気になっている女の子。
幼い頃の初恋を今もなお引きずっている雄真にとって、その単語はどうしても縁遠いものであった。
小日向雄真という少年は、本人はまったく自覚していないがモテる。
それは欠点らしい欠点が見当たらない容姿もさることながら、無自覚に優しく、また頼りになるその性格が大きく起因していた。
だが、そんな学園生活だというのに、彼に恋人が出来たことはない。
準を雄真の彼女だと勘違いして諦める女の子も多かったが、それ以上に彼が異性に対して無欲だったからだ。
「・・・」
けれど、そんな彼が今音羽の耳元で告げようとしているのは、雄真が“現在”気になる女の子の名前。
それはあるいは、音羽にとっても意外だったのかもしれない。良く出来た息子でありながら、あまり異性に興味を示そうとはしなかったから。
しかし雄真にとっては、“彼女”の存在は驚くほどすんなりと自分の中に入って来た。
初恋の女の子という名のフィルターを、まるで風のように穏やかに通り抜けた。
――それは何故だろうか。
『・・・まさかな』
そっと頭を振って、唐突に浮かんできた考えを打ち消す。そんなの、いくらなんでも出来過ぎだ。
『でも・・・』
彼女とは、約束を交わした。お互いに、立派な魔法使いになろうと。
自分がそれを果たせているかは疑問が残るが、もし“彼女”があの日の女の子なら、彼女側の約束は果たされたことになるだろう。
雄真の知っている彼女は、魔法使いとしても、また一人の女の子としても、非常に魅力的な人なのだから。
『だから・・・』
思い出の女の子と等式で繋げる確証なんて、どこにも無い。それでも、彼女が一番気になる女の子だということに、嘘偽りは決して無い。
だからこそ、雄真は告げた。音羽の耳元で、学園の才媛と呼ばれる、隣の席の女の子の名前を。
はぴねす! SS
「Secret Wizard」
Written
by 雅輝
<23> 二人の距離
「――――」
その言葉は周りの喧騒に隠れて、耳元で囁かれた音羽にしか聞こえなかっただろう。
――しかし、音羽がその名前に対して何らかの反応を返す瞬間に。
「――きゃあっ!」
女学生特有の、声高な悲鳴がOasisに響いた。
すぐさま反応した雄真が視線を向けると、そこには客のバッグに足元を取られて、今にも倒れそうなほどバランスを崩しているウェイトレスの姿が。
そのウェイトレスの両手には、運んでいたのであろうハンバーグランチが一つずつ乗っており――肉が焦げる音を派手に鳴らす鉄板は、この場では彼女や他の客たちを傷つける凶器にしかなり得ない。
『――っ、アリエスっ!』
だから雄真は、咄嗟に相棒へ呼びかけた。本来ならそうする時間すら惜しいタイミングなのだが、ここには魔法科のNo.1とNo.2がいる。
その代りに、いつもより多くの魔力と、構築済みの魔法式をアリエスに託した。つまり、発動キーだけをアリエスに任せた状態だ。
「「『――アムフェイッ』」」
雄真の頭の中で響いたアリエスの声と、両脇から聞こえてきた二人の少女の声が見事に重なる。
そう、雄真が危惧した彼女たちは、同時に有事の際は頼りになる存在でもあった。
だから、誰もが大惨事を予想したその事故も――。
「・・・??」
まるで無重力世界のように、二つのハンバーグランチと、何が起こったのか分かっていない一人の少女が、その場にプカプカと浮かぶに留まった。
そうして、大惨事にもなり得た事故は事無きを得たのだが・・・雄真の知らぬ内に、それは微かな爪痕を残す。
「・・・」
2年生の教室が並ぶ廊下。昼休みも終わりごろに近づいてきたというのに、未だにそこを歩く生徒は多い。
そんな中、学園の才媛と呼ばれる少女は、その端正な顔に難しい表情を浮かべながら歩いていた。
「・・・ソプラノ」
「はい、春姫」
「さっきの事故、どう思う?」
「・・・私も未だに、何故あのような結果になったのか分かりません」
春姫の問に、少し間を置いて答えるソプラノ。
あのような結果、といっても何もそれが悪いわけではない。むしろ最善の結果と言えるのだろうが・・・それでも、どうしても腑に落ちない点がある。
「あの短い時間で、私が出来たのはハンバーグランチの重力操作だけ――そしてそれは、後から杏璃ちゃんに聞いても同じだった」
「つまり春姫と柊様の魔法は、二つのランチを宙に浮かせただけに過ぎない。なのにあの場には、もう一つ別の魔法が存在していました」
