”ガラッ”

「おはよー・・・」

朝の一騒動で精神的に疲れきった雄真は、ローテンションのまま教室に入り自分の席へと着いた。

「ようっ、雄真!」

そこに歩み寄って来る男子生徒が一人。雄真はその聞き覚えのありすぎる声に顔を向けるまでもなく、そのまま顎を机の上へと乗せる。

「なんだ、ハチか。何の用だ?」

「おいおい、テンション低いなぁ」

彼は「高溝 八輔」。通称ハチ。以上。

「こら、そこ!もっと俺について語りやがれ!!」

・・・準と同じく中学校からの付き合いで、三人はその頃から一度としてクラスが分かれたことがないという、まさに雄真とは腐れ縁と呼ぶに相応しい間柄だ。

「よしっ。・・・雄真よ、今日はバレンタインデーだ。男の価値が試される日だぞ!分かってんのか?」

「あ〜、もういいや俺は。疲れたし」

「かぁ〜っ、雄真!お前はそれでも男か?男ならバレンタインデーに命を掛ける覚悟で挑めっ!」

「それはお前だけで十分だ。存分に命を掛けてくれ・・・」

・・・とまあこのように、見た目はそう悪くないのに性格や言動は果てしなく三枚目のオチ担当。女の子に過剰な興味を示す、濃口の熱血馬鹿。

それが周りの人間のハチに対する共通認識であり、また変えようのない世界の理なのだ。

「第一な!この重要な日に遅刻寸前とは何事だ!『朝を制する者はバレンタインを制す』という格言を知らないのかよ!?」

「知るか。っていうか、誰の格言だ」

意味不明な格言を自信満々に唱えるハチを尻目に、雄真は一人納得したように心の中で頷いていた。

『なるほど、だから今朝は待ち合わせ場所に誰もいなかったのか』

いつもなら準やハチと待ち合わせて一緒に登校しているのだが、今日に限っては待ち合わせ場所に行っても誰もいなかった。

準はクラス全員への義理チョコフェアのために早めの登校だということは分かっていたが、ハチも淡い期待を抱いて張り切ってしまったらしい。

もっとも、ハチのそれもここ数年の恒例であり・・・そして毎年空振りに終わっているのも、また恒例の行事である。

【報われませんね、ハチさん】

『まあそう言ってやるな。こいつにだって、期待する権利くらいはあるさ』

【・・・雄真さんも、何気に酷いですね】

アリエスと念話を交わしつつ雄真が視線をハチへと戻すと、何やらソワソワした様子でこちらを窺っていた。

「・・・どうした?気持ち悪いぞ」

「悪かったな!・・・ところでお兄様。すももちゃんから何か俺に預かってるものはないのかね?」

「はい?」

「もったいぶらずに出しちまえよ、ほら」

出せと言われても、あの状態のすももから預かったものなど勿論無かった雄真は、目の前で期待しまくっているハチに対して首を傾げた。

【雄真さん、ハチさんはチョコレートの事を言っているのだと思いますよ?】

『ああ、なるほど。人の妹にまで期待するとは、ハチらしいというか何というか・・・』

雄真の親友ということもあり、当然ハチや準はすももとも面識がある。普通の友達くらいには仲が良いだろう。

だからといって、妹がわざわざハチのためにチョコを用意するとも思えない。すももは天真爛漫な性格のため、ハチのことも嫌ったり敬遠したりはしていないのだが、やはり所詮はお友達止まり。

