『解かれた魔法 運命の一日』〜第90話〜
投稿者 フォーゲル
上に気配を感じて私はフッと空を見る。
『式鬼の杜』の木々の間から星の煌めきが見える。
その星の光が一瞬途切れる。
「!!」
狼の姿を模した精神体のモンスターが、飛び上がってから私に襲いかかる。
『ウェル・シンティア・ラーク・フォレス・ライル・シアレース!!』
氷の槍が出現し、狼形モンスターを貫く。
地面に落ちる前にその姿が消える。
私はその光景を見ることもせずに、次の気配を探る。
その時だった。
“ブチッ”
鈍い音と共に何かが地面に落ちる。
それは、もう一人の『藤林 渚』を生み出した原因の一つでもあり、
そして、カズ君からプレゼントされた大切な白いクリスタル。
(・・・!!)
私は思わず地面に落ちたそれに手を伸ばす。
手に取った時には、今度は複数の狼形モンスターが私に向かって来ていた。
「藤林様!!」
沙耶ちゃんの声が響く。
(対応出来ない―――!!)
私は何匹かに噛みつかれるのを覚悟で避けることにした。
次の瞬間。
『オン・エメルサス・ルク・アルサス・ライガレス・エスタリアス・アウク・エルートラス・レオラ!!』
稲妻を纏った魔力弾が纏めて狼形モンスターを吹き飛ばす!!
「渚!!何やってんのよ!!」
「ゴメン!!柊さん!!」
今の攻撃をしてくれた柊さんに私はお礼の言葉を言う。
私の手の中にあるクリスタルは、戦いの影響なのか3分の1程が欠けて無くなっていた。
不意に私の心に不安がよぎる。
その不安を私は必死に振り払う。
(カズ君にはみんなもついているんだし、大丈夫よ。それより今は・・・)
自分の後方に見える破壊された魔法陣を見つめる。
今、信哉君と沙耶ちゃんに破壊された魔法陣をそれ以上破壊されないように守ってもらっている。
カズ君達の脱出ルートを確保するためにはそれしか無いという『麒麟』の指示に従って。
(私は私に出来ることをするだけよ!!)
私は際限無く出現する精神体モンスターに向かって再び呪文を唱え始めた。
「もう、やめて下さい、柾影さん・・・」
伊織さんがまた一歩『ユグドラシル』に近づく。
『柾影とは誰のことだ』
そう言いながら『ユグドラシル』は伊織さんに向かって攻撃魔法を放つ。
しかし、その攻撃も伊織さんに当たらない。
伊織さんも当たらないという確信を持っているようだ。
そのまま、伊織さんは『ユグドラシル』の目の前に立った。
そして―――
そのまま、赤い鱗に覆われた『ユグドラシル』の右手を握りしめる。
その瞬間、伊織さんの表情が変わった。
この状況に似つかわしくない、晴れやかな笑顔に。
「よかった・・・柾影さんがここにいます」
『何を言っているんだ、お前は!?』
訳が分からないと言った感じの表情を浮かべ『ユグドラシル』は右手を掲げ―――
「おい、ヤバイぞ!」
思わず魔法を撃てるように右手を構える雄真さん。
「いや、大丈夫ですよ」
・・・恐らく、伊織さんも俺と同じことを考えてるんだろう。
『ユグドラシル』は右手を掲げたまま動かない。
いや、正確には『動けない』のだろう。
『な、何故だ!?どうして・・・』
この戦いが始まって以来、始めて動揺した表情を浮かべる『ユグドラシル』。
「それは、そうですよ。柾影さんは、とても優しい人です。むやみに人を傷つけたり出来ない人ですから」
優しい口調で語りかける伊織さん。
『お前は、何故そう断言出来る。第一こいつは・・・』
「!!」
俺は、今の『ユグドラシル』の発言で確信した。
まだ、『ユグドラシル』の中に柾影の意志が存在していると。
「分かっています。確かに柾影さんはシンシアさんを失った時に、大勢の人達を殺しました」
『そうだ、こいつはその時点で、俺に魂を・・・』
「じゃあ、何で、私と出会った時点で私を殺さなかったんですか?」
『・・・』
伊織さんの質問に沈黙する『ユグドラシル』。
「柾影さん。他にも質問があります」
あくでも『ユグドラシル』では無く、『藤林 柾影』として接する伊織さん。
