静まり返った森の奥。その場には4人の魔法使いがいるにも関わらず、静謐という言葉が似つかわしいほどに音が聞こえない。
それは4人の誰しもが、次のアクションで決着が着くと察しているからか。
呼吸をすることすら躊躇われるような緊張感の中、そのタイミングは不意に訪れた。不穏な空気に辺りの木に止まっていた鳥たちがざわめき、一斉に飛び立ったのだ。
「「「「────っ!!」」」」
各人がそれを合図に、自身の魔力を練り上げ始める。
「はああああああああああああっ!!」
その中でも特に突出して目立ったのが、裂帛の気合と共に木刀型のワンドを握り締める信哉だ。
その木刀──風神雷神からは稲光のような魔力が迸り、雄真たちの耳に「バチバチ」と空気が裂ける嫌な音を運ぶ。
『あれが信哉の切り札か・・・っ』
伊吹に感じたほど圧倒的な魔力──とまではいかないまでも、軽くClassAは超えているだろう。
『あれをまともに受けるわけにはいかないっ』
春姫も雄真同様に信哉の魔法の危険を感じ取り、最低限の間合いを取ってから詠唱を始めた。同時に木の上でも、アリエスを構えた雄真が詠唱を紡ぐ。
「「エル・アムダルト・リ・エルス──」」
同じ師を持つからして、当然ながら魔法式の核となる導入部分は共に同じ。だが今までは同じだったこの先の詠唱は、初めて分かれた。
「──ディア・ダ・オル・アムギアッ!!」
「──ディ・ルテ・エミリア・ラウル──」
先に春姫の詠唱が終わり、その手が勢い良く地面に叩き付けられる。途端、地面からまるで植物の蔦のような影が這い出て、突出してきた信哉を拘束した。――闇属性の捕縛魔法である。
「くっ――、どういうつもりだ神坂殿!」
春姫の魔力が尽きかけていることは、信哉にも分かっていた。
だからこそ切り札である「雷神」を使っても問題は無いと判断したのだが・・・もう少しマシな魔法で来ると思っていただけに、若干拍子抜けですらあった。
「こんなもの、神坂殿の魔力が尽きれば勝手に消える。いや、その前に――」
「幻想詩、第三楽章――天命の矢っ!!」
「――沙耶の魔法が、神坂殿を襲うのは免れない」
本当に音楽を奏でるかのように軽やかに響くは、沙耶が持つ唯一の攻撃魔法。
ザンバッハから紡がれる旋律は空に舞い、春姫の上空から地上を穿つ光の矢となった。
『『勝った・・・』』
上条兄妹がそう思うのも無理はない。それはそれほどまでに、「必勝」のタイミングだったからだ。
だが――そんな絶望的とも言える状況下でも。
「・・・」
神坂春姫は、信じ続けていた。誰とも分からず、ただ自分をサポートしてくれた、謎の人物のことを。
はぴねす! SS
「Secret Wizard」
Written
by 雅輝
<26> 森の攻防(後編)
一方、そんな状況下においても、雄真はあくまで冷静さを失わなかった。
この戦いで初めて使われた沙耶の攻撃魔法に多少驚きはしたものの、魔力量から見てもその「天命の矢」という魔法は威力が低い。おそらく、普段は牽制程度で用いる魔法なのだろう。
「ディ・ルティル・ディ・シルリア────」
『アリエス、頼む!』
だからそのまま詠唱は続け、念話でアリエスに指示を飛ばす。頼もしき相棒は、もちろん主の期待に応えた。
【ディ・ラティル・アムレスト!!】
アリエスだからこそ出来る、ワンドによる魔法の単独使用。それはこの場では、誰しもの予想を上回る「第三の手」となる。
紡がれた詠唱は、光属性の防壁魔法。今にも春姫を穿とうとしている光の矢の軌跡上に光の粒子が集まり、やがてそれは直径2mほどの盾となった。
そして、コンマ数秒後に衝突。防壁魔法にしては小さく、強度の方もとてもではないが強固とは言えないアリエスの障壁だが、それでもその光の矢を凌ぎきる。
