「いよいよね・・・」

「ああ・・・」

静かに言葉を交し合う親子。まだ始業前の鈴莉の研究室では、二人によってかつて無い緊迫した空気が作られていた。

「もう雄真くんと神坂さんの力はほぼ快復した。それはつまり、あちらも同じということ。今日――遅くても明日には仕掛けてくるでしょうね」

「十中八九、間違いないと思う。向こうは焦ってるみたいだし、今日は職員会議があって午後は半休。会議には母さんも出席しなくちゃいけないとくれば、絶好の機会だろ」

「そうね。もちろん、大きな魔力反応が起こればすぐに駆けつけるつもりだけど・・・それでもラグの間は、雄真くん達にお願いするしかなさそうだわ」

「うん。・・・でも、その話だけで呼んだんじゃないんだろ?」

「・・・やっぱり分かる?」

「まあね。伊吹たちがいつ来るのかも分からないような状況で、わざわざこうして呼ばれたんだ。それ以上の意味があるって勘繰るのが普通だよ」

苦笑する雄真に対して、鈴莉もまた困ったような顔をした。その表情は、未だ言うべきかどうか悩んでいるようにも見える。

けれどやがて覚悟を決めたのか、母親としてではなく魔法使いとしての表情で口を開いた。

「・・・神坂さんのことなんだけど」

「うん?」

「彼女にくらいは、正体を明かしてもいいのではないかしら」

自分が他人への口外を禁止しているから、ということではもちろん無い。ただそれを今更、他でもない自分が持ち出すのはどうかと思えて、なかなか切り出せなかったが。

いくら鈴莉の言うことでも、彼女の息子はその場で臨機応変に動ける、聡い魔法使いに成長している。

そして今のこの状況。すぐにでも伊吹たちとの直接対決があるかもしれないというのに、パートナーである春姫に明かしていないというのは、明らかにおかしい。

それはつまり、今のこの状況を雄真自身が望んでいるということだ。

「――今はまだ、話さない」

「話せないではなく、話さないなのね?」

「・・・ああ」

「そう・・・ふふっ」

「?」

突然安心したように微笑んだ母に、雄真の頭に疑問詞が浮かぶ。

久しぶりに見た息子の呆けた顔に、鈴莉は苦笑しながら「ごめんなさい」とひとつ置いてから。

「魔法使いとしては残念だけど・・・母親としては嬉しいかしら。神坂さんとは上手くいっているようで何よりだわ」

「な―――っ! 何でそんな話になるんだよ!!」

「あら、神坂さんに話せないのは、彼女を特別視しているからでしょう?」

「それは・・・」

違う、とは言い切れない。未だに彼女に打ち明けられない理由は、間違いなく過去の思い出が尾を引いているからだ。

そして過去だけでなく、今の春姫を特別視しているのも、また事実だった。それはもう昨日、商店街の路地裏で嫌というほど思い知らされたから。

「もうここまで来たからには、雄真君の判断に任せます。ただし・・・後悔だけは、しないようにしなさい?」

「うん・・・わかった」

鈴莉のその慈しむような声に、雄真は素直に頷く。



そうして、始まる。魔法使いである小日向雄真を今まで縛り付けてきた、運命の一日が―――。





はぴねす! SS

            「Secret Wizard」

                             Written by 雅輝






<31>  春姫の決意





「勝負よっ、春姫!!」

雄真が始業前の教室に入ると、もはや聞きなれた声と台詞が耳に飛び込んできた。

チラホラと来ている他の生徒も、普通科魔法科問わずもう慣れてしまったようで、「何だ、またか」といった様子でまたそれぞれの世界へと戻る。

唯一違っていたのは――杏璃に挑戦状を叩き付けられた張本人であるはずの、神坂春姫その人だけであった。

「・・・」

普段なら決して見せないであろう、気の抜けた表情。敢えて表現するならば「ぽへーーーー」といったところだろうか。

そして杏璃を無視するということもまた、普段の彼女ならばあり得ないことであった。

「・・・ちょっと、春姫?」

杏璃が訝しげに問うと、春姫はハッと気づいたように周りを見渡し。

「―――っ」

その過程で雄真の姿を収めてしまい。

「・・・! ・・・!」

あたふたと赤面したかと思えば。

