『――――っ!?』

職員会議の最中。自分に宛がわれた一席に座り、手元の資料に目を通していた鈴莉は、弾かれたように顔を上げた。

―――この職員室には、厳重な魔法結界が掛けられている。

それは、過去に魔法科の生徒によるテスト用紙のカンニングが発覚したからであり、またそうでなくとも外部の魔法使いに狙われないとも限らないから。

よって、この職員室は外部からの魔力も通りにくい。それでも尚、感知出来るほどの魔力となれば――――。

『やはり来たわね――――っ』

会議を取り仕切っている教頭に一言残し、鈴莉は部屋を飛び出す。事前に事情は説明していたので、すんなりと抜けさせて貰えた。

「エル・アムダルト・リ・エルス――――」

駆けながらの魔法詠唱。集中力を要するとされる転移魔法すら、大魔法使いの彼女にとっては造作も無いことだ。―――だが。

『屋上? それとも―――あの部屋か』

魔法式を組み立てながらも、どちらに転移しようか一瞬迷う。

感知した魔法はおそらく学園の屋上。波長からして、息子のものだったことは間違いない。

けれど、式守側の最終目標は式守の秘宝。それがある場所へと導く魔方陣が存在する、森の奥のあの部屋で待ち伏せるか―――。

『悩んでいてもしょうがないわね・・・』

あの屋上では、自分の息子や教え子が戦っているのだろう。その手助けをしたい気持ちは、勿論ある。

しかし、それでは後手に回ってしまう。自分たちの目標は、あくまでも式守の秘宝を渡さないこと。

なら、自分が向かう先は―――向かうべき場所は、決まっている。

「――カルティエ・ラ・アムティエト」

『信じるわよ、二人とも―――』





はぴねす! SS

            「Secret Wizard」

                             Written by 雅輝






<36>  それぞれの意志





「―――っ!」

鈴莉が職員室を飛び出したほぼ同時刻。

那津音の遺骨の一部が埋められているという桜の大樹の下で、高峰小雪もまた、その大きな魔力を感じ取っていた。

「雄真さん・・・」

思わず、そんな呟きが漏れた。

ここは職員室のように、魔力妨害の結界も無い。従って、小雪は数十分も前から屋上で行なわれているであろう戦いを感じ取っていた。

そう、知っていた―――にも関わらず、小雪は未だその場所から動けないでいる。

「私は、どうすればいいのでしょうね・・・」

心は揺れる。その腕の中に、那津音の遺品である魔具―――龍笛を抱きながら。

『分かっていたことなのに・・・』

先見の担い手である小雪―――今日という日付に、こうなることは分かっていた。

事前に分かっていて、こうして先見どおりに事が起こって・・・それでもまだ、動けない。

伊吹を止めなくてはいけない。だが、自分は少しでも伊吹の考えに共感を覚えてしまった。



―――伊吹が成功すれば、もう一度親愛なる姉のような存在に会える。

―――皆は失敗すると決め込んでいるが、もしかしたら成功するのではないか。



そんな考えが、一瞬でも頭を過ぎった自分に、彼女を止める資格があるのというのか。

それは、恥じるべき考え。那津音のことを思うのであれば、今まさに危険を冒そうとしている彼女の義妹を止めるべきなのに。

「・・・」

腕の中の龍笛に、視線を落とす。夕暮れを反射して―――いや、夕暮れなど無くとも、小雪の目には眩しく映った。

「那津音さん・・・」

かつての憧れの人の名を呟きながら、小雪は桜の幹に背を預けて、頭上の桜花を仰ぎ見る。

―――刹那。その瞳に、美しい銀色が映った。

「――――っ!!」

思わず目を見開く。焦点をしっかり合わせた双眸に、もう先ほどの銀色は映らない。

『でも、今確かに・・・』

流れるように美麗な、さらさらとした銀色―――いや、銀髪。

銀色の髪は、髪の色を変えるほどの魔力を有するという、式守家独特のものだ。そして現在、次期当主の伊吹以外に銀髪を伸ばしているものはいない。

何を馬鹿な、と思う。そんなの非常識だ、と否定する気持ちもある。

だけど―――信じたい。「彼女」が、ウジウジ悩む自分の背中を、押しに来てくれたのだと。

「・・・行きましょうか」

「出陣やな! 姐さん!」

「ええ、頑張りましょう。タマちゃん」

「よっしゃー! 燃えてきたでぇ!!」

いつも以上に熱血な相棒の姿に一つ笑んだ小雪は、集中するために瞳を閉じ、転移魔法の詠唱を開始する。

――もう、迷いは無い。

迷っていた自分を戒めるためにも、必ず伊吹を救い出してみせよう。





校舎裏に広がる森の中でも、立入禁止区画とされている奥地。

普段は静謐が保たれているようなそんな場所に、突如として三人の人影が現れた。

「っ、と――――母さんに小雪さん?」

「雄真さんに御薙先生・・・偶然ですね」

「やっぱり二人もここに来たのね」

それぞれ違う場所から、まったく同タイミングの転移。出来すぎな展開に雄真は軽く苦笑して、以前にも一度入った洞穴の入り口へと目を向けた。

「それで雄真くん、状況は?」

「今、屋上では春姫が上条兄妹を食い止めてくれている。でも、伊吹はその前に転移魔法で離脱した」

「では、伊吹さんはやはりこの中に?」

確認するように尋ねてくる小雪に対して、雄真は首を縦に振ることで肯定の意を示す。

「その可能性は高いと思います。伊吹の狙いは、この先にある魔方陣のはずだから」

「―――もっと言えば、その魔方陣からしか転移出来ない場所に封印されている、式守の秘宝ね」

鈴莉の言葉に、三人は顔を見合わせて―――コクリと頷く。

言葉は交わさず、互いの意志だけを確認する。それだけで、充分だった。





「母さん、伊吹の魔力は感じる?」

「いえ、まだ感じないわ。妙ね・・・高峰さんは?」

「私もです。何か、嫌な予感がしますね」

足音を忍ばせながら、近代的に改装された一本道の奥へと、鈴莉を先頭にして進む。

雄真の以前来た時の体感では、奥のあの部屋まではもう少しといったところだろうか。にも関わらず、三人の魔法使いが誰一人として伊吹の魔力を感じ取れない


小雪の言うとおり、嫌な予感が拭えなかった。

「―――っ」

そうして、開けた場所に出る。その部屋の光景を見た瞬間、雄真は内心で舌打ちを漏らした。

「遅かったか・・・っ」

目に映る範囲に人影は無い。―――少なくとも、式守伊吹は“この部屋には”居ない。

「あれは・・・転移魔方陣?」

小雪の呟いた先には、以前は封印され、何の反応も示さなかった魔方陣が。

「―――封印が、破られているわ」

部屋の中心に描かれたそれからは、転移魔方陣ならではの光芒が噴き出していた―――。



37話へ続く


後書き

まだまだ寒い日が続きますね〜ってことで雅輝です。

SWは割と久しぶりな更新かな? この冬は体調不良が続いており、なかなかモチベーションがアップしないのです(汗)


それはさておき―――今回の話は、最終局面前の最後の幕間といったところでしょうか。

鈴莉と小雪にも、それぞれの意志を以って伊吹を止める・・・という部分を書いておきたかったので。

特に小雪ですかね。ちなみに、原作では確か雄真に龍笛を渡していましたが、このSSではまだ自分で持っております。


さて、ちゃんと40話で終わるかなっと。予定としては、4月に入るまでには完結したいなぁと。


では、また次のお話で会いましょう!^^



2010.1.24  雅輝