しかしもし酔っていなければ、義理チョコの一つでも貰えたかもしれないというのに・・・つくづく神様というものは、ハチには微笑んでくれないようだ。

「何も預かってないんだが」

雄真が素直にそう言うと、それまで不気味な笑顔で催促していたハチの顔がビキッと固まる。

「は・・・ははは。お兄様。またそんな御冗談を」

「いやいや、期待に添えずに申し訳ないが・・・」

「・・・」

「・・・」

「ふっ・・・そうだよな。やっぱり基本は手渡しだよなぁ・・・デヘ」

「お〜い、戻ってこ〜い」

ポジティブシンキングのまま妄想世界へと飛び込んだハチに雄真は嘆息しながらも、ある意味その前向きさは羨ましく感じることすらある。

とは言っても、ハチのような言動をしたいかと問われれば、したくない・・・というか出来ないと即答するだろうが。

「おっはよ〜、雄真♪」

と、そこにやって来たのは、大量の義理チョコを大方配り終えたもう一人の腐れ縁――準であった。

「おう。毎年ご苦労なこって」

「う〜ん、もう慣れちゃったしねぇ。ところで、ハチはどうしちゃったの?」

「すももにチョコを貰う夢でも見てんだろ。邪魔だから端に寄せといてくれ」

「嫌よ、めんどくさい。そんなことより・・・はい、雄真」

一応親友であるハチの事を「そんなこと」と切り捨てた準は、持っていたポーチの中からハート型のチョコレートを取り出して雄真へと差し出す。

「ん、サンキュ。・・・今年はまたえらい力の入れようだな」

「もっちろんよ♪毎年雄真だけには、バリバリ本命の乙女チョコなんだから」

「それもまた恒例なんだよなぁ。まあ、ありがたく貰っておくよ」

「良かったな、雄真。これで今年も、少なくとも一つはチョコを貰えたわけだ」

いつの間に復活していたのだろう、ハチが悟ったような口調で雄真の肩を叩く。

とはいっても、雄真は既に朝の一件ですももから貰っているため、厳密にいえば二つ目なのだが・・・ハチが血の涙を流しそうな気がするので口を閉ざしておいた。

「お前にだけは言われたくねぇよ。ハチはもう準のは貰ったのか?」

「ふふふ、甘いぜ雄真。俺がいつまでも男のチョコを貰って喜ぶようなやつだと思うなよ?」

「・・・その根拠は?」

「今日の朝の占いで、なんと俺の星座は一位!しかも恋愛運は最高潮らしい!放課後には、俺のカバンにはチョコが溢れているはずだぜ!!」

「・・・」

「・・・」

高笑いをするハチに、雄真と準は同時にため息を漏らした。

やはり所詮はハチか。と、同じことを思いながら。

「じゃあハチには、チョコレートは無しね♪」

「・・・へ?」

軽くハチへと憐みの表情を浮かべていた準が、即座に笑顔へと切り替えてそう言い放つと、ハチは高笑いをピタリと止めて硬直した。

「だってぇ、ハチは男のチョコなんて貰いたくないんでしょ〜?」

「あ、ああ。まあな」

目線を逸らしながら、かなりどもって答えるハチ。

しかしその本心では、既に準のチョコはカウントされていたに違いない。何せ、彼の去年までの成果は準の一つだけに留まっていたのだから。

それがたとえ男からの義理チョコとはいえ、0と1とでは雲泥の差がある。

しかし、今年はそれすら無くなる。ある意味で保険が利かなくなる状況に陥るというのに、ハチは男のプライドに拘り自ら火の中へと飛び込んだのだ。

「わかったわ♪じゃあハチ用に持ってきてたやつは、担任の先生にでも上げとくわね。それじゃあ、そろそろチャイムもなるから、また後で」

準はそう言い残してスタスタと歩いていくと、そのまま教室を出ていった。

もちろん、彼女――いや、彼は雄真たちと同じクラスだ。それなのに、なぜ始業ギリギリのこの時間に教室を出たかというと・・・。

「・・・ぢ、ぢくしょおおぉぉおおぉぉ!!」

廊下の影から、ハチが自らの男のプライドと引き換えに失ったチョコを嘆いて、崩れ去るシーンを悪戯っぽい視線で眺めるからに他ならない。





はぴねす! SS

            「Secret Wizard」

                             Written by 雅輝






<4>  バレンタインデー(前編)





