翌日の休日は、朝から快晴。気温も丁度良く、とても過ごしやすい気候となっていた。
「準のやつ、自分から誘っといて遅刻するってどういうことだよ・・・」
しかし、そんな気持ちの良い陽光を浴びながらも、携帯を眺めながら悪態を吐く青年が一人。小日向雄真は、待ち合わせ場所である噴水の前に立ち、忙しなく辺りを見渡していた。
黒のTシャツにジャケット、深い青色のジーンズと見事に暗色で固めて、首にはアクセントとしてシルバーアクセを下げている。
魔法服も黒色であったが、単純に趣味の問題なのか。
「・・・しょうがない、こっちから掛けてみるか」
携帯を操作して、電話帳を呼び出す。まだ約束の時間から十数分しか経っていないが、今日の約束の相手──渡良瀬準は、記憶にある限りは遅刻などほとんどしたことがない。それに、いくら本当は男とはいえあれだけの容姿だ。微妙に気になる。
“〜〜♪ 〜〜〜♪”
「おっと」
と、その時、まるでタイミングを計ったかのように携帯の着信が鳴る。背面ディスプレイに映し出された名は、予想通り準だった。
「ったく、あいつは・・・」
そう呟きながらも、通話ボタンに指を伸ばす。耳に当てるといつもの、とても男とは思えないソプラノ声が聞こえてきた。
「はーい、雄真。ちゃんと噴水で待ってる?」
「はーい、じゃねえよ。お前から誘ってきたのに、何で遅れてるんだよ?」
「ごっめーん! 実はさ、今日は午後から急用が入っちゃっていけなくなったの」
「はあ?」
まさに寝耳に水な話だ。昨日の夜に突然電話してきて、あれだけ時間を確認されたというのに。
「ってなわけで、もし近くに暇な“誰かさん”が居たら、その人を誘ってあげて? それじゃあね〜」
「──っておいっ! もう少し説明を────」
“ブツッ・・・ツー・・・ツー”
「・・・」
既に切れてしまった携帯を眺めながら、雄真は途方に暮れる。準らしくない行動に多少疑問は覚えたが、それ以上に暇になったこの時間をどうしようか、と。
「あの・・・小日向君?」
聞き覚えのある声に、反射的に振り返る。準の電話に気を取られていたとはいえ、何故それまで気が付かなかったのだろう。
──そこには雄真と同じように、携帯を片手に困った顔をした、神坂春姫の姿があった。
はぴねす! SS
「Secret Wizard」
Written
by 雅輝
<28> 友達以上恋人未満な二人(前編)
「そっか、春姫の方も柊にやられたんだな」
「うん。電話では急用って言われたけど、杏璃ちゃんが約束破るなんて滅多にないの。だから、本当に何かあったとは思うんだけど・・・」
「準の方もそうだな。今まではほとんど無かったよ」
「そうなんだ」
「ああ」
「・・・」
「・・・」
会話が途切れる。お互いに何か言葉を見つけようとするかのように、視線を彷徨わせた。
──雄真には言っていないが、春姫も杏璃から「誰か暇な人でも誘って時間を潰して」と言われたのだ。
そして目の前に居るのは、自分と同じく待ち合わせ相手に約束を反故にされたクラスメイトの男の子。同時に、現在最も気になっている相手。
自分のことを「春姫」と呼んでくれた同級生は、杏璃に続いて彼が二人目だった。
まだ慣れていないからか、呼ばれると少しくすぐったい気持ちになる。──だけど、嫌な気持ちでは決して無い。
『これは、チャンスなのかもしれない・・・』
彼と一日遊ぶことで、胸に燻る気持ちの正体が分かるかもしれない。そしてそんな打算的な考えの他にも、確かに彼と一緒に居たいと思う自分がどこかに居て。
「春姫」
意を決して誘いの言葉を口にしようとした矢先、遮るように雄真が先に声を出した。視線を向けると、真っ直ぐに見つめられて体温が上がった。
「折角だし、良かったら、なんだけど・・・このまま二人で遊びに行かないか?」
「そ、それって・・・」
デート?と尋ねようとした口を、咄嗟に噤んだ。いくらなんでも恥ずかしすぎる。頷かれても、まともなリアクションを返せる気がしない。
だから──。
「う、うん。お受けします・・・」
消え入りそうな声で、そう言うだけで精一杯だった。
「ターゲット移動。十秒後に追跡を開始しましょう、J」
「了解よ、A。二人のデートが成功するように、しっかりサポートしてあげましょうね」
