「いやぁ、それにしても沙耶ちゃんは可愛かったなぁ〜!」

始業式ということで授業もなく、午前中のHRだけで学園が終わるその日の放課後。

雄真、ハチ、準の三人は、並んで昇降口へと向かっていた。当然、話題に上るのは新しいクラスメイトのことで。

「まあ否定はしないけどな。でも・・・」

「そうね、ハチは沙耶ちゃんにとっては劇薬でしょうね」

雄真と準が、やけにテンションの高いハチの言葉を受けて苦笑し合う。ハチも決して女の子に嫌われる人間とかそういうものではないのだが、そのある意味情熱的ともいえる行き過ぎた求愛行動で、相手に引かれたり敬遠されることがしばしばあるのだ。

その上、今日彼らが見た限りでは、あの上条沙耶という少女は典型的な大和撫子タイプ。大人しく、奥ゆかしく。

つまり、ハチの異常なテンションに付いていける確率は、ほぼ皆無と言ってもいい。むしろ、怯えられる可能性は臨界点を軽く超えている。

「おっ、噂をすれば影!あれはまさしく、上条沙耶ちゃんじゃないかぁ!」

「あ・・・」

「うわ・・・」

昇降口の隅の方で、所在無さげに立ち尽くしている沙耶に対して、三者三様の反応。

もっとも、準と雄真は似たようなもので、その表情には「しまった、ハチに見つかってしまった」とありありと浮かんでいる。

「あ、あのな、ハチ」

「よしっ、この機会に俺のナイスメンぶりをアピールして、一気に高感度を跳ね上げるぜい!」

「とりあえず落ち着いて――って人の話を聞けいっ!!」

「やあ、お嬢さん。待たせてゴメン。さあ、帰ろうか」

時、既に遅し。ハチは本当に常人かと疑うようなスピードで沙耶の前で急停止すると、その勢いのままナンパな言葉で沙耶に話しかけた。

「――俺、時々あいつが同じ人間なのか、疑問に思うよ」

「まあ、ハチに常識は通じないから。それより雄真、こっちはいつでも発射OKよ?」

準がいい笑顔で、屈伸運動を始める。雄真はその様子を見つつ、頭の中でアリエスと念話を交わす。

『・・・アリエス』

【はい、何でしょう?】

『ここで一番賢い選択は、何だと思う?』

【・・・上条沙耶さんには、関わらないことですね。彼女は明らかに式守の側。下手に雄真さんのことを印象付ける必要はないでしょう】

『・・・それに、俺の性格を考慮すれば?』

【そう訊く時点で、雄真さんも分かってるんでしょう?・・・貴方の性格上、このまま彼女を見過ごすという選択肢はあり得ません】

『――ははっ、流石は俺の相棒だな』

そこで念話を一度打ち切り、大きくため息を吐くと、雄真は少しげんなりとした気持ちで準へと告げる。

「準・・・発射」

「りょーかい♪ パトリオット、ミサイルキーック!!!」

「ははは、そんなに照れなくても大丈夫さ。俺と一緒に楽しく遊b―――」

こうして、困惑しきっている沙耶の視界から、ハチの姿は一瞬にしてなくなったのであった。






はぴねす! SS

            「Secret Wizard」

                             Written by 雅輝






<11>  上条兄妹の魔法





「驚かしてごめんな」

「い、いえ、その・・・申し訳ありません・・・」

いきなり目の前の人がいなくなるという衝撃的な映像を見る羽目となった沙耶に、雄真は出来るだけ自然にフォローを入れる。

しかし彼女は見た目通り奥ゆかしい性格のようで、今の出来事に怯えてしまっているようだった。

「あ〜、えっと・・・あいつもそんなに根は悪いやつじゃないんだよ。ただ、可愛い女の子を見るといつも暴走して・・・」

「ぁ・・・は、はい」

雄真の天然に女殺しなセリフを受けて、ますます困惑を強める沙耶。しかし言った本人はそれには気づいていないようで・・・。



『ありゃ、ますます怯えちゃったよ。ん〜、こりゃ準の援護を待つしかないか』

【・・・雄真さんって、本当に・・・】

『ん? アリエス、どうかしたか?』

【いえ・・・ある意味では、それは才能なのではないかと】

『? 何の話だ?』



「あ、あの・・・」

沙耶の声が聞こえ、意味不明のまま終わったアリエスとの念話を打ち切る。ちなみに念話とはいえ、雄真とアリエスの場合はアリエスが彼の地肌に触れている分、その体内に流れる魔力を伝搬することで通話を可能としているため、こうして魔法使いを目の前にしても気取られることはまずあり得ない。

