――――それは、今から一年ほど前の話。



【・・・もう雷属性の魔法はほぼマスターしましたね】

その日、雄真とアリエスはいつものように早朝の公園で魔法の訓練をしていた。

いくら早朝とはいえ、派手な発光を伴う雷魔法はそうそう使えない。なので今はアリエスと魔法式の構築だけ終え、発動は掛けていない状態だ。

「もう一年以上、この魔法に掛かりっきりだったからなぁ。そろそろ次のステップにいかないと・・・なっと」

後一つのプロセスで、公園の上空には巨大な魔方陣が形成されるが、雄真はそれをすることなく、アリエスの言葉に応じながら魔法式を破棄した。

鈴莉に可能性を示唆されて、合成魔法に取り掛かり始めてから約一年半。アリエスのお墨付きも出て、雄真の顔にも笑顔が浮かぶ。

「んー・・・まだ切り上げるには早すぎるか。もう少しやっていこう」

【はい】

公園に備え付けの時計を仰ぎ見て、雄真は再びアリエスを構える。何の魔法にするかを考え――――ふと、頭に浮かんだ疑問があった。

「あのさ、アリエス」

【何でしょう?】

「合成魔法って、基本的に風属性を交えないと使えないよな」

【ええ。とはいっても、私たちはまだ火と風しか使いこなせていないわけですが】



「なら、光と闇を合わせると、どうなる?」



【――――分かりません。少なくとも、そのような魔法が存在したという話は聞いたことがありません】

「ちょっと、試してみるか」

【・・・そうですね。ここならば周囲に被害を与えることもないでしょう】

雄真とアリエスは相談の結果、好奇心が勝ったのか詠唱を始めた。

方法は他の合成魔法と同じ。主に雄真が詠唱を唱え、アリエスがそれをサポートする。二つの思考で行なう、完全なる並列処理。



――――それは決して開けてはならない、『パンドラの箱』。



「エル・アムダルト・リ・エルス――――」

【エル・リアクト・ディ・エルス――――】

雄真の詠唱に、アリエスもまた己が詠唱を重ねる。それが彼の左腕となり、雄真自身は魔法式を構築する脳と、実行を司る右腕を振るうだけでいい。

「カルティエ・ラティル・アムレスト・ディ・イグニファス!!」

そうして魔法は完成する。光と闇が交わり、生み出されし魔法は――――その発動を待たずして、術者に牙を剥く。

“ドックンッ!!”

「がぁっ!?」

爆ぜたのは、アリエスを持っていた右腕の血流。数瞬遅れて感じた激痛に、雄真は思わずその手から相棒を放してしまった。

「くっ――――、ディ・アムスティア!」

危険を察した雄真は、即座にその魔法をキャンセルする。そして荒々しい呼吸の中、反射的に自身の右腕を凝視した。

「な、んだ・・・これ・・・?」

思わず漏れ出たのは、恐怖に染まった疑問の声。

アリエスに魔力を供給するために、その通り道となっていた右腕。だが今は、その部位から“魔力を一切感じない”。魔法使いとして、不自然なほどに。

「・・・っ、アリエス!!」

ようやく活性化し始めた脳が、今の状況を鑑みて最悪の結論を導き出す。雄真はすぐに、地面に投げ出されていた相棒の下へと向かった・・・が。

「アリエス?」

呼びかけても、反応は返ってこなかった。

外見上は問題ない。だがワンドとして不可欠なものが、今のアリエスからはほとんど感じられなかった。

「魔力が――――くそっ!」

雄真は自身の見通しの甘さに悪態を付きつつ、すぐさまその左腕からアリエスに魔力の供給を開始した。



――――結局、アリエスが意識を取り戻したのはそれから三時間後。鈴莉の家を訪ね、彼女と共に魔力を供給してようやく、であった。





はぴねす! SS

            「Secret Wizard」

                             Written by 雅輝






<49>  Secret Wizard





“ザンッ!”

