「えっと、すももはっと・・・」

廊下の窓から、すももの教室の中を覗く雄真。どうやら丁度HRが終わったようで、教室の中からは多くの生徒が溢れ出してきている。

そしてそれも落ち着いた頃、聞き馴染みのある声が雄真のいる廊下まで届いてきた。

「ね〜、伊吹ちゃ〜ん。一緒に行きましょうよぉ〜」

「ええ〜い、離せ!行かぬと言っているだろう!」

何というか・・・一発で状況が把握できるようなやり取りだった。

「やれやれ・・・」

嘆息を一つ。雄真は、どのみちこのままでは兄である自分にも被害が来るであろうことは容易に想像がついたので、早々に妹を宥めようと教室に入る。

中に入ると、案の上。心底嫌そうな、困ったような顔をする伊吹と、その腕を極上の笑顔で引っ張りつつねだり続けるすももの姿が。

「こら、やりすぎだっつーの」

「あたっ」

そんな妹の頭頂部に、迷わずチョップ一閃。すももは「うぅ〜・・・」と唸りつつ、渋々伊吹の腕を解放する。

「すまない、妹が迷惑をかけた」

「はぁ、はぁ・・・まったく、妹の監督くらいしっかりとしておれ」

怒り狂ってはいないようなので、とりあえずは一安心か。彼女が本気を出せば、一瞬にしてこの教室を焦土と化すことなど容易いだろう。

「ったく、お前も何をやってるんだよ」

「うぅ〜、ごめんなさい、伊吹ちゃん」

「む・・・まあ良い。お前の兄とやらに免じて許してやろう」

伊吹が諦めたようなため息を吐く。どうやら不本意ながらも、二日目にして既にすももの性格は掴みきってしまったようだ。

「それじゃあ、俺たちはこれで。ほら、行くぞすもも」

今日ここに来た目的は、すももを連れていくこと。敵の大将だと予想している人物とあまり長話をして、興味を覚えられては困る。

そう判断した雄真は、話もそこそこに切り上げ教室を出て行こうとする。しかし、そんな彼に待ったを掛ける人物が一人。

「待て、小日向の兄よ」

「・・・何かな?」

「・・・以前、どこかで会ったことはないか?」

何かを探るような目つき。雄真は内心では焦りつつも、悠然と答えを返す。

「さあ。・・・ああ、そういえば2ヶ月ほど前の夜に、学校への道を案内したことはあったかな」

本当は子供の頃も何度か会っているはずだが、雄真自身記憶がおぼろげなほど昔の話な上、それを彼女に聞かせるわけにもいかない。

「・・・そうか、時間を取らせたな」

それきり伊吹は口を開かなくなってしまったため、雄真は話は終わりだと判断してすももを連れだって教室を出る。

「むぅ〜、何だか兄さんの方が、伊吹ちゃんと仲良しなのは気のせいでしょうか」

食堂までの道のり、なかなか伊吹と仲良くなれないすももに、ジト目で嫉妬のような視線を受け続けたのは言うまでもない。





はぴねす! SS

            「Secret Wizard」

                             Written by 雅輝






<14>  小雪の占い





「お待ちしておりました、雄真さん♪」

「・・・すみません、急用を思い出しましたのでこれで」

すももと連れ立ってカフェテリアOasisへとやってきた雄真を待ち構えていたのは、Oasisの一角を陣取るように占い道具を広げている小雪であった。

雄真はその姿を、そして占う気満々な様子を見て、リズミカルに反転。そのまま逃走を図ろうとするも・・・。

「クスン、そうですか・・・悲しすぎて、タマちゃんが暴走してしまうかもしれません」

「・・・やっぱり勘違いだったみたいです」

小雪の脅しのような呟きに、敢え無く断念。断腸の思いで、すももと二人で彼女のテーブルへと着く。

「あぁ、すもも、紹介するよ。こちら3年生の高峰小雪先輩。小雪さん、こっちは俺の妹で小日向すももです」

「は、初めまして!」

「はい、初めまして。お話はよく雄真さんから伺っていますよ」

緊張しながらも深く頭を下げるすももと、優美に微笑みながら挨拶を返す小雪。性格がそのまま出ているかのような両者の反応だった。

「それで、こっちがタマちゃん。小雪さんのマジックワンドなんだ」

「あんじょうよろしゅ〜な〜、妹さん」

「あ、はい。よろしくお願いします」

体の周りを旋回しながら関西弁で話す不思議な緑の物体に、すももの緊張もほぐれたのか、今度は普通に挨拶を返していた。

「いらっしゃ〜い、二人とも♪」

と、タイミングを見計らったかのように現れたのは、家に居る時と何ら変わらないエプロン姿の音羽。Oasisにはウェイトレス用の制服ももちろんあるのだが、音羽はチーフという立場上、基本的にキッチンに居ることが多いので、この格好がデフォルトである。

