―――雄真たちは、気圧されていた。
式守の秘宝と名乗る、性別すらも定かではないその存在に。そこから滲み出る魔力に。
「さて・・・」
そんな軽い言葉と共に、式守伊吹の姿形をしたソレは歩いてくる。ゆったりと、しかしどこか威厳を感じさせる歩調で。
「―――待ちなさい」
真っ先に立ち塞がったのは、鈴莉であった。けれどその表情にいつもの余裕は無い。それでも雄真と小雪を庇うように、先頭に立った。
「何だ?」
「貴方の目的を教えなさい」
「我が貴様の言うことに従う理由があるか?」
「ええ。私はこの学園の教師。貴方のような魔力の塊を、みすみす外に出すわけにはいかないわ」
「ふむ・・・面倒だな」
「―――っ! アムレスト!!」
それはまさに、刹那の攻防だった。
秘宝は気だるげに呟いた瞬間、ノータイムで魔方陣を展開。三つの大火球を射出。
一方の鈴莉は、魔方陣の展開を瞬時に感知して、詠唱破棄により防壁魔法を生成。
二つの魔法はせめぎ合い、轟音を立てた。
「―――ほう、今のを防ぐか。なかなかやる」
「・・・」
本気で感心し、怪しい笑みを浮かべる秘宝とは対照的に、鈴莉は厳しい表情を崩さない。
「―――母さん、手伝うよ」
そんなやり取りだけでハイレベルだと感じる攻防。雄真はアリエスを握る手に力を込めつつ、鈴莉の横に並んだ。
「私も、微力ながらお手伝いします」
そして雄真と反対側には、小雪が進み出る。その手に持つワンド―――タマちゃんも、今回ばかりはその明るさを潜ませ小雪のパートナーに徹する。
「二人とも、油断しては駄目よ。おそらく、まだ本気なんて出していないから。―――リフィア」
二人の気を引き締めるように忠告した鈴莉は、いつの間にかその手にワンドを持っていた。
リフィアと紡がれたそのワンドは、雄真のアリエスと同じくシンプルなデザイン。
白銀に輝く持ち手に、二又に分かれた先端。そのそれぞれの先には、光り輝く光球が浮かんでいる。
『母さんのワンド―――久しぶりに見るな』
雄真は長く魔法使いの母を見てきたが、その手にマジックワンドを持っている場面を見たのは数えるほどしかない。
大魔法使いと称賛される通りの実力を持つ鈴莉にとって、大抵の魔法はワンド無しでも使えるから。
学園の授業でも使用しないため、魔法科の生徒ですら見たことがないだろう。
そんな相棒を召喚し、なおも油断せずに構える。―――式守の秘宝は、それほどの相手だということだ。
「ふっ、ならば少し遊んでやろう。この体にも早く馴染まねばならぬからな」
あくまで余裕の態度を崩さない秘宝が、天頂へと手をかざす。
途端、周辺一帯を数多の魔力球が襲った――――。
はぴねす! SS
「Secret Wizard」
Written
by 雅輝
<39> 真の忠義
「おおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉっ!! 風神の太刀ぃぃぃぃぃぃっ!!」
杏璃から放たれた複数の魔力球を、信哉が風神で斬り裂く。第3ラウンドが始まって以来、もう既に何度も見た光景だ。
「幻想詩、第六楽章―――頑強の楔」
信哉が全ての魔力球を斬り捨てると同時に、後方の沙耶が強化魔法で兄を支援。数秒間の身体的強化を受けた信哉は、迷うことなく杏璃へと間合いを詰めた。
「ディア・ダ・オル・アムギアッ!」
「雷神の――――ぐっ!」
だがそれを見越していた春姫が、捕縛魔法で信哉の足を絡め取る。その隙に杏璃は飛行魔法で空へと逃げ、空中から後方の沙耶へと追撃を仕掛けた。
「エルートラス・レオラッ!」
「―――っ、混迷の森っ!」
放たれるは直射の砲撃魔法。それを沙耶は咄嗟に防ぐが、双子の連携が崩れてしまったその一瞬を、見逃す春姫ではない。
「エル・アムダルト・リ・エルス・ディ・ルテ・セイレス・カルティエ・ラティル―――」
いつもより長めの詠唱によって紡ぎだされるのは―――春姫が持つ魔法の中でも、最も火力の強い攻勢魔法。
「―――アダファルス・ディナスッッ!!」
ゴゥッという空気が振動する音と共に、ソプラノの先から射出されるは、巨大な二つの火球。
それぞれは巧みに制御され、寸分違わず信哉と沙耶へ突き進む。
「くっ――――!!」
それからの信哉の判断は早かった。
足に絡みついていた魔力の蔦を風神で刈り、まだ身体強化の効果が残っている足をフル回転させ、大事な妹の下へと向かう。
「兄様っ!?」
「沙耶っ、伏せろ! おおおおおおおおおおっ!!!」
当然、二人が固まる形になれば、追尾していた大火球は二つとも彼らを襲うことになる。
だが、それこそ信哉の狙い。これまでの戦いで既に魔力をだいぶ消費してしまった沙耶には、単独でこの火球を防ぐことは難しい。
ならば、自分が二つとも「破砕」すればいいだけの話。信哉は自らの相棒である木刀型ワンドに力を篭め―――。
