「“みんなを幸せに出来る、すごい魔法使い”だよ」

威風堂々。そんな表現がピッタリと当てはまるほど毅然とした態度で言い放った雄真の背中を、春姫は夢現な気持ちで見つめていた。

―――同じだ。

それはあの日と、まったく同じ光景だった。自分を守るために現れた逞しい背中と、眩いばかりの魔力光。

―――あぁ、やっぱり。

春姫は確信する。勘違いなんかじゃなかったのだと。自分の気持ちは、昔からずっと「彼」だけに向いていたのだと。

不思議と、驚きは少なかった。それ以上に、心臓が大きく高鳴っている。

『小日向くんが・・・雄真くんが、好き・・・』

春姫のその想いは、一層深いものとなっていった―――。





はぴねす! SS

            「Secret Wizard」

                             Written by 雅輝






<33>  雄真の本気





夕暮れの屋上では、二人の魔法使いが対峙していた。

互いに、幼少時には「天才」「神童」と賞されるも、それに驕らず研鑽を続けてきた者同士。自らの信念に真っ直ぐなところもまた、似通っていた。

ただ違うとすれば―――その生き様だろうか。





「小日向雄真―――貴様、普通科ではなかったのか」

「いや、それは間違っていない。俺は紛れもなく普通科だし、魔法使いであることを隠していたのも意図してのことだしな」

「その意図とやらを聞こうか。今こうして、私にワンドを向けている理由も含めてな」

「それなら、一言で済むな。―――お前を止めるためだよ、式守伊吹」

「・・・ふん、何を言い出すかと思えば。いきなりしゃしゃり出て、あまつさえこの私を止めるだと?」

「ああ、それが那津音姉さんの遺志だからな」

「―――っ! 黙れ!!」

ピリピリとした舌戦から一転、爆発した伊吹の感情を表したかのような魔力弾が、雄真に放たれる。

まだ強化魔法の効果が持続していた脚力で春姫を抱きながら離脱すると、雄真は苦笑を浮かべた。

「まあ落ち着けって。俺もお前に聞きたいことがある」

「・・・ちっ」

伊吹は今の雄真の身のこなしで、少なくとも一筋縄ではいかない相手だと悟ったのか。ビサイムを下ろし、鋭い目線で続きを促した。

「なぜそこまでして、式守の秘宝に拘る?」

「知れたこと。私が当主であることを証明するためだ」

「それを、那津音姉さんが望んでいないとしても、か?」

「―――っ、知ったような口を! 姉様は私が当主になることを望んでいた! 貴女なら立派な当主になれると言ってくれたのだぞ!!」

「やっぱり勘違いしてるんだな。那津音姉さんは―――」

「もういい! これ以上の問答は不要だっ!!」

その言葉の通り、再びビサイムを構えた伊吹は詠唱を開始する。雄真はさらに説得しようとしたが、相手の魔力が膨れ上がるのを感じて仕方なく防御を選択した。

「――ラ・ディーエ!!」

「――ラティル・アムレスト!!」

詠唱が終わると同時に、弾丸のごとき凄まじいスピードで黒色の魔弾が発射される。咄嗟に雄真が築いた障壁に接触してもなお、その勢いは留まらない。

『く―――っ、さっきより強い!』

ある程度予想していたことではあったが、やはり先ほど反射出来た魔力弾は加減されていたらしい。

アリエスの協力もあり何とか凌ぐと、雄真はその背中に庇っていた春姫に呼びかけた。

「・・・春姫、ちょっと離れててくれないか?」

「で、でも―――っ」

「頼む・・・」

「・・・うん」

今までの一連のやり取りで、雄真と伊吹の実力が分かったからこそ。春姫は雄真の頼みに、渋々ながら頷いた。

『―――アリエス、いけるか?』

【もちろんです、マスター。私も、マスターの本気を出せるこの日を楽しみにしておりましたから】

『・・・ああ、そうだな』

思えば、自身のマジックワンドにも窮屈な思いをさせてきたものだ。

ワンドの生成時から会話が出来たほど、高性能なアリエス。だというのに、使う魔法はほとんどが初歩的なもの。宝の持ち腐れもいいところだった。

そして――そんなフラストレーションを溜めこんでいたのは、アリエスだけでなく雄真も同じ。優秀な相棒の力を最大限引き出してやれない自分が、歯痒かった。

でも、もう我慢しなくてもいいんだ。

今まで自分と共に在った相棒のためにも。今こそ、自身の「本気」を出すときだ。

「―――行くぞ、伊吹。俺は、必ずお前を止める」

「ふん、戯言を!」

言葉と共にぶつかり合った互いの魔力弾を合図に―――雄真と伊吹による、真剣勝負が幕を上げた。





「すごい・・・」

雄真の言葉どおり後ろに下がっていた春姫は、眼前の魔法合戦に圧倒されたように、ただそう呟いた。

春姫とて、全国でも有名な瑞穂坂で才媛と呼ばれるほどの実力の持ち主だ。そんな彼女を以ってしても、それ以上の言葉は出て来ない。

両者が繰り出す魔法に、ClassC以下など存在しない。ほとんどがClassB、時折ClassAさえ飛び交うようなこの場所は、学園の屋上としては明らかに異常だ。

春姫自身も念のため自身を守るための防壁を張ってはいるが、ClassAの魔法の前では気休め程度にしかならないだろう。

それをあの二人は、かわし、いなし、時には真正面から障壁で受け止める。相手の数手先まで読んでいるかのような二人の動きは、見ていて感嘆の吐息すら漏れそうになった。

「ラティル・ファルナス!」

