数日前に、以前から聞きたかったことを訊ねてみた。
魔法教科の担任である、御薙鈴莉に。
才能はあると思っていた。努力も、自負できるほどにはしているつもりだった。
なのに、勝てない。神坂春姫には。
だからこそ、訊ねてみた。
どうすれば、強くなれるのか。
どうすれば、神坂春姫に勝てるのか。
―――自分と彼女では、何が違うのか。
鈴莉は苦笑した。真っ直ぐな生徒の視線に、その内にある熱に、促されるように口を開いた。
―――貴女はまだ、魔法の本質を知らない。見ようとしていない。それが、彼女との違いよ。
その言葉の意味するものが、最初は分からなかった。
魔法は、自分にとって1番になるべきもの。自分の誇れるもの。自分の誇れる手段―――。
そこまで考えて、ふと思った。確かに違う、と。春姫とは、何かが、決定的に違うと。
その何かが分からなかった。いや、実際に今も分からないままなのかもしれない。
それでも、これだけは分かる。春姫は自分の一番の親友であり、好敵手であると。
だから自分は、こんなにも息を切らせながら屋上へと向かっているのだろう。
―――屋上から、大きな魔力を感知した。森で放課後の練習をしていた彼女は、すぐに教室に向かった。春姫の姿は無かった。
けれど、こんな大きな問題に春姫が関わっていないわけがないと、そんな予感がした。
「待ってなさいよ・・・春姫!」
駆ける彼女の心境―――ほんの少しずつだが変わっていくそれに、彼女は気付かない。
春姫に対抗するための魔法から、春姫を助けるための魔法へ。
誰かに対抗する魔法使いから、誰かを助ける魔法使いへ。
―――柊杏璃は、確実に成長を遂げている。
はぴねす! SS
「Secret Wizard」
Written
by 雅輝
<37> 終焉の序曲
「エル・アムダルト・ディ・シルフィス!」
春姫が紡ぐ風属性の魔法により、上条兄妹の足元に突如として突風が吹き荒れ、尚も突進しようとしていた信哉はバランスを崩して後ろに吹き飛ばされた。
「兄様!!」
「エル・アムディクト・カルティエ・アダファルス!」
吹き飛ぶ兄に気を取られた瞬間を狙い、沙耶の足元に魔法弾を高速で放つ。速さに重きを置いたその威力は決して高くはないが、沙耶のバランスを崩すには十分過ぎる。
「ディア・ダ・オル・アムギア!」
そしてその隙に、捕縛魔法を構築。屋上を駆けながら、数箇所にトラップを設置していく。
―――速い。次々と繰り出される多種多様な魔法。付け入る隙すらない。
春姫の魔法は質より量。一撃の威力こそ高くはないが、二人居てもなお翻弄される。
「ぬぅっ!?」
「エル・アムダルト・リ・エルス・カルティエ・エル・アダファルス!!」
「兄様っ!! 幻想詩、第一楽章――混迷の森!」
一瞬で間合いを詰めた信哉の足に、先ほど設置したものとはまた別のトラップが絡みついた。春姫がその隙を見逃さず攻撃を仕掛け、沙耶が間一髪でその魔法を消し去る。
「くっ―――風神の太刀!」
その間に信哉は風神の能力により捕縛魔法を消去。既に迫っていた春姫の第二撃を何とか躱わしつつ、その間合いから離脱した。
「お怪我はありませんか、兄様」
「ああ。しかし・・・まさかこれほどとはな」
二人で並びながら、上条兄妹は春姫を見据える。彼女は息こそ上がっているようだが、その佇まいは美しさすら感じるほど落ち着いたものだった。
以前も一度戦った相手。あの時も苦戦こそ強いられたが、勝てない相手だとは思わなかった。
だが、今は違う。何が彼女を変えたというのか、まるであの森の戦いのときとは別人のようだ。
「ですが、だからといって――」
「うむ。退くわけにはいかんな」
その言葉を皮切りに、戦闘が再開される。
上条兄妹のコンビネーションは確かに素晴らしいが、弱点が無いわけではない。その一つに、役割がはっきりし過ぎている、というものがある。
信哉は近距離の攻撃特化。沙耶は遠距離の防御特化。お互いがお互いを補う形だが、裏を返せば一方が機能しなくなれば、途端に脆くなる。
「エル・アムダルト・リ・エルス―――」
当然、それが分かっていない春姫ではない。そろそろ残りの魔力も怪しくなってきたこの局面。狙うは信哉ではなく――――。
「―――ディ・ルテ・カルティエ・アス・ルーエント!!」
「っ! 沙耶っ!!」
「―――え?」
ソプラノの先から信哉目掛けて射出された、三つの魔法弾。これまでのように風神で薙ぎ払おうとしたワンドの間を縫うように走り、魔法弾は後方の沙耶へと肉薄する。
「くっ―――、幻想詩第一楽章、混迷の森!!」
兄のサポートにと構築していた魔法式を即座に捨て、沙耶は出来る限りの速度で防御魔法を形成する。
だが、それで防げたのは二つまで。春姫の制御下にあった最後の一つは、沙耶の足元で爆発を起こした。