雄真の手から放たれたアリエスは、自らも飛行魔法を用いて微調整しながら、浮かぶ秘宝の真下の地面に突き刺さった。

「・・・悪あがきをするな。もう手遅れだ」

アリエスの頭上からは、秘宝のそんな嘲笑を含んだ声が聞こえてきた。

爆発まで、数分も無い。もう誰にも――――秘宝自身にさえも、止める術は無いのだと。

【・・・ふふっ】

しかしアリエスから漏れたのは、穏やかな笑み。

「・・・何が可笑しい?」

【いえ、ただ長い時を生きてきたにも関わらず、この局面を打開できる魔法の存在に気付かない貴方が、あまりにも滑稽に映ったもので】

「ふん、負け惜しみを」

【そう思うのであればそれでも結構。そのまま大人しくしていてください。・・・すぐに、楽にしてあげますから】



「・・・ふう」

雄真は一つ、大きく息を吐いた。

柄にもなく緊張している。当たり前だ。背負っているのは、この場にいる全員の命。失敗は出来ない。

“キュッ”

「雄真くん・・・」

不意に込められた力に左手を見てみると、手を握ってくれている春姫の瞳と見つめ合う事になった。

彼女の瞳が、真摯な輝きを以って語っていた。

『雄真くんなら、きっと大丈夫・・・』

「・・・ありがとう、春姫」

これからも共に歩いていく、大切な女の子。

「雄真君とアリエスだもの。きっと成功するわ」

「・・・母さん」

敬愛する母。

「私たちは見ていることしか出来ませんが・・・雄真さんを、信じています」

「小雪さん」

頼りになる先輩。

「雄真殿・・・貴殿に頼るしかない我々を、許してくれ」

「私たちの命運、貴方に委ねさせてください」

「信哉・・・上条さん」

不器用な双子の兄妹。

そして――――。

「ゆ・・・ま・・・」

「・・・伊吹」

式守という運命に踊らされた、敵「だった」少女。

皆の声援。これほど頼りなるものはない。

雄真は数秒瞑目し、確固たる意志を持って秘宝を見据える。そして――――。



「エル・アムダルト・リ・エルス――――」



――――事件を終結に導く詠唱を始めた。





「兄さん、どこに居るんだろ・・・?」

一方、制服のまま家を飛び出したすももは、学校の奥の敷地――――森の入り口付近をウロウロと歩いていた。

自分の乙女の勘――――通称「兄さんレーダー」を頼りにここまでやってきたが、これ以上の場所を特定する手掛かりは見つからない。

「どうしよう・・・あっ」

やはり大人しく家で待っていた方が良かったのだろうか。そう若干弱気になってしまったすももだが、天は彼女を見捨てなかった。

何気なく見上げた星空。その空に線を描くようにして飛ぶ、魔法使いの影。

「あれは・・・柊さん?」





「レイテ・ウィオール・テラ・ヴィストゥム――――」

凛とした、張りのあるその声だけが、無音の空間に澄み渡るようにして広がる。

途中に魔力の増幅の魔法式も加えた、いつもより長めの詠唱。

もうこれ以上、他の魔法を連ねる必要は無い。雄真は、持てる魔力を全て注ぎ込むように詠唱を重ねる。

「カル・ア・ラト・リアラ――――」

“ゴウッ”という音を立てながら、溢れ出た魔力が、雄真の体を中心に暴風と化して舞い上がる。

その渦中にありながら、春姫は微動だにせず、ただ彼の手を握り締めながら寄り添った。悲しみを無理やり決意で固めた、彼の横顔を眺めながら。

そして――――。



「カルティエ・ラト・アムレスト・ディ・イグニファス!!」



雄真が叫ぶようにして詠唱を終えた、その瞬間に。



――――彼の相棒は、その身体を媒介として『無属性魔法』に変化する。



「【無属性魔法、ブラックホール】」



重なったのは、雄真とアリエスの声。その名が示すように――――アリエスを中心とした深き闇は、その全てを呑み込む。

正確には、その“周辺の魔力全て”を。



「が・・・ああああああああああああああああああ!!??」

起こるは、秘宝の絶叫。彼の者の存在は、魔力と思念の集合体。無属性魔法が、その存在を喰らい尽くすように牙を剥く。



――――無属性魔法の効力は、魔力の“消去”。

それは龍笛のような抑圧でもなく、強制譲渡魔法のような吸収でもない。至ってシンプルで、だからこそ怖い。

あの日―――この魔法を偶然見つけてしまったとき、雄真は即座に消去魔法を掛けることで事無きを得た。

しかし、もしあのまま魔法が暴走を続けていたら・・・彼は間違いなく、全身の魔力を枯渇されて死に至っていただろう。

だからこそ、この魔法について可能な限りの調査をした。実際に鈴莉の監視の下、使用してみることもあった。

