昼休みも終わりに近づき、雄真は小雪の曖昧な占い結果に首を傾げつつ教室へと戻って来た。

「雄真、おかえり〜」

「ああ・・・って、他のみんなはどうしたんだ?」

出迎えてくれた準に対して軽く返事をしながら、教室を見渡す。雄真の疑問は尤もであり、確かにもうすぐ休みも終わるというのに、教室に残っている生徒はほとんどいない。

「それが、先生の都合で急に時間割が変更になっちゃったのよ。だから、本来なら次の時間は自習のはずだったんだけどね」

「はずだった?」

「そう。・・・あら、もうそろそろ授業が始まっちゃうわね。とりあえず、グラウンドに移動しましょう」

「グラウンドって・・・お、おい!」

準が突然雄真の手を取って駆け出す。雄真はすぐに体勢を整えると、準の手を払い並走するように走る。

「ああん。合法的に雄真と手を繋げるチャンスだったのに〜」

「ったく。・・・それで?」

「はいはい。本来ならこの時間って、魔法科の人たちは魔法実習でしょ?」

「ああ、そうらしいな」

今は教室を合同で使っているとはいえ、元々は違う科、違うカリキュラムの下で授業を受けていた身。

当然魔法科の授業は普通科とは若干異なる部分もあり、その最たるものとも言えるのが、この「魔法実習」の授業だった。

「じゃあ、その実習の監督の先生は誰か知ってる?」

「そんなの、知ってるわけ―――いや、その話しぶりからすると、もしかして母さんか?」

「相変わらず鋭いわね。その鋭さを、もっとプライベートでも生かしてほしいんだけど・・・」

「ほっといてくれ。――なるほど、だいたい予想がついた」

「さっすが。つまり、そういうことよ」

「じゃあ、遅れるわけにはいかないな。急ごうぜ」

雄真は準を促しながらも、内心では逸る気持ちを抑えきれず、心持ちその足取りも軽くなる。



『しかし、母さんもなかなか思いきったことをやるよな。・・・普通科の生徒が、魔法実習の見学だなんて』





はぴねす! SS

            「Secret Wizard」

                             Written by 雅輝






<15>  魔法模擬戦 〜春姫VS杏璃〜





雄真たちがグラウンドに到着すると同時に、始業のチャイムが鳴り響く。

すると談笑していた魔法科の面々たちは、担当の教師――鈴莉が何かを言いだす前にグラウンドの中央にいる彼女の元へと自然に集まり、整列した。

それも大魔法使いと謳われる鈴莉のカリスマ性ゆえか。鈴莉は出来の良い生徒たちに、微笑みながら声を上げた。

「はい、それでは皆さん。今日もよろしくお願いします」

「「「「「よろしくお願いしますっ!!」」」」」

綺麗に揃った、魔法科全生徒の挨拶。その瞳には、例外なく憧憬の色が灯されている。

「今日は、特別に普通科の皆さんも見学に来ています。けれどいつも通りを心掛け、怪我をしないように気をつけましょう」

「「「「「はいっ」」」」」

「それでは、いつも通り二人一組での、魔力球によるキャッチボールから始めましょう」

鈴莉の指示に、魔法科の生徒達が思い思いにグラウンドへ散っていく。鈴莉はそれを見届けると、ゆっくりと普通科の面々が見学をしている場所まで近づいてきた。

「それでは、皆さんも好きな場所で見学してください。ただし――」

普通科の生徒たちが見守る中、鈴莉は言葉を一旦区切ると、小さく詠唱を唱えてバッと片手を振り上げた。

”キィィィィン”

それと同時に、広大なグラウンドを包み込むフィールドが出現。突如目の前に現れた巨大なクリスタル色のケージに、普通科の生徒は様々な反応を示したが。

「この中に入ると身の安全の保障はできませんから、注意してくださいね?」

ニッコリと笑う鈴莉の笑顔に気圧され、ただ一度コクリと頷くことしか出来なかった。





授業は問題もなく、順調に消化されていった。

その内容は、準備運動とも言える魔力球によるキャッチボール。ダーツの矢を浮遊させ、的を狙う「シューティング」。逃げ回る魔力体のターゲットを、捕縛魔法で捉える「キャプチャー」。鈴莉の降らす大雨を、いかに濡れないように魔法障壁で防ぐか、というものまで様々。

そしてそれを、雄真は他の見学している皆から離れた場所で一人、ボンヤリと眺めていた。

「・・・」

授業内容のレベルとしては、そこまで高くない。どれも基本的な魔法を押さえていれば出来るもので、ClassでいえばDからCといったところか。

勿論鈴莉も、それを理解しながら授業を組んでいるのだろう。皆が春姫や杏璃ほど出来るわけではない。むしろ二人は特殊な存在で、魔法科に通っている普通の学生なら、この授業は「少し難しい」レベルになるだろう。

