『この音色は・・・確か・・・』

悪魔の化身と化した秘宝の精神の奥底で、彼女―――式守伊吹は眠りに就いていた。

いや、それは眠りという安らかなものではなく、もはや封印に近しい。

外部からの情報は全て遮断され、意識も身体も深海に沈められたように重い。

もう、何も考えられない。そもそも、自分はどうしてこんなところにいるのだろうか――――そんな単純なことさえ思い出せない。

そんな中、ふと耳朶を打つ音があった。何も入ってこないはずの空間で、その音だけは違和感なくそこに存在した。

『那津音・・・姉様・・・』

やけに重い思考の中で、何とか思い出す。

そうだ。これは幼い頃に、敬愛する姉に何度も聞かせてもらった龍笛の音色。

何度も何度も、繰り返しせがんで。その度に嫌な顔一つせずに音律を奏でてくれた、優しき姉。

『那津音、姉様・・・っ』

その優しい音色に、記憶が徐々に解かれていく。確か自分は、御したと思い込んだ秘宝の力に飲み込まれて、そして――――。

「・・・滑稽だな」

声が出た。どうやら体の機能も少しずつだが回復してきているらしい。

久方ぶりに声帯を震わせたそれは、自嘲の言葉。あれほど自信満々に挑んだにも関わらず、結局秘宝の破壊衝動に飲み込まれ、挙句このような場所に閉じ込められている。

そんな後ろ向きな考えは、再び伊吹の思考を闇に染める。もう、何も考えたくない――――。



――――伊吹様!!



「・・・信哉、沙耶」

そうして再び昏睡状態に陥ろうとしていた彼女の意識を掬い上げたのは、幼い頃より聞き覚えのあるその声であった。





はぴねす! SS

            「Secret Wizard」

                             Written by 雅輝






<47>  主従の在り方





「――――何だ、貴様らは」

黒色の羽を広げた秘宝は、突然現れた二人を見て冷たくそう吐き捨てた。

信哉たちのことを知らない――――それは即ち、既にその意識は全て秘宝のものとなっていることに他ならない。

「伊吹様・・・」

状況が分からなかった兄妹もその事実に気付いたらしく、悔しげな表情で唇を噛み締める。

「ほとんど魔力も残っておらんような貴様らは、この場には相応しくないな。――――消えろ」

無表情でそう断じた秘宝だが、その内心は言い知れぬ不安で覆われている。

ここは無関係の者が訪れるような場所ではない。つまり、自身は知らないがおそらく宿主――――式守伊吹の関係者ということだ。

もう完全に伊吹の意識は飲み込んだ。二度と浮上することはない――――はずだ。

だが、念には念を。実際その二人は、先に言ったとおり魔力不足。一撃で倒せる以上、不安材料を放置しておく理由は無い。

「ル・サージュ」

詠唱はたったの二音。龍笛の音に今も尚晒され続けている秘宝が、攻撃に割ける限界の魔力量。

それでも、魔力不足の二人を屠るには充分な一撃足り得る――――。

「ぐっ――――!」

迫り来る魔弾に信哉が咄嗟に風神雷神を構えるも、魔力を篭めようとしたところで絶対的な脱力感を感じ、その場に膝を折る。

そしてそれは沙耶も同様だ。既に魔法を唱えられるような状態ではない。

しかし――――その魔力弾が、二人の元へと届くことはなかった。

「「――――ディ・ラティル・アムレスト!」」

“バシュゥッ!”