4時間目終了のチャイムが鳴り響き、教室に昼休みの喧騒が生まれ始める。

雄真は板書を適当に写したノートを机の中に仕舞うと、一度大きく伸びをして徐に席を立った。

「あら、雄真。どこ行くの?」

「ああ、今日はちょっとワケありでな。弁当が無いから、Oasisに行って来る」

いつもはだいたい音羽かすももが弁当を作ってくれるのだが、今日に限っては状況が状況だったので、雄真の鞄に弁当箱は入っていない。

Oasisに向かう理由としては勿論お腹を満たすためというのもあるのだが・・・それよりは、チーフである音羽に朝のことを問い詰める方が目的だ。

『さて、かーさんはどんな言い訳をしてくるかな』





カフェテリアOasisは、瑞穂坂学園敷地内では唯一の食堂と呼べる場所だ。

綺麗かつセンスのある内装に、ゆったりとしている多くのテーブル席。メニューの種類は豊富で、提供される料理は味もいい。

少々食堂にしては値段が高めではあるが、それでも町の定食屋などよりはよっぽど安い。

正直、学校の食堂としてはこれ以上を望むのが酷だというレベル。当然、学生の固定客も多く、店内は往々にして混雑している。

運よく空いているカウンター席を見つけた雄真は、そこに腰を下ろして、目の先にいるチーフに声を掛けた。

「すみませーん」

「はーい!」

飲食店従業員の癖なのだろうか。客に呼ばれるとその顔を確認する前に、目の前へと馳せ参じるのは。

雄真の声にまったく気づかなかった音羽は、彼の目の前にやってきてようやくその幼さが残る顔を引き攣らせた。

「ゆ、雄真くん。来てくれたんだぁ〜。おかーさん、嬉しいなぁ・・・あはは」

あまりにわざとらしい猫なで声。冷や汗をかいている音羽に対して、雄真は眼を細めながら口を開く。

「ええ、朝は忙しくてそれどころではありませんでしたから」

「そ、そうなんだ〜」

皮肉にわざと敬語で淡々と話す雄真に対して、音羽は視線を合わそうとはせず、しかしその目は完全に泳いでいた。

「大変でしたよ〜。酔っぱらったすももにいきなり絡まれたときは、一瞬我が目を疑いましたし」

「みゃう・・・だってだって、時間が無かったんだもん!」

口調こそ駄々っ子のようだが、音羽の言うことは本当だ。

今日は大量の食材の搬送があり、音羽もチーフとしてそれに立ち会わなければいけなかったのだ。とはいっても、だからといって由々しき事態を全て雄真へと丸投げしていい理由にはならない。

「だからって、放置していくことはないでしょう!」

「うえ〜ん、ごめんなさ〜い」

今度は泣き真似。童顔の音羽がやると洒落にならないのだが、朝っぱらから理不尽な面倒事を抱えることとなった今日の雄真は強かった。

「嘘泣きしてもダメ!」

「はい、ごめんなさい。・・・それで、すももちゃんは?」

「一応コレで寝かしつけて、ベッドに運んどいた。アルコール分解のも掛けておいたから、二日酔いの心配もないはずだよ」

雄真が「コレ」といってかざしたのは、右手のアリエス。しかし何もアリエスをモノ扱いしているわけではなく、暗に魔法の事を指しているのである。

「さっすが雄真くん!頼りになるぅ〜。このしっかり者♪」

「はぁ・・・まったく、調子いいんだから」

来る前はもっと問い詰めてやるつもりだったのに、雄真の心には既にそんな気も無くなっていた。

それに、魔法を使ったおかげで多少楽だったことも事実だ。もし魔法を使えなかったら・・・さらに今の数倍は疲れていたのは想像に難くない。

「それより、朝食もほとんど食ってないんだ。とりあえず何か食べさせて・・・」

「オッケー、ちょっと待っててね」

待ってましたとばかりに意気揚揚と厨房に入っていく音羽の背中を見送ると、代わってアリエスが念話で話しかけてくる。

【ふふっ。雄真さんは相変わらず、音羽さんに弱いみたいですね】

『・・・ほっといてくれ』

相棒の鋭い一言に、雄真は脱力してそのままカウンターに突っ伏すのであった。







音羽の計らいによるいつもより豪華な昼食と、食後のデザートして渡されたチョコレートを食べ終えた雄真は、ある場所へと足を運んでいた。

そこは瑞穂坂学園の校舎と、その裏に広がる鬱蒼とした森の丁度中間点にある、中庭と呼ぶには広大な公園。

二月という季節柄、その公園に並ぶ桜の木々にはまだ花弁は付いていないが、その中でも一際大きな存在感を放つ桜の巨木へ近づく。

『那津音姉さん・・・』

雄真はその桜の幹に背を預けると、抜けるような青空を見上げた。

そうして、幼いころ随分とお世話になったある人のことを思い出す。彼女もこの場所がとても好きであったらしいと母から聞いてからは、雄真にとってもここはお気に入りの場所となった。

『俺、強くなれてるかな・・・貴女みたいな、凄い魔法使いに近づけてるかな・・・?』

雄真はまるで桜に話しかけるかのように、心の中で呟く。

彼は自分の本来の家柄上、幼い頃から魔法使いの名家と呼ばれるところに何度か母と共に足を運んだことがあり、式守家はその中でも特に懇意にしている間柄であった。

その時に知り合ったのが、式守那津音という女性。彼女は式守の歴史においても非常に優秀な魔法使いで、しかしそれを決して鼻に掛けずに、全ての人に平等に優しく接することができる。まさに雄真にとっては、魔法使いとしての理想にして目標とも言える人物であった。

