『解かれた魔法 運命の一日』〜第94話〜
投稿者 フォーゲル
「まだ、こんなにあるのね」
机の上に大量に置かれた書類の山を見て私は呟く。
事件の事後処理は、藤林家当主の座を辞退する前にお父さん達がやってくれたけど、
藤林家の次期当主兼関西魔法連盟の代表を継ぐ私にとって把握しておかなければならないことは、
まだたくさんあった。
【コン、コン】
ドアをノックする音が聞こえる
「渚さん、入りますよ」
「美和ちゃん?いいわよ」
ドアが開いて、美和ちゃんが入って来る。
「どうですか?やっぱり現状は苦しいですか?」
「そうね〜私達だけの力じゃ、この状況を覆すのは苦しいわね」
この一連の騒動で、関西魔法連盟の力はかなり弱体化していた。
だからこそ、お父さん達の後継者に私が選ばれたとも言えるんだけど・・・
『力のある魔法連盟のトップ』にはなりたいけど、『衰退した魔法連盟のトップ』にはなりたくないという人達が多かったのだ。
「だからこそ、いろいろと改革していかなきゃいけないんだけどね」
その改革案を、襲名式典で発表する予定なのだ。
恐らく、その改革案を素直に受け入れられない人達もいるだろう。
「美和ちゃん、これからいろいろと苦労させるかも知れないけど、よろしくね」
「いいえ、私こそよろしくお願いします」
私が関西魔法連盟の代表を継ぐに当たって、要望として出したのが『サポートしてくれる人は私に選ばせて欲しい』ということだった。
一人は美和ちゃん。そしてもう一人は・・・
「そういえば、渚さん、もう少しで和志さん達が到着するんじゃないですか?」
部屋の時計を見ると、確かにもうすぐカズ君達が乗った新幹線が京都駅に到着する時間だった。
「そうね・・・じゃあ」
私は部屋にある電話を内線で掛けようとする。
「あ、いいですよ。迎えに行って上げて下さい」
「え・・・でも」
「書類の整理は私でも出来ますから。それに渚さん。吾妻さんとはあの戦いの時以来会ってないですよね」
確かに、私はやることが多すぎて『カズ君が無事に戻って来た』という連絡しか貰っていない。
「そう?じゃあお願いしてもいいかな?」
「ええ、大丈夫ですよ」
私はそう言って掛けてあったコートを羽織る。
「あ、でも念のため『護衛』は連れて行って下さいね」
「うん、分かってる」
美和ちゃんの言葉に頷きながら、私は部屋を出た。
「う〜ん、やっと着いたな〜」
京都駅のホームで、俺は大きく伸びをする。
「疲れましたね〜」
横に立っているすももが俺に同意するように頷く。
「和志、藤林が迎えに来てるのか?」
「そのはずなんですけど・・・姿が見えないですね」
「雄真くん、渚ちゃんは今忙しいんだから本人が来るとは限らないよ?」
「それは、分かってるけどさ・・・どうしても俺達は前の時のことがあるからな。つい警戒しちまうというか・・・」
神坂さんの問いに、呟くように答える雄真さん。
まあ、確かに雄真さん達はしょうがないと思うが・・・
「とりあえず、行きましょう。その内会うでしょう?」
駅の構内を歩きながら、俺達は姉ちゃんの姿を探す。
「だけどさ、和志、俺も来て良かったのか?」
奏さんが俺に問い掛ける。
「ああ、大丈夫ですよ。姉ちゃんの手紙には『カズ君を助けてくれた人にも会いたい』って書いてありましたし」
「あたしは、『麒麟』を元の場所に戻さないと行けないんだけど・・・美和、時間あるかしら」
柊さんが難しい顔で唸っている。
ちなみに今回姉ちゃんに招待されたメンバーの内、師匠や小雪さん達は姉ちゃんの手伝いのため、
先に、藤林家に到着している。
「奏君は魔法使いだし、そういう理由があるからいいけど、私とハチは来ても良かったのかな?」
準さんが同じような質問をする。
「もちろん、2人にも来てほしいって言ってありましたよ。逆に来てくれないんじゃないかって心配してましたよ」
姉ちゃんとしては、準さんとハチ兄を自分達のトラブルに巻き込んでしまった負い目があるから、
ある意味では準さんとハチ兄は『一番来てほしい人』かも知れないな。
