「小日向くん、こっち!」

「おう!」



「春姫、こっちだ!」

「うん!」



瑞穂坂学園に程近いこの商店街は、休日ということもあり多くの人で賑わっていた。

そんな中、雄真と春姫は自然と手を繋ぎ、クネクネと蛇行して人波を器用に避けながら、追っ手を振り切ろうと疾走する。

「待ちなさーーーーいっ!!」

だが準と杏璃──特に金髪のツインテールはなかなかしつこい。もはや半ば意地になっているのだろうと、杏璃の負けず嫌い加減を知っている春姫は思った。

「タマちゃん、GO♪」

「あいあいさ〜〜」

「どわあああああっ!」

しかもいつの間にか追っ手の中に紛れ込んでいた小雪によるタマちゃん攻撃も、厄介極まりない。二人して何とか避けているものの、確実に足止めを食らっていた。

『このままじゃ、捕まるのは時間の問題だな』

捕まっても別にどうということは無いだろうが、春姫はそれを望まないようだ。それに、このようなストーカー紛いのことをされては興が削がれるのも事実。

『こうなったら、意地でも逃げ切ってやるか!』

幼い頃によくした、鬼ごっこを楽しむような高揚感。

それを少なからず感じながら、雄真はもう一度距離を開けるべく、春姫と並走しながら足に力を込めた。





はぴねす! SS

            「Secret Wizard」

                             Written by 雅輝






<30>  友達以上恋人未満な二人(後編)





『あぁ、どうしてこんなことになったんだろう?』

ぼんやりとした思考の中、雄真は現実から逃避するように空を見上げた。憎らしいほどの青空だった。

「んっ・・・」

春姫の甘い吐息が、首筋をくすぐる。その学生にしては豊かすぎる胸は雄真の胸板にピッタリと押し付けられ、互いの心音が聞こえるほどであった。

「──っ!」

一瞬理性が飛びそうになるも、持ち前の精神力で何とか繋ぎとめる。あぁ、しかしこの体勢は危険すぎる。

「ご、ごめんね小日向くん。苦しくない?」

「い、いや・・・春姫こそ、大丈夫、か?」

雄真は自分でも声が上擦っているのが分かったが、春姫はコクンと頷くだけで追求しようという気は無いようだ。

だが自分の位置から見える彼女の肌が、うなじが、桜色に染まりつつあるのは決して気のせいではないだろう。自分もそうだからだ。

『天国だけど、地獄だ・・・』

落ち着けと自分に何度も言い聞かすも、焼け石に水ほどに効果が無い。女性に慣れてはいるものの、直接的な接触の免疫が無い雄真にとって、彼女の柔らかい肢体はまさに未知の感触だった。