「はい、お待たせしました。小雪ちゃんは五目カレーね」

「ありがとうございます」

テーブルに広がっている占い道具を避けるようにして、湯気を立てるカレーが置かれる。相変わらずカレーが好きな人だな、と内心で苦笑しつつも、雄真は気になったことを音羽に訊ねた。

「珍しいね、かーさんがホールに居るなんて」

「そーなのよー。シフトの子が急に休んじゃって。特に今日はお客様が多いみたいだしね。それで二人とも、何にする?」

周りを見渡してみると・・・なるほど。確かにいつもより多く客が入っているらしい。ホールの人もキッチンの人も、まさにフル稼働といった感じだ。

「それじゃあ、俺はいつものAセットのご飯大盛りで」

「私は・・・じゃあ、Bセットにしますね」

「はーい。Aセットの大盛りと、Bセットね? あまり構ってあげられなかったけど、二人ともゆっくりしていってね〜♪」

そんなセリフを残して、音羽はすぐにテーブルを離脱すると、他のテーブルを回りだす。こんなに忙しくても二人のところに顔を出してくれたのは、やはり母親としての愛ゆえか。実に音羽らしい。

そんな母の働く姿を数秒間見送った雄真は、ふと思い出したかのように小雪の方へと向き直った。

「そういえば、小雪さんの用って何だったんですか?」

「はい、雄真さんを占ってさしあげようと思いまして」

「・・・今、ですか?」

「ええ・・・今、ですよ」

雄真の確認の意味合いも兼ねた問いかけに、真剣な顔をした小雪が頷く。

なるほど、どうやらいつものようにただ好奇心だけで占いをしたがっている、というわけではなさそうだ。


『でもなぁ、アレ結構辛いんだよな』

【そういえば、以前もそのようなことを言ってましたね。やはり雄真さんの魔力が高いせいでしょうか】

『たぶんな。小雪さんも前に、「占いは相手の体に魔力を通すことによって視える」みたいなことを言ってたし・・・』

【つまり、体内の魔力密度が高い雄真さんを占うには、小雪さんも相応の魔力を通さなければいけない、と】

『そういうことだろう。まあ、でも今回は・・・』

【そうですね。おそらく、秘宝関係のことになるでしょう。受けておいて、損は無いと思います】


「はいはい!あの、私も占ってもらってもいいですか?」

アリエスと精神談義をしている隙に、いつの間にか雄真の隣で大人しく座っていたすももの目の色が変わっていた。

『そういえば、こいつ占いとかかなり好きだったなぁ』

女性というものは往々にしてそういうものかもしれないが、すもものそれは筋金入りだ。朝のニュース内にある占いコーナーはもちろん欠かさないし、そういう類の雑誌だって購読しているほどなのだから。

「いいですよ。それでは、先にすももさんから占ってしまいましょうか」

「わーい!宜しくお願いしますね♪」

ニコニコと眩いほどの笑顔で返事をするすももとは対照的に、小雪は一転して顔から笑みを消し、真剣な表情でポケットから一枚の布を取り出した。

特殊なインクで六芒星が描かれたその布をテーブルに広げた小雪は、さらにその中央に蝋燭を立て、火を灯す。

「――って火!?流石に学校内で火は危なくないですか?」

「心配ご無用です。いざとなったらタマちゃんもいますから♪」

「・・・」

――どうやら緑の不思議マジックワンドは、いろいろな可能性を秘めているらしい。雄真としては、詳しく聞く気にもなれなかったのでスルーしたが。

続いて小雪が取りだしたのは、小さめの巾着袋。その中に入っている「ルーンストーン」と呼ばれる石を魔法陣の上に配置し、準備は完了したようだ。

「では、始めましょう。目を閉じて、あなたの知りたい未来を念じてみてください・・・」

「・・・」

言われた通りに目を閉じて念じ始めるすもも。

「ちゃんとイメージできましたか?」

「はい」

その双眸を閉じたまま返事をしたすももに応じ、小雪もまた始める。高峰家が最も得意とする「先見」。その基礎ともいえる「占い」を。その詠唱を。

「エル・アムカイル・ミザ・ノ・クェロ・・・」

彼女のイメージに似つかわしい静かな詠唱と共に、布上のルーンストーンが次々に反応を示す。ある石は明滅し、またある石は数ミリ動き・・・術者である小雪にしか分からない、占いの結果をもたらす。

