「凄い・・・」

小雪の口からそんな感嘆の言葉が漏れたのは、最後の戦いが始まってすぐのことだった。

秘宝の力は圧倒的だ。そんなこと、少し魔法を齧ったことがある人ならば一目瞭然だろう。

にも関わらず。雄真と春姫は共闘することによって、互角に――――いや、互角以上に渡り合えているのである。

『私には、何が出来るのでしょうか・・・?』

自問する。今回の戦いで自分が出来たことなんて、精々が鈴莉の詠唱を唱える時間を稼いだくらいだ。

だが、目の前で行なわれている戦闘に介入するだけの実力が、今の小雪には無い。先見を始めとして様々な魔法をハイレベルでこなす小雪だが、こと戦闘能力という点に関しては中の上という評価が精々だからだ。

もちろんそれでも、同年代が相手なら遅れを取ることなどあり得ない。大魔法使いである鈴莉すら二の足を踏みかねない、この状況の方が異常なのだ。

『それでも・・・何もしないわけにはいかない』

覚悟を以って、この場に立った。だからせめて何かを為さなければ、背中を押してくれた那津音にも顔向けが出来ない。

「私に、出来ること。・・・違いますね。これはきっと、為すべきことなのでしょう」

そう呟き、小雪はどこからともなくその魔具を取り出した。

式守の秘宝にも勝るとも劣らない魔力を秘めた、鎮魂の笛。秘宝と共に式守家に代々受け継がれてきた、もう一つの宝具。

「那津音さん。私に力を貸してください・・・」

その瞳に、先ほどまでとは違った活力が宿る。

小雪の手には、過去に秘宝の暴走を抑えた那津音の遺品―――龍笛が握り締められていた。





はぴねす! SS

            「Secret Wizard」

                             Written by 雅輝






<44>  悪魔の化身





「――――ル・サージュッ!」

最終決戦は、激化の一途を辿った。

険しい顔で猛攻を仕掛ける秘宝に、もはや先ほどまでの余裕は無い。詠唱を唱えるその声にも、無意識の内に力が入っている。

――――その理由などただ一つ。戦っている相手が、自分とほぼ互角の力を持っているからに他ならない。

「「――――ディ・ラティル・アムレスト!!」」

膨大な魔力に物を言わせた魔力弾も、同調魔法で象られた障壁に成す術なく弾かれた。それだけですら、秘宝にとってはあり得ないことだというのに。

「「――――カルティエ・エル・アダファルス!!」」

魔法を放った後の一瞬の隙を付いた、更なる同調魔法まで襲い掛かってくる。火属性の攻勢魔法は、五十を優に超えた魔力弾となって、秘宝に肉薄した。

「くっ――――、ラ・ディバス・ディノ・イーヴァ!」

四方八方から向かってくる魔力弾に回避は不可能と悟ったのか、秘宝は自身の周りに消去(キャンセル)能力を付加した障壁を巡らせる。

五十以上の魔力弾の衝突など、本来なら轟音と共に大爆発を起こすこと必至だ。

しかし秘宝の障壁に付与された消去魔法は全ての魔力弾に適用され、その光景からは信じられないほどの無音を以って耐え凌いだ。

「・・・ちっ」

障壁を解き、秘宝は戦闘相手へと視線を向ける――――が、そこに見えたのは神坂春姫一人。

同調魔法を打ち破るには、術者の内どちらか一方を潰せばいい。だから春姫が一人になっているというこの状況は、ともすれば千載一遇の好機だ。

――――と、先ほどまでの秘宝なら思っていただろう。だが今は違う。春姫に攻撃を仕掛けるより、姿の見えない雄真を警戒する方が先決。

「――――上!!」

魔力を探って、居場所を特定する。強化魔法で高速移動をしたのだろう。通常なら死角である上空では、雄真がまさに魔力弾を放とうとしているところだった。

「レ・ヴィール!!」

詠唱破棄により二音で秘宝から放たれるは、三つの高速の魔弾。

一つ一つの大きさそのものは小さいと言える。しかし纏っている魔力は、いずれもClassA相当。

普通の魔法使いならば、構成するだけで手間取るそれを、僅か二音で発動させる。――――間違いなく、人間のレベルを遥かに超えた所業だ。

「――――くっ!」

タッチの差で間に合わない。そう判断した雄真は、春姫にアイコンタクトを送る。

それを受けた春姫は、予め取り決めていたかのように、既に詠唱を済ませていたある魔法を発動させた。

そして――――秘宝の視界の先で、雄真の姿が忽然と“消える”。

「なっ――――!?」

あり得ない。そう思うより先に、既に疑問は氷解していた。目の前に、アリエスをこちらに向けた雄真の姿が、突如として現れたからだ。

『転移魔法――――まずいっ!』

そう、春姫が唱えたのは、秘宝に対してではなく雄真に対する空間転移魔法。

通常なら高難度の魔法だが、距離にして数メートル、人ひとり分の転移なら、春姫だけでも十分に可能だ。

                            ツーマンセル

――――同調魔法だけではない。二人組の最大の利点である抜群のコンビネーションも、秘宝を追い詰めている要因となっていた。

「もらった!――――ディファナ・ディネス!!」

近距離で放たれる、火属性の攻勢魔法。

元々火属性が得意な雄真が満を持して放つ魔力砲は、同調魔法でなくともClassSに届こうかという威力。

「我を・・・舐めるなぁぁぁああぁぁあああ!!!」

完全に決まったと思ったその刹那、秘宝は信じられない行動に出た。

雄真の渾身の魔力砲を、あろうことか握り拳で上空に弾き上げてしまったのだ。

                                                                  レジスト

当然、それはただの握り拳ではない。秘宝はあの一瞬で、魔力を無効化出来る抵抗の効力を、ボクサーグローブのように手に覆ってみせた。

“ズキンッ”

