『雄真くん・・・っ!』
―――その栗色の髪を靡かせながら、一人のウィッチィが既に暗くなり始めた空を駆け抜ける。
自身の相棒であるソプラノに腰掛け、全速力で風を切る彼女――神坂春姫の表情には、焦燥の色が色濃く出ていた。
雄真の実力は知っている。あの式守伊吹を相手にしても、互角以上の力を示していた。
だというのに、この焦燥感は何だろうと、春姫は自問する。そして答えが出ない故に、怖くなる。
勘―――とでも言えば良いのだろうか。そんな曖昧な、けれども絶対的な予感。
「・・・春姫。焦ってはいけませんよ?」
そんな彼女に声を掛けたのは、他に人影の見えない夜空の中で、春姫以外の唯一の存在―――ソプラノ。
先ほどは春姫のことを「マスター」と呼んでいたが、今は「姉」として逸る「妹」を諌める。
「―――うん、分かってる。分かってる、けど・・・」
ソプラノの言に頷きつつも、やはりその表情は改善されない。
それも仕方ないか、とソプラノは思う。何せ相手は、長年思い続けてきた初恋の男の子。
その実力を知っていたとしても、やはり不安なのだろう。ようやく報われようとしている初恋が、また消えてしまうのではないかと。
「・・・ねえ、ソプラノ」
「何でしょう?」
「私に・・・いったい何が出来るのかな?」
「・・・」
春姫の問いに、ソプラノは即座に答えられなかった。
雄真の実力は、ソプラノも春姫と同じく知っている。当然、その相手をしているであろう伊吹の力も。
明らかに学生とは一線を画したレベルの攻防。そんな戦いを屋上で目の当たりにした時、春姫は何も出来なかった。
ただただ、圧倒された気持ちで眺めていた。そして同時に感じたのは―――どうしようもない、自分の無力さ。
「私が、あの二人の戦いに向かったとして・・・いったい何が出来るのかな?」
自問するように、再度そう呟く春姫。その声色には、先ほどの二の舞になるのではないかという不安が滲み出ていた。
だが、それは今更だろう。もう事態は動いている。それに何より――――。
「―――春姫は、柊様の想いを無駄にするつもりですか?」
「・・・っ!」
静かに―――若干怒りの感情を込めて、ソプラノが主に問う。
事件の経緯を知らないまま、まるでさも当然のように自分たちを助けてくれた杏璃。
自身が倒れることも厭わず、魔力を明け渡してくれた、唯一無二の親友。
「――――んっ!!」
パンッという、乾いた音が鳴る。
春姫は自身の頬を両手で挟みこむようにして軽くはたき、痛みと共にネガティブな自分を追い出した。
「・・・うん、ありがとうソプラノ。ちょっと弱気になっちゃってたみたい」
そのまま数秒俯いていた春姫だったが、再び上げたその顔には、もう先ほどのような影はなく。
頼もしい姉に一言礼を告げた彼女は、気合を入れ直すように夜空を駆ける速度を上げた―――。
はぴねす! SS
「Secret Wizard」
Written
by 雅輝
<41> 慢心
鈴莉はその光景を目の当たりにして、一瞬言葉を失った。
息子である雄真が放った合成魔法。鈴莉からしても、十二分な威力を持つその一撃が、秘宝の恐ろしく高密度な障壁に成す術無く弾かれたのだ。
「―――っ、まだだ!!」
雄真がその事実を振り切るように声を上げ、再度天上の魔方陣に魔力を込める。
確かに防がれたが、それはあくまで一撃の話。天蓋魔法の真髄は、その他の追随を許さない連撃にある。
「ライノスッ!!」
そして、発動のワードが紡がれる。思い切り振り下ろしたアリエスの軌跡を辿るように、魔方陣から雷雨が―――文字通りの「雷の雨」が秘宝の元へと降り注いだ。
伊吹の防壁魔法さえ、数発で砕ききった豪撃の嵐。いかに秘宝の魔法障壁が高密度でも、流石に守りきれはしないだろう。
術者の雄真も、距離を置いて様子を見る鈴莉と小雪も、そう信じて疑わなかった。――――だが。
「「「・・・っ!!?」」」
数十秒続いた豪雨の後、土煙が晴れていく。そこにあったのは―――未だに破られていない障壁と、手を掲げてそれを維持する式守伊吹の身体。
「ふむ・・・流石は合成魔法。我の障壁をここまで磨耗させるとはな」
そう呟き、秘宝が障壁を解除する。その言葉の通り、確かに障壁は雷の連撃によりだいぶ削られていた。
だが、結果的に残ったのは防ぎきられたという事実だけ。
「では、少々お返しといこうか。――――ア・グナ・ギザ・ラ・デライド」
「――――っ、雄真君っ!!」
「っ!! エル・アムダルト・リ・エルス・ディ・ラティル・アムレストッ!」
【アス・レアティル・アムレスト!】
秘宝が僅か五音で仕上げたのは、意趣返しの意も込めた天蓋魔法。
雄真は合成魔法を防がれたショックで茫然自失状態だったが、そこは一流の魔法使い。鈴莉の声に我に返り、すぐさまアリエスと協力して障壁魔法を構える。
「――――ディライヴ」
伊吹の声で紡がれた発動キーにより、天上の魔方陣が闇色の光を放ち始め。
そして――――光芒の驟雨が、雄真の障壁に降り注ぐ。
“ガガガガガガガガガガッ!!!”
