『―――えっ!?』

姿の見えぬ相手と対峙していた春姫にとっても、その巨大な魔力反応は唐突なもので、同時に意外性が強いものであった。

『どうして!? じゃあここにいる相手は―――』

春姫は思わず眉を顰める。ここまで顕著に、自分のトラップに対して魔力反応が出ているというのに――自分の誤解だとでもいうのだろうか。

「春姫!」

「・・・っ」

姉のような存在である相棒の諫めるような声に、数秒の間逡巡した後、春姫は動き出した。ソプラノに腰を掛け、森の奥へと駆ける。

『・・・優先順位を間違えちゃいけない。私が御薙先生に頼まれたのは、学園の平和を守ることだから』

ならば目の前の不審者を捕まえるよりは、不穏で巨大な魔力反応へと向かう方が正解だ。

『でも、本当に私一人で戦えるの?』

ふと、弱気な考えが頭をよぎる。先ほどの魔力反応は、それほど大きいものだった。瞬間的には、ClassAは出ていたかもしれない。

対して自分は、まだClassBになったばかり。学生としては優秀かもしれないが、魔法使いとしては新米もいいところ。それに敵が複数人いないとも限らない。

「それでも、私の魔法は―――」

幼き日、初恋の相手と交わした一つの約束。そして自分自身への誓い。


――彼みたいな、温かく誰かを守れる魔法使いになること。


それを果たすためにも、ここで弱音を吐くわけにはいかない。







「・・・ふう」

一方、春姫が飛び去っていく後姿を確認した雄真は、幹にもたれかかったまま座り込んだ。

「――中途半端だよな、俺も」

自らの正体を言えずに終わってしまったという気持ちと、言わずに済んで良かったという気持ちが綯い交ぜとなり、軽い自己嫌悪に陥る。

だが、未だにその答えは出ない。ただ今となっては、正体を明かして楽になるのは、それこそ単なる自己欺瞞に過ぎないのではないかとすら思えてきた。

【・・・マスター、考えるのは後です。とにかく今は、春姫さんの後を追いましょう】

「――ああ、そうだな。アリエス、脚に強化魔法を」

【了解です。ディ・ラティル・ファルナス】

アリエスの詠唱と共に、両脚に確かな力が宿る。そして雄真はその視線を、森の奥へと向けた。

『今は迷っている場合じゃない、か。いくら神坂さんとはいえ、あの三人を相手にするのは無理がある』

自らの迷いに蓋をするように気持ちを切り替え、両脚に力を込める。そして・・・スッと目を細め、意識を切り替えた。

長らく封印してきた、魔法使いとしての本来の自分を呼び起こすために。

『さあ―――今までずっと隠してきた力の鬱憤を、少しだけ晴らさせてもらおうか』





はぴねす! SS

            「Secret Wizard」

                             Written by 雅輝






<25>  森の攻防(前編)





