「おかしな誤解をして、すまなかった。妹の事となるとどうにも頭に血が上ってしまってな。勘弁願いたい」

その後、信哉が目覚めてからもさらに一悶着。その暴走をまたも沙耶が止めて、自らの行動が誤解と勘違いの末だと気づいた男子学生――信哉は、慇懃にその黒髪の頭を下げた。

「いや、別にいいって。それよりそんなに心配なら、上条さんを一人にしない方がいいぞ?」

「む・・・それは道理。以後、気を付けよう」

手に持っていた木刀――マジックワンドを背中に戻しながら、信哉は自戒するように深く頷く。

その様子を見ながらも、雄真の意識は信哉の背中のマジックワンドへと向けられていた。



『アリエス。あのワンド、どういったものだと思う?』

【・・・おそらく、完全に近接攻撃に特化した、武器に近い役割を担っていると推測します】

『さっきのあの付加魔法は、単なるワンドの強化・・・では勿論無いよな?』

【ええ、先ほど襲われかけた瞬間に解析を少し試みてみたのですが、プロテクトが掛けられていました】

『流石にそう簡単に手の内が分かれば苦労はしない、か』

【ですが、分かったこともあります。強化目的以外での魔力付加というものは、Classで言えばB相当になります。ということは――】

『上条のClassは、少なくともB以上だということか。しかも上条さんと二人――敵に回せば、厄介だろうな』

【とにかく、これからも彼らの動向は注意深く観察していきましょう】

『そうだな。クラスメイトに対して、正直気は進まないんだが・・・そうも言ってられないか』



「ふ・・・しかし君はいいやつだな。君のような御仁がクラスメイトで、安心した」

丁度念話が終わる頃、信哉が先ほどに比べると随分と柔らかくなった表情で話しかけてくる。

「いや、そんなことないさ」

「改めて自己紹介させて頂こう。俺は上条信哉だ。宜しく頼む」

「ああ、俺は小日向雄真。宜しくな」

「渡良瀬準よ。よっろしく〜♪」

「そしてそこに寝ているのがハチ。通称ハチ。以上」

「・・・って、うぉおいっ!説明それだけかよ!!」

「きゃっ」

ガバッと突然起き上がったハチに、雄真と準は慣れているため特にリアクションも起こさなかったが、もともと男性恐怖症気味な沙耶は別だったようだ。

「あっ、沙耶ちゃん!俺にはちゃんと、高溝八輔っていう名前が――」

「貴様っ、沙耶を脅かすんじゃない!」

「は、はひ・・・」

木刀を突き付けられて、自己紹介も半ばで強制終了させられる羽目になってしまう。これぞハチクオリティ。

「ところで上条」

「何だ?」

「何でしょう?」

上条という名に反応して、兄妹が二人とも雄真の方を向く。

「・・・いや、上条じゃ紛らわしいか。それじゃあ、信哉って呼ばせてもらっていいか?」

「ああ。その方が分かりやすいだろう。して、用件は?」

「いや、用件ってほど大したものじゃないんだけどな。・・・さっきのアレって、魔法なのか?」

「少し直接的すぎるかな」と思わないでもないが、それはそれで”魔法に関して詳しくない”という認識を与えられるかもしれないので、雄真はあえてそういう問い方をした。

今にして思えば、その直前の間合いの詰める速度もかなり速かった。あれが強化魔法の類でないとすると、かなりの身体能力を持っていることになる。その上で、あの一撃必殺な魔力の塊。

素直に教えてくれるかは分からないが、これで少しでも謎が解明出来るのならば僥倖。

「ああ、そのことか。済まなかった、いきなりでさぞ驚いただろう」

「まあ、確かにビックリはしたけどな」

「ふむ、小日向殿は普通科。知らぬのも無理ないか。あれも一応、魔法に分類される。言うなれば魔法剣というやつだ」

「魔法剣?」

「ああ。俺の場合は木刀なのだが・・・その名の通り、剣に魔法の力を付加させたものだな」

その言葉と共に、信哉がスラリとまるで鞘でも張り付いているかのように、背中からワンドを取り出す。目の前に翳されたそれには、ワンド特有の魔力しか感じられない。ということは、常に魔力を纏っているわけではなく、彼が魔力を込めた時に限り付加されるということだ。

