薙ぎ倒された結界の木々から、距離にしておよそ50m。

『・・・何だ、この洞窟は?』

鬱蒼とした森の中にひっそりと存在していたのは、それほど高くない急斜面にポッカリと空いた洞穴だった。

入念に周囲の索敵を繰り返してから、中の調査を始める。野暮ったいのは外見だけで、中に入ってしまえば近代的な研究室を思わせる作りとなっていた。

明らかに、人の手が加わった一本道。壁面は無骨なコンクリート張りになっており、しかし足元は微弱な灯りがポツポツと照らしている。

とりあえず、雄真は入口から数mの場所で一度立ち止まり、頼れる相棒に訊ねた。

『どう思う? アリエス』

【・・・ここが敵の狙っていた場所と見て、間違いないでしょう。ただ、リスクを覚悟の上なら奥へと進んでみても良いのでは?】

『奥、か・・・』

右手の中指に収まっている相棒の言葉に、陽の光が当たらぬ深淵へと視線を向ける。

どちらにせよ、今のままでは情報不足。相手が何を狙い、何故狙い、どのようにして狙うのか分からなければ、守りようもない。

しかし、それにはアリエスの言う様に「リスク」が伴うだろう。それは、敵に発見されかねないリスクと共に―――。

【そして、この奥にある大きな魔力の正体が分からない以上、一旦引いて態勢を立て直すのも手かと】

正体不明の、大きな魔力反応。もしそれが自分たちに害を成すものなら、出口がこの一本道しかないであろうこの場所では不利なことこの上ない。

しかし、ここで得られる情報はおそらく多大なものだろう。敵が狙っている場所だというだけで、調査する価値はある。つまり、ハイリスク・ハイリターンというわけだ。

そして、雄真は決断する。

「・・・式守側は、こちらの予想以上に焦っている。この機を逃す手は無い、か」

この洞穴の前にあった結界やトラップのほとんどは、おそらく信哉であろう魔法使いの手によって壊されてしまった。

だとすれば、早ければ明日にでもここに来るだろう。そして、今度はきっと本命――式守伊吹が来るはずだ。

『よし、行くぞ。アリエス』

【はい】

雄真は念のためにその場所に感知型のトラップを仕掛けると、強化されたままの足で、徐々に濃くなっていく闇のさらに奥へと駆けていった。





はぴねす! SS

            「Secret Wizard」

                             Written by 雅輝






<20>  魔法陣の前で





「・・・何だ、これは・・・・・・」

しばらく歩くと、途端に道が開けた。足もとの灯りもそこで途切れており、雄真が魔法で光球を作りだすと、部屋を象ったような大きな空間の全容が浮かび上がった。

その中でも一際異質な存在。部屋の中央にある台座らしきものの上には、仄かに青白い光を発する魔法陣が描かれていた。

だが、雄真が絶句するほど驚いたのは、別に理由がある。

『おそろしく、複雑な魔法陣だ。・・・アリエス、一応解析をしてみてくれるか?』

【はい。・・・・・・やはり駄目ですね。プロテクトが幾重にも掛かってますし、雄真さんでも――いえ、ClassS相当の力が無いと手も足も出ません】

『ClassSだって?・・・いや、なるほど。やっぱりこの先に、式守が狙うモノがあるってわけか』

そもそも魔法陣とは、地面や空中に自らが描く魔法式のことで、高度な魔法を維持することも出来、様々な用途で使われている。

そしてその中でも最も多いのが、魔法陣同士を繋ぐ空間転移――ありていに言えばワープであり、今雄真の目の前にあるものもそれに当たる。

だが今のままではロックが掛かっており、転移は不可能。それはおそらく術者にしか解けず、ロック自体を破壊しようものなら、ClassS以上の力が必要。

『お手上げだな・・・』

魔法陣の前で、途方に暮れる雄真。

最も重要な手がかりが目の前にあるのに、手も足も出ない現状。肩すかしを食らった気分になって、ボンヤリとしていた彼は、アリエスの切羽詰まったような声でふと我に返った。