春姫の無事を確認して軽く息を吐いた雄真は、すぐに意識を切り替えて、天蓋魔法の仕上げ段階へと移行した──。
『防がれた──だと!?』
普段は冷静沈着な信哉でさえも、思わず動きを止めてしまうほどの衝撃。
それは数秒のことだったが、そんな信哉の隙を見逃さずに、春姫は抵抗が弱まった彼の体を追加魔法でさらに縛る。
「むっ。だがどちらにしても、神坂殿に決め手が無いのは変わら──」
ない、と続けようとしたその言葉はしかし、眼前の光景を目の当たりにして途切れた。
信哉と沙耶の目が、先ほど以上の驚きに見開かれる。
眩いばかりの光。目が慣れて来る頃には、既に「ソレ」は上空に形成されていた。
先ほど沙耶が象った「天命の矢」の、軽く3倍はあるであろう魔方陣。上空でクルクルと生き物のように回転するそれに、信哉は直感的に思った。
──まずい、と。
『あの魔力量は・・・』
沙耶もまた、彼女たちの主と比較しても遜色が無い魔力量に、寒気に近いものを感じていた。
そして気づくのだ。あの天蓋魔法の矛先は、自分たちに向いているのだと。
「──カルティエ・ラティル・アダファリアスッ!!」
そしてどこからか聞こえたその声がトリガーとなって天上から降り注ぐそれは、まるで光の驟雨。
絶え間なく降り注ぐ数百条の光の奔流は、先ほどの数十個の魔力弾とは比べ物にならない数の暴力で、地上を蹂躙せんと降りしきる。
「くっ──! このための捕縛魔法か・・・っ」
春姫の捕縛魔法によって、足だけでなく肩も腕も、体そのものの自由が利かない信哉は懸命にもがく。
「・・・かくなる上は」
そして、決断する。もはやここまで追い込まれてしまっては、「使う」しかないと。
「───雷神の太刀」
唯一自由が利く指先で、何とか己がワンドを操り、コツンという軽い音と共に地面に当てる。
その瞬間、まるで地雷に触れたかのように、春姫の捕縛魔法と共に地面が大爆発を起こした。
「ぐぅっ────」
その衝撃によって、何とか捕縛状態から抜け出せた信哉であったが・・・ワンドを杖にして立ち上がるその様は、満身創痍と言って差し支えない。
これこそが、雷神による破砕能力の一端。触れたものの魔力を利用し、巻き込み、暴発させるという、自身も傷つき兼ねない諸刃の剣。
さらには、魔力の消費量も半端ではない。信哉は本日、既にこの能力を使うのは“二度目”だ。さらには春姫との戦闘もあり、魔力はほとんど底を尽きかけている。
「兄様っ! ――幻想詩、第二楽章。明鏡の宮殿!」
そして無茶な抜け出し方をした兄を守るために、沙耶が駆け寄り、迫り来る光の雨に対して反射魔法を唱える。
「はぁ・・・はぁ・・・う、うぉおおおおおおおおっ、風神の太刀ぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!」
さらには信哉も、魔力と体力を振り絞って風神で応戦する。──が、圧倒的に手が足りないのは誰が見ても明らかだった。次第に二人は追い込まれていく。
『・・・勝てるっ』
雄真と春姫。二人が同時にそう確信した、その時だった。
「ア・グナ・ギザ・ラ・デライト──」
その威圧感に溢れる声は、小さいはずなのに何故か二人の耳に届いた。──ただただ、嫌な予感がした。
「──ダルス・ディ・ラム・ディネイド」
自信に満ち溢れた声が、詠唱を紡ぎ終わると同時に、突如ドーム状の防壁が、二人を守るように形成される。
その色は黒──というより紫に近い。都合の良い表現で言えば、闇色といったところだろうか。
“ズガガガガガガガガガガガガガンッ”
光の奔流が、まるでボクサーのラッシュのようにその闇色のドームを打ち付ける。