雄真より一足先に魔力を感知した場所へと着いた春姫は、油断なく辺りを見回した。

『・・・誰も居ない?』

しかし何者かが襲ってくるわけでもなく、辺りは静寂に包まれている。春姫は静かにソプラノを構えて、魔力探知魔法を行使した。

『――っ、近いっ!』

バッとその場を飛びのき、それと同時に後ろを振り向く。

何故気付かなかったのだろう。ほとんど直角に見上げる崖の壁面にはポッカリと横穴が空いており、その場所から二人の人物が姿を現した。

「・・・やはり、貴方たちだったのね」

春姫は戦闘態勢を取ると、沈痛な面持ちで呟く。

「神坂殿か・・・思ったより早い。流石は、学園の才媛と呼ばれるだけのことはある」

彼女がワンドを向けた先――横穴の入口には、見事なポーカーフェイスで春姫と対峙する上条信哉と、俯き加減でワンドを構える上条沙耶の二人の兄妹。

「神坂さん・・・ここは、引いてくれませんか。私たちは、貴女をこの先に進めるわけにはいかないのです」

「私もなるべくなら、無益な戦闘はしたくないって思ってる。でも・・・私はきっと、そこを通して貰わなくちゃいけない」

沙耶と春姫。二人とも友人と戦いたくないという想いは同じなのに、どうして相対しなければならないのか。

「・・・もはや言葉は不要。神坂殿、ここを通りたければ力尽くで通るが良い」

そう、信哉の言う様に、これ以上言の葉を重ねても無意味なのは、その場にいる誰もが悟っていた。

だからこそ三人は、内心で臍を噛みながら自らの相棒を「敵」に向ける。

「魔法科随一のその実力、しかと試させて貰おうか!」

信哉の好戦的――と振る舞っているセリフを合図に、三人は動き出した。それぞれの譲れない想いのために。





一方その頃、既に雄真も到着しており、気配を殺しながら木の上で事の成り行きを静観していた。

『始まったか・・・』

春姫同様、大きな魔力反応に元からある程度予想を立てていた彼にとって、上条兄妹との戦闘はそれほど驚くことではなかった。

ただ、伊吹が居ないのが気になる。戦力差を考えるとむしろ好都合ではあるのだが、今日この日に伊吹が動かないのは間違いなくおかしい。

【マスター】

『・・・そうだな、考えるのは後でも出来るか。アリエス、起動』

【了解、ワンド状態へ移行します】

眼下では、既に戦闘が始まっていた。つまり彼らには、多少の魔力反応は気付かれない。

「しっかし・・・神坂さんは流石だな」

気付けば感嘆の声が、雄真の口を突いて出ていた。

二対一。状況を鑑みるだけで不利である上に、上条兄妹のコンビネーションは見事の一言。 

                                                                  レジスト

基本的には信哉が前衛で、沙耶が後衛。信哉のマジックワンドである木刀には抵抗効果が付与されており、それに沙耶のレベルの高い補助魔法が相俟って、その連携を崩す突端を見つけることすら困難を極める。

しかしその攻撃をいなし、かわし、時には不意を衝いて攻撃まで実行する春姫は、個々の実力では三人の中で一番高いだろう。

火属性の攻撃を行使し、闇属性のトラップを仕掛け、光属性の防壁を張り、土属性の強化魔法を適所に掛ける。

目まぐるしく移ろう攻守の切り替えを、即座に一手で切り替える。臨機応変に魔法を変え、その時々に最も適した属性のものを使用する。

その様と凛とした表情は、まさしく華麗なステップを踏むように舞うウィッチィそのもの。

「・・・いかんいかん、何を見惚れてるんだ俺は」

少しの間、春姫の雄姿に目を奪われていた雄真は、仕切り直すように頭を振り被って、アリエスを軽く握りしめた。

『確かに神坂さんは凄い。だが・・・このままじゃ拙いな』

そう、春姫は善戦こそしているものの、二対一ではどうしようもない差がある。――それは、魔力の使用頻度。

【春姫さんの魔力は、既に通常時の半分もありませんね】

『ああ。ずっと全力を出し続けていれば、それも当然だな。まあそうでもしなきゃ、ここまで粘ることすら出来なかっただろうけど』

「そろそろか・・・」と呟きつつ、雄真は小声で詠唱を始めた。眼下に居る、春姫とまったく同じタイミングで、まったく同じ詠唱を。

「「カルティエ・ディ・アダファルス!!」」

春姫の疲労を隠せない声と、雄真の小さな声が重なる。そうして春姫の周りに生成されたのは――軽く数十はあるであろう魔力弾。

「――えっ?」

まだそんな力が残っていたのか、と驚く信哉たちを尻目に、自分の周りに生成された魔法に一番驚いていたのは、他ならぬ春姫自身であった。

それもそうだろう。何せ、彼女自身が生成した数は十にも満たないだったはずなのだから。

それが、何故か数倍になって生成された? ――いや、違う。確かに今、自分が制御出来るのは、その中に混じった数個だけだ。

『・・・ううん、考えるのは後。今は動揺を悟られてはいけない』

迷いを振り切り、思い切ってソプラノを振るう。すると全ての魔法弾が、そのタクトに従う様に信哉達に殺到した。

「くっ――風神の太刀ぃぃぃぃぃっ!!」

「幻想詩、第一楽章――混迷の森!」

しかしその攻撃も、信哉の的確な太刀筋と、沙耶の魔法を別空間に送る魔法で凌がれる。春姫は二重の意味で呆然としつつも、すぐに意識を切り替えた。

――こうして戦いは、奇妙なタッグバトルへと突入する。







『不意を衝いた今の攻撃を防ぐか・・・。上条兄妹の守りは、相当固そうだな』

一方、木の上では、春姫と同調して魔法を放った雄真が、彼女から一番近い別の木に移りながらもそう分析していた。

『だけど、この方法で大丈夫そうだな。勘付かれる前に、倒すしかないか』

雄真としては、本命の伊吹が現れていない以上、まだ姿を見せるわけにはいかない。だからこそ、上条兄妹に春姫のものと思わせるよう魔法行使をしたのだが、どうやら上手くいったようだ。