雄真自身も、この授業なら全てこなせると確信していた。それは驕りではなく、客観的に見た時の冷静な分析だ。

だが―――。

『みんな、楽しそうだな・・・』

シューティングでダーツの矢が的外れな方向に飛んで行ったとしても。捕縛魔法に自身が絡まってしまって動けなくなったとしても。また、雨粒に耐え切れなくなった障壁が壊れ、軽く水浸しになったとしても。

それでも、皆の表情には共通点がある。そう、笑顔だ。

心から「魔法」というものを楽しんでいる証拠。魔法が好きだという気持ちが溢れるような、そんな楽しげな表情。

『魔法科、か・・・』

雄真は思う。

自分は今まで魔法を独学で勉強してきた。しかし、それでも大魔法使いである母のサポート付きという恵まれた環境であったし、彼自身独学でも問題ないと心から思っていた。

だが、その想いが。今この瞬間、彼の中でほんの少しではあるが”ぶれ”た。

羨ましいと感じていた。魔法を不自由なく使える彼らが。

受けてみたいと思っていた。見習いの魔法使いたちを一様に笑顔にする、魅力的な授業を。

【・・・】

アリエスは、そんな主人の願いに薄々気づいていながら、沈黙することで彼を気遣う。

近くて遠い。手を伸ばせば届きそうなのに、決して触れることが出来ないもの。

そんな光景を、雄真は身じろぎせずにじっと見つめていた。羨望、責任、正義感――様々な感情が入り混じったその両の瞳で。





『雄真くん・・・』

そして鈴莉もまた、授業の監督をしながらも、雄真の様子を気にかけていた。

そもそも今回の普通科の見学も、鈴莉が学校側に申し出たものだった。朝の職員会議でこの時間帯の普通科の授業が休講になると知った彼女は、魔法に関する見識を深めるという名目で学校側に許可を貰っていたのだ。

無論、そういった思いも無いわけではない。昨今はかなり世界的にも浸透してきた「魔法」だからこそ、使えないという理由だけで疎遠になるのは勿体無いし、魔法関連の有事の際にはきっと出遅れてしまうだろうことは容易に想像がつく。

しかし、それは一種の建前でしかない。本音には違いないが、一クラスのために許可を取ってまで行なっていては、キリがないからだ。

本当の狙い――二つの内の一つは、他の誰でもなく自分の息子のため。

職権濫用と言われても仕方がない理由であるが、自分も彼もこの地を守るために苦い思いをしてきたのだ。これくらいしても罰は当たらないだろう。

『貴方は今、何を考えているのかしらね・・・』

遠目に見える雄真は、何をするでもなく立ち尽くしてボンヤリと授業を眺めていた。

聡明な彼のことだ。既にこの見学会の真の意図も悟っているだろう。だからこそ感情を持て余している、といったところか。

そしてその結果、良い方向に向かうのか悪い方向に向かうのかさえも、鈴莉には想像が出来ない。全ては彼次第なのだから。

今まで雄真に――自分の息子に、魔法を使ってはいけないという辛い選択しか与えなかったのは自分だ。

だがその自分が今こうして、彼を魔法に近づけさせようとしている。

二律背反の想いを抱えているのは、雄真だけではなかった。鈴莉もまた、母親と研究者との狭間で揺れているのだから。

『・・・一番中途半端なのは、私なのかもしれないわね』

心の中で苦笑を洩らす。

しかし、弱みを見せたのは一瞬。すぐに思い直したかの様に顔を上げた鈴莉の表情は、凛然とした教師のそれに戻っていた。







「それでは、最後に二人一組で模擬戦をしましょう」

授業終了の20分前。鈴莉の号令により集められた魔法科の生徒たちは、その彼女の言葉に驚きを隠せずに軽くざわめいた。

それもそのはず。この魔法実習の授業において、魔法を使った模擬戦を行なうのは初めてのことであったから。

「とはいえ時間もありませんし、全てのペアを私が監督するのは難しいので、任意で一組だけ。他の人は見学ということにしたいと思います」

「はいっ、あたしがやりますっ!」

そんな鈴莉の提案に、真っ先に反応する女生徒が一人。金髪のツインテールを揺らしながら、元気よくその右手を高々と上げていた。

「他の皆さんはどうでしょう?」

鈴莉が他の生徒たちを見渡す。

しかし、一組だけということは当然皆の見本にされるということ。さらに相手がNo.2である杏璃になる可能性も高いということもあり、積極的に手を上げようとするものはいなかった。