その結果、分かったことは三つ。

一つ目は、この魔法は魔具―――つまりはアリエスを媒介にして発動すること。その範囲もまた、アリエスから半径数メートル程となる。

二つ目。ある程度制御が可能であること。雄真も数回の練習でおおよそ制御できるようにはなったが、反面その制御には通常の魔法より多くの魔力を必要とする。

そして・・・三つ目。この魔法の発動、維持には、アリエスの負荷が掛かりすぎること。練習でも、精々が数十秒。それ以上は――――どうなるか分からない。



「ば、馬鹿なぁ! この魔法は禁呪のはず・・・!!」

【やはりそうでしたか。しかし、それももはや関係の無いことです】

憎々しげに叫ぶ秘宝に、アリエスは淡々と返す。だがその意識は、もういつ失ってもおかしくないほど薄まってきていた。

もう既に、魔法が発動してから1分以上が経過している。近づきつつある限界。しかし、最期にこれだけは秘宝に言っておきたい。

【私のマスターを、侮った罰です。その身を以って、償って頂きましょう】

最期まで、雄真のワンドになれたことを誇るようにそう残して。

アリエスは――――土壇場で秘宝を欺いたもう一人の「Secret Wizard」は、ゆっくりとその意識を閉ざしていった。



『まずい、もう魔力が・・・!』

雄真は焦っていた。秘宝の魔力が想定よりもまだ残っており、対して自分の魔力はあと僅か。

だが、秘宝もそろそろ限界のはずだ。どちらの魔力が先に尽きるか――――いや、このままでは確実に雄真が劣勢だ。

『くそっ、もう少しなのに・・・っ!!』

アリエスと交わした決意も、このままでは水泡と帰してしまう。そんなの――――許されるわけがない。

「くそがぁああああぁあああぁああぁぁぁあぁぁああっ!!!!!」

叫んだのは雄真――――ではない。

秘宝は怨嗟のような雄叫びを上げると、もうほとんど散り散りとなりつつあった魔力を掻き集め始めた。

「いったい何を・・・っ、まさか!?」

雄真がソレに思い至ったその瞬間、秘宝は既に動き出していた。

無属性魔法は半径数メートル程度の範囲魔法。ならば、その範囲から逃れれば、それ以上魔力を喰われる道理はない。

つまり・・・飛行魔法で、その場から離れればいい。

だが――――それはあくまで、相手が雄真一人の場合。

“キィンッ”

「がぁっ!?」

澄み渡るような音で張り巡らされた、結界魔法。それは無属性魔法の適用範囲から逃れられぬよう、秘宝の周囲を一瞬にして囲んだ。

「その魔法は、練習に付き合った私もよく知っているの。唯一の弱点を突いてくることくらい、分かっていたわ」

「アリエスさんがその身を賭した魔法です。・・・易々と、逃すわけにはいきません」

雄真の背後から、悠然とその身を立てる美女が二人。鈴莉と小雪はこの一瞬を狙って、雄真が詠唱を始めたと同時に結界の魔法式を編んでいた。

そして、もう一人――――。

「雄真くん・・・受け取って」

「春姫?」

傍にいる春姫の囁くような声が、雄真の耳朶を優しく打つ。

そして、彼女の両手に握られた雄真の左手から、じんわりとした熱を持って何かが流れ込んでくる。

「これは・・・」

魔力譲渡。雄真が受け取ったのは、紛れもなく春姫の魔力。

彼女だって、魔力量はもう限界だったはずだ。だというのに、雄真にその残り少ない魔力を託してくれた。

「くぅっ・・・」

「春姫!」

魔力酔いの症状を起こし、春姫が膝を折る。だがまだその意識は保たれており、雄真の左手を握り締めたまま、気丈にも笑みを浮かべた。



「雄真くん・・・勝って」



「・・・ああ!」

鈴莉と小雪によって、動きを封じられた秘宝。春姫によって、微量だが回復した自身の魔力。

お膳立ては整った。後は――――この魔法に、己が全力を賭すのみ。

「そんな・・・こんなところで、こんな奴らに、我が負けるはずが・・・!」

これまで尊大な態度を崩さなかった秘宝が、初めて見せた気弱な声。それが、この事件の終末を、何よりも雄弁に語っていた。

【マスター・・・】

そのとき、もう聞こえるはずの無いアリエスの声が脳内に響いた。

「・・・ありがとう、アリエス」

最後に、聞こえるか聞こえないかの微かな声で、そう呟いて。

雄真は躊躇い無く、とどめとばかりに魔法の出力を上げた。

そして――――。



「ぎ・・・ぎぁああああぁぁあああぁああああああぁあああぁあああっ!!!」



秘宝の断末魔の叫びと共に、球状の本体を覆っていたドス黒い魔力はその全てが消えてなくなり。

無数の亀裂が入った式守の秘宝は、重力に引かれて地面に落ち。

“ピシピシッ・・・・・・パァァンッ!”

