「柊殿か・・・」
何とか体勢を立て直した信哉は、得意気に仁王立ちしている杏璃を視界に納め、僅かに嘆息を漏らした。
確かに杏璃の実力は高い。だがそれはあくまで学生レベルにおける話であり、この場においては誰よりも弱い。
今までの一月ほどで、信哉はそう判断していた。
「柊殿。ここは貴殿が出てくる場ではない。早々に立ち去ってもらおうか」
「お生憎様、そういうわけにもいかないのよ。丁度良い機会だし、あたしも決着を付けるつもりだから」
「決着? 神坂殿と、か。ならば尚更、この場にはそぐわぬだろう」
杏璃が春姫をライバル視しているのは、魔法科では暗黙の了解だった。だから、信哉がそう思うのも無理はない。
その辛辣な言葉に、杏璃もまた苦笑を呈した。確かに今までの自分は、そう思われてもおかしくない言動ばかりだったから。
だが―――以前の杏璃ならば肯定していたであろうその答えは、今となってはまるで違う。
「いいえ。―――自分自身に、よ」
はぴねす! SS
「Secret Wizard」
Written
by 雅輝
<38> 式守の秘宝
「杏璃ちゃん・・・?」
杏璃の纏う空気が変わる。春姫は、未だかつて見たことのない親友のそんな姿に、驚きと不安が篭もった呟きで呼び掛けた。
「春姫。あたしはね、あんたに嫉妬してた。あんたに出会うまで、あたしは魔法では誰にも負けなかったから」
「・・・」
「だから、今まで散々突っ掛かってた。どうしても認めたくなかったから。魔法では、誰にも負けたくなかったから」
「杏璃ちゃん、私は・・・」
「でもね」
何らかの感情に促されるように口を開こうとした春姫を、杏璃が遮る。その表情は、何かを悟ったかのように穏やかなものだった。
「御薙先生の言葉で気付いたの。春姫が持っていて、あたしが持っていないもの。春姫には見えていて、あたしには見えてなかったもの」
まだ明確に分かったわけじゃない。いや、本当に正しい答えなんて、無いのかもしれない。
だから、これは柊杏璃としての―――柊杏璃だけの、答え。
「魔法は、自分が輝くための手段じゃない。別の誰かを輝かせるためのものなんだって。だからあたしは今、春姫を―――あたしの一番の親友を、助けたい」
「杏璃ちゃん・・・」
思わず漏れた春姫の呟きは、少し震えていた。親友のその言葉が、とても嬉しかった。
―――春姫にとって杏璃は、初めて出来た親友だった。
幼い頃に雄真と出会って以降、春姫はひたすらに魔法使いを目指した。小学生の頃は独学で魔道書を読み、中学は魔法科のある学校へ入学した。
いつしか、彼女には「優等生」のレッテルが貼られていた。品行方正、成績優秀、容姿端麗と、男子にとっても女子にとっても、高嶺の花のような存在。
それは瑞穂坂学園に入学しても、変わらなかった。仲の良いクラスメイトはいたが、皆どこか春姫に遠慮していた。
―――出会い頭に勝負を挑む、金髪の女子学生に出会うまでは。
「なるほど・・・変わったな、柊殿」
「そう? あたしは気付いただけ。変わるのはこれからよ」
【杏璃様・・・ご立派になられましたな】
「もう、パエリアまで。ほら、泣いてないでやるわよ!」
そう苦笑しつつ、杏璃はゆっくりとした所作で感涙に咽ぶ相棒を構え直した。
「あたしは、あんたたちの目的とか意図とか、全然知らないわ。でも、流石に二対一は卑怯なんじゃない?」
「・・・知らないのならば口出ししないでもらおう―――と言っても、聞いてはもらえぬようだな」
「わかってんじゃないの」
楽しそうに笑いながら、杏璃は春姫の横に並ぶ。春姫もまた、共に戦ってくれる親友の姿に安堵の笑みを浮かべた。
「そういえば、こうして杏璃ちゃんと協力して戦うのは、初めてだね」
「そういえばそうね。しっかり付いてきなさいよ、春姫!」
二人の言うように、彼女たちは今まで共闘した経験が無い。
