空きっ腹を満たすべく、二人が入ったのは、全国規模で有名なファミリーレストランのチェーン店だった。

春姫の話によると、ここも最初から予定に組まれていたらしい。少々割高だが、味は普通のファミレスより格段に上、というのは彼女の言。

休日ということで店内は混み合っていたが、彼らは幸いにも待つことなく席に案内された。

「へぇ、じゃあここには結構来るんだ?」

「うん、だいたい杏璃ちゃんとだけどね。特にここはデザートの種類が豊富で──」

テーブル席に向かい合わせに座り、注文をした後はしばらく談笑を楽しむ。傍からはどう見てもカップルそのものなのだが、本人たちが気付いているとは思えない。

「結構いい雰囲気じゃない。流石は雄真、天然のジゴロね♪」

「それって誉め言葉なのかしら・・・。でも、ここからじゃ聞こえづらいわね」

そして当然のように彼らの後をくっついてきた二人組みは、店の都合上彼らとは少し離れた席に案内された。

流石に文句も言えるわけがなく、身を乗り出しての監視に留まっている。・・・そんな二人に奇異の視線が集まっているのは言うまでも無い。

「──宜しければ、お手伝い致しましょうか?」

「「きゃあっ!」」

突然掛けられた唐突すぎるその申し出に、二人から同時に短い悲鳴が上がる。

彼女たちの背後──つまり向かい合わせの席にはいつの間にか、そこに居るのがさも当然かのように微笑んでいる高峰小雪の姿があった。

「こ、小雪先輩?」

「はい〜、面白そうなことをしているので、二時間ほど前から尾行していました」

「ってそれ、ほとんど最初からじゃないですか!?」

「・・・そうとも言いますね」

「そうとしか言わない〜!」

「あ、杏璃ちゃん抑えて。雄真たちにバレちゃうから」

おそるおそる視線を向けてみると、丁度雄真と春姫の料理が出てきたところらしく、それに気を取られていてこちらには気付いていないようだ。

その様子に準は安堵の息を一つ吐くと席に座り直して、改めて目の前の謎多き先輩と向かい合った。

「・・・♪」

──まだ自分たちには注文が来ていないというのに、既に幸せそうにチキンカレーを食べているのは・・・突っ込んではいけないのだろう。

「そういえば小雪先輩、さっき手伝いをしてくれるって・・・」

「はい。私のタマちゃんには、盗聴機能も搭載しておりますので、近くまで転がせば上手く会話を拾ってくれるかと」

「お任せやで〜!」

「ちなみにそれって、普段は何に使う機能で──」

「それではタマちゃん、GO!」

準の疑問を華麗にスルーして、レストランの床を緑の物体が転がっていく。少し勢いが強いと思っていたが、流石は意思を持ったワンド、春姫の足元で見事な急停止を見せた。

「後は、これを耳に当てれば聞こえると思います」

そう言って小雪から手渡されたのは、紙コップ。よく見るとその筒から伸びた糸は、転がっていったタマちゃんの軌跡をなぞるように床に垂れている。

「あ、ありがとうございます」

ツッコミどころ満載な状況だが、何を言っても無駄な気がした準は素直にそれを受け取った。





はぴねす! SS

            「Secret Wizard」

                             Written by 雅輝






<29>  友達以上恋人未満な二人(中編)