「その魔法の力ってのは?」

「それこそ、様々だ。炎に冷気、強度が増したり、軽くなったりとな。俺のワンドに関しては――」

「兄様」

と、そこで信哉の言葉を遮る声。凛としたその声の持ち主――沙耶は、兄である彼の腕を引きながら続ける。

「そろそろ参りませんと」

「そうだな」

「何か、用事でもあるのか?」

『・・・やばいな、深く聞きすぎたか?』

何気なく問いかけながら、雄真は内心で自分の軽率といえる行動に舌打ち。もしかすると、警戒されてしまったのかもしれない。

「はい、少し。・・・それでは皆様、私たちはこれで失礼致します」

「失礼する」

兄妹でシンクロしているかのように同時に頭を下げた二人に対して、雄真を含めた面々も口々に別れの挨拶を述べる。

「変わった人達だったわねぇ・・・」

「「お前が言うなっ」」

手を頬に当てながら漏らした準の呟きに、雄真とハチが突っ込んだのは言うまでもない。







それから少し後。上条兄妹は、普段は誰も寄り付かない校舎の裏へと赴いていた。

「兄様。少し喋りすぎですよ?」

「すまない、沙耶。しかしあの面々は普通科だというし、さして問題は無いと思うのだが・・・」

「念には念を、です。誰か他に魔法科の生徒が、聞き耳を立てていないとも限りません」

「それもそうだな。留意しておこう」

そう言って辺りに人の気配がないか確認した信哉は、背中から自身の相棒――「風神雷神」を取り出し、その刀身を見つめる。

「・・・おそらく、相手方も何かしら仕掛けてくるだろう。風神だけで戦えるとは思っていないが・・・」

「やはり雷神は奥の手、ですか」

「ああ、アレは魔力の消耗が激しすぎる。それに普段使う分には、あまりにもリスクが高すぎる」

「その代り・・・どんな状況でも打破出来得る可能性を秘めています」

沙耶の言に信哉も深く頷き、決意を固めるように柄をグッと握りしめる。



――式守家、分家が筆頭上条家が誇る、唯一無二の式杖――風神雷神。

                                               レジスト                              バースト
それが持つ稀有な二つの能力は、風神による精度の高い抵抗能力と・・・雷神による威力の高い破砕能力。





はぴねす! SS

            「Secret Wizard」

                             Written by 雅輝






<12>  鈴莉の魔道書





その日の夜。小日向家の食卓には、一般の家庭料理からは少し逸脱した豪華な夕食が並べられていた。

すももの入学祝い&雄真の進級祝いということで作られた料理を前に、雄真、すもも、音羽の三人は声を揃って「いただきます」と言い、そのまま思い思いの料理に箸を伸ばす。当然といえばそうだが、話題になったのは新しい学園生活のことで。

「それですももちゃん、学園の方は楽しくやっていけそう?」

「・・・はい、兄さんもいるしお母さんもいるし、何も心配ないです」

きちんと口の中を嚥下し終えてから、すももがニッコリと笑う。確かに、入学先の学園に兄が、ましてや母がいる状況というのも特殊だろう。

「へぇ。友達とかは出来たか?」

「はい、まだ数人ですが、これからどんどん増やしますよ〜♪」

決意に燃えながら、次の料理に端を伸ばすすもも。実際、彼女は人見知りをしないどころか人懐っこい性格なので、雄真としてもその辺りは安心している。

「あっ、そういえば魔法使いの子ともお話したんですよ。可愛い声でね、「私に話しかけるな」って言うんですよ、ふふふ」

「魔法使いの・・・?」

雄真はその言葉にピクリと反応する。思い起こされるのは、新入生として転入してきているかもしれない、あの少女の名前。

「なあ、すもも。その魔法使いの女の子の名前は――」

「えっと、式守伊吹ちゃんと言ってですね。銀色の髪がサラサラで、とっても可愛らしいんですよ♪」

「――っ!」

嫌な予感的中。運命の悪戯か、すももが目に付けたのは今度の事件で最も重要で、かつ最も危険な人物。

「私、登校初日にして、大きな目標が出来ました」

「それはなに?」

「いつか絶対に伊吹ちゃんを抱き締めて、頭を撫でることです!」

「よっ、すももちゃん。燃えてるわね!」

すももと音羽の会話が耳を通り過ぎる中、雄真は迷っていた。すももに事情を説明し、伊吹との関係を絶ってもらうべきかどうか。

伊吹の人となりも分からないような今の現状から考えると、本音を言えばすももには事件に関わって欲しくないと思う。それを最初から回避できるのであれば、それが最善の策だとも思う。