雄真と春姫が歩き出してすぐ、彼らの背後の茂みからザッと顔だけ出したのは、昔の洋風の探偵が被るような帽子にサングラスを付けた、いかにも怪しげな二人組だった。
その帽子の下にあるのは、腰まで届こうかというストレートの紫髪と、特徴的な金髪ツインテール。
商店街の中央ロータリーにある噴水は、休日ということもあり人通りが多い。そんな中、当然目立つ二人は好奇の視線に晒されているのだが、幸か不幸か探偵ごっこに夢中で気付かぬまま「Anri」と「Jun」は雄真たちの背中を追い始めた。
雄真と春姫。二人がまず最初に入ったのは、デートコースの定番とも言える映画館だった。
春姫によると、元々杏璃とはここに来る予定を組んでいたため、事前に入手していたチケットを無駄にするのはもったいないとのこと。
もちろん、雄真も二つ返事で了承したまでは良かったが・・・。
「こ、これを本当にあの柊が見たがっていたのか?」
「うん、今日はどうしてもこれが見たいって、チケットを取ってきてくれたの」
題名、「船上のカトリーヌ」。第二のタイ○ニックとして最近はTVでも宣伝されている、ベタベタの恋愛洋画だ。
「へぇ、あの柊がねぇ。・・・てっきり、格闘系とかアクション映画が好きなんだと思ってた。人は見かけに寄らないんだな」
「もう、杏璃ちゃんが聞いたら絶対に怒るよ、それ」
「・・・ねえ、J。とりあえず一発ぶちかましていいかしら?」
「お、おさえてA! あっ、大人2枚お願いしまーす」
「船上のカトリーヌ」は、前評判以上の出来だった。
流石は「全米が泣いた」だ。上映もクライマックスに差し掛かると、チラホラすすり泣く声が聞こえてくるほど。
雄真と春姫の後ろの席に陣取った杏璃と準も、当初の目的を忘れて完全に映画に見入っていた。
そんな中、春姫も瞳から零れ落ちそうになる涙を堪えて、ハンカチで目元を拭う。──と、その時視界に映ったのは、隣に座っていた雄真の横顔。
「──っ」
どうやら彼も感動していたようで、春姫と目が合うと、咄嗟に目元の水滴をゴシゴシと腕で拭った。そんな可愛らしい行為に春姫の顔にも笑みが浮かぶ。
『別に恥ずかしがることないのに・・・』
そう思うものの「それが自分だったらどうだろうか」と自答してみたところ、彼の行動には確かに納得がいった。
得てして、人間とは異性の──特に好意を持っている相手の前では格好を付けたがるものである。
映画館を出ると、既に時刻は昼過ぎだった。
「小日向くん、結構弱いのね、ああいうの」
「ち、ちがっ! あれは・・・あー、欠伸だよ欠伸」
咄嗟に誤魔化したが、映画館で泣いているところをしっかりと春姫に目撃されていた雄真は、歩きながらちょっとしたからかいを受ける羽目になっていた。
「確かにあのクライマックスは感動したよねぇ」
「・・・うー」
春姫にしては珍しく、からかいの意図が籠ったセリフ。しかし悪意は欠片も含まれておらず、逆に雄真はそういう彼女を見て、少し新鮮な気分にすらなった。もちろん、からかわれるのは相当恥ずかしいのだが。
「泣いてる小日向くん、可愛かったよっ」
満面の笑みでそう言われて、嬉しさ2割、恥ずかしさ8割。それでも真っ赤な顔で「だ、だからあれは―――」と否定を重ねようとした雄真の耳に、その音は唐突に飛び込んだ。
”くきゅうっ”
「・・・ん?」
「・・・」
音の発生源へと目を向ける。そこには顔を赤らめた春姫が、お腹を押さえながら硬直していた。
「そうだな〜。でも春姫のお腹も鳴いてるみたいだから、俺をからかうより先に、どこかで昼食を済ませようか」
話題の転換とからかいの復讐を一手で済ませた雄真の提案により、まだ昼食を取っていなかった二人は、兼ねてより春姫が計画していたファミレスへと足を向けた。
──春姫が完熟トマトのような顔で恥ずかしがっていたのは、言うまでも無い。
29話へ続く
後書き
ども〜、管理人です。SWの28話をお送りしました^^
原作にもあったイベント、まだ恋人になっていない二人の初デートです。初々しいですねぇ。
前編はほとんどアレンジを加えないまま終わってしまいましたね。まあ二人の距離感とか、若干の差異こそありますが。
後半は、もうちょっと変わると思います。雄真が魔法使いという設定も、少し活かそうかなと考えているので。
では、また次のお話で会いましょう!