコレートを取り出した。
「はい、これどうぞ♪」
そしてそれをそのまま雄真へと手渡す。一方雄真はといえば、突然の出来事に頭が付いていっていない。
「どうぞって・・・これは?」
「もちろん、バレンタインデーのプレゼントなんだからチョコレートに決まってるじゃない」
彼女は当たり前のことのようにそう言うと、その印象そのままの快活な笑顔を雄真へ向けた。
「あたしは魔法科1年、柊 杏璃。そのチョコはさっきのお詫びってことで受け取ってよ」
「あ、ああ。俺は普通科1年の小日向雄真。そういうことなら、有難く受け取っとくよ。ありがとな」
雄真は自分も挨拶をすると、受け取ったチョコを持っていた鞄へと入れる。先ほどの事故のお詫びと言われれば、流石に受け取らないわけにはいかないし、それに杏璃は春姫にも勝るとも劣らない容姿をしており、正直雄真にとっても貰って悪い気はしなかった。
「それで、春姫はどうするの?」
「え?どうするって・・・」
「決まってるじゃない。朝からずっと大事そうに持ち歩いてるチョコレートのことよ。彼に渡すんでしょ?」
「え・・・えぇっ?」
杏璃の意地の悪そうな笑みと共に放たれたその言葉に、春姫は過剰に反応を示し、若干頬を赤らめる。
「ふふっ、その反応。もう隠したって無駄だからね♪彼に会えるチャンスを待ってたんでしょ?」
「へ?神坂さんが・・・俺に?」
今度は雄真が顔を赤らめる番だった。もちろん、期待よりは「まさか」という気持ちの方が強かったのだけど。
そんな雄真の心境を肯定するかのように、春姫が慌てて声を上げる。
「あ、違うの小日向くん!このチョコレートは・・・」
しかしハッキリと言うのも憚られたのか、そのまま言葉尻を濁してしまう。その表情は、何となく申し訳なさげだ。
「ああ、分かってるから。そんな顔しなくていいよ」
「あの・・・ごめんなさい・・・」
「まあ本音を言えば、ちょっとばかり残念だったけどね」
「あ・・・」
雄真の言ったことは紛れもなく本音だ。学園でも1,2を争うと言われる美少女である春姫にからのチョコレート。健全な男子学生なら誰もが欲しがるだろうし、ハチあたりなら金を積んででも手に入れそうなものだ。
それに雄真は、個人的にも春姫のことを気に入っていた。それは魔法使いとしてもそうだし、苛められている女の子を躊躇なく助けに入ることのできる、その性格や行動力も含めて。
「えっと、柊さんだっけ?」
「柊杏璃よ」
「うん、あのさ。俺たち、昨日知り合ったばかりなんだ。だから・・・」
「なるほど。じゃあ一目会ったその瞬間、恋の花が咲き乱れちゃたのね♪」
「そうそう・・・って違ーーうっ!!」
何となく準を相手にしている時と同じような疲れを感じた雄真は、杏璃がまた勘違いをする前に切りだした。
「はぁ。たまたま公園で会って、少し話をしただけだよ」
「そうそう、それに小日向くんには、ちゃんと素敵な彼女がいるしね」
そこに春姫もフォローを入れる。しかし雄真にとって、それはとても寝耳に水な話であった。
「・・・・・・ほえ?そうなのか?」
「いや、あたしに振られても知らないわよ、そんなもん」
もっともだ。当事者である雄真が知らないのに、今日初対面である杏璃が知っているはずもない。
【・・・準さんのことじゃないでしょうか?】
『やっぱりか・・・そういえば、誤解されたままだったもんなぁ』
そこで、今まで念話を控えていたアリエスが雄真に告げる。・・・雄真もその可能性は考えていたが、なるべく考えようにしていただけのようだ。
「それって・・・もしかしなくても昨日の・・・」
「うん、同性の私から見ても、すごく綺麗な人だったと思うんだけど・・・」
「いやいやいやいや!誤解だって、神坂さん!」
雄真としても、男である準との関係を勘繰られるのは流石に洒落にならないのか、力いっぱい否定する。
「ほら、春姫。彼も反省してるし、小さな浮気くらい許してあげたら?」