式守家に訪れた雄真に対しても、まるで姉のように気さくに接し、少しではあるが魔法の基礎を教えてくれたことさえある。

そんな彼女が魔法関係の事故に巻き込まれて命を落として以来、雄真がここに来る回数も多くなった。この木の下には、那津音の遺骨の一部が眠っているのも大きな理由の一つ。

それはこの学園に入学するよりずっと前の話であったが、この公園は休日には一般開放もされているので、その時を狙ってはこうして幹にもたれて空を眺めたものだ。

【・・・】

アリエスはそんな感傷に浸る雄真にどう声を掛けていいか分からず、いつも彼と共に黙って空を眺めていた。

那津音の事故はアリエスが生まれる以前に起こったものであり、事情も知らない自分が口出しすることは何もないと言わんばかりに、そっと自分の主人の指で時が経つのを待つ。

――しかし、このときばかりは勝手が違った。突如として膨れ上がった魔力を感知したからだ。

【――っ!マスター!前方4時の方向より、こちらへと向かう魔力を感知!】

「な――――っ!」

咄嗟に視線を天空から前方へと戻した雄真の視界には、猛スピードでこちらへと迫る緑の弾丸。

その光景に若干の既視感を覚えつつ、回避は間に合わないと判断した雄真は、アリエスを嵌めている右手をその弾丸へと突きだす。

「エル・ディ・ラティル・アムレスト!」

いつもより詠唱を短くした即効性の防御障壁。緑の弾丸は雄真の手の先に紡がれた光の障壁とせめぎ合い、しかしそれを打ち破る気配はない。

            リフレクション
『アリエス、反射効果!』

【ディ・ラティル・ルーエント!】

そこにアリエスの追加呪文。それによって障壁には反射の能力が付加され、緑の弾丸は飛んできた時と同等の速力を以って主へと跳ね返る。

しかし跳ね返った先にいる人物がその手に持つマジックワンドを振るうと、緑の物体はその先端でふよふよと浮かぶに留まった。

「ふふ・・・こんにちは、雄真さん」

「小雪さん・・・もう、驚かさないでくださいよ」

唖然とする雄真にクスクスと忍び笑いを零しながら、魔法服に身を包んだその人物――「高峰 小雪」はいつも通りのたおやかな笑みを浮かべた。



小雪は魔法科の2年生で、雄真の一つ上の先輩にあたる。

流れるような黒髪を腰まで下ろし、顔立ちは端正にして優美。グラマラスな肢体を包む制服の上には、彼女のトレードマークともいうべきエプロンが装着されている。

一見すれば普通科の雄真とは何の接点も無さそうだが、双方の母親同士が親友であり、さらにはその子供である同年代の魔法使いとして、雄真は小雪と出会ったのだ。

今からだいたい5年ほど前の話である。その時の小雪の第一声を、雄真は今でも忘れられない。

――「あなた、不幸そうな相をお持ちですね」

母親に連れられた先の家で、その家の子供にいきなりそんな事を言われたのだ。雄真としては驚くよりも唖然とした気持ちになった。

しかし話を聞いている内に、彼女が「高峰家」の次期当主にあたる人だと気づくと、もはやそのセリフは卒倒モノであった。

「高峰家」の現当主にして小雪の母、さらには学園の理事長でもある「高峰 ゆずは」は、世界的にも有名な魔法使いであり、地球上に3人しか存在しないというClassMの内の一人だ。

中でも顕著に特化されているのが、「先見」の能力。もはや未来予知に近いそれは、高峰家の独占状態といっても過言ではない。

そんな「先見」の先駆者の娘に「不幸そうな相を持っている」と言われたのだ。もはや雄真の未来は、不幸で決定されたようなものだ。

これは後に聞いた話だが、小雪はその時「先見」をしたのではなく単に占い程度のものであったらしい。

とまあそんな衝撃的な出会いもあってか、二人は時々会っては話す、仲の良い先輩後輩として、今も関係を保っているのだ。

ちなみに、先ほど飛んできたのは彼女のマジックワンドである「スフィアタム」――通称、「タマちゃん」だ。

ワンドの先端に、緑色の球体がふよふよと浮かんでいる・・・これだけなら雄真のアリエスともそう大差がないのだが。

普通のマジックワンドとの一番の違いは、その緑色の球体――ある意味最も「タマちゃん」である、関西弁で快活に喋るそれが、ある程度自由に動き回れるという点だ。魔法の詠唱こそできないものの、一人(?)で街中を散歩するくらいはワケないらしい。