「・・・・・・」

そのまま赤面した顔を隠すように、俯いて静かになってしまった。

「・・・?」

異様とも言える親友の行動に流石の杏璃も驚いたようで、雄真に目で訴えてきた。

『なにこれ、どうしちゃったの?』

『さあ、俺にも分からん』

即席のアイコンタクトを交わすも、異性との交際経験が無い鈍感な二人に、今の春姫の状況を理解することは出来なかった。





『あぁ、どうしよう・・・。絶対に変に思われたよね?』

一方で春姫はというと、顔を俯かせつつ自分の取った行動に軽く落ち込んでいた。

いくらなんでも、過剰に意識しすぎだ。雄真と一瞬目が合っただけで、これほどまでに狼狽してしまうなんて。

『だって、しょうがないじゃない・・・』

春姫は誰に言うでもなく、心の中で拗ねてみせる。

それほどまでに、昨日唐突に贈られた彼からのプレゼントは、春姫の心を揺さぶっていた。

『・・・』

チラリと、今日何度目か分からない盗み見で彼を視界に入れる。そのたびに感じるのは、幸福感と“既視感”だった。

『・・・既視感?』

自分で自分の考えに疑問を覚える。――何故、と。

『小日向くんとはあの公園で初めて会ったはずなのに・・・』

女の子が意地悪されていたあの公園で、自分と共に男の子たちを諌めた男子学生――それが最初の出会いだったはずだ。

それを今更、既視感はおかしいだろう。そう、それではまるで――――。

『――――っ!!』

カチリと、頭の中で今までの様々な事柄が嵌った気がした。ずっと解けなかった、ジグソーパズルのように。

『やっぱり、小日向君が・・・?』

それは何度も可能性として考え、そして破棄し続けてきたものだった。

“小日向雄真が、あの時自分を救ってくれた少年なのではないか?”

その疑問は、これまでは断片的に、その場その場で思ってきたことだった。

でも、今は違う。これまで思ってきた全ての疑問を重ねれば、その可能性はこれほどまでに色濃くなった。



――雄真の義妹であるすももとよく一緒に遊んでいたのも、あの公園だった。つまり、彼もあの近くに住んでたということ。

――公園で女の子がいじめられてたとき。“偶然にも”彼の手にチョコが収まった瞬間、ソプラノは瞬間的に魔力を感知していた。

――杏璃が教室で魔法を行使しようとしたとき、彼は教室にいなかった。その後で彼女を叱った彼は、詠唱段階だったその魔法を「攻勢魔法」と断言した。

――Oasisでウェイトレスが転倒しそうになったとき、確かに第三者の魔法が存在した。周りには、それを成せそうな人物は見当たらなかった。

――そして、何より。



『彼の笑顔は・・・あの幼い日の男の子の笑顔と重なる』

あれから何年もの時を経て、だいぶ記憶も劣化しつつあるが、彼の笑顔だけは忘れたことがない。それほどまでに、春姫の心に強く刻み込まれていた。

そしてそれは、今の彼と公園で初めて会ったときに、春姫が抱いた印象でもあった。

『・・・やっぱり、これも私の願望なのかな』

以前も同じような考えに至ったことがあった。あの時は、自身の望みが“勘違い”をさせているのと断じた。

でも、もし勘違いなんかじゃなかったら? 仮に彼があの時の少年で、だとすれば自分はどうするのか? 何をしたいのか?

『私は―――』

悩んで、悩んで。授業が過ぎ去るのも気にせず、教師の言葉も聞き流し、悩み続けた春姫は――決意する。

「――――」

昼休みに、普段はあまり使われない携帯電話を取り出す。電話帳から呼び出すのは、昨日のデートの時に交換していた、彼のメールアドレス。

操作して、文章を打ち込んで、その短い文章を何度も確認して―――震える指先で、送信する。

ただ一文だけの文章に、様々な想いを込めて。



“放課後、屋上で待ってます。”



32話へ続く


後書き

こちらは久しぶりの更新、SWの31話をUPしました〜^^

今回は少し短いですが。まあ最終章の導入編ということで。次回は急展開を見せるかも?


今回は春姫の気持ちを中心に。今まで何度も否定してきた矛盾と、彼女はついに向かい合う覚悟を決めました。

定まった心で、彼女が出した結論とは――――?

ではでは、また次話で〜



2009.10.11  雅輝