「ここは――――」

転移してきた先。最終決戦の場にやって来た春姫が見たものは、暗闇と水晶の光が織り成すモノクロームの世界であった。

「春姫」

「ええ。・・・行きましょう」

ソプラノに促され、広さの感覚がまるで掴めないその空間を、魔力反応を頼りに歩き始める。

やがて見えてきたのは、４人の人影。自然と歩みは早足になった。

近づくにつれ、次第にその輪郭がハッキリとしてくる――――。

「――――っ！！」

目視でその状況を確認出来た瞬間、春姫は駆け出した。

怖気が走るような無表情で手をかざす伊吹。そしてその手が向く数メートル先には、雄真と―――恩師である鈴莉の姿。

ぐったりと倒れこんだ鈴莉を支える雄真と、そんな二人に向けられた伊吹の小さな手のひら。

――――嫌な予感しかしなかった。

「ア・グナ・ギザ・ラ・デライド――――」

朗々と紡ぎ出される伊吹の詠唱。かつての彼女には無かった威圧感に怖気づきそうなるも、必死に自分を律してソプラノを構える。

「ディ・ギアル・ガナド・レ・オルナウムッ！」

詠唱が終わると同時に、伊吹から特大の魔力球が射出された。信哉たちとの戦いで自分が作りだしたものの、軽く数倍はありそうだ。

『くっ―――間に合って！』



「「エル･アムダルト・リ・エルス――――」」



『・・・え？』

声が重なる。

いや、声だけではない。魔力も、魔法式も――――今この瞬間に至っては、気持ちすら重なっているような、そんな気さえした。

『これは、あの時の――――』

森での戦い。信哉たち兄妹に対して苦戦していたとき、突然自分の魔法の質が大きく向上した。

あの時にも感じた、全てが重なり合う感覚。だがそれに不快感などまるで無く、あくまでも自然で心地よい。

『そっか・・・やっぱり、あれは雄真くんだったんだ』

雄真が魔法使いと知ってから、薄々と勘付いてはいたが――――実際にそうだと分かると、やはり嬉しい気持ちになる。



「「カル・ア・ラト・リアラ・カルティエ・エル――――」」



詠唱は続く。それがさも当然のように、違う声音を重ねながら。

『今度は私が――――貴方の力に』

今の自分に出来ること。それは――――。



「ディ・シルフィスッ！！」

「ラト・アクリウスッ！！」



大好きな男の子を信じて、その心に寄り添うことだ。

はぴねす！　ＳＳ

　　　　　　　　　　　　「Secret Wizard」

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　Written by 雅輝

<４３>　　愛の力





雄真の風属性の魔法と、春姫の水属性の魔法。

同時に紡いだその二つの属性の魔法は――――互いに「同調」し、「合成」される。

“バシュゥッ！”

「な――――っ！？」

漏れた呟きは、誰のものだったか。

秘宝が今の全力で放った魔力球は、存外軽い音を立ててかき消された。――――雄真の前に展開された、「氷の楯」によって。

「・・・」

そしてそれを構成した張本人であるはずの雄真でさえ、驚きは隠せない。

合成魔法。その種類は「火と風」による雷属性だけではなく、他にも存在する。

だが火と風属性が得意な雄真にとって、他の種類の存在は知っていたが、成功したことは一度も無かった。

しかし、今彼の目の前で展開されている魔法は、紛れもなくその一つ。水と風属性による合成属性―――「氷」。

「そんな馬鹿な・・・いや、単なる偶然だっ！！」

秘宝が伊吹の声で、吼えるように断ずる。

再度秘宝から紡ぎだされた魔法により、宙に浮かぶは数十の魔力球。質より量という考えらしいが、それでもその一つ一つがClassＡ以上なのは流石というべきか。

「―――ル・サージュッ！」

そして発動キーと共に、全ての魔力球が雄真の元へと殺到した。

だが――――氷の楯は、その全てを拒む。

“バババババババババババババババババババババババババシュゥッ！！”

「―――・・・」

秘宝は思わず言葉を失った。それほどまでに、信じられない光景だった。

――――おかしい。

長い時を渡ってきた魔具として、その知識は膨大だ。当然、あの氷の楯の「正体」も知っている。

だが、その能力を考慮しても尚、氷の楯の力は秘宝の想像を遥かに上回っていた――――。



「雄真くん！　御薙先生！」

そんな秘宝を余所に、春姫が雄真たちと合流を果たす。

慌てて駆け寄ってきた彼女に、雄真は安堵の笑みを浮かべたが、鈴莉はまだ魔力酔いが続いているため、弱々しく頷くに留まった。

「先生、大丈夫ですか？」

「ええ、何とかね。神坂さんが来てくれたおかげで、助かったわ」

「そんな、私は何も・・・」

「ちょっと待って、母さん。やっぱりこの魔法は――――」

二人の会話に割り込んで、雄真が鈴莉に訊ねる。何となく確信はしていたが、どういう現象なのかは把握しきれていなかったから。

「ええ、そうよ。水と風の合成魔法。その氷の楯は“あらゆる攻勢魔法を無力化する”わ」

そう、それこそが氷属性の能力。全ての魔力組織を破砕する雷属性とはある意味で対極の力を持つ、言うなれば絶対防御の楯。

雄真一人では、決して辿り着けなかった領域――――。

「そして――――雄真くんと神坂さん。貴方たち二人で創り出した魔法よ」

「俺と・・・」

「私で・・・？」

二人は不思議そうに顔を見合わせる。その様子に鈴莉はクスッと微笑みながら、言葉を続けた。

「同じ魔法式を持つ者が同時に詠唱することで発動する同調魔法と、複数の魔法属性を混ぜ合わせて新しい属性を創り出す合成魔法。理論的には可能だけれど・・・これも愛の力、なのかしら？」

