『もうすぐだ・・・!』
森の奥にある洞窟の最深部―――特殊な魔方陣が描かれているその部屋に、転移してきた一人の少女が佇んでいた。
『もうすぐ、那津音姉様に会えるんだ・・・!』
彼女―――式守伊吹は、その魔方陣の封印を解くに必要な、「鍵」と呼ばれる魔道書を片手で開き、気持ちを高揚させながらも集中する。
「ディア・ドゥム・オルノス・アルニス――――」
ビサイムを魔方陣に突きつけながら、朗々と詠唱を読み上げる。流石に難解な封印だけあって、詠唱はその魔道書数十ページに及ぶ。
しかし、この先に式守の秘法が眠っていると思えば、彼女はどんなに長い詠唱だって諳んじてみせるだろう。
何故なら、もうすぐ会えるのだから。
慕っていた、尊敬していた、大好きだった義姉に、もうすぐ会えるのだから。
「もうすぐです・・・那津音姉様!」
秘法を制御できると疑わない伊吹にとって、それは既に確定事項であり。
だから彼女は気付かない。―――今まさに自分が、妻を蘇らせようとした信哉たちの父と、同じ過ちを犯そうとしていることに。
はぴねす! SS
「Secret Wizard」
Written
by 雅輝
<35> 二人で歩む道
「「「「・・・・・・」」」」
屋上に残された四人は、張り詰めた空気の中で無言を保っていた。
特に、上条兄妹の緊張は色濃い。それは、雄真の実力を目の当たりにしてしまったからに他ならないのだろう。
そして春姫もまた、戸惑いを隠せずにいた。先ほどは下がっていてくれと雄真に言われたが、今度は一対二。
彼を好きな者としては、何としても加勢はしたい。しかし、先ほど見た雄真のレベルの高さが、微かな躊躇いを生んでいた。
「・・・ふう」
そんな中、雄真はため息を吐いた。それは、呆れや嘆きを含めたもので。
「なあ、二人とも。ここは退いてくれないか。俺は伊吹を追わなきゃいけないんだ」
「・・・断る。伊吹さまの力になることこそ、我らが使命」
「たとえ小日向さんでも、お通しするわけにはいきません」
その凛とした回答も、雄真にとっては予想の範囲内。
「・・・その志は立派だと思うよ、本当に。でもな―――」
だけど、だからこそ―――心を鬼にしなければならない。
「―――話にならないんだよ」
その言葉と共にアリエスは振るわれ、先ほども猛った天蓋魔法がまた光り輝く。
“ピッシャーーーーーーーーンッ!!!”
それはまさに、迅雷の一矢。
空気を裂く独特の音が聞こえたかと思えば、次の瞬間にはその雷の矢が寸分違わず、1mも離れていない信哉と沙耶の間を駆け抜けていた。
反応すら出来ない速度。それは雄真が威力を抑え、速度に集中した一撃を放ったからだが―――裏を返せば、そこまで破砕の雷を制御できるということ。
「もう一度言う。退いてくれ、二人とも。偽善と呼ばれても構わない。俺は・・・俺も、伊吹をただ助けたいだけなんだよ」
その言葉に、春姫はハッとする。
そうだ、自分は何を構えていたんだろうと。何を躊躇っていたんだろうと。
『変わってない・・・小日向くんは、あの頃のまま何も変わってない』
今も昔も―――心優しい魔法使いで居てくれた。
『だったら私も―――変わっちゃいけない』
あの頃の、彼に憧れた自分を忘れてはいけない。
彼のような魔法使いになるって決めた。今もまだ追いつけてはいないけど、せめてその背中を追えるような存在になりたい。
「――――っ」
迷いを、躊躇いを、息と共に短く吐き出す。意志を込めた双眸を瞑り、自らのワンドをギュッと握り締めた。
本人は気付いていないかもしれないが―――その姿は、雄真と同等なほど凛とした「魔法使い」であった。
『・・・まったく、敵わぬな。小日向殿には』