おそらく春姫にはバレているだろうが、それにしても彼女だって自ら窮地に戻るような真似はしないだろう。一瞬でその判断が出来る辺り、才媛の二つ名は伊達ではない。

「はあああああああっ、風神の太刀っ!!」

「「カルティエ・ディ・アムレスト!」」

いつの間にか春姫の懐に潜り込んだ信哉が、本来ならバリアを貫通するはずの風神を振るうも――雄真と春姫によって生成された二重の障壁がそれを拒む。

「何っ!?」

「「ディ・アス・ルーエント!」」

そして信哉が驚愕に顔を歪める隙に、またも同じタイミングで同じ詠唱が響き合う。

これは雄真にとっても嬉しい誤算であったが、春姫とは同じ師を持つからか、戦闘の展開や考えが非常に似通っているらしく、意識して同調させるのは不可能なことではなかったのだ。

当然、雄真は意識して春姫に合わせてはいるが―――たとえそうしなくとも、戦闘スタイルで合致する部分は多いはずだ。

「ぬ――ぉっ!」

その追加魔法を咄嗟にマジックワンドで受け止めるが、余波を受けた信哉の体はそのまま沙耶のところまで吹き飛ばされた。

――実は雄真は気付いていないが、これは「同調魔法」「共鳴魔法」などと呼ばれる立派な魔法戦術の一つである。

通常、魔法使いによって組み立てる魔法式は異なる。

しかし同じ理論で魔法式の組み立てを行なう二人以上の魔法使いが、同じタイミングで魔法を行使すると――魔法式は互いに共鳴し合い、その力を高める。

つまり、1+1が2ではなくそれ以上になる。本来は互いが意識して「同調」することで成り立つものだが、今回のように単方向でもある程度の効果は望める。

「大丈夫ですか、兄様!」

「ああ。しかし・・・どうもやりにくい。この拭いきれぬ違和感は何だ?」

『・・・そろそろやばいか』

春姫の戦闘スタイルに疑問を抱き始めた上条兄妹に内心焦りながらも、雄真はチラリと目の端に春姫の姿を捉える。

彼女は既にほとんどの魔力を使い果たした様子で、息も切れていた。早期決着が求められるこの状況で、おそらく考えることは同じだろう。

『・・・次で決めるしかない』

ここで上条兄妹を戦闘不能にしてしまえば、今後の展開は非常に有利なものとなる。

眼下の春姫も、まるで雄真の考えに同意するかのように大きく一つ頷き、肩で息をしながらも再度ソプラノを構える。

対峙する上条兄妹も、その春姫の態度に何かを悟ったのか、背筋を伸ばして己がワンドを握りしめた。

『おそらく、勝負は一瞬。ここで俺が使うべき魔法は――』

向こうは長い時間を掛けて熟練されたコンビだが、雄真と春姫は即席も良いところだ。

だが、それでも。少なくとも雄真は春姫のことを信じているし、春姫ならこう動くであろうと何故か確信さえ出来た。

『――天蓋魔法だ』

だからこそ雄真は、今の自分が扱い得る最も威力が高い魔法を選択した―――。



26話へ続く


後書き

今夜はちょっと予定があるので、少しだけ早めの更新。第25話をお送りしました〜^^

お待たせしました!というべきなのかな? 雄真がその力の一端を見せ始めました。

いやー、長い間隠し続けてきたせいか、私もストレスが溜まっていたようです(笑)

同調魔法に関しては、皆さん違和感を覚えるかもしれませんが、この描写が今の私の精一杯です。どこかおかしな点がございましたら、是非ご指摘を。

こんな中途半端な場面で次回に続くのも久し振りだなぁと思いつつ。でもある意味これも、連載小説の醍醐味か。

それでは、また次話でお会いしましょう!



2009.6.27  雅輝