「・・・カルナ・ディ・アムクロス」

そうして紡がれた収束のワードと共に、石は一斉に光りだす。まるでこのときを待っていたかのように揃って激しい光を放つその中心には、それぞれ違った形の模様が浮かび上がっていた。

「目を開けてください」

「は、はい・・・」

おそるおそる、といった様子で目を開けるすもも。

「過去・・・」

そして発表されるすももの占いの結果。一瞬雄真はここにいても良いものか迷ったが、もう手遅れだ。それに、「先見」の高峰小雪といえども、今回のはただの「占い」。すももの未来を「視た」わけではない。

「支え合う人と人の姿。良い形で依存し合う、心安らかな生活」

それはまさしく、小日向家の事を指しているのだろう。音羽、大義、すもも、そして雄真。支え合う、家族の姿だ。

「現在・・・。遠くにある何かへの渇望。停滞している自分。でも前に進めないやるせなさ・・・。新しい状況への変化を求める暗示です」

「・・・」

占いの結果を聞くすももの表情は、どこまでも真剣だった。そしてそれが、本心を指されている故だということを、雄真は知らない。

「未来・・・。その閉塞を打ち破るのは、覚醒を促す出会い。その出会いによって、すももさんの周囲に大きな変化が訪れます」

「出会い・・・」

「ええ。ですが、それは必ずしもすももさんの出会いとは限りません。他人の繋がりといえど、いずれは周り周って自分に戻って来る場合もあります」

「・・・」

「それがすももさんにとって、良い変化なのか悪い変化なのか。それを決めるのも、すももさん自身なんですよ?」

「・・・そう、ですよね。ありがとうございました、高峰先輩」

「いえいえ、雄真さんの妹さんの頼みとあらば喜んで、ですよ」

すももが真剣だった表情を和らげ、その様子に小雪も微笑む。雄真の聞いている限りでも、それほど悪い内容ではなかった。いや、むしろ出会ったその瞬間に、「不幸そうな相をお持ちですね」と言われた雄真に比べれば、天と地ほどの差がある。

「さて・・・お次は、雄真さんの番ですね」

「・・・はぁ」

やっぱり占わなくちゃ駄目か、と半ば諦めモードに入りながら、雄真は小雪に向き合う。見つめ合った彼女の瞳はやはり真剣で・・・でも、いつも占いをする時以上の「何か」を感じる。

『やっぱり、秘宝関係のことだろうな・・・』

予想を、確信に変える。小雪がどこまで秘宝関連について知っているかは知らないが、おそらく自分よりは知っていることも多いはずだ、と雄真は見当をつけていた。

「それでは、始めましょう」

そう言って再度蝋燭に火を灯す小雪は、すももの時のように「あなたの知りたい未来を念じてみてください」とは言わなかった。当然だ、もう彼に対して、占う内容は決まっているのだから。

「エル・アムカイル・ミザ・ノ・クェロ・・・」

『ぐっ・・・』

途端、やはりいつもの息苦しさが襲う。これは雄真自身の体内に眠る膨大な魔力が、小雪の魔法を阻害しているためであり、魔法でどうにかできる問題ではない。

          キャンセル     レジス
もちろん、消去魔法や抵抗魔法で対抗する手段もあるにはあるのだが、それをして占いに変な結果が生じてしまっては本末転倒だ。

「ル・キアノ・・・リフ・ベラ・ルナ・・・」

小雪の詠唱が続く。雄真の体内を巣食う異物感も次第に大きくなり、それはまるで、自分の体内を得体のしれないものが罷り通っているかのような――。

「ラグ・フレイア・・・ラグ・シルティア・・・」

雄真の平衡感覚は、もはや麻痺していた。自分は今、椅子に座ったままなのだろうか、それとも立ちあがって逆立ちでもしているのだろうか。

本来なら騒がしいくらいなOasisの喧騒も、何も聞こえない。ただただ耳に入り知覚されるのは、朗々と紡がれる小雪の詠唱だけ。

「カル・ナ・ディ・・・」

『早く・・・終わってくれ・・・』

雄真はその一心で、必死に自分を保つ。確かにいつも同じような感覚を受けるのだが、今日はいつにも増して長い気がした。

「アム・・・クロス・・・」

それは収束のワード。しかし先ほどのすももとは比較にならないほどの眩い光が放たれ、布の上に置かれたルーンストーン達は・・・やはり先ほどよりはより力強く、石の中心に模様を浮き出させた。