【――っ、雄真さん! 何者かが接近中! もう既にこの洞窟の中に入っています!】

「な――っ!?」

その報告に、雄真は一瞬狼狽するも、すぐに意識を切り替えて考える。

入口の感知型のトラップには何の反応も無かった。

魔力を持たない一般人が誤って迷い込んだのか。はたまた、力のある魔法使いがトラップを無効化にしたのか。

「・・・ふ、考えるまでもないか」

信哉が結界を断ち切ったすぐ後だ。前者なら余りにもタイミングが良すぎる。

「・・・ふう」

呼吸を落ち着かせ、次善策を模索する。引き返すという選択肢が使えずに、また道もここで行き止まりになっている以上、この部屋に留まるしかないのだが。

『気配を消して隠れる。・・・それが一番現実的か』

幸いにも、部屋には太い柱が何本か立っており、雄真はその死角に移動する。

さらに自らの周りを囲むように小さな魔力遮断フィールドを張り、息を潜めて侵入者の登場を待った。







やがて、微かな息遣いと共に二人分の足音が聞こえてきた。

「・・・ふん、何もこんな辛気臭い場所に隠さずとも良いだろうに」

「それだけ、御薙側にとっても重要なものなのでしょう」

カツンと、二人の足音が止まる。その口調、その声。隠れているため顔を出すわけにはいかないが、見ずとも分かる。

「まあ良い。それももうじき終わる」

「・・・はい」

――式守家の次期当主、式守伊吹。そしてその従者である、上条沙耶。

台座の前で立ち止まったらしい彼女たちの一言一句を聞き漏らさぬように、雄真は意識を集中させてなおのこと聞き耳を立てる。

「して、信哉は?」

「魔力を多量に消費してしまったようですが、心配には及びません」

「むしろ、あの男が上条家までまっすぐ帰れるかを心配したいところだが・・・”雷神”を使ったのか?」

「はい。あの結界はおそらく、御薙鈴莉本人が掛けたものでしょう。それを破るには、致し方なかったかと」



『雷神・・・?』

話を聞くに、それはおそらく信哉の奥の手のようなものなのだろうと、雄真は考える。

三人の能力が杳として知れない以上、こうして情報収集出来たのは僥倖であった。



「では、信哉の回復にはどれほど掛かりそうだ?」

「日常生活には差し支えありませんが、魔力の総回復となると・・・三日は掛かるかと思われます」

「三日、か。・・・それまではこちらも手は出せぬか」

「伊吹様?」

「この魔法陣、予想以上に厄介な代物だ。おそらく私一人の力では破壊できまい」

「なるほど、そこで兄様の雷神の力が必要なわけですね」

「そういうことだ。無論、お前にも協力して貰うぞ、沙耶」

「・・・御意に」



『まずいな・・・』

【ええ、彼らの能力を鑑みた結果、かなり高い確率でロックは破壊されると思われます】

鈴莉の結界を薙ぎ倒してしまった信哉に、雄真すら超える速度で魔法を扱える沙耶。

そしてその能力は未知数ではあるが、名家として名高い式守家の次期当主である伊吹。

『どうにかして手を打たないとな』

【はい。ひとまず、鈴莉さんに相談してみましょう】

と、そこまで念話を交わして、雄真はふと疑問に思った。伊吹たちの話し声が聞こえなくなっていたのである。

そしてその疑問は、すぐに氷解することとなる。――最も最悪な形で。



「・・・ふっふっふ、はーっはっは!」

「い、伊吹様?」

突然笑い声を上げた主君に、沙耶は慌てたように訊ねる。

しかし伊吹はまだ笑いが収まらないといった様子で帽子を少し目深に被ると、その数瞬後には笑いを消し部屋の一番奥にある一本の柱を睨みつけた。

「今までまったく気づかなかったとは・・・この私を出し抜くとはなかなか」

「え?」

沙耶が、伊吹の目線に倣って奥の柱を見る。しかしそこから漏れてくる気配はなく、彼女は首を傾げざるを得なかった。

「ふむ、沙耶でも分からぬか。・・・さて、そろそろ出てきたらどうだ? そこの柱の陰に隠れている者よ」

伊吹がビシッとビサイムで指した先にある一本の柱。

その陰では、まさしく雄真が脂汗を掻きながら、次善策を練っていた。



『しくじった・・・まさか、気づかれるとは』

予想以上に高い伊吹の能力に、内心舌打ちをしながら雄真は考える。

出口は一つ。しかしそれは伊吹の側にあり、部屋の奥にいる雄真が通ろうものなら、正体がバレてしまうだろう。

「・・・」