しかし、である。

「えへへ、絶対に伊吹ちゃんに振り向いてもらいますよ〜」

「・・・」

すももの嬉しそうな、楽しそうな笑顔。入学早々に目標を見つけ、これからの学園生活を楽しみにしている義妹の未来を、刈り取っていいものなのだろうか。

「・・・」

結局、雄真は言えなかった。そうすべきだと分かっていつつも、彼女の悲しみに染まる顔を見たくなかったから。



【良かったんですか? 雄真さん】

『・・・仮に伊吹とすももの中が親密になったとしても、敵方に俺の正体がバレない限りはすももが巻き込まれることもない―――』

【――と、良いですね。ですが式守伊吹と行動を共にしているだけで、何らかの危険に巻き込まれる可能性は十分にあると思いますが】

『・・・』



アリエスの鋭い指摘に、雄真は何も言い返せない。

そのまま話題は彼自身のことへとシフトし、伊吹のことに関して言及する機会は逸されることとなった。







翌日、新学期二日目。

早朝の魔法訓練も終わり、寝なおそうと布団の中でウトウトし始めていた雄真の耳に、外の廊下を騒がしく走り回る音が届く。

続いて、「わーーーっ」やら「きゃーーーっ」やらの悲鳴。声の質からどうやら発生源は彼の妹らしいが、何をこんな時間から騒いでいるのだろうか。

「・・・どうしたんだ、あいつ」

すっかり目が覚めてしまった雄真が、のっそりと上半身を起こす。そして主の覚醒を察知した相棒から、念話が届いた。

【おはようございます、雄真さん】

「ああ、おはようアリエス。・・・これは何の音だ?」

眠気眼を擦りつつ、目覚まし時計を確認する。7時13分。いつもの目覚まし設定時間より一時間弱も早い。

【どうやら、階下ですもも様が何かをしてらっしゃるようですが・・・慌てている様子ですね】

「・・・ああ、またすもも時間が発動したのか」

アリエスの言葉を聞き、雄真は納得したように二度三度頷いた。

すもも時間。それは、どこに出しても恥ずかしくないような妹であるすももが、時折迷い込む彼女独特の時間感覚。

今朝もどうやらこれに陥ってしまったようだ。未だに階下から聞こえてくる声には、確かに何か切羽詰まった様子が感じられた。

「ま、目も覚めたことだし・・・起きますかね」

布団から抜け出し、制服に着替える。

今日も騒がしい一日になりそうだ。そんなことを思いながらも、彼は笑顔を浮かべていた。








「まだ早いよなぁ・・・」

結局すもも時間に付き合わされることとなった雄真は、いつもよりだいぶ早い時間に家を出る羽目になってしまった。

学園の門は空いていたものの、当然ながらまだほとんど周囲に人の気配は感じられない。昇降口で一緒に来たすももと別れた雄真は、一人で教室へと続く静かな廊下を歩き、教室を目指す。

「・・・そういえば昨日、母さんの新しい魔道書が出来たってメールがあったっけ。時間もあるし、今の内に貰っておくか」

そのことを急遽思いだし、クルリとUターン。教室棟と研究室棟を繋ぐ渡り廊下を経て、鈴莉の研究室へ辿り着いた。

”コンコンッ”

「はーい」

「失礼します」

トラップ回避のためのノックを忘れずにこなし、ドアノブを捻る。部屋に入ると、相変わらず年齢不詳の母が「待ってました」と言わんばかりにこちらを振り向いて微笑んでいた。

「いらっしゃい、雄真くん。随分と早いじゃない?」

「はは、すももの勘違いに付き合わされてさ。時間が出来たから昨日のメールの件で来たんだけど・・・」

「ええ、魔道書ね。・・・はい、コレよ」

そう言って手渡されたのは、黒い装丁のハードカバー。大魔法使いであり、また一流の魔法研究者でもある御薙鈴莉の、最新作の魔道書である。

ちなみにまだ製本が出来たばかりの段階であり、市場には出回っていない。著者である鈴莉だからこそ今の段階で持ち得るものであり、また彼女の息子であり弟子でもある雄真だからこそ手渡される本。

「・・・」

受け取った瞬間からペラペラと流し読みをし、興味を惹かれる項目をピックアップしていく。雄真のそんな行動を見ながら鈴莉は、静かに微笑んでいた。

「・・・ふう」

「どう?」

「うん、まだチラリとしか見てないけど、相変わらず分かりやすい内容で助かるよ」

いつものようにその魔道書に魔法――教科書にカムフラージュする――を掛けてから、自身の鞄の中へと入れる。

「あら、今回の魔道書はそれほど簡単ではないわよ? 少なくとも、ClassBに満たない人が見ても、分からない内容の方が多いでしょうね」

「そうなの?」

「ええ。・・・それだけ、雄真くんのレベルが上がって来たってことかしら」

嬉しそうに微笑む鈴莉。その笑みは、まさしく息子の成長を心から喜んでいる母のソレであった。

「そ、それじゃ、そろそろ行くよ。ありがとう、母さん」

思わず気恥ずかしくなった雄真が、そう言って部屋を出ようとした時、鈴莉が「あぁそうそう」と何かを思い出しかように口を開く。

「その魔道書。一応言っておくけど、あの子にも既に渡してあるからね」

「あの子?」

雄真がオウム返しにそう訊ねると、鈴莉は「決まってるじゃない」と口端を上げて――。

「貴方の隣の席の、可愛い女の子のことよ」

雄真の反応を楽しむかのように、悪戯っぽくそう告げた。



13話へ続く


後書き

12話ですっ! ようやく4月8日が終わりを告げました。密度も話数も濃い一日でした(笑)

11話と今回で、信哉と沙耶の魔法の説明をしましたが、もちろん今後もそれらを使う機会はあります。それがどんな場面でかは、皆さまの想像にお任せしますが・・・本編をクリアなさった方なら、だいたいわかってしまうかな?

そして後半でもちょっとアレンジ。本来なら春姫だけが貰っているはずの鈴莉の魔道書。当然このSSでは、息子であり魔法使いでもある雄真も譲り受けます。

でも、春姫とその魔道書の内容で語り合うことはできません。まあ最初からわかっていたことなのですが・・・うぅ〜、書きたいなぁ(笑)

次回はその辺もチラチラと書いて、Oasisのことなどを書きましょうかね。

それでは!



2008.10.26  雅輝