「何で、私たちから『ユグドラシル』の力を回収したんですか?」
『そんなの、お前達がもう役に立たないと判断したからだ』
「嘘ですね」
一言の元に『ユグドラシル』の言葉を否定する伊織さん。
「本当に私達が役に立たないのなら、私達が『ユグドラシル』の力に耐えきれなくなるまで使ってから回収すればいいはずです」
淡々と言葉を続ける伊織さん。
「私も、綾乃さんも、義人さんも、純聖さんもみんな、身体が『ユグドラシル』の魔力に耐えきれなくなる寸前に回収されてます。
柾影さん、あなたは『私達を助けるため』に『ユグドラシル』の魔力を回収しましたね」
『・・・』
沈黙する『ユグドラシル』。
「それに、あそこにいる吾妻さん達に関してもそうです」
「百歩譲って私達は知り合いだとして、命を見逃したとします」
「柾影さんにとって、吾妻さん達は知り合いでも何でもない『倒すべき敵』ですよね?」
『ああ、そうだ』
今、答えたのは『ユグドラシル』か『柾影』か・・・
それは俺には判断出来なかった。
「じゃあ、どうしてわざわざ、吾妻さん達が『四神』の力を使いこなせるようになるまで待ったんですか?」
『・・・』
「柾影さん、あなたも心の奥底では『人間』をまだ信じていたいんじゃないですか?だから、私達を助けたり、
吾妻さん達に、自分を倒すチャンスを与えたんじゃないんですか!?」
いつの間にか伊織さんの声は涙声になっていた。
「・・・あの時のシンシアさんの言葉・・・」
俺の隣にいるすももがポツリと呟く。
その言葉を聞いて俺も、シンシアさんが亡くなった時の言葉を思い出す。
告白の前に、耳元で掠れるような声で言った言葉。
『その言葉』を柾影が受け入れようと葛藤したことは簡単に想像できた。
『違う・・・』
フラッと『ユグドラシル』の身体がふらつく。
『ああ、そうだ・・・』
『ユグドラシル』の口からさっきとは正反対の言葉が漏れる。
『俺は、全てを滅ぼし・・・』
『人間を、信じ―――』
今、再び『ユグドラシル』と『柾影』の間で身体の主導権争いが起こっている。
そして―――
『ぐわぁぁぁぁぁぁぁっ!!』
『ユグドラシル』が絶叫を上げた。
それと同時に尋常では無い魔力が溢れだす。
「柾影さん!!」
「和志!!」
師匠の言葉と同時に俺と雄真さんが動き、伊織さんを『ユグドラシル』から引き離す。
「柾影さん!柾影さん!!」
泣き叫ぶ伊織さんを、神坂さんに託し、俺は『ユグドラシル』に向きなおる。
「和志よ・・・」
「分かっています、師匠」
魔力を暴走させる『ユグドラシル』の背後には『式守の秘宝』が見える。
色は本来の白い色を取り戻しつつあるが、それには無数にヒビが入り始めていた。
『式守の秘宝』といえども『ユグドラシル』から流れ込む膨大な魔力に耐え切れないのか崩壊が近付いてるようだ
恐らく、これが『ユグドラシル』を倒す最後のチャンスだろう。『四神融合・黄龍』で。
「吾妻さん・・・すももさん」
伊織さんが俺とすももの目を見つめながら言う。
「柾影さんを・・・お願いします」
本当は『助けて下さい』とお願いしたいのだろう。
でも、俺達のことを気遣ってそう言ってるのは俺もよく分かった。
「分かりました」
「任せて下さい」
俺とすももは『ユグドラシル』・・・いや、『藤林 柾影』に向き直る。
「和志よ。私は大丈夫だぞ!!」
「こっちも大丈夫です!!」
残った魔力を振り絞り、『白虎』と『玄武』を召喚している師匠と高峰さん。
「和志!!すもも!!ケリ着けろよ!!」
『朱雀』を召喚しながら雄真さんが力強く頷く。
俺とすももは力強く頷いた。
「すもも・・・行くぞ!!」
「はい!!」
「すもも・・・行くぞ!!」
「はい!!」
和志くんの言葉に力強く頷くわたし。
和志くんの魔力が膨れ上がり、『青龍』が出現する。
その時でした。
不意にあることを思い出しました。
わたしの前から和志くんがいなくなってしまう―――あの夢のことをです。
(な、なんであの夢を思い出すんですか!?)