同調魔法。雄真と春姫が唱えた障壁は、受け止めた秘宝の魔力弾を霧散させる。

「俺たちのことを忘れてもらっちゃ困るな」

「今のあなたの状態なら、魔法弾くらい合成魔法でなくとも防げます」

「・・・ちっ、悉く邪魔してくれる」

合成魔法は著しく魔力の消耗が激しい。だが龍笛の音に抑圧されている秘宝の力なら、同調魔法での防御も十分に可能だ。

「小日向殿、神坂殿・・・」

「――――二人とも、一つだけ聞かせてくれ」

秘宝と対峙するように信哉たちの前に立っていた雄真が、秘宝への警戒心を解かぬまま振り返る。

「ここに、何しに来たんだ?」

真剣で、どこか責めるような色をも浮かべたその視線。上条兄妹は、自然と身を固くした。

そして同時に、その視線の意味も理解した。それは、先程の屋上での問答に似ている。

あの時は、伊吹の目的のために闘っていた。でも、今は違う。春姫が、杏璃が、違うと気付かせてくれた。

「――――伊吹様を、救うため」

「そして――――私たちなりの、真なる忠義を果たすためです」

「・・・・・・」

目が合う。決して逸らさぬように、想いが伝わるように、信哉と沙耶はその視線を受け続けた。

それが何秒続いただろうか。厳しい表情をしていた雄真はフッと軽く息を零すと、一転して笑みを象った。

「だったら、防御は任せろ。あのワガママお嬢様に、声を聞かせてやれ」

「・・・え?」

「あの・・・小日向さん?」

上条兄妹としては、若干拍子抜けである。しかし雄真はそんな二人の心情を知ってか知らずか、さらに軽快な調子で。

「目を見れば分かるさ。もう敵対する理由も無いし、伊吹を救うっていう目的も同じなんだ」

「それはそうだが・・・」



「だったら、もう仲間だろ?」



「「――――――」」

二人して、言葉を失っていた。だが一方で傍らの春姫と、ワンド状態のため必要最低限しか念話をしないアリエスは、同時に思った。

――――とても、小日向雄真らしい答えだな、と。





――――声。

声が聞こえた。

幼い頃より共に居た、おそらく家族の誰よりも一緒の時間を過ごした、兄妹の声。

もう意識は閉じようとしているのに、伊吹は何かに導かれるようにその声を聞き続ける――――。



「伊吹様・・・もう、やめましょう」

雄真にバトンを渡された二人は、静かに語り始めた。

まずは信哉から。その声音に悲しみと、ある種の力強さを交えて。

「私たちは今まで、伊吹様に付き従って来ました。それが、伊吹様の幸せに繋がると思っていたから」

そして沙耶。伏せた目からは、今にも雫が零れ落ちそうだ。

「その気持ちに、俺たちの父が犯した罪の罪悪感があったことも、否定は出来ません」

「でも私たちは、きっと逃げていたんです。父様の罪を言い訳にして、自分たちの運命を決めていました」

兄妹は交互に語る。秘宝の内に眠る伊吹に、そして自分自身に、言い聞かせるように。

「だから、伊吹様が危険を犯すと分かっていても、止められなかった」

「主の進む道が如何なるものでも、命を賭してその目的を果たす。それが従者としての忠義だと思っていました」

「「けれど、そうじゃなかった」」

二人の声が揃う。雄真も春姫も、口を挟まずに二人の独白に聞き入っていた。

「そんなもの――――忠義でも何でもないと、そう断じた者がいました」

「従者としては正解かもしれないけど、仲間や友達としては間違ってるって、諭してくださった方がいました」

「だから、俺たちは貴女の従者ではなく――――仲間として、幼馴染として。・・・家族として」

「伊吹様。貴女を、助けに来ました」

そう言いきった信哉と沙耶の表情に、もう迷いは無い。あるのは内々に燃える、決意の炎。



「・・・ふん。何を言い出すかと思えば戯言を。もはや式守伊吹の意識は無い。貴様らの声も届いては――――」

“ドクンッ!”

「がぁっ!?」

嘲りの言葉の最中、秘宝は突如胸を叩いた鈍い痛みにその声を詰らせた。

“ドクンッ、ドクンッ!”

「な・・・んだ? いったい、何が起こっている!?」

自身に起きた唐突な不調に、秘宝は半ば錯乱したかのように叫ぶ。

そしてカクンとその顔が下に向くと、今度は掠れるような小さい声で。

「――――信哉、沙耶」

「「「「っ!!」」」」

秘宝の口から、決して出るはずのない名前が零れる。その意味に気付いた四人は、一様に目を見開いた。

「くっ、出てくるな! 貴様は我の中で大人しく眠っておれ!!」

その激昂した口調は、間違いなく秘宝のもの。では、さっきの掠れるような声は?

――――そんなもの、決まっている。

「伊吹っ!!」

雄真が、叫ぶ。

「伊吹様っ!」

「伊吹様っ!」

「式守さんっ!」

「――――っ、伊吹さんっ!」

続いて信哉が、沙耶が、春姫が。そして、息継ぎをするように一度龍笛から口を離した、小雪が。

その名を――――式守伊吹の名を呼ぶ。

「・・・私は本当に、馬鹿な従者を持ったものだ」

その言葉を放ったのは、言うまでもない。皮肉げな内容とは裏腹に、その口調はどこか優しげで。



「だが――――馬鹿な主である私には、丁度いいかもしれんな」



「「伊吹様・・・」」

呟く信哉と沙耶の目から、透明な雫が溢れ出す。それは間違いなく、今の二人の従者としての在り方を、主である伊吹が認めてくれたということで。

「ぐぅっ、こんなはずでは――――!」

「・・・ビサイム!」

「―――御意」

伊吹の体から黒色の羽が生えた時に、その衝撃で背中から外れたビサイムが文字通り飛んで来た。意識を取り戻した、真の主の声に応えるように。

徐々に伊吹が表に出ている時間の方が長くなってきている。彼女はその手に相棒を構えると、地面に突き立てて詠唱を始めた。

唱えるは、消去魔法(キャンセル)。

自身に巣食う思念体は、自身の魔力と複雑な魔法式で結びつくことで成り立っているのであって。――――ならば、その魔法式を根本から消し去ってやる。

それは式守の歴史の中でも類稀ない資質を持った伊吹だからこそ出来得る、秘宝の攻略方法。

「私の体から――――出て、行けぇぇぇぇぇぇ!!」

最後の力を振り絞った伊吹の消去魔法に対し、龍笛により大幅に弱体化していた秘宝は成す術なく。

「がっ、・・・がああああああああああああああああああああああっ!!」

式守の秘宝という名の思念体は、遂に伊吹の体から引き剥がされた――――。




48話へ続く


後書き

ようやく暑さも和らいできましたね。これからは寒くなる一方かなぁ、と。

まあそれはさておき。SWの最新話、お楽しみ頂けたでしょうか?

今回は伊吹と上条兄妹の主従関係がメイン。っていうか、最近主人公カップルの出番が少ない気がする・・・気のせいだね、うん☆

次回は活躍する予定です。ええ、流石に。やっぱり最後は、主人公たちに締めてもらわないと。


そんなこんなで、ようやく終わりが見えてきました。もう何話秘宝と闘っているのかと^^;

次回、秘宝との完全決着です。お楽しみを〜♪



2010.9.21  雅輝