「ぐぅっ・・・」

だが、あくまでもその体は一般の――――それもまだ学生の少女のものだ。秘宝の力で操れるとはいえ、元々のスペックに変わりはない。

当然、無茶な動きをすればその反動も来る。先程のような、人間の反射神経では不可能な芸当は、伊吹の体にはあまりにもオーバーワークすぎた。

「アス・ルーエント!!」

「――――っ!」

それでも何とか雄真の放った追撃魔法を躱わし、後ろに跳躍することで距離を取る。

着地した地点に待ち構えていた春姫による捕縛魔法を消去魔法でかき消すと、秘宝は改めて敵である二人の姿をその視界に収めた。

――――小日向雄真と神坂春姫。宿主である式守伊吹が目の敵にしている、御薙鈴莉の血を継ぐ者と、教えを受けし者。

左右の手にワンドを握った二人のもう片方の手は、しっかりとお互いの手を握り合っている。

――――沸々とこみ上げる苛立ち。この感情は、一体何だろうか。

「・・・・・・」

自身の周りを見渡す。誰も居ない。

そんな当たり前のことが、何故だか無性に腹立たしかった。孤独など、悠久の時を生きる精神体である秘宝には慣れきっているはずなのに。

【・・・もう、ひとりは嫌だ】

そんな呟きが秘宝の脳内で流れた。驚くと同時に、疑問が氷解する。

                                                              つがい

完全に蝕んだと思っていた伊吹の精神が、訴えかけているのだ。目の前の番のような二人を見て。

那津音が死んだときに味わった、孤独という名の絶望。上条兄妹との触れ合いで実感した、人と繋がる喜びを。

「――――くだらぬ。愛など、ただの幻想だ。本当の恐怖の前では何の役にも立たん。・・・それを、身を以って教えてやろう」

この感情は、自分を弱くする。そう感じ取った秘宝は、伊吹の精神を完全に塗り潰すように――――自分を、変える。

全ての感情が抜け落ちたかのようなその冷たい声に、雄真の背中がゾクリと粟立った。



「――――ディア・ブロ」



ドンッという轟音が響き、次の瞬間には伊吹の体を中心に黒い魔力が渦巻いていた。

それは大魔法使いである鈴莉ですら経験したことのないような、膨大過ぎるほどの圧倒的な魔力。

「あああああああぁぁああぁああああぁあああぁあああぁぁあぁあっ!!」

伊吹の声音で、黒色の渦の中からそんな悲鳴が聞こえた。

だが、雄真たちは何もできない。雄真と春姫を以ってすら、本能で悟っていた。

―――Diablo(ディアブロ)。秘宝が口にしたその詠唱は、イタリア語で「悪魔」の意を持つ言葉だ。

そしてその意味を、雄真たちは今、肌で感じている。気分はまさに、RPGでラスボスの登場を成す術なく見守るプレイヤーのようだ。

“バサァッ・・・”

やがて聞こえてきたのは、大きな怪鳥が羽ばたくような、そんな羽音。

伊吹の体を渦巻いていた魔力が、徐々に無くなっていく。まるで、惨劇という名の舞台の幕を、徐々に上げていくかのように。



「――――さあ、始めようか」



腰まで届く銀色の髪がたなびき、宝石のようなワインレッドの瞳がゆっくりと開かれていく。

「伊吹さん・・・」

小雪の悲痛な声が、虚しく響く。

雄真たちの視線の先――――秘宝は、もはや式守伊吹とは呼べない存在となっていた。

確かに、髪や瞳の色は伊吹に通ずるものがある。だが、それだけ。

小さかった体躯は、成熟した女性のソレになり。

顔は美しく整っているが、全ての感情が抜け落ちたような冷たいその表情には、かつての伊吹から感じた意志も気迫も感じない。

そして何よりも――――背中から生えた、黒色の巨大な両翼。



「本当の恐怖というものを教えてやろう」



無表情のまま残虐に笑むその姿は、まさに悪魔の化身そのものであった――――。




45話へ続く


後書き

ご無沙汰しております、管理人の雅輝です。はぴねすっ!の最新話を投下しました〜^^

・・・いやもうホント、完結にいつまで掛かってんだって話ですよね。目標にしていた40話もとっくに過ぎましたし。

私事ですが、実は今日まで会社のちょっと早い盆休みでして。のべ九日間、実家に帰省していました。

だというのに、作品に関してはこの一本しか書けなかったという。まあ飲み会やら何やらで確かに時間は取られましたが、3本は書けると思っていただけに気分はorzですね。


まあそれはともかく。最終決戦もなかなか引っ張っております。ドラ○エでいうと、ラスボスの第二形態ですね。

あっ、ちなみに最終形態でもあるのでご心配なく。流石に第五形態くらいまでいったら、ヒンシュクの嵐だろうなぁ(笑)

さて、次回こそ、次回こそ! もう少し早く更新出来ることを願いつつ、本日はこの辺で。



2010.8.8  雅輝