日付は変わって翌日。朝の通学路を、雄真はいつものようにすももと共に歩く。

今日の彼女は、朝の占い番組の結果が良かったためか上機嫌で、ニコニコ顔のまま隣を歩く雄真に話しかけた。

「でもまさか、姫ちゃんとまた会えるなんて思いませんでした」

「俺だってビックリしたぞ。まさかお前が、神坂さんと知り合いだったなんてな」

「ふふふ、姫ちゃんと私の出会いはですね。とっても運命的だったのですよ♪」

「運命的て」

同性に対して使う言葉ではない気がするが、妹に恋人がいないことを知っている雄真としては、ヤブヘビになり兼ねないので黙っておく。

「姫ちゃんはですね、私がピンチの時に助けてくれた、ヒロインなんですよ!」

「へぇ・・・そうなのか」

まあ確かに、そのイメージは凛とした魔法使いである彼女には相応しい。そう思い頷いた雄真だったが―――。

「はい。昔、私が男の子にいじめられて、ケンカになってしまった時に・・・」

「ケンカ!? お前がか? だってお前、昔からすごく弱っちかっただろ?」

「う〜っ・・・弱っちかったのは認めますけど。とにかく、そんな時に颯爽と現れたのが、姫ちゃんだったんです!」

「ん? でもそれって、もしかして魔法でケンカを治めたって意味か?」

そのことに関して暗い過去がある雄真にとって、その事実は見逃せないことである。しかしすももは、ゆるゆると首を横に振って。

「いえ、その頃の姫ちゃんは、たぶん魔法使いじゃなかったんだと思います。でも、とても勇ましかったんですよ?」

雄真は自分の疑問が杞憂に終わったことにホッとしつつも、「勇ましい」という今の春姫とはかけ離れたイメージに、思わず首を傾げた。

「勇ましいって・・・あの神坂さんが?」

「ええ。兄さんと一緒で、困った人がいれば見逃せない性格だったんでしょうね。それで、頑張って二人で男の子たちを追い返しちゃったんですよ」

「おぉ、それはすごいな・・・」

「ほとんど、姫ちゃんのおかげですけどね。とにかく、それからです。私と姫ちゃんが仲良くなったのは」

「そうだったのか・・・。それにしても、あの神坂さんが男の子相手にケンカねぇ」

「ちょっと信じられん」と呟きつつ、雄真は頭の中ですもも曰く「勇ましい姫ちゃん」を想像してみる。

「・・・」

【雄真さん、その想像は少し違うような・・・】

「ぶっ、アリエス! 勝手に人の心を読むな!」

【不可抗力です。それほど雄真さんの煩悩が強かったのでしょう】

「煩悩って・・・兄さん、姫ちゃんで何かいやらしいことでも考えてたんですか?」

「おおぉいっ、アリエス! 何か変な誤解が生まれてるんだが!」

【必ずしも誤解とは言い切れませんけどね】

「兄さん・・・やっぱり・・・」

「話をややこしくするんじゃねええええええ!!」

結局、その通学時間はすももの誤解を解くために費やされたのであった。

――雄真がどんな想像をしたのかは、アリエスのみぞ知る。





はぴねす! SS

            「Secret Wizard」

                             Written by 雅輝






<22>  Oasisのかーさん





「ゆ〜ま〜♪ お昼どうする〜?」

昼休みになると、いつものように準が雄真の元へとやって来る。その手に弁当箱を持っていないところから察するに、どうやら準はOasisらしい。