だが、そのドームは崩れない。ギシギシと揺らぎはするものの、確実に中の二人を光の雨から守りきっている。
そして数秒後。天上の魔法陣がその役目を終えたとばかりに音もなく消えるのと、闇色のドームが音を立てて崩れ去るのは、ほぼ同時であった。
「――ふん、私の結界魔法をいとも簡単に打ち壊すとは、流石といったところか」
迂闊だった――と、雄真は内心で舌打ちをした。
先ほど上条兄妹が出てきた横穴から姿を見せたのは、小さいながらも綺麗な銀髪とその鋭い双眸で存在感を放つ、式守家の次期当主。
雄真が最も警戒すべき相手――式守伊吹であったのだから。
「まあ、そうでなくては面白くない」
愉悦をかみ殺したような声に、春姫と雄真の背筋に怖気が走る。
そして伊吹の、その射殺さんとばかりの鋭い視線は、確実に雄真がいる木の上を貫いていた。
「隠れてないで、そろそろ姿を見せてはどうだ?」
その言葉と共に、傘形のワンド──ビサイムを向ける。雄真は一瞬彼女の言葉通りにするか迷ったが──。
「どうやって帰って来たかは知らぬが、騙し討ちとは随分と姑息な真似をしてくれるじゃないか。───御薙鈴莉よ」
その名を聞き、寸前で思い留まった。まだ完全にバレてはいない。誤魔化せる猶予はある、と。
しかし、ここで攻撃などされては厄介だ。さすがに式守伊吹相手に、正体を隠しながら立ち会うのは無理がある。
「・・・ふん、まあ良い。今日のところはここで退こう。信哉と沙耶が使えない以上、ここでお前を相手にするのは少々分が悪い」
そこで、雄真の予想だにしなかった台詞が、伊吹の口から紡がれる。この場で式守側が退却するメリットは少ないからだ。
そしてその言葉以上の意図に、彼が気づいたのは数秒後。
『そうか。伊吹は二人のことを心配して・・・』
もしこの場で戦闘になったとしても、上条兄妹はきっと戦うだろう。魔力も残り少ないというのに、仕える主のために無理をして。
それはこれまでの二人の様子を見ていると容易に察しが付くことであったし、伊吹は雄真以上に理解していることだろう。
『那津音姉さんの言ってた通りだな』
良く彼女は、自分の従妹である少女のことを話題に持ち出していた。素直で優しい子なのだと。
伊吹は非情に徹しきれていない。那津音の言う通りならば、徹しきれるはずがないのだ。
「それに────」
そんな想いから、雄真は気を緩めていた。だから、伊吹が口を開くと同時に再び膨大な魔力を身に纏ったことに、気づくのが数秒遅れた。
「もう秘法に通ずる“鍵”は手に入れた。後日、ゆっくりと頂くとしよう」
そうして歪んだ笑みを見せた伊吹は、「これは置き土産だ」と一言捨て置くように言うと、ビサイムを構えて詠唱を紡ぎ始めた。
「ア・グナ・ギザ・ラ・デライド───」
『―――っ、くそっ!!』
雄真の魔法使いとしての本能が、頭の中で警鐘を鳴らす。
朗々と紡がれた魔法の理は、先ほど雄真の魔方陣があった上空に、同等の大きさの──しかし色が異なる魔方陣を象り。
「──ラ・ディーエッ!!」
収束のワードと共に、伊吹の天蓋魔法は発動された。──魔力がほとんど尽き、疲労もピークに達して動けずにいた春姫に向かって。
「ほら、ボンヤリしていると、貴様の娘が大変なことになるぞ?」
心底愉快だと言わんばかりにそう吐き捨てると、伊吹は信哉と沙耶を伴って、自ら転移魔法を唱ることによって早々に立ち去った。
同時に、伊吹の天蓋魔法も消える。しかし、既に発射された数十条の闇色の光芒だけは、地上に降り注いだ。
雄真と春姫は、伊吹の「貴様の娘」という言葉に驚きつつも、すぐさまワンドを構えた。息も絶え絶えの春姫の詠唱に、雄真も防御魔法を合わせる。
「「──ディ・ラティル・アムレスト!!」」
同調魔法によって強化された光の防壁が、その闇色の雨を遮る。だが───。