「あ、愛って・・・」

「か、母さん！」

多少調子が戻ってきたのか、からかうような鈴莉の言葉に、春姫と雄真は赤面する。

愛の力。そう言われて、どこか納得してしまった自分が居たからだ。

もちろん――――恥ずかしすぎて、とても口には出せないが。





「なるほど・・・同調魔法と合成魔法の複合形か」

自分たちが展開している氷の楯の向こう側。秘宝から聞こえたその言葉に、雄真たちは解れかけた緊張の糸をもう一度張り詰めなおした。

「確かに厄介だ。だが――――崩す手が無いわけではない」

冷たい声。前方に掲げられた手。向けられた先は――――。

「っ、春姫！！」

「ラ・ディーエッ！！」

秘宝の手から、僅か二音の詠唱を経て高速の魔力弾が打ち出される。

同調魔法により合成魔法の力が増幅されるのであれば、それを使わせなければいい。

つまり二人の術者の内、どちらかを潰せば機能しなくなるということ。

そして春姫を狙ったのは、雄真よりも倒せる確率が高かったから。これらの秘宝の判断は、全て正しいと言えるだろう。

――――唯一の誤算といえば、鈴莉の言う「愛の力」か。

「「エル・アムスティア・ラル・セイレス・ディ・ラティル――――」」

コンマ一秒の誤差も許さず、二人の声が重なる。そしてその過程で行なわれる、一瞬のアイコンタクト。



「アムレスト！」「アス・ルーエント！」



それだけで、二人には伝わっていた。相手の唱える魔法が。自分が唱えるべき魔法が。

雄真が障壁を作り、秘宝の魔法がそれに接触した瞬間に、春姫が反射魔法を唱える。

端からは、投げたボールが壁に対してバウンドするように、伊吹の魔力弾が“跳ね返った”ようにしか見えなかった。

だがその現象は、反射魔法を扱える魔法使いなら口を揃えてこう言うであろう。“あり得ない”と。

何故ならば反射魔法とは、一度対象物を防ぎきったことを前提として、その後に自分の障壁に付加能力として掛ける魔法だからである。

つまり、障壁で防いでから対象物の反射に至るまで、普通ならば最低でも数秒の時間を要する。

されど雄真と春姫の手に掛かれば、それをコンマ数秒の世界で行使出来る。障壁魔法と反射魔法を同じ魔法式で唱える者が、それぞれ別人であるが故に。



「――――ラ・ディバス」

そうしてノータイムで反射したその魔力弾も、秘宝はたった二音の詠唱でかき消してみせた。

消えていく魔力弾の残滓を見ながら、雄真は思う。

『たぶん、ここからが本当の勝負だな・・・』

鈴莉の魔法によって力が減衰された今でさえ、雄真や春姫単体では秘宝に遠く及ばない。

そしてこちらのタネもバレてしまった。もう先ほどのように狼狽することも無いだろう。

『勝てるのか・・・？』

相手はClassＳＳ級の魔具。鈴莉、小雪に自分を含めた三人を相手取っても余裕を崩さなかった、人外の魔法使い。

いくら多少は弱体化しているとはいえ、本来なら学生である自分たちにどうこう出来る相手では――――。

「雄真くん」

「・・・春姫？」

右手に温かな感触を感じると共に、凛とした――――しかしどこまでも優しい声音が雄真を呼ぶ。

目を向けてみると、春姫が微笑みながらこちらを見つめていた。

その表情が、繋がれた手が、真っ直ぐな瞳が、雄真に語りかけていた。絶対的なまでの、信頼を。

『――――はは、かっこ悪いな、俺』

この期に及んで、何をウジウジと。こんな時こそ、普通は男がリードするものだろうに。

だが、それもまた彼女らしい。芯の通ったその綺麗さは、出会った頃と変わらず眩しい。

「・・・ありがとう、春姫」

感謝の言葉を告げると共に、繋いだ手にそっと力を込める。もう、大丈夫だと。

「俺は、“みんなを幸せにできるすごい魔法使いになる”よ。春姫」

それは過去の誓い。もう二度と自分自身がブレないように、敢えて口に出した。

「雄真くん・・・。うん！　なら私は、“あなたみたいな、温かく誰かを守れる魔法使いになる”だね」

その瞳にうっすらと雫を浮かべながら、春姫も続く。魔法使いとしての自分。雄真への想い。その全ての原点となった誓いで。

どちらからともなく繋いだ手を離し、その代わりに互いの右の小指を絡める。

子供の頃のように、歌は歌わない。もう互いに分かっているから。その約束が、果たされないことは絶対に無いと。



「守ろう、春姫」

「うん、雄真くん」



交わされた言葉は、簡潔にして明快。

今こそ、幼き日の誓いを果たす時――――。

４４話へ続く

後書き

おおぅ、結局三週間経ってしまいました。相変わらずの亀更新です、雅輝です。

終盤だというのにこの体たらく。何気に連載から既に二年以上が経過しているという罠。さて、秋までに終わるかなぁ（ぉぃ


さて、４３話の内容。今回は時間が掛かった分、ちょいと長めとなりました。

２５話あたりでも書いた、雄真と春姫の同調魔法。あの時以上に心が通じ合っている二人の魔法は、もはや秘宝とも肩を並べる。

まあこの辺りは概ねプロット通りに運べました。後はラストまで、気を抜かずに進めていきたいですね。


次は・・・とりあえず、キリリクが先になるでしょうか。多分、一月以内にこちらも更新出来ると思いますが。

ではでは、次回の後書きで＾＾

２０１０．６．２２　　雅輝