―――瑞穂坂学園2年魔法科の人間がこの光景を見れば、きっと自分の目を疑うだろう。
「ちょっと、春姫! 無茶だってば!」
「放して、杏璃ちゃん! 私は行かなくちゃいけないの!」
魔法科の2トップ。杏璃と春姫のポジションは、暴走する妹とそれを諌める姉、という認識が暗黙の了解として成されている。
しかし、今学園の屋上で展開されている風景はそのまったく逆。つまり、春姫のわがままを、杏璃が諌めるというものだったのだから。
「今のあんたが行っても、足手まといにしかならないことくらい分かるでしょ!?」
「分かってる! 分かってるけど・・・それでも私は、雄真くんと一緒にいるって決めたの!」
「雄真? どうして雄真の名前がここで――――」
雄真が魔法使いであることを知らない杏璃はそこまで口にして、しかし何かに思い至ったかのようにその口を閉ざす。
思い返されるのは、以前雄真と春姫のデートを尾行していたときに聞いた、春姫の初恋の話。
そして今の状況。上条兄妹の主君たる人物はこの場におらず、その戦いぶりからしてこちらの足止めが目的のようだった。
つまり、主戦場は別の場所。そしてそこに、雄真が居る? それはつまり―――。
「もしかして、雄真があんたの初恋の魔法使いなの?」
「・・・うん。今は別の場所で、式守さんと戦っている。だから、私も行かなきゃ」
そしてその考えは見事に的を射る。自分でも若干突飛な考えかと思ったが、目の前の冷静さを失った春姫が決定打となった。
「気持ちは分かるけど・・・今のあんたは魔力もほとんど残ってない。それでも行くの?」
杏璃の言うように、春姫が先ほどの戦いで放った大火球には、彼女に残っていた魔力のほとんどを費やしていた。
魔法使いにとって、魔力は生命力と言っても過言ではない。時間が経てば回復するが、使い続けるとやがて枯渇し、時には死に至ることもある。
そして春姫の場合、枯渇とまではいかないまでも、もはや立っているだけでも辛い状態まで魔力を消費していた。
「・・・行きたい。何も出来ないかもしれないけど、何もしないままではいられないの」
それでもなお、春姫の瞳は強く訴える。その視線に―――そこに篭った、譲れない想いに、とうとう杏璃も折れた。
「・・・ふう。まさか春姫がここまで頑固とはね」
「杏璃ちゃん?」
「あたしの魔力を分けるわ。そんな今にも倒れそうな体で、行けるわけないじゃない」
はぴねす! SS
「Secret Wizard」
Written
by 雅輝
<40> 不敵な笑み
魔力の譲渡というシンプルなその魔法。初歩の魔法であり、また汎用性もあるのだが、一つだけ欠点とも言うべき副作用があった。
―――その行為を行なうには、相手の魔力に自分の魔力を通わす必要があるのだ。
言葉にするのは簡単だが、自分では無い他人と魔力を通わすという行動は、術者に乗り物酔いのような、はたまた貧血のような症状を引き起こす。
それは、普段馴染んでいない他人の魔力に介入することで、自身の魔力感覚を一時忘れてしまうからだと言われており、よって術者は使用後、すぐには動けなくなってしまう。
これは魔力を受け取る側にも言えることだが、自分から直接介入しない分、症状は至って軽い。譲渡後に一瞬立ち眩みがする程度だ。
「魔力を? ・・・でも、いいの? 私の代わりに、杏璃ちゃんがしばらく動けなくなっちゃうんだよ?」
「いいのよ。事件の背景を何も知らないあたしは、舞台に上がる役どころじゃないわ。だったらせめて、親友のために一肌脱ぎたいじゃない?」
「杏璃ちゃん・・・」
「ほらほら、しんみりしない。時間も無いんでしょ? 早速始めるわよっ」
感動して涙ぐむ春姫に、杏璃は照れたように早口で捲し上げる。そして春姫の手に、自らの両の手をそっと重ねた。
「オン・エルメサス・ルク・アルサス――――オン・エルメサス・ルク・アルサス――――」
魔力の譲渡は、魔法式の起動と展開のワードをひたすら重ねるだけでいい。とはいえ、双方共に集中していないと効果はないのだが。
『あ・・・分かる。杏璃ちゃんの魔力が体の中に入ってくる・・・』
譲渡魔法はそのデメリットの大きさから、一般的にはあまり使われる魔法ではない。なので、魔力を譲渡されるのはこれで生涯二度目だ。
一度目の相手もまた、杏璃であった。瑞穂坂学園に入って、ワンドを生成して、初めての魔法実習。最初ということで、初歩魔法である譲渡魔法の実習だった。
『・・・いつも、ありがとう。杏璃ちゃん・・・』
高嶺の花が故に周囲から浮いていた春姫。そんな彼女にとって、初めて出来た「親友」は、何よりも有難いものだった。
「――――んっ。こんなものかな・・・っ」
「杏璃ちゃん!?」
言葉と共に手を解いた瞬間、杏璃は例に漏れずその場に膝を付いた。顔色も良くなく、おそらく副作用が出てしまっているのだろう。
慌てて春姫が支える。しかし杏璃はその腕をそっと放すと、気丈にも自らの足で立ち上がって―――いつものように、不適な笑みを見せた。