一瞬、普通科の生徒が偶然紛れ込んだということで誤魔化せないだろうかと考え、しかしすぐさま切り捨てる。

自分が気配を隠すように隠れていたのは、先の伊吹のセリフからして明確であり。そしてそんな誤魔化しは、彼女にはきっと通じないだろう。

――となれば。

『やっぱり、転移魔法しかないか』

アリエスを起動させて杖の状態に戻しつつ、雄真は覚悟を決める。

魔法陣も使わずに、個人で使う転移魔法は、ClassでいえばA相当の魔法。雄真とはいえ、成功する確率は五分五分だった。

『とはいえ、ここで成功させなきゃ正体がバレちまう。それだけは避けたいな』

【・・・マスター。私も力の全てを以ってサポートします。だから、自信を持ってください】

『・・・はは、サンキューな。アリエス』

【いえ、マスターの力になることが、私の全てですから】

頼れる相棒に礼すると同時に、弱気になっていた自分を叱咤する。そして――張っていた魔力遮断のフィールドを解除した。

「エル・アムダルト・リ・エルス――」

敵に魔力を察知させないために張っていたそのフィールドは、しかしその中では自分も魔法が使えないことにも繋がり・・・だからこそ、雄真はフィールドを切り捨てて魔法――ワープの詠唱に入った。

その声は、極力小さく。少しでも自分の特徴を、敵の情報として残さないように。

――しかし。

「な――っ、この魔力は・・・御薙の血を引く者か。ちっ、逃がさん!!」

声ではなく、魔力の波長で勘付かれてしまう。そう、魔力遮断のフィールドを解除したということは、相手にも魔力が読まれてしまうということに他ならない。

しかし、それは承知の上だ。実際に自分の正体が明かされさえしなければ、まだまだやりようはあるのだから。

「ア・グナ・ギザ・ラ・デライド――」

「逃がさん」という言葉通り、伊吹はこちらにワンドを向けた状態で詠唱を始めた。

『な・・・んだ、この魔力は・・・』

そこで雄真は初めて、式守伊吹の実力を直に感じた。

練られていく圧倒的なまでの魔力。学年が一つ下とは到底思えない威圧感。ワンドを通して向けられる恐怖。

魔法使いとしての自分が、警鐘を鳴らしていた。しかし、そこで冷静さを欠くわけにはいかない。

「ラ・ディーエ!!」

「――カルティエ・ラ・アムティエト」

一瞬早く、伊吹の詠唱が完成し、続いて詠唱を終えた雄真の元へと複数の魔法弾が殺到する。

その魔法弾は、その一つ一つがClassA並の威力。直撃すれば、レジストを駆使しても無事では済まなかっただろうが・・・。





「――くっ、逃がしたか」

爆音の残骸には何者の姿もなく、伊吹は小さく舌打ちを漏らした。先ほど自分たちが通って来た通路からは、微かながら走り去る音が聞こえてくる。

「伊吹様、追いかけましょう!」

沙耶もその音が聞こえたようで、すぐに駆けだそうとするが、主君である少女は首を振ることで否定の意を示した。

「良い。走り去る速度から察するに、おそらく強化魔法の類を足に掛けている。今から追っても、姿さえ見えんだろう」

「・・・伊吹様?」

沙耶から見えた少女の横顔は、悔しさの中にもどこか楽しさを含んだ表情をしており・・・問いかけると、伊吹は一つ苦笑を漏らした。

「ふん、面白くなってきたではないか。――沙耶」

「はい」

「この学園の魔法科に、先ほどのような芸当ができるものは居るか?」

「・・・高峰小雪様を除けば、一人思い当たります」

「ほう。・・・神坂春姫、か」

「はい。おそらく彼女ならば先ほどのようなことも可能かと。それに神坂様は、御薙の愛弟子という情報も」

「なるほど。姓を偽って、自身の娘であることを隠している、か。御薙らしい手だが、私には通じん」

伊吹は含み笑いをしつつ、これ以上この場所にいる必要もないと言わんばかりに、さっさと沙耶を伴って転移魔法で消えていった。

――その胸中に、些細な・・・しかし重大な勘違いを残して。



21話へ続く


後書き

何とか完成です、SW20話^^

今回は完全オリジナル。情報を求めて洞窟の中に入った雄真に、意外な展開が。

まさかの伊吹達とのニアミス。伊吹の予想以上の実力に、雄真は追いつめられるものの・・・何とか、窮地を脱することに成功。

しかしその結果、伊吹は小さな勘違いを残し・・・それが後々、どういう結果に繋がるのか。

その辺りも、今後は楽しみにして欲しいです! それでは〜^^



2009.3.9  雅輝