そんなことを話しながら、しばらく歩いていると・・・
「あ、和志くん・・・渚さんじゃないですか?」
すももの声に確かにそっちを見ると、確かに姉ちゃんと、もう一人・・・
俺が声を掛けるより、人影が姉ちゃんに向かって突っ込んでいった。
そして、姉ちゃんと話していた人影が庇うように立ちはだかるのが見えた。
「本当にすいませんでした!!」
俺達の目の前で土下座する一人の少年。
迎えに来てくれた姉ちゃん達に連れられやって来た藤林家。
その一室に入るなり、姉ちゃんのそばにいた少年がいきなり取った行動がそれだった。
「ああ、いいのよ〜ハチが悪いんだし」
手をパタパタと振りながら答える準さん。
もう恒例行事過ぎて、説明するのも面倒くさいのだが、
久々に姉ちゃんに会えて、嬉しかったのかハチ兄が姉ちゃんに向かって一直線に突っ込み―――
今、目の前で謝っている少年に竹刀で容赦無く打ちつけられたという訳だ。
「まあ、お主の役目は護衛なのだろう?同じ護衛をする者として、あの時の行動は間違って無いぞ」
「じゃあ、あなたが、式守様の護衛をしているという上条信哉さんですか?」
「そうだ。こっちが妹の沙耶だ」
「初めまして。上条沙耶です」
「そうですか、渚様の護衛を任されている三浦 健太郎です。よろしくお願いします」
それをきっかけにみんなが自己紹介をする。
ちなみに前、雄真さん達が藤林家に来た時には、彼は姉ちゃんの護衛からは外されていたらしい。
そして、奏さんが自己紹介を終えた時―――
「幸鳥さん・・・って、じゃああなたがカズ君を助けてくれた方ですか?」
「え、ええ、まあ」
「そうですか。あなたがカズ君の命の恩人なんですね。
カズ君の姉として、藤林家の後継者として、お礼を言わせて下さい。ありがとうございました」
「い、いえ、そんなに気にしないで下さい」
奏さんの手を握ってお礼を言う姉ちゃん。
その行動に思わず顔を赤くする奏さん。その時・・・
「!?」
不意に奏さんの表情が歪む。
その視線が後ろに動き、その視線を辿ると―――
にっこり笑顔の柊さんが奏さんの足をつねっていた。
しかし、目がちっとも笑っていない。
その表情は、『デレデレしてんじゃないわよ!奏!』などと雄弁に語っていた。
(あ〜なるほどね・・・)
俺はその表情の意味を何となく理解した。
「・・・和志くん、和志くん」
俺の隣に座っていたすももが俺に話し掛ける。
「どうした?すもも?やっぱりすももの言ったとおり、柊さんって・・・」
「いえ、そっちでは無くてですね」
俺はすももの視線を追う。
そこには、柊さんと似たような『面白くない・・・』という表情をした三浦君が居た。
「三浦さんって、渚さんのこと・・・」
「・・・かもな」
「和志くんも、兄さんと同じなんですね〜」
「お、俺は雄真さん程シスコンじゃないぞ」
「結構、表情は複雑でしたよ♪」
小さく笑いながら、すももが言ったその時だった。
「渚さん、失礼します」
襖の向こうから美和さんの声がした。
「美和ちゃん。八輔君は大丈夫?」
「ええ、大丈夫です。お医者様によると今日一晩寝れば体調も回復するそうです」
「すいません、あのバカがお世話掛けて・・・」
謝る準さんに、ニッコリ笑う美和さん。
「気にしないで下さい。だけど・・・」
準さんの顔を見ながら、美和さんが言葉を続ける。
「高溝さんもこんなに可愛い彼女がいるのに、渚さんに手を出さなくてもと思いますけどね」
その後、美和さんに『準さんが男』だと説明するのに時間が掛かったのは言うまでも無い。
「だけど、姉ちゃん、あんまり『風流四家』の人達に厳しい処分はしなかったんだな」
姉ちゃんの後を歩きながら、俺は浮かんだ疑問を口にする。
三浦君の剣術の師匠が、純聖さんだと知ったからだ。
「正直、『もっと厳しい処分を!!』って声はあったんだけどね」
結局、今回の柾影の事件の背景には、柾影の事情と『風流四家』の当主達が独断で動いていたことが原因だとみなされ、
姉ちゃんの両親が藤林家当主の座を姉ちゃんに譲り、『風流四家』もそれぞれ当主を交代させるということで決着した。