「そういえば・・・前にも聞いたと思うけど、春姫はどうして魔法使いを目指したんだ?」

「え?」

緑の物体に盗聴されているとはいざ知らず。二人の会話が途切れた頃を狙って、雄真は前々から訊きたかった話題に移行した。

以前の共闘を通じて感じたこと。それは、春姫の魔法には何か信念めいたものが宿っている、ということだ。

もちろん、それは漠然とした感覚でしかない。それでも、雄真は時折、もう一人の自分がそこに立っているような、そんな感覚すら覚えていた。

だから、以前ははぐらかされた疑問を、ここで蒸し返すことにした。打算で春姫との距離を縮めたわけではないが、今なら話してくれるような気がしたから。

「・・・前は誤魔化しちゃったよね? でも何でだろう・・・今なら、話せる気がするの」

果たして、雄真の勘は当たっていた。心境の変化があったのか、春姫は「少し長くなるけど」と前置きをして話し始めた。

──雄真の記憶の底にも眠る、宝物のような幼少の頃の記憶を。





一人で遊んでいた砂場に、突然入り込んできた3人の男の子たち。こちらの静止の声には耳も貸さず、作っていた砂の城もあっけなく崩された。

涙まじりの抗議も、スカートを捲られてからは途切れてしまい。男の子たちに囲まれて、泣きじゃくることしかできなかった。

でも、そんな時。その男の子は現れた。まるでヒーローのように。「やめろよ」という凛とした声に、自身の嗚咽は止まっていた。

驚いた3人は、口々に立ちふさがった男の子を囃し立てた。だが彼は動じず。尚もしつこく続ける3人に、魔法を唱えた。

温かな光。春姫は今でも、それだけはハッキリと覚えている。その光が収束し、男の子たちが逃げていった後に見せてくれた、彼の笑顔と共に。

そして、二人は約束を交わす。目標は立派な魔法使い。「また会おうね」という、陳腐だが絶対に叶えたい約束だった。







春姫の話をタマちゃん越しに聞いていた準は、顔を伏せてそっと紙コップを机の上に置いた。

「・・・どうかしましたか、準さん」

「あっ・・・いいえ、何でもありませんよ」

「よーしっ、じゃあ次は私が聞かせてもらうわっ!」

杏璃が意気込んで紙コップを耳に当てる光景を眺めつつ、準は思考の海に浸かっていく。

『春姫ちゃんが、雄真の初恋の人だったのね・・・』

彼の昔の思い出に関して、準は一度だけ雄真から直接聞いたことがあった。もう数年も前の話になるが、雄真の話は優先的に脳内メモリーに格納されている。

その頃に聞いた話と、今の話。語り部こそ違うものの、同一の話と見て間違いないだろう。

『やっぱりお似合いだわ。これ以上に無いほどにね』

もはや清々しささえ感じる。雄真も嬉しいだろう、長年の想い人とこうして再会出来たのだから。

『・・・あれ?』

気付かれないように彼らのテーブルへと視線を向けて、準は首を傾げた。

──チラリと見えた雄真の表情は、嬉しいのか悲しいのか、判別に困る微妙なものであったから。







思い出に酔うように、饒舌に話す春姫とは対照的に、雄真は顔に出さないのが精一杯なほどの衝撃を受けていた。

『そうか・・・何で今まで気付かなかったんだろうな』

【雄真さん?】

もはや疑う余地は無い。彼女の話は自身の記憶と紛れも無く合致しているし、記憶の中の魔法の詠唱まで同じとなればまず間違いは無いだろう。

それに、今の彼女が付けているヘアピン。前髪をまとめているそれを、あの日も彼女は付けていた。

『いつの間にか、再会の約束は果たしていたわけか』

【・・・なるほど、春姫さんが雄真さんの初恋の少女だったというわけですね】

アリエスの合点に、『まあな』と苦笑する。まさに灯台下暗し。あれほど再会を待ち望んでいた少女が、まさかこんなにも身近に居たとは。

『でもまだ、俺は正体を明かせない』

【・・・もう明かしても問題はないと思いますが?】

確かに、もう秘法事件ではだいぶ優位に立つことが出来た。その上、春姫と共闘することを前提とするならば、明かしておいて損は無いだろう。それに、春姫の気持ちもある。

だが雄真のそれは、鈴莉やゆずはの言いつけとは全く別の部分で。

『俺はまだ、あの日の約束を果たせてはいない』

みんなを幸せに出来るような魔法使い。それが彼女に誓った、自分の姿。

今はまだその道中だ。だからせめて、この事件が大団円で終わるまで。伊吹を含めて、みんなを幸せに出来るまで。それが、彼なりのけじめだった。

【・・・雄真さんはこうなると頑固ですからね。私からは何も言えません。ただ───】

『ん?』

【私は、自分の信念に真っ直ぐすぎる男の子より、初恋の人に胸をときめかせている女の子を応援したいですけどね】

『・・・』

相棒の辛辣な助言に、雄真は困った顔で苦笑いを見せた。







「ふう、美味しかった♪」

自身が魔法使いになったきっかけも語り終え、話題が変わった後も雄真と食事を続けていた春姫は、デザートであるショートケーキの最後の一口を咀嚼して、満足げな息を吐いた。

『ん〜、でもまだちょっと足りないかも』

メインである料理を少なめにしておいた分、もう少し入りそうだ。それに今このレストランでは、春のイチゴフェアなるものを開催している。イチゴに目が無い彼女にとっては、もう一品食べたいところだった。

『いっか、頼んじゃお』

久しぶりに昔のことを誰かに話したからか、少し気分が高揚している。

『そういえば春姫って、イチゴが好きだったっけ』とお花見の時のことを思い出していた雄真の前で、ウキウキとメニューを開いた春姫の視界に───見たことがある、緑色の球体が飛び込んできた。

『――あれ? これって・・・』

大きさはサッカーボールより少し小さいくらい。光沢のある緑と、つぶらな瞳がチャームポイント。

糸のような細い糸でつながれているが、どこからどう見ても高峰小雪のマジックワンド、スフィアタムのタマちゃんだった。

「・・・」

嫌な予感を胸に抱きつつ、おそるおそるその糸の先を辿る。──糸の発生源であろう席に、見慣れた金髪のツインテールが見えた。

「こ、小日向くん。早く出ましょう!」

「え、え?」

未だに状況がわかっていない雄真は狼狽しながらも、春姫に急かされて飲んでいた食後のコーヒーを机に置く。

先の雑談の中で、抵抗する春姫を捻じ伏せて雄真が支払いをすることは決まっていたので、幸いにも会計に要した時間は数秒で事足りた。

「しまった、気付かれたわ! 追うわよっ!」

後ろから聞こえた杏璃の焦った声に、春姫は内心で『何で追ってくるの〜!?』と思いつつも、足を動かさずにはいられなかった。





『・・・あぁ、なるほど。柊と準のやつが尾行けていたのか。っていうか、アリエスなら杏璃の魔力を感知していたんじゃないのか?』

【いえ、このままの方が面白そうだななんて、そんなこと思うわけないじゃないですか】

『・・・』

最近相棒が悪戯好きになってきたように思えるのは、決して気のせいなどではないだろう。



30話へ続く


後書き

予定通り、SWの29話の掲載です〜^^

今回はデート編の中編。ファミリーレストランでの一幕となりました。

本編でもあったイベントですね。でもそれだけではなく、SecretWizardとしての進展もあったかと思います。

そう、とうとう雄真が、春姫が初恋の女の子だということを知りました。

原作では、雄真が知るのはさらにこの後なんですよね、確か。アレンジアレンジ〜。


というわけで、あまり動きの少なかった今話ですが。次回はある意味動き回るかと(逃走的な意味で)

そして次話で、幕間も終了です。丁度30話ですし、キリがいいですね。


それでは〜! ・・・どーでもいいけど、今回の主役はある意味アリエスさんだと思うんだ(ぇ



2009.8.23  雅輝