早朝。まだ人々は寝静まり、しかし雄真は起きて自らの魔法の研鑽に励んでいる、そんな時間。

雄真とは別の場所――式守家の土地となる山の奥地で、また一人、魔法使いが修練に汗を流していた。

「・・・・・・」

彼の名は上条信哉。代々式守家当主を護衛する上条家の末裔にして、次代当主、式守伊吹の右腕。

彼は眼を閉じたまま、さも周りの空気に同化するように深く息を吐いた。右手に持つマジックワンド、風神雷神がピクリと動く。

「――っ、はあああああああああっ!!」

途端、辺りの空気は爆ぜた。

信哉は、咆哮とも言うべき裂帛の気合と共に、自らの魔力を風神雷神に集わせる。バチバチと空気を弾くそれは、まさに雷帝の剣。

だが彼が、それを振るうことは無かった。それをすれば目の前の大地を更地に変えてしまう代償に、自分の魔力がほとんど持って行かれることは分かりきっていたから。

「――ようやく、魔力が戻ったか」

と、先ほどまで信哉一人しかいなかったはずの空間に、突如静かな声が木霊する。

信哉は雷神の太刀を解除すると、振り向いて彼女に――彼の主へと臣下の礼を取った。

「はい、お待たせしました。――ご覧のとおり、雷神はいつでも使えます」

「ふっ・・・御薙鈴莉やその娘と直接ぶつかり合うというのに、お前のその能力が欠けているのは些か惜しい。待って損は無かろう」

「はっ、ありがたきお言葉」

「――行くぞ」

「御意にございます。伊吹様」

信哉の返事と共に、伊吹の転移魔法により二人の姿が一瞬にして消える。



――こうして、秘宝事件の前哨戦とも言える長い一日が幕を開けた。





はぴねす! SS

            「Secret Wizard」

                             Written by 雅輝






<24>  迷走する想い





そんな朝の不穏なやり取りとは裏腹に、瑞穂坂学園の授業時間は穏やかに進んでいった。

雄真にしても、ノートを取ったり、暇な授業は教科書に扮した魔道書を読みふけったり、休み時間は準やハチと漫才のような掛け合いをしたりと、いつもと変わらない時間を過ごす。