「あ、ごめん」

「いえ、その・・・あまり、得意じゃないのです。男の方とお話をするのは・・・もしや不快に思われましたか?」

「いやいや、そんなことはないって!もともとこっちが悪いんだからさ」

「そ、そうですか・・・」

ほっとしたように笑む沙耶。その笑顔はとても可憐で、まさに「儚げな笑み」という言葉がピッタリだと、雄真は無意識下に思っていた。

「あ・・・俺は、小日向雄真っていうんだ。まだ覚えていないだろうけど、一応同じクラスだよ」

「小日向・・・様」

「さ、様ぁ? いや、流石に様はちょっと・・・つけなくていいから、普通に呼んでくれないかな?」

「は、はい。・・・では、小日向さん、と・・・」

「ん、オッケー。そっちは、上条沙耶さん、でいいんだよな?」

「はい、どうぞよろしくお願い致します」

「こちらこそ」

深々と丁寧に腰を折り曲げて頭を下げる沙耶につられて、雄真も急いで頭を下げる。

そして頭を上げて視線が合い・・・自然と、二人は微笑んだ。

「くぉらぁっ、雄真ぁ!人を差し置いて何仲良くなっとるかぁーー!!」

「きゃっ」

と、いきなり準のキックから辛くも奇跡の生還を成し遂げたハチが割り込んでくる。驚いた沙耶は自然と雄真の陰に隠れるようにして寄り添い、それがさらにハチの僻みを悪化させた。

「くっそー、羨ましい・・・羨ましすぎるぞぉ、雄真ぁぁぁぁぁ!」

「こ、このバカ。少し落ち着けって!」

「猛獣ハチから、身を呈して美少女を護る騎士雄真の図ってところかしら?」

「あ・・・申し訳ありません」

今更ながら雄真にくっついていたことを自覚したのか、準の言葉に反応して少し頬を染めた沙耶が半歩下がる。しかしまだハチには怯えているようで、雄真の陰に隠れたままなのは言うまでもない。

「かしら?じゃねえよ!っていうか煽るなー!」

「ぐるるるるるるる」

本日二度目の猛獣化を果たしたハチは、今にも雄真に飛びかかりそうな勢いだ。今日だけで二度目となる光景に、雄真は軽く頭が痛くなった。

「あらあら、沙耶ちゃんも満更じゃないんじゃないの〜?」

「い、いえ、これは、その、あの・・・」

未だに雄真の陰に隠れていることを準に指摘され離れようとするも、まだハチが怖くてどうしてもそこから動けず、沙耶は困惑したように声を上げるとそのまま俯いてしまう。

「!!さっ、沙耶ちゃ〜〜〜〜〜〜んっ!!」」

その様子がクリティカルヒットとなったのか、完全に暴走したハチは凄まじい勢いで沙耶へと・・・いや、雄真への突進を敢行した。

「っておい!本当に飛びかかって来るな!」

その瞬間。無意識の内にアリエスを掲げようとするも、雄真は慌てて自制した。沙耶の前で魔法を使うわけにはいかない。

『・・・まあどっちみちこのタイミングじゃ間に合わないか』

もし沙耶がいなかったとしても、ハチの突進を止めることは不可能だっただろう。それこそ、コンマ数秒の世界だ。

しかし、激突を覚悟した雄真の耳に届いたのは、儚さの中にも凛とした強さのようなものが含まれた、沙耶の声音であった。


         すいげつ
「独奏曲・水月―――午睡の旋律」



「な・・・」

雄真は驚きに目を見開いた。

「・・・」

目の前には物言わず地面に倒れ伏すハチ。しかしその呼吸は穏やか。おそらく、先の春姫が使ったリラックス効果のある魔法のように、精神に干渉して眠気を誘う類の魔法だったのだろう。・・・沙耶が使ったのは。