「ぐっ・・・!」
「ほらほら、どんどん威力も上がっていくぞ。どこまで耐え切れるか、見物(みもの)だな」
秘宝が伊吹の顔で、獲物を追い詰める狩猟者のごとき獰猛な笑みを浮かべる。
放たれ続けるそれは合成魔法ではないが、軽く見積もってもClassA威力の天蓋魔法。
対して雄真は、本日二度目の合成魔法により、魔力を大幅に消費している。そんな状態では、秘宝の言うようにいつまで耐えられるか分かったものではない。
「高峰さん・・・少し、手伝ってもらえるかしら?」
秘宝の力は圧倒的だ。だが圧倒的が故に、今の秘宝は慢心している。今こうして自分たちと相対していることさえ、単なる暇つぶしなのだと言わんばかりに。
だからこそ、付け入る隙もある。動くとしたらこのタイミングしかない。
鈴莉は小雪が静かに頷いたのを横目で確認し、リフィアを握る手に力を込めた――――。
「・・・ぐっ!」
「ふむ、そろそろ終わりか。よく保った方だと言っておこうか」
雄真の苦悶の声と共に、目に見えて彼の張る障壁が薄くなる。
秘宝はその様子に感心したように、しかしどこか興醒めした呟きを漏らすと、その細い指先を空の魔方陣へと向けた。
「仕上げだ。――――っ?」
そこへ一気に魔力を供給しようとした―――まさにその時だった。
“バァァンッ!!”
「ちっ・・・」
死角から秘宝を襲ったのは、小雪の放ったタマちゃん。瞬時に形成された障壁魔法に防がれてしまったが、意識が逸れたためか天蓋の魔方陣は空気に溶けるようにして無くなった。
「煩わしい・・・次は貴様か?」
「はい。少々の間、お相手願いますね。・・・タマちゃん!」
「あいあいさ〜」
陽気な海賊のようなノリで、また小雪のワンドからタマちゃんが飛び出していく。
しかも、今度は一つではない。どういう構造になっているのか、ワンドの先からは次々とタマちゃんが飛び出していき、あっという間に三十体以上が秘宝を包囲するようにふわふわと浮かぶまでになった。
「・・・それで?」
しかし秘宝は動じない。眉一つ動かさず、面白がるように事態の推移を見守っている。
――――その様を、慢心と言わずして何と言おう。
「エル・アムイシア・ミザ・ノ・クェロ・レム・メスト――――」
秘宝の問いに答えず、小雪が詠唱を開始する。その詠唱が進むに連れ、秘宝の周囲を漂うタマちゃんの内の一体が、強い魔力を帯び始めた。
「――――これは・・・」
「連鎖反応という言葉をご存知ですか?」
「・・・」
やがてそのタマちゃんは隣のタマちゃんに魔力を供給し――――その活動が、全てのタマちゃんへと連鎖的に広がっていく。
「タマちゃんは元々全て同じ素体であり、魔力を通わすことが可能です。つまり私は、一体のタマちゃんに魔力を供給し続ければいい」
ブースト
全てのタマちゃんに魔力が行き渡っても、その連鎖は止まらない。さらに供給を繰り返し、タマちゃんたちは自身の魔力を増幅させていく。
「これで、雄真さんとは比べるまでもない私の魔力でも―――その威力を、30倍まで高めることができる」
ツッと、秘宝の横顎を一筋の汗が伝う。
30倍―――小雪のClassをAと見積もっても、その威力は軽くClassSSを超えるだろう。
「正気か? そんなことをすれば、この空間ごと吹き飛びかねんぞ?」
ベクトル
「ご心配には及びません。爆発の方向性は制御出来ますから。貴方を中心に、圧縮するように爆破させればいい」
「・・・」
秘宝は無言で、自身の周りに障壁を張った。クリスタル・ケージの中にいる美少女は絵になるが、その表情に先ほどまでの余裕は無い。
「では・・・いきましょうか」
小雪が宣言するように呟き、魔力を込めると―――タマちゃんたちは赤く点滅を始め、数秒後、秘宝の元へと殺到した。
「BOMB♪」
そして、存外に軽い小雪の声と共に。
――――その空間は、秘宝を中心に極光で包まれた。
42話へ続く
後書き
どもども、雅輝です。モチベーションがなかなか戻りませんが、何とか最新話を投下です。
でもSWはもう完結も間近ですし、出来るだけ早く仕上げたいところではあるのですが・・・ともかく、頑張ります(汗)
さて、最終決戦もようやく中ほど、といったところでしょうか。
雄真の合成魔法を防ぎ切り、もはや敵無しといった様子の秘宝。だからこその心の油断を、今回はテーマにしました。
何やらを画策する鈴莉と小雪。まずは小雪が仕掛け、見事に秘宝の隙を衝きます。
果たして小雪の魔法は秘宝に通用したのか――――そして鈴莉の策とは?
話は変わって、42話完結と告知してましたがもう少し伸びそうです。
どう考えても後一話では終わらない^^; とりあえず、45話くらいかなぁと。うぅ、どんどん伸ばされていく。
ではでは、感想などもお待ちしております〜^^