「そうだなぁ。今日は弁当も無いし、Oasisでいいんじゃないか?」

「うんうん、Oasisの味って、時々恋しくなるのよねぇ〜。・・・雄真は、音羽さんが恋しくなっているのかしら?」

「こらこら、不穏な発言をするんじゃない」

雄真と準がいつものようにそんな掛け合いをしていると、隣の席の春姫も気になる言葉があったようで、おずおずと訊ねてきた。

「Oasisって・・・あのカフェテリアの?」

「春姫ちゃん、行ったことないの?」

「はい、あまり外食はしないことにしているので・・・でも実は今日はお弁当を忘れちゃって、どうしようかなって思ってたんです」

「なら丁度良かった。今から俺たちはOasisに行くけど、一緒に行かないか?」

2年生にもなって、未だにこの学園において学食にあたる場所に行ったことがないというのも珍しい話だが、これを機に春姫のOasisデビューを手伝うのも悪くはない。

そんな思いから提案する雄真に、春姫も笑顔で頷いた。

「うん。ご一緒させてもらえると嬉しいな」

「だったら、もちろん俺も一緒に行くぜえええええええええ!」

「はいはい」

「ハチは大人しくしててね。それじゃあ春姫ちゃん、行きましょうか」

いちいちテンションの高いハチを適当にあしらいつつ、雄真たち四人は教室を出てOasisを目指す。

だが雄真は忘れていた。

一つは、Oasisのチーフが自らの母親であること。

そしてもう一つ。

「ふふっ、ちょっと楽しみだな♪」

ついこの間、音羽に対して「瑞穂坂学園のアイドル」が隣の席になったと口を滑らせてしまったことを。







カフェテリアOasisは、多数の生徒が利用することもあり、ある意味では生徒達の情報の中心になりつつある場所だ。

よってそこで働いている者は、自然と生徒間のゴシップに詳しくなる。当然、それは時々フロアにも出ている音羽にも言えることであり。

そんな彼女が、魔法科のエースであり、容姿端麗、才色兼備のスキルまで備えた学園のアイドルについて、知らないわけはない。

――つまり、そこから導き出される答えは。

「いらっしゃ〜〜〜い♪」

「うわっ、いきなり出た!」

まるで来るのを待ち構えていたかのように、唐突に現れるOasis現チーフ。

Oasisの最高責任者でもある彼女は、仰け反るようにして驚く息子を敢えてスルーすると、彼の横で固まっている美少女の手をグイグイと引っ張った。

「待ってたのよ〜、もう。さあさあ、早く座って座って!」

「え? は、はい・・・」

突然の行動に困惑しながらも、素直に従って席に着く春姫。こうなっては逃げるという選択肢はなく、雄真は「はぁ」と一つため息をつくと、春姫が腰を掛けたテーブルに準とハチと共に着く。

「音羽さん、何だか今日はご機嫌っすね」

「ふふっ、だってぇ〜、雄真くんがようやく連れて来てくれたんだもん♪」

「・・・はい?」

ハチの言葉に嬉々として答える音羽。一方雄真は、身に覚えの無いそれに思わず首を捻った。

「噂通り、すっごく綺麗な子ね〜」

そう言って、音羽は興味深々な眼差しで春姫の周りをクルクルと観察する。その余りにもストレートな褒め言葉に、春姫は困惑と照れが混じったような表情で、「あ、ありがとうございます・・・」と消え入りそうな声で呟いた。