しかし、彼が驚いたのはそんなところではない。魔法発動に至るまでの、異様な速さだ。

雄真でさえ完全に諦めざるを得なかったタイミング。沙耶はその一瞬の間で、ハチを完璧に止めてみせたのだ。

少なくとも、詠唱はしていなかったように思える。そこから導き出される答えは・・・。

『まさか・・・詠唱破棄か?』

【どうでしょう・・・しかし先ほど彼女が使った魔法は、明らかにClassC以上の魔法。詠唱をしなくて済むほど、簡単な魔法ではないと思いますが】



そもそも詠唱破棄とは、上級者の魔法使いが使う、ちょっとした裏技のようなものである。

意味はそのまま。詠唱を破棄・・・つまり唱えることなく、魔法を発動するもの。

しかし複雑な魔法式や詠唱を必要とする魔法を使うことは当然出来ず、一般的に扱えるのは自身のClassから3つ以上は下のClassの魔法といわれている。

つまり、C以上の魔法を詠唱破棄で使おうとすれば、実力的にはClassS以上の実力が必須となり・・・。



『いくら式守の護衛役とはいえ、あの年でClassSはあり得ないだろう。だとすると怪しいのは・・・』

【・・・あの、マジックワンドですか?】

『ああ、俺もそう思う。おそらく彼女は声ではなく、ヴァイオリンの奏でる音を魔法の媒介としているんだ』

【なるほど・・・そういえば、ほとんどの人は声を媒介にするけれど、ごく稀に楽器の音を媒介にする人もいると聞いたことがありますが・・・】

「きっと、その内の一人だろうな。もちろん、口で言うほど簡単なことではないんだろうけど』

【だから、あの速度での術式構成も可能なのですね】

『・・・とはいっても、それを差し引いても彼女の魔法の腕は目を見張るものがある。油断はできないな』

【そうですね】



「あ・・・す、すみません!つい咄嗟に・・・」

アリエスとの考察が一段落すると同時に、沙耶が気付いたように声を上げる。おそらく、彼女としても危機感から咄嗟に取ってしまった行動なのだろう。

「あぁ、気にしないでいいって。悪いのはコイツなんだしさ。それより、ありがとう。おかげで助かったよ」

「あっ、いえその・・・はい」

笑顔で礼を述べる雄真に、最初は困惑した様子を見せていた沙耶だったが・・・最後には、安心したような表情で頷いた。

「そういえば、上条さんはあそこで何をしてたんだ?」

「あっ、はい。兄様を待っていたのですが・・・」



さて、ここでこの今の光景を客観的に見てみよう。

恥ずかしさからか、顔を俯かせてしまっている沙耶に、向かい合っている雄真。そしてその脇で地面に倒れ伏しているハチ。

もしこれを沙耶と近しいもの――例えば肉親などが目の当たりにすれば、困惑を通り越し正気ではいられないだろう。

そしてここにも一人。沙耶のことを大事に大事に思っており、彼女のこととなると冷静さなど彼方へと行ってしまう人物がいた。

つまり・・・そういうことだ。

「貴様らぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

突然昇降口に響き渡った怒声。その発生源に目を向けると、そこには厳しい顔をした一人の男子生徒が仁王立ちをしていた。

手には既に木刀を装備。そして明らかにその怒気はこちら――ひいては雄真へと向けられていた。

「な、なんだぁ?」

「あら、噂のお兄様の登場よ」

流石に突然の事態に困惑する雄真とは裏腹に、準は極めて楽観的な笑顔でそう言う。

なるほど。確かによく見てみれば、あれは先ほどのHRでも紹介があった沙耶の双子の兄・・・上条信哉その人で間違いない。

しかし何故、これほどまでに敵意を向けられているのだろうか。

「貴様ら、沙耶に何をしている!!沙耶から離れろぉぉぉ!!!」

信哉はそう言い放つと、リノリウムの廊下の床を蹴って、一気にこちらへと距離を詰めてくる。その両手には木刀――彼のマジックワンドがしっかりと握られていた。

【マスター、危険です!あの木刀には今、ClassB相当の魔力が纏っています!】

『な――Bだって!? 冗談じゃないっ、そんなものまともに食らえば・・・』

思わず身構える雄真。木刀とはいえ、魔力が付加されたあの一撃を受ければ・・・正直、怪我では済まないだろう。当たり所が悪ければ、致命傷にもなり得る。

だが―――。

『魔法を使うわけには、やっぱりいかないか。狙いが俺一人で、本当に良かったよ』

時間が少々ズレていたせいか、昇降口に彼ら以外の生徒はほとんどいなかった。流石に無関係な人が巻き込まれようとしているのならば、彼はきっと魔法を使うことを躊躇わなかっただろう。

それが、「みんなを幸せにできる魔法使いになる」と、幼きあの日に誓いを立てた小日向雄真という人間なのだから。

「はぁぁぁぁぁぁぁっ!!食らえっ、風神の――」

                                                            レジスト
いつの間にか目前まで迫った信哉が、木刀を頭上で振りかぶる。もはや抵抗も間に合わず、雄真は覚悟を決めた。

「し、仕方ありません。お許しください、兄様! えいっ!!」

「ぐはぁぁぁ!!」

「・・・あ、あれ?」

雄真は事態を把握できず、呆然と呟く。眼前には信哉・・・ではなく、何故かマジックワンドを構えた沙耶が雄真に背中を見せていた。

「く・・・さ、沙耶。強く・・・なったな・・・がくっ」

鼻血を吹き出し、倒れ込む信哉。これで地面に倒れ伏す男子生徒が二人。

「・・・峰打ちです」

「は、はは・・・」

峰も何もないヴァイオリン型マジックワンドを手にそんな事を言う沙耶に対して、雄真は乾いた笑いを零すことしかできなかった。



12話へ続く


後書き

SWの11話、UPです。今更ですが、「Secret Wizard」、略してSWって感じで。まあこれからもちょくちょく使っていきます(笑)

さて、今回は上条兄妹の魔法ということで、沙耶と信哉をクローズアップ。

・・・あれ、信哉が魔法を使えていないような気が・・・うん、気のせいですね、きっと(ぇ

他の術者とは少し異なる沙耶の魔法。「何でかなぁ」とずっと気になってたので、ちょっと理由づけしてみました。

詠唱を必要とはせず、その代りにワンドの音色を媒介にする魔法。魔法式の構築なども行います。

そして信哉の魔法については・・・おそらく、次回には雄真先生の考察が入るのではないかと(笑)

ってことで、また12話で会いましょう!



2008.9.28  雅輝