上条兄妹も、雄真の見ている限りではいつも通り過ごしていた。とはいえ、二人とも元々あまり自分から話す性格ではないので、判別し辛かったが。

そして、本日の最後の授業のチャイムが鳴り響き――瑞穂坂学園は、放課後に突入する。

「雄真〜、帰ろうぜ〜」

「あぁ・・・悪い、ハチ。今日はちょっと予定があるから、別行動だわ」

「どうしたの? 最近付き合い悪いけど――ひょっとして、ソレ関係?」

準が、雄真の右手の中指に収まっているアリエスをチラリと見ながら言う。相変わらず鋭いやつだと苦笑しながら、彼は一つ頷くことで肯定の意を示した。

「ちぇ、じゃあしょうがねーか。俺はOasisにでも行って、杏璃ちゃんを見守っておくことにするぜっ!」

「あ、ああ。・・・まあ頑張れ」

「しつこすぎて、柊の魔法弾を食らう羽目になるなよ」と釘を刺そうとして、雄真は止めた。そんな忠告、リアルすぎて笑えない。

意気揚揚と教室を出ていくハチを目で追いながらも、準は雄真にだけ聞こえる声で。

「気を付けてね、雄真。何かあれば、相談くらい乗ってあげるから」

「・・・ああ、サンキュな」

いつも心配してくれる友人に感謝しながら、雄真は席を立つ。そして半刻前に出ていった春姫の後を追う様に、自らも森へと歩を進めた。







学園の裏手の森の中。いつもの春姫の巡回ルートの途中で彼女の姿を見つけた雄真は、木伝いに同じルートを行きながら、いつもより一層周辺の魔力に気を配った。

それには理由がある。今日は魔法協会で大規模な会合があり、大魔法使いと謳われる鈴莉や、式守家の現当主である護国はそちらに出向いている。

つまり、相手側にとって今日ほど目的を実行する機会は無い。

『式守達が動くなら、間違いなく今日だな』

【はい。あれから今まで動かなかったのも、今日のための布石かと】

本当は信哉の魔力の回復を待っていただけなのだが、雄真たちが知る由も無い。ただそれを抜きにしても、彼にはいつもより警戒するだけの、もう一つの理由があった。

『もし神坂さんに危害が及びそうになったら、その時は―――』

前回の音羽の問で、春姫に惹かれつつあることを自覚した雄真。いくら春姫が秀でた魔法使いとはいえ、向こうには同クラスが三人もいる。

雄真も影からサポートするつもりではいるが、もしそれが追い付かなくなったとき。

自分はこの姿を―――魔法使いとしての“御薙”雄真を白日の下に晒すことも厭わないだろう。

『母さんとの約束は破っちまうことになるけど・・・それでも』

もし万が一、その時になっても誓いを気にして動けなかったら。それで春姫に怪我でもさせてしまったら。

もうそこで、魔法使いの自分は死んだも同然だ。

十年前のあの日。初恋の女の子に誓った「みんなを幸せにする」という言葉を反故にするような真似は、絶対に出来ない。

「――っ!!」

そんなことを考えていたせいか、自らの行動が疎かになっていた雄真は、飛び移った先の枝を踏み外してしまった。

「アムフェイッ」

それは頭で考えてではなく、反射的に行なった咄嗟の浮遊魔法。時間にしておよそ1〜2秒程度のことであったが、それは致命的なミスとなる。

「っ、ソプラノ!!」

「はい、確かに魔力反応を感じました。すぐ近くのようですが・・・」

『しまった・・・っ』

今度こそ枝の上に着地した雄真は、その木の陰に身を隠す。しかし、時既に遅し。

春姫とソプラノの鋭敏な感覚は、しっかりと近くにいる魔法使い――雄真のことを捉えていた。

『くそ・・・っ、どうする?』

自己嫌悪は後にして、今は自問に対する答えを出す方が先決だ。雄真は気配を殺しながら、必死に考えを巡らせる。

いっそのこと伊吹達とニアミスしてしまった時のように、転移魔法でこの場を逃れようかとも思ったが、リスクを考えると躊躇してしまう。

【――いっそのこと、名乗り出てしまえばどうでしょう?】

『アリエス?』

【マスターと同じ立場である以上、彼女にも正体を明かしておいた方が、今後の展開にもプラスに働くのではないかと】

それは逆転の発想だった。今までは正体を隠すことに固執していたが、実際に事件の真っ只中にある以上、リスクを覚悟の上で話してしまってもいいのではないかとすら思える。

けれど、それはベターであってもベストではない、と雄真は思う。春姫ほどの事件の中心人物が雄真の正体を知れば、それはプラスにもマイナスにも働くかもしれないからだ。

それに、雄真が正体を隠しているのは、あの先見の先駆者、高峰ゆずは直々の予言があるからだ。ならばなるべく、その予言から外れるような真似は出来ない――と、理屈では分かっている。

【・・・私は、この問題はマスターの気持ち次第だと思います】

『俺の、気持ちか・・・』

アリエスの言葉を反芻しながら、その意味を噛み締める。

プラスとかマイナスとかいう話は、所詮理屈だ。感情を最優先にした場合、自分は何をしたいのだろうか。

『みんなを幸せにする魔法使い――今の俺は、どうなんだろうな』

確かに、瑞穂坂を守るために尽力しているとは思う。それはきっと、人々の笑顔に繋がるだろう。

だがしかし。そのためにたくさんの人を欺き、自分が気になる女の子すら騙している。

『馬鹿らしい――矛盾しているじゃないか』

今までは、正体を隠すことが皆の幸せに繋がると、真っ直ぐなまでに信じて来れた。

でも、今はそう確信できない。気になる女の子が出来ただけでこの有様だと、内心で苦笑する。

そうしている間にも、春姫とソプラノは周りを警戒しながら探知魔法を続けていた。このままでは、数十秒と掛からず見つかってしまうだろう。

『俺は――――』

だが雄真が答えを出す前に。春姫たちが雄真を見つけ出す前に。

「「―――っ!!!」」

――突如森の奥から爆発するように広がった巨大な魔力が、彼らから言葉を奪った。



25話へ続く


後書き

こんばんは〜、予定通り、SWの24話をお送りします!

うーん、なかなか物語が進まないなぁと思いつつ。まあちょっとした展開はあったかな?


今回の話は――何というか、あまり面白くない話になってしまいました。

いや、私的には満足しているのですが。動きが少ないというか、感情の話ばかりになってしまって。

でも今回の内容って、ある意味「Secret Wizard」の真理なんですよね。キーとなる部分といいますか。書いてる私すら結構悩んでしまって^^;


次回から、微妙に本編とは違う感じになるかもしれません。でも核となる部分は変わらないかなぁ。


それでは、次話もよろしくお願いします。



2009.6.14  雅輝