「でも楽しみだわぁ。・・・ねぇ、雄真くん。式はいつにするの?」

「なっ、いきなり何言い出すんだよかーさん!!」

「えっ、かーさんって・・・もしかして小日向くんのお母さんですか!?」

「そうでーす。私が雄真くんの母親の、小日向音羽でーす。ぶいっ☆」

「・・・」

音羽の冗談よりも、彼女が雄真の母であることに反応を示す春姫。それ自体は良いのだが・・・何となく、雄真は切なくなった。

【雄真さん・・・・・・・・・】

『・・・アリエス、その言葉に詰まる感じはやめてくれ。マジでリアクション取りづらい』

と、雄真とアリエスが脳内漫才を繰り広げている内に、互いの挨拶が終わったらしい。音羽が「それにしても」と雄真に向き直る。

「雄真くんも隅に置けないわよねぇ〜。なんたって、いきなり学園のアイドルを紹介に来るなんて・・・ママ困っちゃうわ」

「俺らはただ飯を食いに来ただけだっつーの!!」

雄真の渾身のツッコミも華麗にスルーした音羽は、尚も春姫へと迫る。

「あ、あの・・・音羽さん」

「あらま、いいのよ。春姫ちゃんも「かーさん」って呼んでちょうだい♪」

「かーさんってば!!」

今日も絶好調な母の姿に、雄真は軽い頭痛を感じて頭を押さえる。そんな彼の祈りが天に届いたのか、救いの手は騒がしい声と共にやって来た。

「音羽さん! 厨房がピンチなので至急戻ってくだ――ってあれ、あんたたち」

その少女は、一言で言えばひらひらの衣装を身に纏ったウェイトレスであった。

それにもう一言付け加えるならば、同じクラスのトラブルメイカー、柊杏璃であった。

「柊・・・お前、その格好・・・」

「あ、杏璃ちゃん。制服、似合ってるよ」

「へへ〜ん、あったりまえでしょ? 何たって、この私が着こなしてるんだから♪」

驚く雄真を尻目に、普通に会話を交わす春姫と杏璃。どうやら春姫は既に知っていたらしい。流石は親友同士といったところか。

「きゃあ〜ん、何それ杏璃ちゃん!? すっごいかわいいっ!!」

「うおおおっ、眩しい! 眩しすぎる!!」

そして杏璃の登場により、テンションが上がりまくる人物がさらに二人。尤も、その興奮はまったく別のベクトルなのだが。

「柊が、ウェイトレスねぇ」

「むっ、何よ雄真。何だか不満そうね?」

「いえいえ、滅相もございませんよ?」

事実、不安も無かったわけではないが。主に暴走するという方向で。

しかしそれを言うと、たちまちOasisが火の海になりかねないと判断した雄真は咄嗟に言い繕って、さらに作り笑顔で杏璃のジト目を受け流す。

「あれ、杏璃ちゃんと雄真くんって知り合いだったの?」

「まあ、同じクラスなんだけど・・・」

と、良いタイミングで話題が変わったので、杏璃のジト目から逃げるように、雄真はその話題に乗った。―――が。

「あら? ってことは・・・準ちゃんでしょ? 春姫ちゃんでしょ? そして杏璃ちゃん。もう雄真くん、両手に華どころの騒ぎじゃないわねぇ〜」

「あ〜ん、どうしよう! 激戦区だわぁ〜」

「よっ、この幸せもん♪」

「やめいっ! つーか何故準が入っている!?」

「あらぁ、じゃあやっぱり春姫ちゃんか杏璃ちゃんのどちらかが本命なんだぁ? かーさんだけに、内緒で教えて?」

「だ〜か〜ら〜・・・」

再びしてきた頭痛に頭を押さえながらも、音羽のおねだりは終わらない。というか、こうなった彼女は誰にも止められないと、雄真はこれまで過ごしてきた時間の中で十分に理解していた。

『・・・言って事態を収拾するしかないか?』

だが言うにしても、誰の名前を?

『俺の、本命―――好きな人、ねぇ』

今まで女性を意識したことはなかった。幼年期から母やゆずはといった美女、小雪や那津音、伊吹といった美少女と接してきたからか、その辺り雄真は他の男子より免疫が強いし、逆を返せば恋愛沙汰に疎い。

だがそんな彼も、過去に一度だけ恋を経験している。初対面だったし、会ったのはたった一度きりだけど、あの子の笑顔は今でも忘れられない。

あの瞬間は、それほど雄真の心に深く刻まれている。

『・・・ま、昔に浸っていてもしょうがないか』

今は眼前で目をキラキラさせている音羽を、落ち着かせることが先決である。

「じゃあかーさんにだけ・・・」

今はまだ、あれ以来好きだと思える人は現れていない。だが、確実に気になっている女の子はいた。

だから雄真は、その後の騒動のことなど全部忘れて、音羽の耳元にその名前を告げた――――。





【雄真さん!ここは大事な分岐ですよ? この発言如何によっては、誰のルートを進むかが決m――】

『だから不穏な発言をするなああああああああ!!』



23話へ続く


後書き

シリアスだった雰囲気から一転して、22話はほのぼのとした日常編をお送りしました〜。

まあそろそろ、フラグの方も色々と乱立させておかなければならないと思いまして(ぇ

とまあ未だに誰をヒロインにするか迷っている雅輝でございます(笑)

後、アリエスの性格が若干変わっていますが、きっと気のせいです。

決して、シリアスが続いてからといってテンションが上がっているわけではありません。・・・作者が(ぉ

日常編、もうちょい続きます。・・・というか、予定より早く完結しそうな雰囲気すら。

それでは〜。



2009.5.3  雅輝