「きゃぁっ!!」
「沙耶っ!!」
爆発の衝撃で一瞬宙を舞った沙耶の体は、そのまま屋上のアスファルトを滑る。急いで信哉が駆けつけても、目を覚まさない。―――気絶してしまったのか。
「よくも・・・よくも沙耶をぉぉぉぉぉぉっ!!」
怒り心頭の信哉が、突貫を仕掛ける。だからこそ、彼は気づかないだろう。―――自分の周りには、既に設置型の魔法弾が仕掛けられていることを。
『これで、終わり――――っ!』
春姫はここぞとばかりに、設置していた全ての魔法弾を開放する。勝った、と確信した。―――その声が聞こえるまでは。
「――――幻想詩、第五楽章。慈母の聖珠」
春姫の意識の外から紡がれたその魔法は、信哉の体を纏うように象られ、春姫の最後の一手を無に帰す――――全方位型の防御魔法。
視線を向ける。今もなお倒れている沙耶の瞳は薄らと開いており、その口元には勝利を確信した笑みが浮かべられていた。
――――やられた。
「もらったぞ、神坂殿!!」
沙耶の気絶も、信哉の憤慨も、全て演技―――そう気づいたときには、既に春姫の眼前に信哉が迫っていた。
だが、動けない。いくら春姫が並列処理で魔法を扱えるとはいえ、幾つもの設置型魔法弾のトリガーを引いた直後では、流石に間に合わない。
春姫は覚悟した。一瞬、ソプラノで直に防御することも考えたが、雷神によって破砕されてしまうことは目に見えていたので行動には移さなかった。
「―――アルクサス・ディオーラ・ギガントス・イオラ!!」
その刹那、声が聞こえた。それは沙耶のときと同様、春姫の意識の外からやってきた声。
しかしその詠唱によって導かれた魔法は、雷神を振り上げる信哉を文字通り吹き飛ばした。
「ぬぉっ!!」
「兄様!?」
驚異的な反射神経で、直撃する寸前にワンドで防御。何とか事無きを得た信哉だが、千載一遇の好機を逃したことに変わりは無い。
「まさか、こんなことになってるとはね・・・」
聞き覚えのある声。ようやく強張りが解けた春姫が、ゆっくりと振り向いた先には―――。
「杏璃ちゃん!?」
「苦戦してるみたいじゃない、春姫。でも、このあたしが来たからにはもう大丈夫よ!!」
―――いつもと変わらない、自信に満ちた笑みを浮かべた柊杏璃が立っていた。
―――転移してきた先は、まさに異質と形容するに相応しい空間だった。
まるで黒と白のモノクロ映像を見ているかのような、そんな錯覚にすら陥りそうなその場所は、果てしのない闇とその闇を照らす水晶で埋め尽くされている。
転移してきた三人の内、鈴莉以外は初めて来るその場所に、キョロキョロと辺りを窺う。しかし、鈴莉は一心にその視線の先を見つめていた。
「伊吹さん・・・」
その呟きに、雄真と小雪も同じ方向へと顔を向ける。十数メートル先だろうか、伊吹はその手に「何か」を持ちながら、宙に浮いていた。
「やはり来たか。御薙鈴莉。高峰小雪。そして――――小日向雄真」
伊吹はそこでニヤリと口端を歪めると、「だが、もう遅い」と愉しそうに嗤った。
「もう、秘宝は私の手の中だ。この意味が―――分かるな?」
「やはり・・・もう封印を解いてしまったのね」
「ああ。ここの封印は、転移魔方陣とは違い容易く解けた。少々肩すかしでもあったが、こちらの都合としては良い」
顔を青ざめる鈴莉を一笑に伏すように、伊吹は軽くそう答えた。
そして―――その手に持つ野球ボール大の光球を、天頂に掲げてみせた。あれこそが、「式守の秘宝」なのだろう。
「―――っ、やめなさい!! 貴女は本当に、那津音がソレを望んでいるとでも思うの!?」
「思う。姉様は理不尽に亡くなってしまったんだ。だから―――もう一度この世を生きる権利がある!!」
今の伊吹は、もはや前しか見えていない。その濁った瞳は、愚直に姉の蘇生を信じている。
そして――――。
「さあ、式守の秘宝よ! 私は式守の次期当主たる者! その力を、存分に振る舞うが良い!!」
極光。伊吹の掲げた秘宝は眩い光を放ち、次々に伊吹の体へと取り込まれていく。
―――賽は、投げられた。
38話へ続く
後書き
長らくお待たせしました! SW37話となります。
なんだか不吉なタイトルですが・・・まああまり気にせんでください。割とノリ的な部分もありますので(ぇ
さて・・・とりあえず一言。
40話じゃ終わらなそうです!!(爆)
あれだけ何度も言ってたのに、なんたる体たらく。どこで間違えたのか・・・。
このままじゃ、42話完結ってところでしょうか。・・・42、これまた不吉な数字が(汗)
とにかく、SWに至ってはなるべく早く完結させたいと思います。もしかしたら、当分はこちらが優先的になるかも。
皆さま、引き続き応援のほど宜しくお願いします〜^^