「お花見?」

翌日の昼休み。今日は弁当を持参しているので教室で準とハチと昼食を取っていた雄真は、その二人からもたらされた提案を反芻した。

「ええ、明日って学校も休みでしょ? 桜も今が見頃だし、丁度いいじゃない♪」

準の言葉に、雄真はおかずのコロッケを咀嚼しながら、窓の外へと視線を向ける。雄真の席からは丁度校庭の桜を見ることができ、彼はほぼ満開の桜達を見て納得するように数度頷いた。

「あぁ、確かに。まあ断る理由はないか。・・・んで、この三人でやるのか?」

「はっはっは!そんなワケないだろう? 折角混合クラスになったんだ。これを機に、姫ちゃんや杏璃ちゃんとの距離を一気に縮めるぜ!!」

相変わらず無駄に熱いハチの言に、雄真は若干引き気味に返す。

「そ、そうか。・・・ってことは、もうその二人は誘ってるのか?」

「うぐっ・・・」

雄真の問に、なぜか言葉を詰まらすハチ。そんなハチを尻目に、準がニヤニヤしながら雄真の問に答える。

「どうせハチのことだから、断られるのが怖くてまだ誘えてないんでしょ?」

「ああ、なるほど」

「く、くっそぉ〜。俺だって・・・俺だってなぁ・・・」

二人とも伊達にハチの親友を長いことやっているわけではない。どうやらその見解は的中したようで、ハチは地面にのの字を書くようにいじけてしまった。

「はいはい、ハチは拗ねないの。雄真が責任もって二人を誘ってくれるらしいから、元気出しなさい」

「キャン♪」

「立ち直り早っ! っていうか、準。何でそんな話になってるんだよ?」

「え〜、いいじゃな〜い。春姫ちゃんとは隣同士なんだし、杏璃ちゃんもハチよりは可能性も高いと思うけど?」

「・・・むぅ」

否定できない。さらにはハチも、某ローン会社のチワワのごとく見つめてきている。・・・ハッキリ言って、気持ち悪いだけだったが。

とはいえ、特に断る要素も無かったため、雄真は「はぁぁ」という深いため息と共にその役割を引き受けるのであった。





はぴねす! SS

            「Secret Wizard」

                             Written by 雅輝






<17>  お花見騒動(前編)





翌日。見上げた空は高く蒼く――まさに絶好の行楽日和と言えるほど、晴天に恵まれた。

まだ朝も早い時間。春とはいえ、まだ本来の登校時間に当たるこの時間帯の空気に、雄真は少し肌寒さを感じながらも、ボンヤリと天上を見上げていた。

その視界に入る色は、蒼と共に桃。いや、正確には「桜」。

「――ったく、こんな朝早くから花見を始めるやつなんかいねーっての・・・」

雄真はそんな文句とも愚痴とも取れるセリフを、今はこの場にいない腐れ縁の親友に向ける。



――昨日の放課後。

首尾良く春姫と杏璃の二人を誘うことに雄真が成功した途端、ハチのテンションは急上昇し、その日の内に花見に必要なものの買い出しに街へと出ることになったのだ。

しかし雄真には、春姫のサポートとして放課後の森の監視をする役目がある。しかも昨日は春姫にとっても初の警備だったわけで、これから彼女のサポートをする身としては、その行動パターンなども探っておきたかったのだ。

まあそれは後に回すとして。問題は、雄真が買い出しに行けない代わりに、今日の花見の場所取りを命じられたことであり――。



「・・・はぁ。こんなことなら、もう少し遅く出てきても全然余裕だったかな?」

【そうですね、既に雄真さんと同じように場所取りをしている人もチラホラ見えますが、ここの敷地は広いですから】

雄真の独り言に、雄真の右手の中指からアリエスが応答する。

ちなみに今日の花見の開催場所は、学校の裏手にある広大な公園。五十近い桜が植えられているこの場所は、春になれば生徒達の癒しのスポットにもなる、まさに瑞穂坂学園の隠れた名所である。