一度もバウンドすることなく、粉々に砕け散った――――。







――――伊吹。

「・・・? 姉様!」

大好きな声に振り向くと、そこにはやはり大好きな人が立っていた。

駆けだして、その勢いのまま抱きついた私を、那津音姉様がしっかりと抱き止めてくれる。

――――ありがとう、伊吹。もう何も思い残すことはないわ。

「・・・姉様?」

――――貴女は立派になった。少し道を間違えちゃったけど、もう大丈夫よね?

儚げな声。不安に駆られた私は、泣き叫びながら彼女に縋った。

「ダメです! 行かないでください! 私は・・・私にはまだ、貴女が必要なのです!!」

――――そんなことないわ。自分では気づいていないだけで、もう貴女はしっかりと前を向いているのよ?

ほらっ・・・と促した私の背後。恐る恐る振り返ると、そこには――――。

「「伊吹様」」

「信哉・・・沙耶・・・」

愚かな私を最後まで信じ、そして家族で居てくれた、感謝してしきれない兄妹。

「「伊吹さん」」

一方的に敵だと思い込んでいたのに、私を助けるために尽力してくれた、御薙鈴莉に高峰小雪。

「伊吹」「式守さん」

秘宝に呑み込まれた私に、真っ向から打ち勝ち、式守伊吹という存在を救いだしてくれた、小日向雄真と神坂春姫。

そして――――。

「伊吹ちゃん♪」

邪険に扱っていたのに、めげることなくいつも楽しそうな笑顔で話しかけてくれた、クラスメイトの少女。

――――行きなさい、伊吹。素敵な友達が、貴女を待っているわ。

駄々っ子を諭すように、姉様が優しい声音で背中をトンと押してくれた。

「・・・っ、はい!」

いつの間にか流れていた涙を強引に拭って、私は走り出す。眩い光を背負う、彼らの元へと。

「――――ありがとう、“お姉ちゃん”!」

最後に、振り返ることなく伝えた言葉には、ずっと言いたくても言えなかった呼称を添えて――――。





「伊吹ちゃんっ!」

伊吹が目を開けると、高い位置にある木々の葉を背景に、人の顔が飛び込んできた。

「・・・すもも?」

まだ朦朧としている思考で呟く。すると、辺りの状況を把握する前に、感極まった様子のすももが飛びついて来た。

「こ、こらっ!」

「良かった〜〜〜〜っ、良かったよ〜〜〜〜!!」

「・・・」

だがそんな様子のすももを、無碍に振り払うことは出来ず。

再度状況を確認しようと辺りを見渡した伊吹の視界に、倒れている二人の姿が入る。

「っ、信哉! 沙耶!?」

「安心して。眠っているだけよ」

「・・・御薙鈴莉」

「魔力の枯渇状態になった貴女を助けるため、譲渡魔法を本当の限界まで行なったんです。そのせいで昏倒してしまいましたが、直に目を覚ますでしょう」

「そう、か・・・」

鈴莉と小雪の説明に、ホッと安堵の息を吐く。しかしまた険しい顔に戻ると、まだ自分に抱きついているすももの泣き顔と向き合った。

「すもも」

「ふぇ?」

「私は・・・本当に愚かな人間だ。お前はなぜそんな私を、これほどまでに心配してくれるんだ?」

伊吹がそう震える声でそう問うと、すももはきょとんとした表情の後に――――満開の花のような笑みを浮かべた。



「そんなの、友達だからに決まってるじゃないですか!」



「――――――」

ストンと。その言葉と、笑みを作った泣き顔は、伊吹の胸に何の引っ掛かりもなく落ちた。

「・・・伊吹ちゃん?」

「え?」

すももの声に、伊吹はその頃になってようやく気付く。いつの間にか自分の頬に幾条もの涙が流れ落ちていることに。

那津音が亡くなって、当主になることを決意して以来、ほとんど流すことのなくなった涙。

「うぅ・・・あぁ・・・ぁぁぁぁああぁああ・・・っ」

溜め込んで、溜め込んで・・・ようやく堰を切ることが許されたそれは、止まることなく嗚咽を漏らす伊吹の頬を濡らし続ける。

「伊吹ちゃん・・・」

温かいすももの胸に顔をうずめ、伊吹は声が枯れるまで泣き続けた。

――――その涙は、全ての膿を取り除いたかのように純粋で・・・とても、綺麗なものだった。





