「それにしても、いきなり魔法実習の見学とはね。ビックリしたよ」

”教師である御薙鈴莉に、教材を研究室まで運ぶように頼まれた一生徒の小日向雄真”は、彼女の研究室で苦笑を交えながらそう告げた。

「ふふっ、まあ前々から考えていた企画だったしね。雄真くんのクラスが休講になったっていうから、丁度いいかなって思っただけよ」

対して鈴莉は悪戯っぽく返答。自分と息子に淹れた琥珀色の紅茶に、優雅に口をつける。

「それで、その理由は?」

「あら、雄真くんなら薄々感付いているんじゃない?」

逆に不思議そうに問いかけられた雄真はまたも苦笑を洩らすと、本人でも自覚しない内に魔法使いの表情となって口を開く。

「・・・最後の模擬戦、かな? 今回の事件の協力者は少ないみたいだし。さしずめ力試しってところ?」

「正解よ。あまりしたくはない手段だったんだけどね。それで、感想は?」

「・・・ハッキリ言って、神坂さんはともかく柊は難しいと思う。彼女はセンスもあるし、努力もしているみたいだけど、性格的に見て魔法使いとして治さなきゃいけない点がある」

「私とほぼ同意見ね。それを確かめるためでもあったんだけど。でも、今日の柊さんはいつもより魔法のキレもあったし、動きも悪くなかったわ」

「ああ。それでもあそこまで抑えてしまうのは、流石は神坂さん――いや、母さんの弟子、といったところかな?」

今度は雄真がそう悪戯っぽく笑い、対して鈴莉は普段は崩れないそのポーカーフェイスを少しだけ朱に染めて、誤魔化すように口を開いた。

「コホン。――あと、雄真くんに教えておかなければならないことがあるわ」

「・・・教えておかなければならないこと?」

雄真が首を捻る。後から思えば、この瞬間こそが非日常へと転がり落ちる最初の一歩だった。

「校舎の裏の森。その中でも特に禁止区画とされている場所に、このボールペンが落ちていたわ」

「それって――っ!」

森。禁止区画。その二点だけでそこがどういう場所かを悟った雄真は、そのボールペンを見て息を呑んだ。

無骨だがセンスの良いデザイン。黒でコーティングされた外装の一部には、「2−H」と金色で刻まれている。

それは、準が毎年新学期にクラス全員に配っているものだった。社交性抜群の準だからこその企画。当然、持っているのはそのロゴに刻まれているように「2−H」の生徒のみ。

それはつまり、雄真のクラスメイトの中に秘宝を狙うものが潜んでいることを示しており。

そしてその中でも格段に怪しいのは――。

「・・・やっぱり上条兄妹の可能性が高いかな」

「そうね。雄真くんにしてみれば複雑かもしれないけれど・・・式守家の護衛役である彼らが犯人と見て、間違いはないでしょう」

「でも、流石に早すぎるんじゃ・・・」

確かに雄真の言うとおり、昨日が始業式で今日は授業の開始日。行動を起こすには、余りにも早すぎるのも事実だ。

「それもたぶん、作戦の内ね。私たちの態勢が整う前を狙っているのか、それとも式守家自体の問題か」

「式守家のって?」

「・・・いえ、何でもないわ。とにかく、これからも頻繁に森に出入りされそうね」

「それじゃあ、そろそろ俺も動いた方がいいのかな?」

「ええ、でもあくまで隠密に。表立った行動は神坂さんにお願いするから、雄真くんは影から彼女のサポートをお願いね」

「バレないように? それって相当難しいんじゃ・・・」

「大丈夫よ。この事件のために、貴方はずっと頑張ってきたんだもの。・・・自信を持ちなさい」

凛とした態度に、優しげな瞳。励ます声の力強さ。

雄真の慕う母とはまた別の、雄真の憧れる魔法使いの鈴莉がそこにはいた。

「・・・ああ、ありがと。母さん」





はぴねす! SS

            「Secret Wizard」

                             Written by 雅輝






<16>  雄真の使命





「・・・とはいっても、どうするかなぁ?」

鈴莉の研究室を辞した雄真は、学校の裏手にある大きな森の入口で悩んでいた。

鈴莉に与えられた役目は、森を警備する春姫のサポート。しかし彼女が警備に参加するのは明日からという手筈になっており、今この場には雄真ただ一人。

敵がいつ来るとも分からないこの状況。当然、今日も警備をする方がベター・・・なのだが、普通科の生徒が一人で森に入る理由もなく、敵に見つかれば怪しまれてしまうだろう。