とはいえ、学生にはあまり「お花見」という発想自体がないのか、花見シーズンの休日にも関わらず、見られる人影は少ない。

だから雄真もこうして悠々と大きなレジャーシートを広げながら、一足先に花見の主役である「花」を堪能しているわけだが・・・。

「暇なんだよなぁ。微妙に腹も減ってきたし・・・」

十分ほどでその行為にも飽きた。やはりこの年代の男子は、花より団子なのだろう。


『むう。・・・アリエス、暇潰しに話し相手になってくれるか?』

【暇潰しと断言されるのも何となく悲しいですが。まあ勿論構いませんけど――いえ、やっぱりやめておきましょう】

『ん? どうしたんだ?』

【いえいえ、私以上に相応しい話し相手が現れたようですので】

『それってどういう――』


「おはようございます、小日向くん」

「・・・え?」

アリエスとの念話に意識が行っていた雄真の耳に届いたのは、彼と隣の席同士でもある、学園のアイドル的存在の声であった。

雄真にとってそれは突然の出来事であり、また同時に疑問に思う出来事。何故なら、場所取りに任命されていたのは雄真一人だけだったはずであり、よって彼女は杏璃あたりと共に後から来るものだろうと思い込んでいたからだ。

「場所取り、ご苦労さまです」

「か、神坂さん!?」

「あっ・・・すみません、驚かせちゃいましたか?」

「いや、それはいいんだけど・・・」


『・・・アリエス、気づいてたんだろ? 教えてくれれば良かったのに』

【だから教えたじゃありませんか。「私以上に相応しい話し相手が現れた」と】


雄真が念話で相棒を軽く非難するも、アリエスの方が一枚上手だったようだ。軽くあしらわれ、渋々納得する。

「でも、こんな時間にどうしたの? それに確か集合場所って校門じゃなかったっけ?」

「ええ、そうなんですけど・・・ちょっと早めに目が覚めちゃって」

「ああ、そっか。ここって、女子寮から結構近かったっけ」

なるほど、と雄真は得心した。確かにここは、早く目が覚めてしまったときなどは、散歩がてらに出かけたくなるような場所だと。

「ふふ、そういうことです。でも、こんなに空いてるなら、場所取りは必要なかったかもしれませんね」

「はは、そうかもな」

人によっては嫌味に聞こえるかもしれないそんな言葉も、春姫が言えばまったくそう聞こえないから不思議だ。

それは彼女の人徳が成せるものであり・・・また雄真も、彼女がそんな嫌味を言う人でないことくらいは、この数日間で既に把握していた。

「暇・・・ですよね?」

「まあ・・・」

むしろ暇すぎて相棒のマジックワンドと雑談でもしようと思ってました、とは言えない雄真はとりあえず曖昧に頷いておく。

「だったら、私も場所取りにお付き合いしちゃおうかな♪」

「え!?」

口調も少し砕けたものになって、春姫が丁寧な動作で靴を脱ぎつつシートへと上がってくる。

「・・・お邪魔なら退散しますけど」

「いやいや、それはない! 断じてないから!」

「クスクス・・・はい、それではお邪魔します」

春姫の笑顔に、敵わないなぁという気持ちになりながら、雄真は彼女が座るためのスペースをさりげなく空ける。

その場所に静かに腰を下ろした春姫を横目でチラチラと見つつ、しかしどんな会話をすればいいか分からず、雄真は沈黙を保つように桜へと視線を戻した。

「・・・安心しました」

「え?」

数秒の静寂の後、春姫が口を開き、雄真も彼女の方へと目を向ける。

「昨日の夜ね、風が強かったでしょう? だから、散っちゃってたらどうしようって心配だったんですよ」

「あ、ああ。それは俺も少し思ってたけど・・・周りを見る限り、そんなに被害も出てないようだな」

「ええ。・・・でも、本当に綺麗ですね」

風が吹く。桜の木々はそれに呼応するようにゆらゆらと揺れ、幾枚もの桃色の花弁が、まるでそんなそよ風と戯れるようにふわりと舞い落ちた。

そしてその内の何枚かは、春姫の元へと誘われるように舞い・・・春姫はそんな悪戯好きな精霊たちのような花弁を、慈しむように手のひらで受け取る。

その表情は慈愛に満ちており、柔らかく優雅な微笑も相俟って、自らの天使たちと戯れる女神を彷彿とさせた。

「・・・」

そんな幻想的な光景を間近で見ていた雄真は、不覚にも数秒の間、頬を朱に染めながら見惚れていた。

ここまで異性に心惹かれたのは、あの時――助けた女の子の笑顔を見たとき以来だなと、心のどこかで思いながら。

「あの・・・小日向くん、どうしました?」

「え・・・あ、いや・・・」

「・・・?」

まさか見惚れていた、などとは恥ずかしくてとてもではないが言えない雄真は、必死に話題を変える。

「えっと・・・お菓子食べる?」

しかし異性と付き合ったことのない雄真にとって、それは些かハードルが高過ぎたようだ。体重を気にしている女の子に言おうものなら、相手は笑顔のまま青筋を浮かばせるかもしれない。