ちなみに姉ちゃんが藤林家当主を継ぐのと当時に、美和さんも扇花家の当主になるらしい。
「健太郎は、信哉達と同じ立場になるのか?」
「そうなるかな?そこに関しては私の希望だけどね」
雄真さんの問いに答える姉ちゃん。
今、姉ちゃんの後に付いて歩いているのは、俺以外にすももと雄真さん、神坂さんだ。
信哉さんと沙耶さんは、三浦君と手合わせをするために、純聖さんの道場へ。
柊さんと奏さんは『麒麟』を元の場所に封印するべく、扇花渓谷へ。
準さんには、ハチ兄のそばにいてもらうことにした。
(正直、こんなところで暴走されてもアレだし・・・)
「じゃあ、皆さん今でも活躍してるんだ」
「ええ、皆さん、わたしのために頑張ってくれています」
事実、さっき師匠達に会った時には綾乃さん達が式典の準備に追われていた。
「でも、伊織さんは・・・」
「・・・ええ」
すももの言葉に姉ちゃんが足を止めた。
「・・・あ、渚」
そこには伊織さんがいた。
見た目は俺達と戦っていた頃とそんなに変わっていなかった。
ただ、若干痩せたように見えること。
何よりも、その表情に感情があまり感じられなかった。
今の笑顔にも翳りが見えた。
「伊織さん・・・」
俺達が近づこうとしたその時―――
「・・・柾影さんは、助からなかったんですね」
ポツリと呟く伊織さん。
「・・・すいませんでした。俺の力不足です」
素直に頭を下げる俺。
「そんな、頭を上げて下さい。あの状況になった時に私も覚悟はしていました」
俺に慌てて走り寄る伊織さん。
「それに、『ユグドラシル』を自分の身体に戻した時点で、そうなることは柾影さんも分かっていたはずですから・・・でも」
乾いた笑みを浮かべる伊織さん。
「もう一度だけ、会いたかった・・・」
その言葉を聞いたとたん、俺は叫んでいた。
「でも、これだけは信じて下さい!!柾影・・・柾影さんは伊織さんのそばにちゃんといます」
「どういう・・・意味ですか・・・」
「それは・・・俺の今からの行動を見て下さい」
俺は、そう告げると目を閉じて、魔力を放出する。
それに合わせて、レイアの輝き・・・特に巻きつけてあるオレンジ色の布地が一段と増す。
「え、こ、これってどういうこと?」
最初に驚いたのは神坂さん。
「でも、すももの魔力があればありえないことじゃないな」
雄真さんはある程度納得した表情。
「伊織さん・・・」
思わず伊織さんの方を見るすもも。
そして―――伊織さんの瞳から一筋の涙が流れた。
「柾・・・影・・・さん」
「そして、これが師匠や高峰さんが俺をすぐに見つけられなかった理由です」
今の俺の身体に流れる魔力は―――
俺の本来の魔力が6割・柾影さんの魔力が3割・それを融合させているすももの魔力が1割で構成されていた―――
〜第95話に続く〜
こんばんわ〜フォーゲルです。第94話になります。
京都編第2弾の前編になります。
前半では渚と健太郎にフラグを立てつつ、
(まあ、健太郎の片思いですけど)
後半は、和志がなかなか発見されなかった理由も書きました。
和志の身体に柾影の魔力が流れているのはどういう理由か?
次回はそのあたりに注目して頂けると嬉しいです。
それでは、失礼します〜
管理人の感想
フォーゲルさんより、「解かれた魔法」の94話をお送りして頂きました〜^^
京都へとやってきた和志たち一行。そしてお約束の「ハチ、まっしぐら」も無事(?)終えて、藤林家へ。
渚に嫉妬する杏璃が若干可愛かったり。
健太郎って何歳くらいだろ? 護衛の任を任されているところから察するに、そこまで少年って感じではなく、渚より2,3ほど下といったところでしょうか。
確かに片思いのようですが、渚も健太郎を護衛に指名したということは、少なくとも(弟を可愛がるような)好意は持っているはず。後は健太郎のこれからの頑張り次第かなぁと。
そして後半は、和志が見つからなかった理由について。
柾影の魔力が3割、すももの魔力で融合しているとのことですが、それはいったいどういうことなのか――――?
というわけで、続きをお楽しみに^^