「――――着いた」
ソプラノから降り、長い間宙に浮かんでいた足で大地を踏みしめる。
呟く春姫の目の前には、切り立った急斜面にポッカリと開いた横穴。以前も訪れた場所だ。
『あのときは、上条君たちとの戦いでそれどころじゃなかったけど』
信哉たちとの戦いを思い返しながら、春姫は注意深く周りの索敵を行なう。
あの戦い―――後一手で勝てるところまで来たときに、伊吹は現れた。この、何の変哲もない洞穴から。
鈴莉からは、おおよその事情を聞いていた。信哉たちが狙っているものが、この森の奥にあることも。
だから、おそらく――――。
「この奥に、雄真くんたちが居る・・・」
確認するように口に出し、気持ちを引き締めて歩を進める。
中に入ってみると、外見からは想像出来ないほど近代的な長い廊下に出た。明らかに人の手が加えられている証だ。
そして最奥地。一つの部屋に出た春姫は、その中心で光を噴き出す魔方陣を見つけた。
「これは・・・転移魔方陣」
呟いたその言葉の通り、それは紛れも無く転移魔方陣。―――おそらく、雄真と伊吹が戦っているであろう場所に続くもの。
「・・・行きましょう、マスター。長年の想いを、果たす時です」
緊張から思わず握り締めてしまったソプラノからは、背中を押す優しい声音が帰って来た。
「――――ええ!」
ソプラノの言う通りだ。この想いを抱いている限り、自分は絶対に逃げたりしない。
『雄真くん・・・』
初恋の淡い想いと、彼との学園生活でさらに増した想いを胸に。
神坂春姫は、力強くその一歩を踏み出した――――。
はぴねす! SS
「Secret Wizard」
Written
by 雅輝
<42> 鈴莉の一手
小雪とタマちゃんたちが放った極光は、十秒ほどで徐々にその眩さを失っていった。
「・・・」
辺りを静寂が包む。術者である小雪も、その表情を変えずに光が収束していく先―――つまり、秘宝から視線を外そうとしない。
「――――なっ!?」
その驚愕の声は、一時戦線から離脱していた雄真から漏れたもの。
魔力を大幅に失い、片膝を地に着いた体勢で彼が見たのは――――収束していく光の中で、“無傷”で佇む式守伊吹の体であった。
だが――――何も、その事実に驚いていたのは彼だけではない。
「・・・どういうことだ?」
小雪の魔法の直撃を受けたはずの秘宝もまた、不思議そうに声を上げて自らの体を確認する。
雄真の魔力の30倍という小雪の魔法。その言葉が本当だとすると、いくら障壁を張ったとはいえ無傷で済んでいるはずはないのだ。
だとすれば――――単純に、魔法の不発?
「不発なんかじゃありませんよ?」
秘宝の思考を読んだかのように、小雪がいつものペースで悠々と答える。
「だって――――“そもそも、発動させてすらいないのですから”」
「―――っ!!?」
その言葉が終わると同時に。
“キィィィィィィンッ”
秘宝の周りを光の粒子が飛散し、次の瞬間にはその体を拘束した。
「これは・・・」
「――――ありがとう、高峰さん。お陰で何とか間に合ったわ」
朗々と紡がれる、凛とした声。
これまで秘宝の意識から完全に外れていた鈴莉が、鋭い目でリフィアを秘宝に向けていた。
「くっ、こんなもの――――」
本能的に何かを察知した秘宝が、その余りある魔力を使いその拘束から抜け出そうとする。
しかし、自らの両腕と胴体部分に巻き付くように形成された光輪は、なかなか瓦解の兆しを見せない。
「無駄よ。それは私の魔力のほとんどを費やした、特別製の魔法。いくら貴方とはいえ、破れない」
「――――なるほど。先ほどのあの小娘の魔法は、ただの囮ということか」
「そういうこと。高峰さんの演技力も大したものね。私まで騙されそうになったもの」
「いえいえ、タマちゃんたちもナイス演技でした♪」
「助演男優賞はいただきやな〜!」
そう、先ほどの小雪の魔法は、鈴莉の魔法が完成するまでのフェイク。
多くのタマちゃんで視覚を引きつけ、自信に満ちた大言で聴覚を引きつけ――――実際にタマちゃんたちに魔力を供給することによって、魔力感覚を引きつけた。
だが秘宝は、まだ余裕のある表情で鼻を鳴らした。
「それで? これからどうするつもりだ? 言っておくが、生半可な攻撃では我の障壁は破れんぞ」
秘宝の言うことは当を得ている。いくら上半身が拘束されているとはいえ、秘宝にとってはワンド無しで障壁を形成することなど、容易いことなのだ。
つまり、今の内に決定打をもたらさなければ、鈴莉の拘束に意味は無くなる。
――――あくまで、鈴莉の魔法が拘束のみを目的としたものならば。
「エル・アムダルト・リ・エルス―――エル・アムダルト・リ・エルス―――」
「・・・っ!?」
鈴莉が徐に詠唱を開始したと同時に、秘宝の膝がガクンッと折れる。
「これは・・・」
「感じたでしょう? “自分の魔力が、吸収されていくのを”」