「おひさしゅ〜、小日向の兄さん」

「よう、タマちゃんも久し振り。相変わらず丸いね」

「そやで〜、わいから丸さを取ったら、何も残らへんからなぁ〜」

「じゃあ、相変わらず緑色だね」

「実はわいの体は、メロンソーダから作られてるんやで〜」

「マジか!?」

「冗談や。兄さんもまだまだ甘いなぁ〜」

「・・・くすん。雄真さんがタマちゃんとばかりおしゃべりして、寂しいです」

「えっ、いやいや小雪さん?」

雄真がタマちゃんと、とてもワンドとは思えないやりとりをしていると、小雪が拗ねたように鼻を鳴らす。

それに対して何とか話題を探そうと思った雄真は、ふと辺りを見回してからようやくそのことに気づいた。

「人除けの結界か・・・これ仕掛けたの、小雪さんですよね?」

いくら昼休みも終わりに近づいているとはいえ、見渡す限りでは生徒が一人もいないというのは明らかに異常だ。

「はい、いけませんでしたか?」

「いえ、助かりましたけど・・・そこまでして攻撃してこなくても」

「久し振りに雄真さんの魔法が見たくなったもので。また、さらに腕を上げましたね」

そう言って悪びれもなくニッコリと笑う小雪に対して、雄真はそれ以上何も言う気は起こらずただ苦笑した。

「そやで〜、さっきのはわいもかなり力入れたんやけどなぁ〜」

「いえ、俺なんか小雪さんに比べればまだまだですって。それに、さっきのを防げたのはアリエスのおかげですよ」

「そんなに謙遜しなくても・・・雄真さんのレベルは、この学園の魔法科でもトップクラスだと思いますよ」

「もちろん、雄真さんが魔法科ならの話ですが」と、小雪は遠くを見つめるように視線を上げる。その表情は、いつもと違ってどこか憂いを帯びていた。

「・・・小雪さんが気に病む必要は無いんですよ?」

「いえ、それでもやはり原因は私の母ですから。雄真さんは、魔法科に入りたいとは思わないのですか?」

小雪の言う様に、ゆずはの「先見」が無ければ、今頃雄真は魔法科で過ごしていたかもしれない。

それこそが、彼が魔法使いである身分を隠している理由なのだから。

それでも、雄真は穏やかな笑みでゆっくりと顔を横に振る。

「確かに、憧れていた時期もありましたけど。でも今は、ハチや準と普通科で馬鹿やってるのも楽しいですし、魔法の方も独学で何とかやってますから」

「だから、大丈夫ですよ」と、雄真は小雪の気を晴らすために笑みを作る。だからこそ小雪も、彼に合わせて笑顔を見せた。

「相変わらず、雄真さんは優しいですね。そんなあなたに、ハッピーバレンタインです」

そう言って小雪は、満面の笑みと共にエプロンのポケットからチョコレートを取り出し、雄真へと差し出す。

綺麗に包装され、赤いリボンでラッピングされている。本命なのか義理なのかの判断に迷うそれに、雄真はドギマギしながらも口を開いた。

「こ、小雪さん。これって・・・」

「ふふふ、ご想像にお任せします。一応厄除けも兼ねておりますので、早めに食べてくださいね♪」

「それでは、また」と最後にそう言い残すと、小雪はタマちゃんに乗って飛び去って行ってしまった。

いつの間にか、視界には一般生徒の姿も見えるようになっていた。どうやら雄真の気付かない内に、結界は小雪の手によって解除されていたらしい。

「・・・ありがと、小雪さん」

彼女の飛び去っていった方向へと感謝の言葉を述べた直後、昼休み終了のチャイムが鳴り響き、雄真は小雪のチョコを手に急いで教室へと戻るのであった。



5話へ続く


後書き

第4話。バレンタインデー当日をお送りしました〜^^

とりあえず前編ということで。音羽と小雪先輩の話を中心にまとめてみました。

小雪は何気に初登場。雄真との関係もオリジナル設定だったりします。

何やら意味深な言葉も飛び交っておりますが、それはまた後ほど明かされるはずです。・・・たぶん(ぇ

次回は後編。杏璃が初登場。当然、春姫との共演です!

それでは〜



2008.6.22  雅輝