『くっ・・・これは・・・』
『重・・・い・・・』
思った以上に強い衝撃に両者とも顔を顰めるが、雄真のものとは違い光条の絶対数が少なかったので、何とか凌ぎきる。
──そうしてその場には、数刻振りに本当の意味での静寂が訪れたのであった。
「──あっ、御薙先生!」
当面の脅威が去り、しばらくの間呆然とその場に佇んでいた春姫であったが、頭が働き始めると同時に恩師の名を呼んだ。
が、その呼びかけに対する答えは無い。それどころかずっと感じていた謎の人物の気配さえも完全に消えていることに気づき、彼女は俯いてポツリと漏らした。
「あなたは、いったい誰なの・・・?」
式守伊吹はああ言っていたが、あの人物が鈴莉であるはずがない。そもそも鈴莉なら、自分に姿を隠す必要は無いし、逃げるようにしてこの場を去る必要も無いのだから。
「・・・ソプラノは何か気づいたことはない?」
「そうですね・・・。あの人物の魔力は、御薙様の魔力とは若干違うように感じました」
「若干?」
「ええ、若干です。意識しなければ分からないほど。あれが御薙様と言われれば、思わず肯定してしまいそうなほどに」
「・・・」
ますます疑問は積もる。鈴莉のようで、鈴莉じゃない人物。でも確かに、あの切れ味鋭い魔法の数々は、彼女の恩師を彷彿とさせる。
「・・・そういえばさっき──」
伊吹は立ち去る直前に、確かに自分を指してこう言った。「御薙鈴莉の娘」だと。
当然ながら、今まで自分の出生を疑ったことはなかった。第一、両親にそんな態度は見受けられなかったのだから、疑う余地すらない。
ならば何故? その確信めいた憶測はどこから生まれたのだろうか。あの若く見える鈴莉に、子供などいるのだろうか。
「──御薙先生に、聞くしかない」
伊吹が言っていた“鍵”という単語も気になる。これ以上、何も知らないまま森の警備を続けるのは、相当の危険が伴うだろう。そしてそれはきっと、自分の危険だけではない。
式守伊吹の力量は正直言って規格外だ。先ほど受けたあの天蓋魔法が、それを悠然と語っている。年相応という言葉から、存在ごと外れている。
そんな人物が、わざわざ危険を冒してまで成そうとしていること。きっと何かしらの影響が、この瑞穂坂の地にも出るだろう。
これまでは憧れの恩師の依頼だからと続けてきたが、ここから先は覚悟を決めなくてはいけない。
「・・・」
気持ちが沈みそうになった時、春姫が意図して思い出すのは、幼い日の彼との誓い。大事な大事な──それこそ、これまでの彼女の人生を支えてきたと言っても過言ではない魔法の言葉。
「───よしっ」
自らを鼓舞するようにそう言葉にした春姫は、戦闘の爪痕が色濃く残るその場を後にする。
その瞳には、決意のような熱い何かが宿っていた。
27話へ続く
後書き
こんばんは、雅輝です。SW,26話をUPします〜^^
今回は結構張り切って書きました。一応、第二章の最終話ということで、一つ目の山場でしたから。
さて、どうでしたでしょうか。読者の方にとっては、疑問に思う場面も多々あったかもしれませんね^^;
色々と謎を残しつつ〜な展開でしたが。一応、プロット通りには進んでおります。心配ありません(笑)
そして今話では、今まで曖昧だった雄真と伊吹の力が、だいぶ明らかとなりましたね。
お互いまだ全力ではありませんが。それでも、同年代とは完全に一線を画しております。
次回は――というよりここから数話は、少し幕間を挟みたいと思います。
とはいえ、SW本編に関係ないわけではありません。むしろ私的には、一番重要な要素となり得る部分です。
ちなみに、これはゲーム本編にもあったイベント。さて、予想は付きましたでしょうか?
それでは、また次の話でお会いしましょう!