「・・・っ」
「私のオリジナルの魔法。雄真君の膨大な魔力が万が一暴走した場合のために編み出したものだけど―――こんな形で役に立つとはね」
それは、杏璃が春姫に使用した譲渡魔法の応用。光の輪で相手を拘束し、さらに魔力を吸い上げていくというもの。
「くっ―――、こんなもので・・・!」
「無駄よ。どんどん失われていくあなたの魔力では、もうその拘束は解けないわ」
鈴莉の言葉の通り、秘宝がいくら魔力を込めようとも、光輪は輝きを失わないまま―――その役目を、果たし終える。
「うっ・・・流石にこれ以上は私の体がもたないみたいね。では、最後の仕上げといきましょうか」
そしてこの魔法の恐るべきは、ただ魔力の吸収を行なうだけではないというところ。
光輪が吸い上げた魔力は秘宝の元を離れ、球状となり――――鈴莉が指定した方向へと向かう。
「雄真君っ!」
「――――っ」
光球が、前線から離れていた雄真を襲う。しかし、雄真は疑うことなくそれを受け入れた。大魔法使いである母への信頼は、それほど絶対的なものだったから。
魔力の光球はそのまま雄真に接触して爆散――――することはなく、その体に溶け入るようにして消えていった。
「これは・・・魔力が回復していく?」
「――――貴様、まさか我の魔力を」
「ご名答。これは相手の魔力を奪い、指定した別の人に強制的に譲渡させる魔法よ」
二度の合成魔法の行使と秘宝の猛攻を受け、既にほぼ魔力が尽きかけていた雄真。
一方、底なしとも言える魔力を惜しみなく使い、それ故に慢心していた秘宝。
鈴莉の用意した一手は、その崩れていたパワーバランスを一瞬で拮抗させた。
ただ――――メリットが大きい魔法には、もちろんそれ相応のリスクもある。
「くっ――――」
「っ、母さん!」
ドサッという音を立てて、鈴莉は地に崩れ落ちた。
譲渡魔法のデメリット―――魔力酔いとも呼べるその症状。
本来なら相手の魔力に介入することで起こる症状だが、鈴莉の場合は秘宝と雄真という二人の他者の魔力に介入している。
単純に考えて、その苦しみは二倍。慌てて抱き起こす雄真の腕の中で、鈴莉は苦悶の声を上げる。
「・・・まさかここまでされようとはな。もう余興は終わりだ。―――我の全力を以って、滅してくれよう」
思わず怖気が走るようなその声に雄真が振り返ると、先ほどまでの余裕の表情ではない、能面のように無表情な秘宝が佇んでいた。
確かに鈴莉の魔法は秘宝の魔力を吸い取った。だが、元より莫大なその魔力をすべて吸収するには、器として鈴莉の体がもたなかった。
それでも、鈴莉の計算ではおおよそ秘宝の力は半分ほどまで落ち込んでいるはずだ。だというのに、この威圧感。長い時を過ごしてきたClassSS級の魔具としての矜持だろうか。
「ア・グナ・ギザ・ラ・デライド――――」
「くっ――――!」
反射的に、アリエスを構える。しかし雄真にも「魔力酔い」の症状は若干残っており、詠唱に入るのが遅れた。
「ディ・ギアル・ガナド・レ・オルナウムッ!」
その数秒の間に、秘宝が詠唱を終え――――かざしたその小さな右手からは想像も出来ないほど、巨大な魔力球が射出された。
いや、うねりながら迫るそれは、もはや魔力球と呼ぶことさえ躊躇う。人ひとり容易く飲み込んでしまう、魔力の塊。
絶体絶命とも呼べる状況で、しかし雄真は諦めない。鈴莉を庇うように前に出て、詠唱を始める。
「「エル・アムダルト・リ・エルス――――」」
――――重なったのは、二つの異なる声。
『――――っ!?』
詠唱の途中、雄真は気付く。その声の持ち主に。
だから――――光の障壁を築こうとしていたその魔法の構成を、咄嗟に変えた。
「「カル・ア・ラト・リアラ・カルティエ・エル――――」」
この瞬間。紡ぎだす魔法の選択肢は、雄真の中で唯一つ――――「変化」の能力を持つ、風属性の魔法。
何故か、と問われれば答えは一つしか無いだろう。
――――彼女を、信じているから。
「ディ・シルフィスッ!!」
「ラト・アクリウスッ!!」
そして――――信じあう二つの心は、一つの小さな奇跡を起こすこととなる。
43話へ続く
後書き
何とか5月中に更新。多少は更新ペースも戻ってきたかな? というわけでこんばんは、雅輝です。
前回あれだけ引っ張った小雪の魔法は、まさかのフェイク。まあこれはこれで、小雪姐さんらしさが出たのではないかと。
そして本命は、鈴莉による「強制譲渡魔法」。強大すぎた秘宝とも、これでようやく五分に持ち込めるようになりました。
しかしその代償として、鈴莉はダウン。雄真も魔力を受け取った影響を受けている間に、秘宝の怒りの追撃。
絶体絶命のその瞬間。現れたのは――――? っと、隠さなくとも皆さん分かると思いますが^^;
SWの最終決戦もとうとうクライマックスです。最後まで応援、宜しくお願い致します!