詠唱破棄により二音で発動した強化魔法を再度脚に掛け、雄真が伊吹の背後を取る。

だが、そのまま打ち出した魔力弾が打ち抜いたのは、伊吹によって創り出された幻影。本物は、浮遊魔法で雄真の頭上に浮かんでおり、既に詠唱に入っていた。

「―――ラ・イグニファス!!」

重力操作。数トンもの水塊を持ち上げるほどの伊吹のそれは、練り上げられた魔力量でいえばClassAにも届く代物だ。

そんな魔法を、雄真のいる範囲を狙って「逆」に掛ける。つまり、重力に逆らうのではなく、さらに重力を重く濃くするベクトルに。

その魔法は、間違いなく雄真の体を屋上のアスファルトに磔るはずだった。―――だが

「―――ディ・ラティル・アムフェイ・レイナ!!」

【―――アス・ルーエント・ラナ!!】

易々とそれを許す雄真とアリエスではない。

雄真が唱えたのは、伊吹と同じ重力操作魔法。だがその効果は加圧ではなく減圧。つまりは物体を空へと浮遊させるべく、重力に逆らう魔法。

そしてアリエスが唱えたのは、マスターの魔法を補佐する増幅魔法。これにより、伊吹の加圧魔法にも対応出来得る魔力を補う。

“フィィィィィィィィィィィィィンッ!!”

重力と重力がぶつかり合う高音が耳を劈く。雄真はその音に顔を顰めながら、伊吹の魔法が及ばない範囲まで、一気に跳躍した。

「・・・今のを防ぐか。なるほど、どうやら口だけではないようだ」

「そっちこそ、流石は式守家の次期当主ってところか。今のはちょっとヒヤッとしたよ」

「ふん、心にも無いことを・・・まだ本気を出しておらぬくせに」

「それもお互い様だな。じゃあ、そろそろ腹の探り合いはやめようか」

交わす言葉は軽快にして剣呑。しかし春姫には、どこか二人とも楽しそうに思えた。

『それにしても、まだ本気じゃなかったなんて』

改めて思う。彼らは、自分たち学生とは一線を画した存在なのだと。

「・・・がんばって、雄真くん」

ただ見ているだけの自分に歯痒さを感じながらも、春姫は小さな声で好きな人を激励することしか出来なかった。



『それにしても―――伊吹の魔法はなかなか厄介だな』

距離を置いて睨み合う最中。対峙する彼女からは片時も目を逸らさないままに、雄真は念話でアリエスにそう呼び掛けた。

【そうですね。完全に属性特化型の術士ですから、マスターとは相性が悪いかもしれません】

属性特化型―――それは臨機応変にその場に合った属性を使う普通の魔法使いとは異なり、ただひたすらに一つの属性を極めし者。

例えば、伊吹の場合は闇属性。闇属性の魔力弾を放ち、闇属性の障壁を築き、闇属性の強化魔法を扱う。

他の者が他の属性に四苦八苦する中も、闇属性を扱う訓練が出来る。何度も何度も反復することができる。だからこそ、強い。

しかし、所詮は他属性の魔法。本来なら光属性で形成される障壁などは、闇と対極に位置するため創り出すことさえ困難とされる。

これが、現代の魔法界において属性特化型の魔法使いが稀有であることに繋がるのだが―――それを補うのが、魔法のセンスに他ならない。

その点では、伊吹は目標としている那津音さえも凌駕していた。それは森での戦いのとき、雄真の天蓋魔法を闇属性の障壁で防いだことからも覗える。

だからこそ、全ての属性をオールマイティに扱おうとする雄真にとって、この上なく相性が悪い。光属性の防壁は効きにくくなるし、闇属性の魔法では競り負けてしまう。

先ほどの重力対決にしても、アリエスと力を合わせても伊吹の魔法を一瞬緩和するだけで精一杯だった。だからこそ、すぐに魔法が及ぶ範囲から離脱を図ったのだ。

とはいえ―――いつまでも手をこまねいているわけにはいかない。そして、打開策とも呼べる切り札を、雄真は既に持っている。

『さて、次の一手は―――』

【天蓋魔法、ですね?】

そう確認するように訊ねてくる相棒に、雄真は笑みを浮かべながら頷く。

巨大な魔方陣を空に浮かべて、魔力弾製造機として地上を蹂躙する、ClassAの魔法。

森での戦いにおいて、一度は伊吹に防がれた魔法だ。しかし、今回は前回のものとは少し異なる。

『合成魔法―――使うのは何年振りだろうな』

【この魔法は目立ちますから。でも―――】

『ああ。・・・もう気にする必要は無い。思い切り行くぞ、アリエス』

【はい。マスターの本気、しかと受け止めてみせましょう】

頼もしい言葉を発する相棒を、しっかりと構える。そして自身の深層心理を探るかのように、深く長く遠く―――集中する。

「何だ、この魔力は―――っ!? ちっ!」

全身が粟立つような、自身もほとんど経験したことがない魔力量を目の前にし、伊吹が舌打ちと共に詠唱を開始する。

だが。彼女の魔法が完成する一瞬前に、雄真の詠唱が完了していた―――。



「―――カルティエ・エル・アダファルス・ラト・シルフィスッ!!」



34話へ続く


後書き

最近すっかりと不定期更新となっております、雅輝です^^;

何かすげーやる気が起きないんですよねぇ。無気力というか。五月病の十一月Verみたいな(?)


まあそれはともかく。今回は伊吹とのガチンコバトルの様子を書いてみました。

余りにもレベルが高過ぎる二人。春姫も、一人で上条兄妹を相手取ることができるほどの実力を有しているのですが、それでもこの二人の前では蚊帳の外。

時折交わす、二人の舌戦にも注目して頂けたら、と思います。


ではは。今度はちゃんと週末に更新出来ることを願って(笑)



2009.11.17  雅輝