「伊吹を助けたい」という雄真のその言葉を聞いて、上条信哉は内心で苦笑した。
魔法使いとして、その差は歴然。だがそれ以前に、小日向雄真という男の人間性に―――敵う気がしない。
主従という鎖に縛られた自分たちと、皆が幸せになれる道を我武者羅に目指す雄真。
彼のことは、クラスメイトとして信頼している。まだ過ごした時間は短いが、彼の周りに自然と人が集まるのはきっとそういうことなのだろう。
だがそれと、主命に逆らうことは話が別だ。
確かに昔は、父がしでかした過ちの贖罪という想いが強かった。
でも、今は違う。異分子と呼ばれ続けた伊吹が、認められるためにどれほど努力をしてきたか、痛いほどに知っているから。
だから、自分は―――自分たちだけは、伊吹の味方でいようと決意した。負い目だけではない、本当の主従として。
「小日向殿、その気持ちは有難く思う。だが・・・すまない」
万感の想いを込めたその言葉は、悲しい響きを以ってその場に舞う。
「もう我等は、後には退けぬのだ」
信哉がその言葉と共に、風神雷神を起動させた。雄真の合成魔法と同じ破砕能力と、抵抗能力を併せ持つ式守家の式杖を。
「兄様・・・」
そして妹もまた、兄の決意に自らの決意を重ね、サンバッハを構えた。たとえそれが、本意ではないとしても。
「上条さん・・・」
「小日向さん。貴方の言葉に嘘偽りがあるとは思えません。しかし・・・それでも我々は、伊吹様の道となります」
普段の控えめな印象からは掛け離れた、凛とした強い言葉。だから、雄真は悟ってしまう。もう、説得は無駄なのだと。
「・・・くっ」
悔しさに唇を噛みながら、雄真がアリエスを構えようとした―――そのときだった。
「待って、小日向くん」
まるで時を止める魔法でも掛かっているかのように。その朗々と紡がれた澄んだ声は、自ずと三人の意識を一人の少女に集中させた。
「上条君たちは、私が止める。だから小日向くんは、式守さんを追って?」
「え、でも・・・」
雄真は突然のその提案に、戸惑いを隠せなかった。いくら春姫のレベルが高いとはいえ、相手は二人。しかも兄妹で、コンビネーションも抜群。
それでも、彼女の決意が篭った瞳と目が合ってしまえば、もうそれ以上言葉を紡ぐことは出来なかった。
「春姫・・・」
「あの日・・・私は誓ったの。絶対に、貴方みたいな魔法使いになってみせるって。だから、上条君たちが式守さんを助けるなら―――私は、小日向くんを助けたい」
ソプラノを水平に構え、雄真の前に立つ。そして深呼吸をして、春姫はとびっきりの笑顔でこう告げた。
「私も、雄真くんと同じ道を歩きたいから」
「―――――」
その笑顔に中てられたように、雄真は咄嗟に言葉が出なかった。ともすれば強烈過ぎる殺し文句と、初めて呼ばれた自身の名前。顔が赤くなるのを自覚しつつ、雄真は必死に平静を保つ。
「・・・わかった。俺も春姫を信じるよ。だから―――絶対に無茶だけはしないでくれ」
「うん。雄真くんも」
ワンド同士をコツンと当てて、微笑み合う。熟年の夫婦のように息の合っている二人を微笑ましく思うものの、上条兄妹は易々と雄真を見逃すわけにはいかなかった。
「エル・アムダルト・リ・エルス―――――」
春姫の背中を見つめながら、雄真は詠唱を開始した。紡ぐは転移魔法。伊吹が居るとすれば―――以前魔方陣があった、森の奥のあの洞穴だろう。
「行かせません! ―――幻想詩、第三楽章、天命の矢ッ!!」
「うぉぉぉおおおおおおおおおおお!!」
転移魔法はかなりの精神力と集中力を伴う魔法であり、それは距離に比例する。だから、上条兄妹が詠唱中の雄真を狙うのは必然。
だが―――――。
「させない!!」