そもそも警備という題目で、雄真がここで出張っては意味がないのだ。もし敵と遭遇して戦闘になった時、その時点で早々に雄真の正体が敵に悟られる。

だからこそ、警備というある意味主役な役目は春姫に任せ、雄真は敵にも春姫にも気付かれないように影からサポートするのが理想的なのだ。


『でもなぁ、悠長にしてて目的を達成されても意味がないんだよなぁ・・・』

【そうですね。昨日の今日、と言いますし。今日来る可能性だって低くはないですね】

『アリエスもそう思うか? とはいってもどうすれば――』

【――っ!誰か来ますっ】

『おっと・・・』


気配を察知したアリエスに倣い、雄真は咄嗟に物陰に身を潜ませる。

グラウンドから歩いてくる一つの影。遠目からもハッキリと分かるほどの鮮やかな金髪とツインテールで、大方の予想は付いた。

まだ先ほどの実習から着替えていないのか、メイド服のようなデザインの魔法服を身に纏った彼女は、雄真に気づかぬままスタスタと歩き森の中へと入って行った。


『・・・何で柊が森の中に? まさか――』

【可能性は低いと思いますが・・・それより、これはチャンスですね】

『ああ、これで俺が森の中へ入るための大義名分が出来たわけだ』


”クラスメイトが森の中に入っていったため、気になって後を追った。”

そんな素敵な言い訳が出来た雄真は、ニヤリと若干黒い笑みを浮かべつつ、決して悟られないように彼女の後を追うことにした。







柊杏璃は、生来の負けず嫌いである。

それは自他共に認める彼女の性格であり、今回も模擬戦で春姫に惜敗――決して惨敗ではない――を喫した杏璃は、その負けず嫌いっぷりを遺憾なく発揮していた。

「オン・エルメサス・ルク・アルサス――」

彼女のいつもの自主練習場所である森の一角で、杏璃は魔力を練り上げていく。

このキューブ(格子)という練習法は、魔法における集中力を高めるのに効果的とされている。

合計12本のシャフトで正六面体を形成し、その中で魔力を練り上げていくというもの。シャフトを浮遊させたままの状態で制御しつつ、かつ魔力を高めていくこの特訓はなかなか難しい。

「アスターシア・ルース・エウローサス・メテア――」

キューブの中で淡い光を放っていた魔力光が、徐々に色濃くなっていく。最終的に限界まで高められた魔力は、淡い光を放って綺麗に発散し、それはすなわち特訓の成功を意味しているのだが――。