「雷神の太刀ぃぃぃぃ――――――――っ!!!!」
自身の魔力が空になることも厭わずに、渾身の力と共に振り抜いた―――。
轟音と共に発生した砂煙。モクモクと立ち上る白い靄の中で、カランという乾いた音が鳴る。
「くっ――――」
それは、屋上のアスファルトに落ちた「風神雷神」が奏でし音。同時に春姫たちの目に映ったのは、煙の向こうで片膝を付く信哉の姿だった。
「はぁっ・・・はぁっ・・・」
「兄様・・・」
必死に呼吸を繰り返す兄の姿に、もはやその体を動かす力さえ残っていないのは目に見えていた。
「――――」
それでも、最後まで貫こう。自分の―――自分たちの、主君に対する忠義を。
沙耶は大きく一呼吸置くと、静かに信哉の前に出てサンバッハを構えた。
ともすれば笑いそうになる膝を叱咤し、鋭く春姫たちを射抜くその眼光は、まだ死んではいない。
「・・・まだ諦めていないみたいね。いいわ、だったらこのあたしがちゃんと決着を―――」
「待って・・・杏璃ちゃん」
「? 春姫?」
再びパエリアを構えようとした杏璃を、か細い声で制したのは春姫であった。
先ほどの大火球によって追い込まれたのは、何も上条兄妹だけではない。術者である春姫もまた、自身の魔力を使い過ぎた。
それでも―――魔力の低下から気だるくなった体を押してまでも、これだけは伝えたかった。
「二人とも・・・まだ戦うの?」
「―――っ、当然だ。我ら、勝つまで止まりはせん。もう、止まれんのだ・・・」
「伊吹様のためにも、私たちは勝たねばならないのです・・・っ」
「あんたたち、まだそんな―――!」
「そんなの・・・」
響いた春姫の声。それは小さいながらも、信哉たちに詰め寄ろうとしていた杏璃を止めるだけの感情が込められていた。
「そんなの・・・忠義でも何でもないよ」
「―――っ、何を・・・」
「だいたいの事情は御薙先生から聞いてる。式守さんのお姉さん―――那津音さんの事も」
“那津音”という単語に、上条兄妹が一瞬顔を顰める。事情を知らない杏璃は、とりあえず聞き役に徹していた。
「二人は、お父さんが引き起こしたその事件に、結果に、罪悪感を感じている。でも・・・そんなの、忠義でも何でもない。ただの薄っぺらい罪悪感で繋がって
いるようにしか見えないよ」
「―――っ! 神坂殿に! 俺たちの何が分かる!!」
「私たちが伊吹様に仕えているのは、決してそのような理由では――――!」
「だったら!!」
春姫の悲痛な叫びが、沙耶の言葉を遮るようにして大気を震わせる。その表情は声音と同様、悲しみに染まっていた。
「だったら、貴方たちはこんなところで何をしているの?」
「えっ――――?」
「自分から危険に飛び込もうとしている式守さんを止めようともしないで、彼女を助けようとしている私たちの足止めをして――――」
「本当に式守さんが大切なら、彼女が進む道を正すのも貴方たちの役目じゃない!!」
「「・・・・・・」」
上条兄妹は何も言わない―――否、何も言えなかった。
春姫の言うとおり、これまで伊吹に危険だと何度か進言していた。だが「那津音姉様にもう一度会いたいんだ」と言われると、罪悪感からそれ以上何も言えなく
なっていた。
だから、覚悟を決めた。ならばせめて、主の目的を叶えよう。伊吹の剣となり、盾となろう。
そこには、理想的な主従の関係があった。だが―――それだけ、だった。
いつしか二人は、伊吹のためではなく、伊吹の目的のために動く人形と化していた――――。
「――――あたしはその辺りの事情は知らないんだけど、一つ言えることがあるわ」
黙した兄妹に、今度は杏璃が話しかける。まるで、二人を言い諭すような声音で。
「あんたたちの行動は、確かに従者としては正解かもしれない。でも―――仲間として、友達としてなら間違いなく不正解ね」
杏璃の核心を突いた言葉に、兄妹は項垂れる。そしてお互いに目を合わせると、示し合わせるように頷きあった。
「兄様」
「ああ。・・・神坂殿、柊殿」
兄妹は正座で、大切なことを気付かせてくれた二人に相対する。そして―――。
「俺たちの――――負けだ」
謝罪と感謝。二つの意味の礼を以ってして、屋上の戦いは終わりを迎えた。
40話へ続く
後書き
どうも。「うわー、もう一月以上更新してねー・・・」な管理人です(汗)
年度末になり、仕事が忙しかったというのもありますが。それ以上に今回の話が難しかったです。
上条兄妹を説得する、というのは元から考えていたことなのですが、その説得方法をどうするかでずっと迷っていました。
これで屋上の戦いは終了。ようやくVS式守の秘宝の方を中心に書けそうです。
せめて二週間以内にはお送りするように頑張ります^^;
それでは、また次回の後書きでお会いしましょう〜。
2010.3.28 雅輝