はぴねす! SS
「Secret Wizard」
Written
by 雅輝
<46> 迷い無き笛音
“パラ、パラ・・・”
砂塵が舞い、土埃が軽い音を断続的に轟かす。
秘宝が繰り出した一撃――――いや、もはや「一撃」とは称せない大量の魔弾による爆撃は、轟音と共に地面に大穴を穿っていた。
「・・・」
秘宝は無感情で、その光景を見つめる。あの爆心地に小雪が居たのならば、それこそひとたまりも無いだろう。
これで憂慮すべき点は無くなった。後は魔力に物を言わせ、じっくりと残りの者を――――。
「――――♪ ――――――♪――――」
「・・・・・・っ!?」
魔力を込めようとした、丁度そのときだった。辺り一帯に伸びやかな笛の音が響き渡る。
聞き覚えのある音色。秘宝は過去の苦々しい記憶を呼び起こしながら、徐々に晴れていく砂煙を睨み付ける。
当然何も残っていないと思っていた、大穴の中心部。
その場―――直径1mも残っていない円状の地面に“無傷”で立っていたのは、紛れも無く高峰小雪その人だった。
「くっ・・・!」
音律は紡がれ続ける。秘宝はその笛音に、堪らず天上の三つの天蓋魔方陣を放棄した。
――――龍笛の持つ能力は、対象となる魔力の制御と抑圧。
そうして弱った秘宝を再び封印したのは那津音の力だが、龍笛だけでも十分過ぎるほどの効力を発揮する。秘宝のように膨大な魔力を持っていると、尚のこと。
「――――っ、あの光は・・・!」
強制的な魔力の抑圧に苦しむ秘宝の視界に、ここにきてはっきりと小雪の姿が映し出された。
その全身を包むのは、黄緑色の光。その温かな光は、まるで小雪自身が放つ燐光のようだ。
ある古い魔道書の合成魔法の項目に、こんな一文がある。
火、風と交わりし時。天上より一閃の内に貫く雷槍となる。即ち其は、無双の矛。
水、風と交わりし時。大気中で一瞬の内に象る氷壁となる。即ち其は、無類の楯。
土、風と交わりし時。大地からの祝福を纏わす光芒となる。即ち其は――――。
『無敗の鎧、か』
小雪を纏う淡色の光は、対象者を決して傷つけさせない魔力の鎧。
大地の加護を受けたその神秘の光は、魔法攻撃は元より、物理攻撃すらも拒む。おそらく雄真と春姫の二人が、同調合成魔法で構成したものだろう。
それに気付けなかった。裏を返せば、それだけ那津音の遺品に執着していたということだ。
とはいえ、今更後悔しても遅い。もう既に賽は投げられたのだ。悔やむよりも、秘宝の冷静な思考は既に次善策を練っていた。
その結果――――。
「――――っ、があああああああああああああああああああああっ!!!」
呼吸を整えた後、秘宝が吐き出したのは獣のような咆哮。
自らを壊すようなその豪声と共に、文字通り全身で魔力を込める。込める。込める。
―――龍笛の効果は魔力の抑圧。ならばその力に対し、反発すればどうなるか。
「――――! ぐぅ・・・ぁ・・・!」
秘宝の視界の隅で、小雪が苦しげな表情で蹲る。それが答えだ。
龍笛の奏者は相手の魔力を抑圧するため、龍笛の音に乗せて魔力を対象に送り込む。
そんな中、抑え込んでいた魔力が突如として肥大。すると、送り込んでいた魔力は突然の反発に遭い――――奏者の元へと、逆流する。
これこそが、十年前の苦い記憶を元に用意していた対策法。
『我の、勝ちだ・・・』
S級の魔具による魔力の抑圧。それに反発する秘宝にも、もちろん相応の負荷が掛かっていた。常人ならば、とうの昔に発狂していてもおかしくないほどの。
だがもう、それすらも薄れてきた。小雪が蹲りながらも奏で続けていたその音色が、遂に途切れたからだ。
――――秘宝の口端が、ニヤリと上がった。
『・・・っ、油断、した・・・!』
突如として逆流してきた魔力に、失いそうになる意識を必死に繋ぎとめ、小雪は歯噛みした。
龍笛を奏で始めた時点で、勝敗は決したと思った。それほどまでに、龍笛の効力は絶対的なのだ。
だというのに。まさか魔力の反発による逆流を仕掛けて来るとは思っていなかった。その行為は、秘宝にとっても己が身を削るような行為だからだ。
「小雪さん!」
「高峰先輩!」
割れそうな頭の痛みに苛まれながらも小雪の耳が拾ったのは、こちらに駆けて来る後輩たちの声であった。
彼らが紡いだ魔法――――同調合成魔法による防御は完璧だった。それを自分の油断で台無しにしてしまったと思うと、本当に申し訳ない。
ある種の諦観すら混ざった思いは、とうとう小雪の口から龍笛を遠ざけてしまう。
『やはり、私では無理だったのでしょうか・・・』
それは過去に、何度も思ったことだ。龍笛は、とても自分に扱える代物ではないと。
これは自分のように血筋だけではない、本当の意味での天賦の才を持った者にだけ扱えると。
小雪にとって、それは那津音であり。また彼女の亡き今は、雄真こそ相応しいと思っている。
にも関わらず、最後の場面で龍笛を奏でたのは紛れもなく自分だ。戦闘の前に、雄真に渡すタイミングなどいくらでもあっただろうに。
それがささやかなプライドから来たものなのか、はたまた那津音の遺志を継ぐという特別な想いから来たのか、定かではないが。
「――――ル・サージュ!!」
だが状況は、小雪に熟考の余地を与えない。窮地を脱した秘宝から放たれたのは、高速の魔力弾。速度に特化したその魔弾は、既に避けられない距離にあった。
小雪を包んでいた燐光――――光の鎧の効果は、既に消えている。地属性の合成魔法は絶対的な防御性能を誇るが故に、持続時間が短いのだ。
そして、それを秘宝も知っていた。だからこそタイミングを見計らって魔力の逆流を促し、無理をしてまで即座に魔法を放った。
視界の端に、雄真と春姫が詠唱する様子が映る。だが、おそらく合成魔法は間に合わないだろう。仮に詠唱破棄により間に合わせたとしても、構成として穴だらけの魔法では秘宝の魔弾は防げない。
『二人とも、後はお願いします・・・』
小雪が訪れるであろう衝撃に備え、ギュッと目を瞑った。――――その時であった。
“キィィィィィィィィィィィィィィィンッ!!”