「ふぅ・・・!」

小雪の短い吐息と共に、雄真の苦痛も煙が晴れたかのように雲散する。

「・・・もう、目を開けてもいいですよ?」

「はぁぁぁ、キツかったぁっ!」

やはり彼女の占いは、雄真にとって鬼門だったようだ。

雄真の反応に若干申し訳なさそうな顔をした小雪が、気を取り直して結果を述べる。

「過去・・・。一日限りの邂逅。勇気と絶望――転じて決意。その後、虚実の姿に葛藤する日々」

おそらく、前半部分はあの時の女の子との出会いを。そして後半部分は、その後魔法使いとしての身分を隠匿し続けていく自分を指しているのだろうと、雄真は相変わらずの小雪の魔法の精度に感心しながら思った。

「現在・・・。災厄と共に訪れるは転機。現状維持も悪くはありませんが、時には大胆な行動を取る必要もあるようです」

「そして未来・・・。――――っ!?」

「・・・小雪さん?」

一瞬、小雪の眼は大きく見開かれ、瞬きもせずにストーンを凝視していたが、雄真が問いかけるとすぐにいつものたおやかな笑みを取り戻す。

「・・・いえ、何でもありません。最後の結果は上手く出なかったようです」

「え・・・?」

珍しい、と雄真は心底思った。この人が占いで失敗する場面など見たことがなかったし、想像もしていなかったからだ。

「・・・」

結局その後、カレーを黙々と食す小雪に雄真は何も話しかけられず、彼女は完食するとフラリとOasisを出て行ってしまった。







もう既に昼休みも終わり、通常授業が始まった教室の横の廊下を、小雪は静かに歩いていた。

小雪も三年生といえど――また、既に魔法大学への推薦入学が決まっていたとしても、授業に出ないわけにはいかない。にも関わらずこうして授業に出ずにぼんやりと歩いているのは、先ほどのことがあまりにも衝撃的だったからか。

そう、先ほどの――。

「姐さん、姐さん」

「何でしょう?タマちゃん」

「さっきの、ウソなんやろ?」

「・・・流石は私の相棒ですね、バレちゃいましたか」

小雪は照れるように笑う自らの相棒に一つ苦笑を洩らすと、ポケットから先ほど使用したルーンストーンを取り出し、さらにその巾着の中から二つの石を選んだ。

「それは?」

「先ほどの占いで、最も強い輝きを放っていたストーンです」

階段の踊り場にある窓から、二つの石を太陽に透かすように覗き見る小雪。

        ウ ィ ン
「一つはwunjo。喜びや栄光を意味し、私はこれを今度の事件が何事もなく解決する・・・または出来るという意味を持っている、と解釈しました」

「なんや、ええ結果なんやないか。何でさっき小日向の兄さんに言わんかったんや?」

                     ハ ガ ル
「理由は・・・二つ目の石の存在です。――hagalaz。アクシデントや災害、事故などを意味し、ある意味一つ目の石とは真逆の性質を持ったものです」

「・・・つまり、どーゆーことなんや?」

「分かりません。・・・掴みかけた最良の未来が、事故によって閉ざされてしまうのか。はたまた訪れた災厄を、英知や潜在力で乗り越えていくのか。どちらとも取れますし、またどちらでもないかもしれません」

「なんや、姐さんにしては曖昧な占い結果やなぁ」

「ええ、本当に・・・」

小雪はいつものように穏やかな笑みを浮かべながら、いつも無茶ばかりする後輩の姿を思い返す。

確かに、無茶・無謀はいつものことだが、そのほとんどが他人のため。そして、その無茶・無謀を最後まで貫いてしまうほどの力と信念も持っている。

「本当に、羨ましいですね・・・」

ポツリと漏らされた彼女の本音は、傍らにいたタマちゃんにすら届かず、無人の廊下に舞った。



15話へ続く


後書き

sw14話の更新です!^^

今回の主役は小雪さんですねぇ。雄真が魔法に精通していることにより、本編とは若干違ったシナリオになっておりますが。

魔法使い、小日向雄真の過去と現在。そして未来。二つの石が指し示す、雄真の運命とはいったい――?

それでは、また二週間後に^^



2008.11.23  雅輝