完全な無防備状態だというのに、雄真は詠唱をやめようとはしなかった。その信に応えるように彼女が―――瑞穂坂の才媛が、躍動する。
「エル・アムディクト・アムレストッ!」
まずは3音で構成した魔法障壁を雄真の頭上に設置。今までの戦いで計算していた「天命の矢」の威力を、ギリギリ防げる魔力量をその障壁に込める。
自らの障壁が沙耶の魔法を防ぎきるのはわかっているかのように、春姫は流れるように次の動作に移った。
「ディア・ダ・オル・アムギアッ!!」
突貫してくる信哉に向けて捕縛魔法を仕掛ける。この数秒の間における魔法の切替えは、雄真ですら及ばない領域。柔軟な思考を持つ春姫だからこそ可能な、まさに天賦の才。
「こんなもの、効くものか―――っ!」
「うん、わかってるよ」
魔力による黒色の蔦を切り払う信哉に対しても、春姫はあくまでも冷静。想定の範囲内だと言わんばかりに、既に次の魔法が完成しつつあった。
『そんな・・・早すぎるっ』
捕縛魔法に意識が向いている信哉に放たれた、複数の魔力弾。それらを「混迷の森」で何とか防ぎながら、沙耶は内心で臍を噛んだ。
春姫の魔法はその完成度の高さに目を奪われがちだが、その真骨頂は前述の通り、瞬時の魔法切り替えにある。
通常、魔法を使った後に違う属性の魔法へと移るには、数秒の時間を要する。それは魔法を操る屋台骨となる脳が、「属性」という意識を分割して考えられないためだと言われている。
合成魔法が良い例であり、雄真はアリエスというもう一つの脳を用いて完成させた。
歴代の合成魔法使用者も、雄真と同じようにワンドに頼る者がほとんどであり、よほど酔狂な者は自らの脳を改造してでも用いたとされている。
だが春姫は、昔から脳を並列作業させるのが得意だった。
程度の差こそあるもののそういった者は少なくなく、かの聖徳太子が十人の話を一度で聞き分けられたのも、その脳の並列作業が非常に上手かったことから、誇張されて伝わった逸話なのではないかという説もある。
つまり春姫は、魔法を使っている最中も次に使う魔法を分割思考出来ているため、他の魔法使いならば数秒を要する魔法の切り替えを、コンマ数秒で可能とする。
「―――カルティエ・ラ・アムティエト!!」
果たして、雄真の詠唱は完成し、その姿が音も無く消え去る。結局十数秒の間、信哉たちは雄真に攻撃するどころか近づくことすら出来なかった。
「兄様・・・」
「ああ。神坂殿の力を侮っていたわけではないが・・・以前とはまるで別人のようだ」
「・・・」
信哉の呟きを耳が拾い、春姫は軽く苦笑した。
あの時も手加減していたつもりは毛頭ない。ただ、「瑞穂坂学園を守る」という曖昧な意志の下、戦いたくないクラスメイトと惰性で戦っていただけ。
でも今は、まるで違う。この胸には、ワンドを握り締める手には、明確な意志と決意が宿っている。
だから――――負けるわけにはいかない。
「・・・行くよ、ソプラノ」
【はい、春姫。・・・いいえ、マスター】
―――魔法使いとして大きな成長を遂げた主人に、ソプラノは初めての呼称で応えてみせた。
36話へ続く
後書き
どもー、雅輝です。SWの最新話を投下します。
何とか年内に書けて良かった・・・^^; 次はどう考えても新年ですがががが。
さて、ここ数話ですっかりとエアヒロイン化していた春姫ですが、ここにきて躍進を見せました。
瞬時の魔法の切り替え。それこそが、春姫の武器です。
これは前々から考えていた設定で、本編でも春姫には「コレ」といった特色が無いことから作りました。
そこまで無理やりな設定ではないと思うのですが・・・どうでしょ?^^;
次回、さらに物語は加速していきます。やっぱり40話完結かなぁって感じです。
それでは、皆さま。良いお年を〜〜^^