「いってらっしゃい、春姫。負けたら承知しないんだからね?」
「―――っ! ・・・うん。いってきます!!」
そんな杏璃の心情を慮ったのか、春姫は彼女に背を向け、しかし力強い返事で応じた―――。
「・・・ふう」
トサッと。杏璃の体が地面に崩れ落ちる。
ソプラノに跨り、最高速度で飛んでいく春姫の背を見送るまでは何とか我慢出来たが、流石にそろそろ限界だった。
「柊殿(様)!?」
上条兄妹の声に、ヒラヒラと手を振って応える。頭の中がグルグルと回っている感覚を受けるが、副作用としての予想の範疇だ。
「まったく・・・無茶をする」
「あんたたちには言われたくないわよ。・・・それで? これからどうするの?」
屋上のアスファルトに仰向けになって寝転がった杏璃が尋ねる。夕刻も過ぎ、夜に差し掛かろうとしている時間帯。彼女の視界に収まる空には、既にいくつもの星が浮かんでいた。
「当然、伊吹様の元へと向かうつもりだ。・・・だが」
「私たちも柊様同様・・・すぐには動けそうに、ありません」
沙耶がそう言い終わるや否や、兄妹は崩れ落ちるようにして地面に転がる。
流石に驚いた杏璃だったが、両者ともその口から漏れているのは安らかな寝息であり、大袈裟に心配する必要もなさそうだ。
「まったく。魔力不足で昏倒するなんて・・・やっぱりあんたたちの方が無茶をしてたんじゃない」
嘆息するようにそう呟いた杏璃もまた、兄妹の寝息に誘われるようにゆっくりとその双眸を閉ざす。
「がんばんなさいよ、春姫――――」
そして意識が落ちる寸前、最終決戦の地に向かった親友に、ささやかなエールを送るのであった。
「エル・カルティエ・アルディクト!!」
「エル・カルティエ・アダファルス!!」
「カルナ・ディ・アガナトス!!」
一方その頃。式守の秘宝が封印されていた空間では、まさに激戦という表現が似つかわしいほどの魔法合戦が行われていた。
鈴莉はその膨大な魔力を用いた、広範囲の攻勢魔法―――魔法弾の嵐。
雄真はアリエスにより予測された敵の動きの軌道上に、一点集中の攻勢魔法―――鈴莉がマシンガンならば、こちらはレーザーキャノンだろうか。
そして小雪は、広範囲で所々に発生する魔力の蔦―――捕縛魔法で無効化を狙う。
いずれも、一流の魔法使いによる一流の魔法。
「ふむ・・・なかなかやるではないか。そうでなくては面白くない」
だがそれも、長い時を掛け力を蓄え続けた魔具には、悉く届かない。
無数の魔法弾は軽いステップで躱わされ、魔力の大砲は素早くいなされ、捕縛魔法は届く前にキャンセルされてしまう。
『こうなったら・・・!』
「二人とも、離れてくれ!!」
距離を取り、集中力を高める。呼び掛けられた鈴莉と小雪は、そんな雄真の様子を見て何かを悟ったようにその場から即座に退いた。
「エル・アムダルト・リ・エルス・ディ・ルテ・カルティエ・ラティル・アダファルス・ディ・シルフィスッ!!」
一息に詠唱を終えた雄真が、その右手に握るアリエスを天高く掲げる。同時に天上には巨大な魔方陣が描かれた。
もう出し惜しみなどしている場合ではない。自身の魔法の中でおそらく最も高威力の魔法をぶつける。
―――伊吹の障壁魔法さえ易々と打ち破った、破砕の雷。
「―――ライノスッ!」
雄真の叫ぶ発動キーと共に、魔方陣が鳴動する。次の瞬間、文字通りの迅雷の一矢が射出された。
「――ア・ダルス・ディ・ラム・ディネイド・ギル・ベイム」
だが、式守の秘宝には怯えも焦りもない。予め唱えていた詠唱が終わると同時に、その手には障壁が出現して――――轟音。
「――――なっ!!?」
「・・・ふっ、まさかその歳で合成魔法までも使うとはな。この我に障壁を使わせたこと、誇って良いぞ?」
どこまでも不敵な表情で、式守の秘宝が口端を上げる。
―――全てを打ち砕くはずの雷は、信じられないほど高密度な障壁に、成す術なく弾かれるのであった。
41話へ続く
後書き
さて・・・うん、とりあえず土下座でもしようかな(笑) orz
というわけで雅輝です。またも遅れに遅れた40話の掲載です。
んー、最近なかなかモチベーションが上がらず、難産ばかりしております。
時間が無いわけではないのですが。まあ疲れてたり、他にやることがあったりするとどうしても後回しにしてしまいます。
流石に夏の終わりまでには完結させたいなぁと思いつつ。
今回の話は杏璃による魔力の譲渡がメインでした。
もともと、この魔法については考えていました。原作の最後で雄真が使った魔法でもありますし。
それにちょっと自分なりの設定を加えて。というか、なんかこのSSの杏璃は非常にかっこいいです。ここ数話は主人公より確実に目立っています(笑)
そしてVS式守の秘宝側では、秘宝がその圧倒的な強さを見せております。雄真の合成魔法さえ、障壁魔法で防いでしまうというチートっぷり。
この均衡を崩す手段は果たしてあるのか!?
ではでは、次こそ頑張ります・・・。