突如として眩い輝きを放ち始めた龍笛が、その光を以ってして闇の魔弾を防いだのだ。
それは時間にすれば、コンマ数秒程度の出来事に過ぎなかった。
だが、その事象を説明出来る者はいない。
ワンドではない魔具による、単独の魔法使用。数百年の時を生きてきた秘宝でさえ、驚愕に言葉を失っている。
言うなれば、奇跡としか表現出来ない。だがその「奇跡」が、誰によってもたらされたのか――――小雪だけは、分かっていた。
『那津音さん・・・ありがとうございます』
いくら那津音とはいえ、魔具に魔法を単独使用させることなど不可能だろう。そのはずなのに、何故か小雪には確信にも似た想いがあった。
『私はもう、迷いません』
彼女には何度背中を押してもらっただろう。亡くなっても尚世話を掛けていると思うと、苦笑すら漏れる。
でも、これで最後。小雪は再び、手に持つ魔笛に口を付けた。
「っ――――♪――――♪」
「ぅっ!?」
響き渡る笛の音は、先ほどよりもさらに美しく。さらに伸びやかに。
この空間全域――――いや、空間さえ超越して世界中に浸透するかのような清涼な笛音は、秘宝の魔力を再び抑圧する。
揺るがない、凛とした佇まい。小雪のその姿は、在りし日の式守那津音に重なる。
「――――っ」
だが秘宝の頭は、激情に駆られることなく冷静だった。
また先ほどのように、魔力を篭めれば逆流する。いくら神秘の鎧を再び纏おうとも、逆流した魔力を防げないのは先ほど確認済みだ。
しかし――――。
「・・・っ!」
「くっ・・・」
今の小雪に、もう油断は無い。魔力に反発してくるのが分かっているなら、対処は可能なのだ。
送る魔力と反発される魔力を調整することで、五分の均衡を保つ。
だが、秘宝の魔力はまさに規格外。その均衡は時間の経過と共に、確実に秘宝へと傾きかけていた。
『くそっ、どうする・・・!』
苦しげな小雪の様子に、雄真は焦りと共に頭を動かす。
ここで秘宝を攻撃することは簡単だ。それほどまでに、今の秘宝は小雪に全精神を集中させている。
だが、小雪が仕掛けているのは干渉魔法。秘宝の魔力とリンクしている以上、攻勢魔法で小雪にどんな影響が出るか分からない。
とはいえ、このままでは小雪の魔力が先に尽きてしまう。
後、一手。秘宝もおそらく、限界のはずだ。でもその、最後の一手の手段が思いつかない。
「――――っ、雄真くん、あそこ!」
「っ!」
春姫の鋭いその声に、雄真は反射的にアリエスを構え直す。彼女が指差した先には、空間に割れ目が入っていた。
とてもではないが、自然現象とは思えない。つまり、何者かによる―――おそらく転移系の―――魔法の使用。そう考えるのが妥当だろう。
そして、この場に現れる者は限られている。その中でも一番可能性が高いのは――――。
「「――――伊吹様っ!!!」」
47話へ続く
後書き
今回も遅くなってしまいました。社会人ってこんなに時間が無かったんだぁと、実感する毎日です(笑)
そんなわけで雅輝です。ほぼ一月ぶりの、SWを投下!
今回は難産でした。いやまあ、基本的に難産ですが。
特に後半部分は、何度も書き直しています。こうして作品を上げた今でも、納得の行っていない部分があったり。
うー、むー、と唸りながらも、これ以上は堂々巡りになるだけっぽいので更新。・・・うん、とりあえず感想待ってます(ぇ
なんだかんだでダラダラと続いております。こりゃ50話コースか?
・・・年内には完結させたいと思いますので、もうしばしのお付き合いをお願い致しますm(__)m