「うん、食べたいな」

だが、そこは学園が誇るスタイルの持ち主である春姫。無頓着なのか、あるいはお菓子好きなのか。どちらにせよ笑顔で頷いてくれて、雄真も安心しながら持参したバッグの中身を見せた。

ちなみにその中には、今日のお花見に急遽参加となったすもも厳選のお菓子が詰め込んであり・・・その内訳は、実にストロベリー味が8割を占めている。完全にすももの好みが反映されたチョイスだった。

「随分と持ってきたんですねぇ・・・」

「まあね。すもも――ウチの妹が持ってけってうるさくて」

「あ、ストロベリースティック! これ、私好きなんですよぉ〜」

「そっか、じゃあそれを・・・」

「あ、懐かしい。ペンペンハウスだ〜♪ こっちはミルクスナックのイチゴ味!」

どんどん高くなっていく春姫のテンション。どうやらすもも同様、イチゴ系のお菓子に目が無いらしい。

「・・・神坂さん、なんだかニコニコだね?」

これもこれもと手にとっては喜ぶ春姫を見て、雄真がポロッと漏らす。

「え・・・あ、うん。・・・そうかも」

雄真の言葉に春姫は頬を赤く染めて俯いたが、その照れを隠すように「ふふふ」と笑った。

その場には、心地よい空気が流れていた。





「・・・何でこんなことになってるんだろうなぁ」

数十分後、雄真は空を仰ぎみて、辟易していた。

視線を移す。その先は自分の右肩。そして、そこに寄りかかるようにして「くー」という可愛らしい寝息を立てている魔法科のアイドル。

「無防備すぎるだろうよ・・・」

ごちたところで、状況は変わらない。十分ほど前、互いに話すことが無くなって二人して桜を眺めていたら、突然雄真の右肩に重みが加わった。

それからというもの、ずっとこの状態が続いているのである。

気持ち良さそうに眠っている手前、起こすのも憚られ、態勢すら変えることのできない雄真は、ずっとこうして生き地獄を味わっている。

『はぁ・・・せめてこの状態を、あいつらに見られないように祈ろう・・・』

ハチにで見つかりでもすれば、それこそ血の雨かもしれない。・・・主に、ハチの血の涙による。

『・・・それにしても、魔法を使っているときとはえらい違いだよなぁ』

雄真はチラリと、自分の肩を枕代わりにしている春姫を眺める。

魔法を使う時の凛々しい表情とは裏腹に、端正な顔は目が閉じられ、あどけなさが加わることによってさらに直視できないものとなっていた。

「・・・やっぱり、女の子なんだなぁ」

今更、そんな当たり前のことを実感する雄真。

それまで彼にとって、春姫は大魔法使いである鈴莉の愛弟子であり、自分は兄弟子。――つまりは、魔法使いとしてでしか見ていなかった。

彼女が学園のアイドルとまで呼ばれる所以が、今ようやく分かったような気がしたのであった。

「・・・はは、らしくもないことを」

口ではそう言いつつも、春姫が自分で起きるまでゆっくり待とう、と再び桜に視線を戻す雄真であった。





【・・・襲ってはいけませんよ?】

『(ゴツンッ!)〜〜〜っ、誰が襲うかっ!!』

悪戯っぽく念話で囁かれたアリエスの言葉に、雄真が背にしていた桜の幹で後頭部を強かにぶつけたのはまた別の話。



18話へ続く


後書き

あけましておめでとうございまーすっ!!(←遅いよっ

はい、自身の作品はこれが新年初UPとなりました。

いやぁ、年末年始はやけに忙しくて・・・その上モチベーションも上がらず、二週間も放置プレイ。今年の幸先悪いなぁ(笑)


さて、それはともかく。今回はあえて「魔法」という要素を省いた一話にしてみました。

狙いは、最後にあります通り、「雄真に魔法使いではない春姫の魅力を知ってもらう」です。

一応成功したかなぁとは思うのですが。まあ今回はほとんど本編に準じた形になってしまったんですけどね^^;


それでは皆様、今年も一年、Memories Baseをよろしくお願い致しますっ!!



2009.1.12  雅輝