「レア・フレイメル――ぐ、くぅっ!!」

その前に制御しきれなくなった魔力が爆散し、杏璃の目の前で浮遊していたシャフトをあちらこちらへと吹き飛ばした。

「はぁ〜、また失敗か・・・」

思わず漏れ出たその声には、多少の悔しさは滲んでいたものの・・・またか、という気持ちの方が強い。

実際、杏璃はこのキューブを一度も最後まで成功させたことはなく、その集中力の無さこそが、今日の模擬戦の敗因だと彼女は理解していた。

「・・・負けられない」

『私は誰にも負けない。春姫にだって・・・自分にだって』

決意を言葉に出し、全てのシャフトを拾い集めると、何事も無かったかのようにもう一度同じ練習を始める。

そんな杏璃の様子を、鬱蒼と並ぶ森の中の一本――高い木の枝の上からこっそりと眺めている人物に、彼女は気付いていなかった。







『また失敗、か・・・』

周囲の索敵を優秀な相棒に任せた雄真は、一歩間違えれば犯罪者の烙印を押されかねないほどの覗きっぷりで、彼女の練習を観察していた。

今ので三度目の失敗。しかし彼女に諦める様子は見られず、いそいそとシャフトを拾い始める。

『センスもあるし、努力家でもある。その上一度の魔法に使える最大の魔力量は、俺や神坂さんより上だってのに・・・もったいないな』

もったいない。雄真は心底そう思う。

確かに、所々に杏璃には改善点が見受けられる。それは彼女も理解しているように集中力であったり、魔法を構成する魔法式であったり。

しかし、それらは些末な問題だ。彼女はまだ、”魔法の本質を知る”ということが出来ていない。

それでは伸び悩んでしまうのも、ある意味では当然か。それで逆に才能を開花させる魔法使いもいないわけではないが、限りなくゼロに近いだろう。


『まったく、歯痒いな・・・ん?』

【雄真さん、誰か近づいてきています】

『ああ、俺も感じた。けどこれって・・・』

【ええ、魔力を感じません。・・・どうやら、一般生徒のようですね】


来る途中、魔法で適当な場所にいくつか感知型のトラップを仕掛けていたのだが・・・近づいてきたのは魔法使いではなく、普通の制服を着た一般生徒。

「俺、この森入るの初めてなんだよなぁ」とか「でもここの奥って確か禁止区域になってたよな」などと聞こえてくる声から察するに、どうやら放課後の散策にきた新入生のようだ。

「――っ!」

普段なら誰も寄り付かない場所。そう言った意味でも杏璃はこの場所を選んだのだろうが、このときそれは完全に裏目に出てしまった。

まず第一に、キューブの4度目の挑戦も佳境に入っており、その中には大量の魔力が練られていたこと。

さらに、普段は誰も寄り付かない場所であるが故に、魔力フィールドを張っていなかったこと。

そして何より、そんな極限状態で集中していた杏璃の耳に、普段なら来るはずのない突然の来訪者の声が入ったこと。

『――まずいっ!アリエス、起動!!』

【はいっ!】

キューブ内の魔力の乱れを瞬間的に察知した雄真が、即座にアリエスを杖の状態に戻す。

「――くぁっ!!」

それとほぼ同時に、杏璃の呻き声と共にキューブの中の魔力が爆散。その衝撃で弾かれたシャフトの一本が、あろうことか凄まじいスピードでその生徒達の方向へと飛来した。

「あっ、危ないっ!!」

『くっ、間に合えよ――っ』

杏璃の悲鳴じみた声を聞きながら、雄真はアリエスの先端をシャフトに向ける。

シャフトは鉄製。それもまるでチャクラムのように縦に回転しており、弾丸の如き速度で生徒たちに襲いかかろうとしていた。

あれがもし頭にでも激突してしまったら。また、運悪く喉にでも突き刺さってしまったら。

「エル・アデムント・ディ・アダファルス――っ!」

詠唱の構成はわずか四音。だが、それ以上時間は掛けられなかった。

自身と、アリエスの力を全て振り絞った、渾身の魔法弾。それを木の上から放つ。

威力は最小限に抑え、その代わりにスピードと制御を最大限に高めた一発は、まるで彗星のように直線の軌道を描いて――。

”ビシュッ”

