「そう、そんなことが・・・」
翌日。御薙鈴莉の研究室には、一組の親子の姿があった。
「ああ。バレてはいないと思うけど、ちょっと軽率だったなって反省してる」
その研究室の主たる御薙鈴莉と、その魔法使いとしての才能を色濃く受け継いだ息子、小日向雄真。
雄真は先日の敵陣営とのニアミスに関しての報告を終え、椅子に座り直し深いため息を吐いた。
「そうね。でもその時のことも踏まえた上で、もう雄真くんなら大まかなことは分かっているんでしょう?」
「大まかなこと――と言っても、今のところ分かっているのは三つくらいかな」
「じゃあ、答え合わせといきましょうか。その三つを言ってくれる?」
鈴莉は時々、雄真に対して今のように試すような問いを掛けてくることがある。
もちろん、それは悪意から来るものでは無い。息子を少しでも成長させてあげようという親心であり――そして既にその息子は彼女の期待通り、頭の切れる立派な魔法使いに成長していた。
「・・・まず一つ目。今回の「敵」、というか俺たちと対する者は、式守伊吹。そしてその従者の上条信哉、上条沙耶の兄妹。数に関してはまだ他に仲間がいるかもしれないけど、この三人はまず間違いない」
「そうね。雄真くんの今までの報告から考えても、それ以外の可能性は無いと考えていいでしょう」
「次に二つ目。敵陣営は予想以上に焦っている。だから、決戦はおそらく近い内にあると思う」
「その焦っている理由については?」
「単に早く決着を付けたいから、では無いような気がする。そこで引っかかったのは、式守家からは次期当主の式守伊吹とその従者しか出てきていないという点。つまりこうして彼女たちがやって来たのは、式守家の総意ではなく、伊吹の独断先行。それが明るみに出れば・・・」
「式守本家によって連れ戻されるかもしれない、という障害が出てくるわね」
「そう、ただでさえ転入という強引な手を使っているんだ。本家が感付くのも時間の問題。だからこそ、早く事を為そうとしている」
「・・・それはまだ、推測の域を出ていないようね。それで、三つ目は?」
「三つ目は・・・敵の目的。現当主に歯向かうというリスクまで犯して、それでも何かを得ようとしている」
「その何かって?」
「これもまだ推測の段階なんだけどね。まず第一に、転移魔法陣に掛けられた厳重なロック。それが意味するのは、その魔法陣の先にあるものが余程有益なものなのか、はたまたその逆――よほど有害なものなのかの、二つの一つ」
「・・・」
「次に、式守は御薙――つまり母さんに異常なほど固執しているようだった。あの魔法陣のロックも母さんに因るものだったし、ここから御薙と式守の確執めいたものが見て取れなくもない」
「・・・そうね。それは否定できないわ」
「そして最後に、昔にゆずはさんが予見した、瑞穂坂の大災害。これと敵の目的を結びつけると、すんなりと筋が通る。つまり、その「目的」は式守にとっては有益なものだけど、一歩間違えれば大災害を引き起こしてしまうほどの危険を孕んだ代物。だからこそ母さんたちは、ソレを所持しているのではなく「封印」しているんじゃないかな?」
雄真はそこまで話し終えると、渇いた喉を潤すべく鈴莉の入れてくれた冷たい緑茶を手に取った。
一方、鈴莉はいつもの優雅な微笑みを崩していない。いや、いつもより機嫌よく映るのは、息子の答えに満足したからか。
「もう、そこまで気付いているのね・・・」
そしてポツリと一言そう漏らすと、その顔を一人の母親から魔法使いのソレに変え。
「では話しましょう。あなたがまだ知らないことも含めて、事の発端から全てを」
はぴねす! SS
「Secret Wizard」
Written
by 雅輝
<21> 那津音の遺言
事の発端から全てを話す――それはつまり、雄真が調べるまでもなく、鈴莉は最初から全てを知っていたということ。
「・・・はは、やっぱり母さんは全部知ってたんだね?」
そう言って苦笑する雄真に、鈴莉は少し顔を曇らせた。
「ええ・・・ごめんなさい」
「謝らないでよ。それに、今まで教えなかったのには何か理由があるんだろ?」
「・・・どうして、そう思えるのかしら?」