「あらあら。それでは柊さん、誰か組みたい人はいますか?」

「はい!・・・春姫っ!今日こそ決着を着けてやるんだからねっ!!」

その展開はある意味、魔法科の生徒ならば誰もが容易に予想できるものだっただろう。

そして同じく、教師の鈴莉にしてみても。模擬戦のペアが”偶然”魔法科のNo.1とNo.2になることは計算の内だった。

勿論、杏璃の親友にして彼女の性格を掴みきっている春姫にとっても、それは確信に近い展開だったわけで。

「だそうよ。神坂さんは大丈夫かしら?」

「・・・はい。お手柔らかにね、杏璃ちゃん」

苦笑しながらも、ハッキリとそう答えた。







「オン・エルメサス・ルク・アルサス・エスタリアス・アウク・エルートラス・レオラッ!」

「エル・アムスティア・ラル・セイレス・ディ・ラティル・アムレスト!」

さらに二重に張られたフィールドの中で春姫と杏璃は、鈴莉の開始の合図と共に詠唱を開始した。

そして魔法が紡ぎだされる。杏璃の火属性の攻撃魔法と、春姫の光属性の防御魔法。

まさに二人の性格を表しているかのような初手は、真の意味で模擬戦の開始を告げる轟音を響かせた。

「ディ・エスタリアス・アウク・エルートラス・レオラ・ディ・アストゥム!」

杏璃は魔法弾が防がれたのを気にするわけでもなく、続けて5発の魔法弾を生成。全弾発射し、多角度から春姫を攻め立てる。

「ディ・ラティル・ファルナス――っ!」

対して春姫は、土属性の強化魔法を自身の脚に掛け、素早くバックステップでその場から離脱。数瞬後、杏璃の光弾は先ほどまで春姫が立っていた場所に殺到し、粉塵を巻き上げた。

「エル・アムダルト・リ・エルス・ディ・ルテ・エル・アダファルス!」

さらに春姫はその脚力のまま、杏璃の視界が粉塵で一時隠れた隙に彼女の背後を取り、攻撃に転じる。

「っ! オン・ルク・アムフェイ!」

だがそれでやられるほど、杏璃も甘くはない。

咄嗟の判断で詠唱を唱えると、自身の相棒――パエリアに掴まり、飛翔して放たれた魔法弾を躱す。闇属性の重力操作の応用、飛行魔法だ。

杏璃はパエリアを持つ手をクルリと反転させて地上にいる春姫の方へ向けると、そのまま空中から攻撃を仕掛けた。

「アウク・エルートラス・レオラ!!」

「ディ・ラティル・アムレスト!」

ただ杏璃の魔法は、飛行魔法との並行作業になったため、質そのものは低かった。そしてさらに、春姫はその攻撃を読んでいた。杏璃なら、あの態勢からでも無理やり撃って来るだろうと。

――そしてその二つこそが、勝負を決定づける要素となる。

「――アス・ルーエント!!」

魔法弾の着弾後、一瞬にして防御壁の魔法を破棄した春姫が、ソプラノを振り上げ追加詠唱を掛ける。

「・・・えっ!!?」

驚愕の声は杏璃によるもの。

魔力を感じ、咄嗟に振り向いた杏璃の眼前には、既に避けきれない距離で春姫の魔法弾が迫っていたのだから。

『しまった、さっきの――っ!』

そう、それは先ほど飛行魔法を使って逃れたはずの、春姫の魔法弾であった。

春姫はその操作を破棄せずに、躱されてからもずっと保っていたのだ。杏璃に避けられてからは、低速で当てもなく飛行させていた。

そこに、再度魔法弾を制御する追加詠唱を掛ければ・・・完全に杏璃の意識から外れた場所からの攻撃が可能となる。

そしてそれは、杏璃自身のミスでもあった。

空中から攻撃に転じたあの瞬間、勝ちに急がず一度距離を置くなどして態勢を整えてさえいれば、このような形で不意を突かれることもなかっただろう。

「――くっ! フォーラスト・ディムス!」

即座に思考を切り替え、自分が出来得る最高速度で防御壁を築く杏璃。

しかし絶対的に時間が足りず、構成も穴だらけとなったその魔法では春姫の光弾を完全に防ぎきるには至らず、結果として飛行魔法を継続できないほどのバランスを失うには決定的すぎる衝撃を受けてしまった。

「・・・! オン・ルク・アムフェイ!!」

地面に激突する前に、もう一度飛行魔法を掛け直す。しかしそれは、戦闘中に行なうには余りにも大きい隙を作る。

「ディア・ダ・オル・アムギアッ!」

もちろん、その隙を逃す春姫ではない。万全を期して唱えられた、闇属性の捕縛魔法――ワンドの先から生成された魔力の蔦に、杏璃は成す術なく捕らえられてしまった。

「――そこまでっ!この模擬戦は、神坂さんの勝ちとします」

そうして鈴莉の凛とした声の元、突発的に行われた魔法模擬戦は決着を迎えたのであった。



16話へ続く


後書き

ちょっと遅れましたが、sw15話UPです。

その分ちょっと長め。実はどこで切るかを迷った末に、突っ走っちゃえと書きたいところを全て書いてしまったが故なのです(笑)


さて、今回はサブタイトル通り、魔法実習の風景です。バトルです。戦乙女たちです(ぇ

まあなかなか突発的でしたが。次回にはその意図も明かすかと。

春姫VS杏璃は勿論ですが、雄真と鈴莉の心境にも注目して頂ければ嬉しいですっ。


では、また再来週にお会いしましょう^^



2008.12.7  雅輝