という存外に軽い音を立てて、飛来するシャフトを打ち砕いた。







「・・・え?」

杏璃には、その一瞬に何が起きたのか理解出来なかった。

暴発した自身の魔力。それにより射出されてしまったシャフト。

フィールドを張っていなかった自身の甘さを呪い、反面もう駄目だと諦めかけたその時。

「魔法・・・」

粉々になったシャフトの元へと歩み寄り、その残骸を拾いながらポツリと呟く。

元々杏璃には気づいていなかったのか、男子生徒たちは自分たちに危険が迫っていたことなど露知らず、杏璃の練習場所の脇を談笑しながら通って行った。

それに安堵の吐息をつきながらも、やはり疑問が残る。

もう間に合わないと思ったあのタイミング。あの一瞬で高速で飛来するシャフトを魔法弾で打ち抜くのは、至難の業だ。

だが微かに見えたあれは、確かに魔法弾であった。そしてそれを成せるほどの腕前を持つ魔法使いなど・・・春姫しか思いつかない。

「・・・」

杏璃はその魔法使いがいた――魔法弾が発射されたと思われる木の上へと視線を移す。しかしさも当然のように、そこには人影どころか気配すら感じなかった。

『春姫だとすればこんな隠れてコソコソする必要は無いし・・・それにあの詠唱、男の声だったような気が・・・』

杏璃は首を傾げながらもシャフトの残骸を拾い集め、気が削がれた様子でそのまま森の出口へと向かう。







一方、それをかなり遠い位置から視力の強化魔法で見ていた雄真は、「ふう」と安堵してその場に座り込んだ。

「なるほどね・・・」と、意識せず呟く。

先ほどの事態はイレギュラーなものだったが、そのおかげというべきか・・・己の成すべきことが見えていた気がする。

――誰にも見つからずに魔法を使う。確かにそれはとても難しいことだと思う。

しかし同時に、これは自分だからこそ成し得るものだとも思った。昔から魔法を影で使い続けてきた自分にこそ――あるいは自分にしか、この役目は全う出来ないのであろうと。

詠唱速度に特化させた攻撃魔法。バリエーションに富んだ捕縛、結界魔法。そして、瞬間的にその場を離脱するための強化魔法。

それらの使い方を、自分は完全にマスターしている。そう自負出来るだけの経験は積んできたつもりだった。

『まるで、魔法使いじゃなくて忍者だな』

そうでなかったらマジシャンか、と苦笑する。

だが、それでこの地を守ることができるというのなら・・・それが己の使命だというのなら、やってやろうではないか。

「・・・よしっ!」

雄真は決意を新たに、勢いよく立ち上がった。






「・・・む?」

伊吹の、一般の魔法使いより遥かに鋭敏な魔力に対する感覚が、一瞬だけ感じた強い魔力を感知する。

おそらく、森の方だろうか。普段ならばそのまま見逃してしまうほどの出来事だが、その魔力の波長には覚えがありすぎた。

『御薙鈴莉か・・・? だが、いったいなぜ森に?』

今日、側近の二人には特に指示は出していない。あまり先走り過ぎても事を仕損じる――確実に事を成す為には、焦りだけではなくタイミングも重要であることは、伊吹も重々承知していたからだ。

さらにいえば、先ほどの魔力の波長も・・・鈴莉のものにとてもよく似ているが、どこか違うような気もした。流石に魔力波長を測定する機器や計器などには劣るが、自分の感覚もそう捨てたものではないと自負している伊吹にとって、それは眉を顰めるのには充分な事柄で。

『・・・なるほど、これが調べにあった御薙鈴莉の子供というやつか。さて、どうするか・・・』

「ね〜、ね〜、伊吹ちゃ〜ん。一緒に帰りましょうよぉ〜」

「・・・」

これからの算段を考えようとする伊吹の脳に、横合いからとびきり甘い女子生徒の声が入り込み、彼女は嘆息をついた。

無垢で、一点の曇りもない笑顔を向ける少女――すももを、伊吹は一瞥すると、「ふん」と鼻を鳴らして。

「・・・好きにするといい」

「あ・・・はい!」

あしらうのが面倒くさかっただけだ。それに、自分はただ帰っているだけなのに、向こうが勝手に付いてくるのだからしょうがない。

そんな誰にとも付かない言い訳を心の中で繰り返しながら、傍目から見れば充分に仲の良い二人組は、校門をくぐるのであった。



17話へ続く


後書き

こんばんは、雅輝です。SW、16話をお送りしました〜^^

今回は、森の警備の話・・・なのかな?結局伊吹陣営は誰も森に入っていないので、何とも言えませんが。

しかしそこで出会ったのは、思わぬアクシデント。そして芽生える自信と決意。

一方、伊吹は感じた魔力に何やら思うところがあるようで・・・。

さて、学校の二日目はこれで終わりです。相変わらずのノロノロ展開ですが、これからもお付き合いくださいませ。

それでは!・・・次回は年明けかな?



2008.12.21  雅輝