「どうしてって・・・決まってるじゃないか」
雄真は困ったような笑みを浮かべ、そして告げる。さも、それが当り前のことかのように。
「母さんだから、だよ」
それは簡潔でいて、しかし様々な感情の籠った、とても深い言葉だった。
母親だから、御薙鈴莉だから信じられると。何の躊躇いも無しに、即答した。
「雄真くん・・・本当に、成長したわね」
鈴莉は涙ぐみながらもそう呟き、自分には出来過ぎた息子に心から感謝した。
「さて・・・まずは事の発端となった事件から説明していくわね」
「うん」
互いに椅子に座り、仕切り直し。訥々と、鈴莉の説明が始まる。
語られるのは、今からおおよそ八年ほど前の話。
「八年前って・・・まさか・・・っ!」
「そう、雄真くんの予想通り、那津音の命を奪ったあの事件よ」
「でもあれって、魔法関係の事故だって・・・」
「表向きわね。実際、そうとも言えるから。でも一つだけ報告を偽ったのは、那津音の命を奪ったのはある一つの魔具だったってこと」
「魔具・・・もしかしてそれが、今回式守達が狙っているモノなのか?」
「ご明察。「式守の秘宝」といって、読んで字の如く、代々式守家の当主にのみ継承されていく、由緒ある代物」
「秘宝・・・その仰々しい名前とは裏腹に、随分と危険なもののようだけど?」
「・・・そうね、否定は出来ないわ。大きすぎる力は、有益であると同時に有害にもなり得るから」
「具体的には?」
「詳しい説明は省くけど、その秘宝には死んだ人を甦らせることができるという伝承が残っていたわ」
「死者の蘇生ってこと?」
「蘇生・・・というよりは、死んだ人に会えるってことだったみたいね。そして事件の夜、ある一人の男が亡き妻を甦らせるために、当主でも無いのにその力を使おうとしてしまった」
「・・・暴走したんだね?」
「そう、当主ですら御すのが難しい秘宝。男はたちまち秘宝の暴走に巻き込まれ、もはや瀕死の状態だった」
【・・・式守の家宝とも言える魔具による、魔力の暴走ですか。正直、考えたくもありませんね】
とそこで、今まで黙って話を聞いていたアリエスが反応した。どうやら「暴走」という単語に、ワンドとして思うところがあったらしい。
「ええ。それは式守家の離れで行われたそうなのだけど、魔力の爆散は一瞬にして辺りを更地に変えてしまったと聞くわ」
「じゃあ、那津音姉さんはそれに巻き込まれて・・・?」
「正確には少し違うわ。那津音は・・・瀕死状態の男を助けようとして、自ら魔力の暴走に巻き込まれた。龍笛と呼ばれる特殊な魔具で、秘宝の力を弱めながら、ね」
「那津音姉さん・・・」
雄真は亡くした今でも尊敬している姉のような存在の最期を知り、感慨深げにその名を呟いた。
「・・・私が現場に駆けつけた時には、もう手遅れだった。もう那津音は助からない状態だった。それでもあの娘は、自分の死の瞬間まで龍笛を奏で続けて暴走を完全に抑え込むのと同時に息を引き取ったわ。私とゆずはは、無力にもただ彼女の後姿を見守ることしか出来なかった・・・」
鈴莉の表情に、悔恨とも懺悔とも付かないものが浮かび上がるのを見て、雄真は自分も引き摺られそうになりながらも、得てして話題を変える。
「だから、母さんやゆずはさんは秘宝を封印したんだね。・・・でも、何で母さん達がその秘宝を持ってたんだ?」
「それは・・・那津音の遺言と、それを守った護国の意志よ」
「護国?」
「式守家の当代当主よ。那津音の実の父親でもあるわ」
「・・・何となく分かってきた。じゃあ伊吹が秘宝を狙っているのは、式守の家宝が御薙側に奪われてるって勘違いしているため、か?」
「おそらくね。ただ、勘違いというよりは認めたくないんじゃないかしら。それに、まだ他にも理由はありそうだけど・・・今は考えないようにしましょう」
「そう・・・だね。それで、その那津音姉さんが遺した遺言の内容は?」
雄真の言葉を受け、鈴莉は「これはあの場にいた私とゆずは、護国の三人しか聞いていないのだけど」と前置いてからその内容を話し始めた。
――秘宝を封印して。
――あれは長い時を経て、力を付け過ぎた。もう私たちが御せるものではないわ。