一方その頃。皆があの空間から脱出してきた森の別の一角では、雄真と春姫・・・そして杏璃の三人がいた。

「それにしても、あんたが魔法使いだったとはねぇ」

「はは・・・隠してて悪かったな」

腰に手を当てながら、ジト目でこちらを見て来る杏璃に、雄真は苦笑を返す。

ほとんど事情を知らなかった杏璃への事件の説明が終わった後の第一声が、先程の言葉だったというわけだ。

ちなみに、今はほとんどの魔力を使い果たしてしまった雄真を、春姫が膝枕してあげている状態だ。事情説明の前に、杏璃に散々からかわれたのは言うまでもな
い。

「まあ、今まで隠してた理由も納得したから別にいいんだけどね。それよりもあんた、魔法科に転入するんでしょ?」

雄真が魔法使いであることを隠していたのは、今回の事件のためだ。そして無事に状況終了したのだから、もう隠しておく必要はないはず。

そう思って口にした杏璃の言葉に、雄真は困ったような顔をして「いや・・・」と口を開く。

「とりあえずは、普通科に残るよ。この先どうするかを、もう一度よく考えようと思う」

確かに、魔法科にはずっと憧れていた。でもここで、事件が終わったから即転入というのは、これまでの“Secret Wizard”であった自分を否定するようで、抵
抗を感じた。

春姫がいるという点でも魔法科への転入はとても魅力的だが、まだ校舎が復旧するまでは同じクラスなのでそれも問題ない。

そして、後一つ。一番大きな理由。

「それに・・・こいつを直さないまま魔法科へ転入するなんて、俺には出来そうも無かったから」

雄真が、そっと右手を自分の目の前にかざす。その中指に収まっているアリエスは、宝石の部分に亀裂が入り、その機能を停止させている。

「雄真くん・・・」

「・・・そっか」

春姫が慰めるように雄真の頭を優しく撫で、杏璃はそれ以上深く追求することなくその口を閉ざした。

「――――そういえば、なんですももちゃんがここに?」

「ああ、それは私がここに飛行魔法で向かっているときに、下の森から声が――――」

さりげなく話題を変える春姫に、それに乗って自慢げに語り始める杏璃。

そんな親友二人の会話を聞きながら、雄真はそっと目を閉じて、その口元に笑みを作った。

『全部が全部、ハッピーエンドというわけにはいかなかったけど・・・』

雄真の左手が、アリエスをそっと撫でる。それでも――――。

『お前が最後に望んだ結果には、なったんじゃないか? なあ、アリエス』

遠くの一角を見る。

わざわざ家から駆けつけてくれたすももに、その胸で泣きじゃくる伊吹。

そんな二人を見て、穏やかな表情を浮かべる鈴莉と小雪。

主君であり家族でもある伊吹を死地から救えたことに、安堵と満足の表情を浮かべながら眠る信哉と沙耶。

友達の危機というだけで助けてくれた杏璃。そして――――ずっと支えてくれた最愛の女の子、春姫。

『だから今は、喜ぶよ。お前が願ってくれた、この光景を・・・』

Secret Wizardは、誇らしげに笑う。今までずっと自分を支え続けてくれた、もう一人の秘匿の魔法使いに見せつけるように。



――――頬を流れた一筋の冷たい感触は、きっと、気のせいだ。




最終話、50話へ続く


後書き

予定より大幅に遅れて、こっそりと更新。お久しぶりです、雅輝です。

もうすぐで完結だというのに、最後までこの体たらく。続きを待ってくださっていた皆さまには、本当に申し訳なく思います。

その申し訳なさが働いたのか、SW史上最長の話となってしまった49話。いかがでしたでしょうか?

いやぁ、概ねはプロット通りに書けたのですが。色々と書きたい部分が追加となり、こんな文章量に。

でも本当のクライマックスなので、ここで手は抜きたくないなぁと。べ、別に暴走したわけではないんだからねっ?(ツン)


ラスト・・・最終話は年内には上げようと思います。うん、流石にね(汗)

まあでも、年末になっちゃうんでしょうが。その辺は生温かく見守っていてくださると助かります。


ではでは、エピローグにてまたお会いしましょう!



2010.12.12  雅輝