【あぁ、青春ですねぇ・・・】

『しみじみと呟かないでくれますか、アリエスさん』

念話でツッコミを入れるも、この状態ではアリエスの魔法の力を頼ることも憚られる。目の前に、隠し通したい相手がいるからだ。

雄真は嘆息しながらも、気を紛らわすように心の中で素数を数え始めるのであった。





『ど、どうしよう? 私ってば勢いに任せて何てことを・・・』

一方の春姫も、彼の手を引いてこの路地裏に隠れたことを後悔していた。

予想以上に狭い路地裏。しかし徐々に距離を詰められつつあった状況で焦っていた彼女は、角を曲がったところに見つけたそこに一目散に飛び込んだ。

その後は語るまでもない。雄真同様──いやそれ以上に異性に免疫が無い春姫にとって、今の状態は本当に顔から火が出そうだった。

『でも、今ここで騒いだりしちゃったら・・・』

杏璃たちはまだ周辺をうろついているようで、時折彼女の「どこ行ったのよー!!」という悔しげな声が聞こえてくる。

だから、まだ出るわけにはいかない。──出るわけにはいかないのだけれど。

『あっ・・・小日向くんもドキドキ言ってる・・・』

自分の心音かとばかり思っていたら、いつの間にか彼のものも混じっていたらしい。

『小日向くんも、緊張しているの?』

そう思ったら、ますます顔が熱くなってしまった。こんな感情は、初めてだった。

『あぁ、やっぱり・・・私は、小日向くんのことが・・・』

ぼんやりとした思考の中で、そんなことを思った。だが杏璃の声が徐々に遠ざかっていくのと同時に、その思考はふと途切れる。

「・・・?」

見れば、雄真が体を離して外を覗き込んでいた。自分の体から逃げていった彼の熱が、何故か今は口惜しく感じる。

「・・・もう大丈夫みたいだ。一旦、外に出ようか」

まだ顔を赤くしている雄真の言葉に、春姫は「うん」と一言頷くので精一杯だった。先に出た雄真の後を、おずおずとついて行く。

「あぁ、青春ですねぇ・・・」

図らずもアリエスとまったく同じとなったソプラノの呟きは、今のいっぱいいっぱいな春姫の耳には届かなかった。







「今日はありがとう、小日向くん」

「いや、こちらこそ。楽しかったよ、春姫」

空が綺麗な橙色に染め上がり、まだ遊んでいる子供たちの帰宅を促す頃合。春姫を学生寮の前まで送ってきた雄真は、彼女の言葉に心からそう答えた。

途中で杏璃たちの尾行を撒くというちょっとしたハプニングも起こったが、それも含めて充分に楽しい一日だったと言えるだろう。

あの路地裏から抜け出した後は、主にウィンドウショッピングしかしていないが。二人で歩いていて雑談が途切れることは無かったし、肩同士の距離も自ずと縮まっていた。

だから互いに、気付かない。二人の心がかなり近づいたことにも。それが、あまりにも自然すぎたから。

「あっ、そうだ。コレ・・・」

雄真が思い出したように、ポケットから包みを取り出す。大きさは、野球ボール大といったところだろうか。

「え?」

「開けてみて」

「う、うん・・・」

自分でもよく分からない緊張に胸をドキドキさせながら、包みを解いていく。

「あっ――、かわいい・・・」

プレゼント用の包装紙からひょっこりと顔を出したのは、つぶらな瞳が愛くるしい純白のふくろう―――の置物。

先ほどのウィンドウショッピングの際、春姫に勧められて入ったセレクトショップで、こっそり彼女には内緒で買った代物だった。

「これを、私に・・・?」

「うん。そういえば、ホワイトデーにお返ししてなかったしさ。今日の記念ってことで、貰ってくれないか?」

春姫はコクコクと精一杯頷きつつ、もう一度手元のふくろうと目を合わせる。

手のひらサイズの丸い体型。セレクトショップで買ったくらいなのだから、決して高い代物ではないはずなのに、どうしてここまで心が惹きつけられてしまうのだろうか。

今の春姫の心は、嬉しさで溢れていた。

「ありがとう、雄真くん!」

だから、その感情がそのまま表に出てしまった。嬉しげな満面の笑みと、「雄真」という心の中でしか呼んだことのない彼の名前が。

「え・・・あっ・・・う、うん」

―――尤も、春姫の笑顔に完全に見惚れていた雄真が、その意味に気づくことは無かったが。







「〜〜〜♪」

女子寮の一室。パジャマ姿の春姫は、入浴後の髪を乾かすのもそこそこにベッドに横になっていた。

とはいえ、まだ眠る気はない。足をパタパタと動かしてうつ伏せの姿勢のまま雑誌を読み―――。

「・・・ふふっ」

そして思いだしたかのように、ベッドサイドの白ふくろうに触れる。そのくちばしの部分をチョンと突き、帰って来てからすぐに付けた名を呼んだ。

「ユ〜ウくん♪」

ユウくん。それがそのふくろうの名前。何が由来なのか、問い詰められれば誤魔化し切れない名前だ。

それでも、春姫は雄真に問われればこう答えるだろう。――「こ、小日向くんの名前から付けたんじゃないんだよっ?」と。

「・・・えへへ」

今この瞬間、「瑞穂坂の才媛」と呼ばれるほどの魔法使いはどこにも見当たらない。そこに居るのは、夢現な表情で「彼」からのプレゼントと戯れる、一人の恋する乙女だけだった。





―――後日、その日の手入れを忘れられたソプラノに、へそを曲げられてしまうのはまた別の話。



31話へ続く


後書き

どもども〜、雅輝です。少し遅れてしまいましたが、SW30話の掲載です^^

今回はデート編三部作の後編。――あれ、何だか甘いですよ?(笑)

雄真が魔法使いである設定もほとんど反映されなかった、ある意味貴重な一話となりました。まあたまにはこういうのもアリかと。

ジャンルとしては、一応「恋愛小説」ですからね。・・・恋姫と合わせて、最近忘れがちな自分もいますが(ぉ


今話で幕間も終了。次回からはまた本編に戻り、最終章がスタートします!

皆さま、どうか最後までお付き合いくださいませ〜。



2009.9.8  雅輝