魔法科の授業の時はだいたいペアを組むが、二対二の模擬戦時には、魔法科の首席と二番手が組むわけにもいかずに、鈴莉によって分けられていた。
「兄様・・・」
「ああ。どうやら厳しい戦いになりそうだ。が―――俺たちは負けるわけにはいかぬ!」
信哉が地を蹴る。沙耶が補助魔法の詠唱に入る。春姫が防壁魔法で、杏璃が攻撃魔法で迎え撃つ。
屋上の魔法決戦は、第3ラウンドに移行した―――。
「「「・・・」」」
伊吹が秘宝を発動させてから僅か数秒。彼女を中心とした極光は弾けたように消え、眩しさから目をそむけていた三人は様子を覗う。
伊吹は宙に浮いたままだった。意識もはっきりしているようで、唯一先ほどと違う点といえば、淡い光がその身体中を包んでいることだろうか。
「制御・・・しているのか?」
雄真が呟く。確かにその様子は、傍目から見るととてもこれから暴走を起こすようには思えない。
「―――ふふっ、ははははははっ! どうだ、御薙鈴莉! これのどこが危険だと言えよう! いとも容易いではないか!!」
まるで勝利の美酒にでも酔ったかのような、伊吹の愉悦に満ちた声がその空間に響く。
だが、鈴莉はその厳しい表情を崩していなかった。そして―――その瞬間は、訪れる。
「―――いけないっ!!」
叫んだのは鈴莉。続いて雄真と小雪も、すぐにその異変に気付いた。
「え―――っ?」
急激に膨らんだ魔力。それまで伊吹の魔力と同調していた秘宝が、まるで彼女の魔力を喰らって暴れ始めたかのように。
「ぁ―――ああああぁぁああぁぁああぁあぁああぁぁぁああああぁああっ!!」
伊吹の絶叫と共に、式守の秘宝は猛威を振るう。暴走した魔力は飛散し、周辺の水晶を悉く打ち砕いた。
「―――っ、二人とも!」
「ああ!」
「はい!」
すぐに三人は防壁魔法を展開。圧倒的な魔力に押されつつも、数分後に魔力が収まるまで何とか耐え凌ぐ。
そして、魔力の収まった先―――先ほどと変わらない伊吹の姿に雄真は安堵の息を漏らしつつ、しかしどこか違うその様子に疑問を覚えた。
「―――久しいな、この景色も」
その双眸を開いた伊吹の瞳は、以前の紅からは想像出来ない金色に染まっており、雄真は自分の考えが正しいことを理解する。
見れば、鈴莉と小雪も緊張を孕ませながらワンドを構えていた。雄真も同じく、汗の滲む手でアリエスを握り直す。
つまり―――「あれ」はもはや、式守伊吹ではない。
「ふむ・・・久方ぶりの目覚めだというのに、歓迎の言葉も無しとは―――気の利かん奴らよ」
その声質は、間違いなく式守伊吹そのもの。だが、逆にそれ以外に彼女が伊吹だと断定する要素が、その台詞には無かった。
「お前は―――誰だ?」
雄真の口から零れたそれは、三人の内心を代弁したものであり―――また、その答えも皆が知っていた。
「これはまた奇異なことを。そのようなこと、貴様らも分かっているだろうに。だが―――敢えて名乗るのも、また一興か」
その言葉が終わると同時に、また魔力が溢れ出す。だが今度は暴走したソレではなく、高密度に制御され、伊吹の身体を纏う。
自然と、雄真は身を堅くした。無意識の内に、その体感したこともない大魔力に気圧されていた。
「我は“式守の秘宝”と呼ばれるモノであり、これまでの使用者から吸い取り、蓄積した魔力の塊であり―――そして今はこの小娘、式守伊吹である」
39話へ続く
後書き
何とか二月中に更新。四月までには完結出来るかなー、どうかなー。
さて、最終局面です。もうずっとクライマックスな気がしないでもないですががが。
今回、原作とは結構違ったアレンジをしてみました。そう、「式守の秘宝」についてです。
まあ39話のネタバレになるのであまり詳しくは言えませんが、少々雄真側に戦力が固まりすぎたので、ここで大ボスの登場、というわけです。
この展開は、前々からアリだなぁと思っておりました。さて、実際にはどう転ぶのかなっと。
それでは、もう少しですが最後までお付き合いください〜^^