――でも、式守家に置かれていてはまた同じ過ちが繰り返されてしまうかもしれない。
――だから・・・鈴莉とゆずは。貴女たちに頼みたい。
――私の親友であり、最も信頼できる貴女たちにこそ、頼みたい。
――もう二度と、こんなことが起きないように・・・誰も悲しまないように。
――それと・・・お父様。私の後を継ぐ者、つまり次期当主候補には伊吹を推薦いたします。
――あの子の実力はお父様も知っているでしょうし、当主としての器量も備えております。
――でも、伊吹はまだ幼い。だから、彼女が当主になるその日まで、どうか見守ってあげてください。
――そして、鈴莉とゆずは。お願いばかりなのだけど、貴女たちも伊吹のことを気に掛けてやって。
――あの子は、人一倍繊細だから。だから・・・あの子が万が一道を違えてしまいそうになったら、どうか止めてあげて欲しい。
――それと、貴方の子供たち・・・小雪ちゃんや雄真くんとも、仲良くしてくれると嬉しいなぁ。
――それでは、三人とも・・・後は、頼みます。
「那津音が暴走を制して、でも吸収され尽くされた魔力の枯渇によって死に至るまでの、ほんの数分の間だったわ」
「・・・」
鈴莉から聴かされたその遺言の内容に、雄真は何も言わない――否、何も言えなかった。
死の直前まで人々を案じ、式守家を案じ、そして妹のような存在を案じた那津音。
その姿は、記憶に強く残っている尊敬した姉の姿と何ら変わりなく、どこまでも気高く崇高な魔法使いだった。
『那津音姉さんの遺志――確かに受け取ったよ』
今なら雄真にも、伊吹の気持ちが分かる気がした。
きっと彼女は、那津音のことが大好きだったのだろう。尊敬し、もはや崇拝にも近い念を抱いていたのかもしれない。
だからこそ、那津音が遺言で自分を次期当主に推してくれたと知り、それに応えなければと思った。
代々式守家の当主によって保管されていた「式守の秘宝」を受け継ぐことによって、当主であるための証を立てなければと思った。
しかし、思っても秘宝は式守家には無い。そして現当主である護国に問い詰めてみれば、秘宝は御薙と高峰に託したという。
だが護国は、それ以上は口を開こうとはしなかった。それはまだ姉の死のショックから立ち直れていない伊吹への配慮だったのだが、それが裏目に出る。
御薙や高峰に秘宝を奪われたと勘違いした伊吹は、それが那津音の遺志だとも知らずに早々に決着を付けに来た。
つまり今回の無謀とも言える伊吹の行動は、全て当主への拘りと――姉に対する、絶対的な想いだったのだ。
『そういうことだったのか・・・』
そう理解したと同時に、雄真の胸には既に今までとは違う感情が生まれていた。
『・・・アリエス』
【はい、頑張りましょう、雄真さん。伊吹さんを止めるため・・・いえ、”救う”ために】
『・・・ああ』
自分の気持ちを察してくれる優秀な相棒に感謝しつつ、雄真は改めて鈴莉に向き直る。鈴莉も息子の気持ちを察したように、穏やかに微笑んだ。
「母さん、話してくれてありがとう。これでようやくスッキリしたよ。・・・俺は、伊吹を敵とは見なせない。彼女の気持ちが理解ってしまったからこそ、救いたいんだ」
「ふふ、私は一度も伊吹さんを敵と思ったことはないわよ。そして・・・雄真くんなら、理解ってくれると思っていたわ」
いつも一枚上手な母に苦笑を零しつつ、雄真は窓の外へと視線を移す。
――そこには、那津音の遺骨を下にして屹立する桜が、その桃色の花弁を咲き誇らせていた。
22話へ続く
後書き
連載再開でーす! 待ってくださっていた方々は、お待たせしました^^;
21話ということで、前回伊吹とニアミスした後の後日談(?)を書きました。
鈴莉の研究室での、答え合わせ。雄真の見解と、明かされた那津音の死の謎。
そして那津音の遺言――これはオリ要素でしたが、きっとこういうやり取りがあったんだろうなぁという、私なりの補完でもあります。
それを聞いた雄真は、ある一つの考えに至り――そして決意する。伊吹を倒すのではなく、救うのだと。
・・・あれ、もしかしてフラグ立った?(笑)
それでは、また22話でお会いしましょう〜^^