「あんたも話をこじらすなぁ〜っ!」
「冗談よ。ほら、彼も誤解だって言ってるんだし、素直に渡しちゃいなさいって」
「・・・もう、仕方ないなぁ」
「神坂さん、聞いてくれ!俺と準は腐れ縁で、何よりあいつは――って、え?」
「はい、どうぞ」
必死に誤解を解こうとしている雄真の目の前に差し出されたのは、立方体の箱に綺麗に包まれたチョコレート。誰がどう見ても、本命仕様のものだ。
「いや、でもこれって・・・」
「いいの。杏璃ちゃん、思いこんだら真っ直ぐだから」
確かに、彼女がそういう性格であろうことは、今までの言動で雄真も何となく察してはいた。しかし、だからといって・・・。
「・・・いや、受け取れないよ」
「「え・・・?」」
手のひらを相手に見せるようにして否定の言葉を口にした雄真に対して、春姫も杏璃も驚いた様子で声を上げた。
「だってそれって、俺以外に渡そうと思ってた相手がいたんだろ?ここで俺が出しゃばったら、その相手にも、そして神坂さんにも悪いよ」
――このシチュエーションで、雄真のように断れる男子学生が、果たしてどれほどいるだろうか。
悪いと心では分かっていつつも、相手は瑞穂坂学園の高嶺の花。大半の人間は、深く考えずに受け取ってしまうだろう。
しかし、雄真はそれを良しとしない。だからこそ、春姫と杏璃にもおぼろげながら見えた。雄真の、人間性というものが。
「・・・ありがとう、でもいいの。本当はこれ、渡すアテの無いものだから」
「え?」
「自分で食べちゃうのも空しいし、良かったら受け取って?」
そこまで言われては、無碍に断るのも憚られる。結局雄真には、受け取るという選択肢以外にありえなかった。
「そういうことなら・・・義理チョコってことで貰っておくよ。ありがとう」
「うん、良かったら感想も聞かせてね?」
「あっ、てことはやっぱり・・・」
「う、うん。一応、手作り・・・だから」
「・・・わ、わかった」
何となく、照れくさいようなむず痒いような、そんな雰囲気。
「ま、これで一件落着ってところかしら」
そして、そんな雰囲気を破ったのはまたしても杏璃。しかし恋愛経験の乏しい二人にとっては、慣れない空気だったので助かったのも事実だった。
「う、うん。それじゃあ行こっか、杏璃ちゃん」
「そうね。もう少し付き合ってもらうわよ?」
「今度はちゃんとフィールドを張ってからだったら・・・それじゃあね、小日向くん」
「またね、雄真」
「おう。二人とも、チョコありがとうな」
素直にお礼を言う雄真に、二人は手を振りながら笑顔を見せて、その場を去っていった。後に残ったのは雄真と、その手の中にある二つのチョコレート。
「役得・・・だよなぁ」
何せ、何の前触れもなく二人の美少女からチョコレートを貰ったのだ。その過程がたとえ魔法弾の急襲であったとしても、それを補って余りある幸運だったと言えるのではないだろうか。
「それにしても、やっぱり小雪さんの占いは馬鹿に出来ないな・・・」
厄除けと称された小雪のチョコレートは、まだ鞄の中に眠っている。とりあえず家に帰ったら、速攻でそのチョコレートを食べてしまおうと、心に誓う雄真であった。
【・・・ちなみに、雄真さん気づいてます?】
『ん、何がだ?アリエス』
【神坂さんに、準さんとの関係を誤解されたままだってことに】
『あ・・・』
6話へ続く
後書き
5話、UPです。今回は2週間空いてしまいましたが・・・最近は何かと忙しく、執筆できない日々が続いております^^;
しかも追い討ちを掛けるように風邪を引いてしまいまして。今日は一日中家で寝込んでました。ああ、貴重な休日が〜orz
ま、それはさておき。5話は杏璃が初登場!な話にしました。
とはいっても、原作通りといえばそうですね。まあ色々といじってはいますが。
本編との違いを比較しながら、お楽しみくださいねぇ〜^^
では、6話で会いましょう〜。