そう、魔法が二つのランチ皿にしか掛かっていないのならば、当然ウェイトレスの転倒は免れなかった。
しかし結果は、その彼女まで宙に浮くというものだった。それはすなわち、春姫でも杏璃でもない別の第三者の魔法が介入したことを指している。
「それも、あの短時間で人一人を浮遊させられるほどの腕前――だというのに、私たちは誰もその存在に気付かなかった」
「はい。あの場には他の魔法科の生徒はほとんど居ませんでしたし、居たとしても同年の魔法使いでは不可能でしょう」
「それにあの速度――それこそ、高峰先輩クラスの魔法使いにしか不可能だわ」
ソプラノとの会話中に、いつの間にか教室へと着いていたようだ。
春姫は一旦ソプラノとの会話を打ち切り、教室のドアを開ける。一番最初に目に入ったのは、自分の席――ではなく、その隣で準とハチに囲まれた雄真の姿であった。
「小日向くん・・・」
思わず、口から彼の名前が零れる。
春姫にとって、彼――小日向雄真は、一言で言えば「不思議な男の子」だった。
彼女は自分が瑞穂坂の才媛と呼ばれていることも、男子に好意的な目を向けられる容姿であることも自覚している。
だが、彼にはそんなギラギラした目で見られたことは無かった。いつも穏やかな目で、それが春姫にとってちゃんと「自分」を見てくれているようで、密かに喜んだりもした。
クラス委員の選抜の時も。クラスが混沌として、春姫の争奪戦のように男子の委員決めが始まった時も、彼は助けてくれた。
そして何より、彼は似ている。春姫が長い間想い続けてきた、初恋の男の子に。
正直、初恋の男の子の容姿に関しては、ほとんど覚えていない。大切な想い出とはいえ、記憶は少しずつ色褪せていくものだ。
しかし、似ていると思った。あの頃、何より鮮烈に印象深かった、眩しいばかりの笑顔が。
けれど、彼は普通科だ。魔法使いじゃない。あの頃の男の子じゃない。
そう理解しているつもりなのに・・・何故だろう。その事実が無性に悲しかった。
――彼が初恋の男の子であればいいのにと、何度思ったことだろう。
「・・・そういえば、小日向様も先ほどの事故の時に居ましたね」
ソプラノの思い出したかのような声に、春姫は思考の海から帰還する。
「ソプラノ?」
「いえ、これはあくまで憶測――とすら呼べない考えなのですが。確かバレンタインの前日にも、公園で同じようなことがあったなと」
「あ・・・」
ソプラノの言葉に、春姫も得心したように声を漏らす。
そう、バレンタインデーの前日。あの日は確か、街のギフトフェアに例年通りにチョコを買いに行った帰りで。
たまたま通りがかった公園で、見過ごせない光景があったから止めに入って・・・そして彼と出会った。
「あの時の一瞬の魔力反応。それに今回の状況を加味すると、偶然にしては出来過ぎています」
充分に疑える材料――とまではいかないが、確かにソプラノの言う様に、おかしな部分は多々ある。
だがそれは、逆も然り。
何故、魔法が使えるのに魔法科に入らなかったのか。
何故、マジックワンドを持っていないのか。
何故、そんな正体を隠すような真似をするのか。
雄真が魔法使いであると仮定しても、そういった疑問は尽きない。その上、春姫には思うところがあった。
『確かに私は、小日向くんに魔法使いであって欲しいとは思ってる。けど・・・』
「――考えすぎは良くないから、この話はここまでにしましょう」
「春姫・・・はい」
『けど、それは私のわがままの部分が強い。そんな理由で友達を疑うなんて、馬鹿げてるよ』
そうして否定を重ねながらも、春姫の心は晴れない。
――初恋の彼と、今の彼。自分が求めているのは、果たしてどちらなのだろうか?
24話へ続く
後書き
な、何とか5月中にUPできました(汗) もう何気に一月近くSWは更新していなかったので、相当焦りました。
というわけで、現在夜中の二時。眠気眼の雅輝がお送りします。
今回は完全オリジナル。二人の距離ということで、今のそれぞれの心情を書きました。
これで一応、春姫ルートは確定かな?って感じで。・・・いや、まだハーレムルートの可能性も(殴
過去と現実。ある意味では、二人して悩んでいるのはそこなんですよね。そこをどう乗り越えていくのか?
それでは、また次回の後書きでお会いしましょう!