わたしは必死にそれを振り払いながら、自分の魔力のコントロールと『四神』の融合に集中します。
身体の全てから魔力が絞り出されているような感覚に襲われます。
わたしの髪からリボンが解けて空中に舞い上がるのが感覚で分かりました。
リボンが解けてすももの綺麗な栗色の髪が広がる。
そこには本当に天使が舞い降りたようだった。
やがて、再び『黄龍』が出現する。
『ルオオオオオオォォォッ!!』
今までに無いほどの強大な雄たけび。
みんなが最大限に力を込めた『柾影を救いたい』という想いが籠められた『黄龍』だった。
「和志くん!!」
すももの声に俺は再び意識を集中する。
今までに感じたことのない『魔力』を俺は感じる。
(いいのか?和志)
(ああ、頼む)
俺は『黄龍』の意識の部分を司る『青龍』に事前に頼んでいたことをお願いした。
『黄龍』のコントロールなどの部分をすももに掛かる負担をなるべく俺に回してくれということを。
こうすれば、すももに掛かる負担はかなり軽くなるはず。
だけど―――
【クラッ・・・】
目の前が歪む。
『黄龍』の魔力の大きさを感じながら必死に踏ん張る。
その時だった。
不意に俺の腕を包む温かい感触。
「和志くんは・・・わたしが支えます・・・」
すももがうわごとのようにそんなことを呟きながら俺の腕を掴んでいた。
「すもも・・・」
すももの言葉に俺は気合いを入れ直し、『ユグドラシル』を見る。
(普通に撃っても一回目みたいに防がれるだけだ・・・)
俺がそんなことを考えたその時だった。
『ここだ・・・』
不意に聞き覚えのある声がした。
それと同時にユグドラシルの胸の部分がキラッと光る。
「いっけ―――――――――――!!」
俺は迷わずにその光の一点に『黄龍』を叩きこんだ。
『黄龍』はその一点に収束して―――――何も起こらなかった。
(し、失敗したのか・・・?)
俺がそんなことを考えた次の瞬間―――
『ぐわぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!』
『ユグドラシル』の絶叫が歪んだ空間内に響き渡った――――
〜第91話に続く〜
こんばんわ〜フォーゲルです。第90話になります。
ついに和志達と『ユグドラシル』の戦いもクライマックスを迎えました。
まあ、今回のメインはどっちかと言うと伊織と柾影(?)の会話ですが。
そして、冒頭の渚やすももの不安など嫌なフラグが立っていますがそれもどうなるか?
そして、もはやフラフラ状態のすももは?
それらも含めて次回も楽しみにして下さいね。
それでは、失礼します!!
管理人の感想
フォーゲルさんより、「解かれた魔法」の90話をお送りして頂きました〜^^
まだユグドラシルの中に柾影の意識が残っていると確信した伊織による、最後の説得。
それは功を奏し、確実にユグドラシルを追い込みましたね。
そして発動するは、皆の力を振り絞った黄龍。謎の声に導かれ、見事にユグドラシルを貫いたかのように見えましたが・・・。
渚のクリスタルやすももの悪夢で、微妙にイヤなフラグが立っていますね^^; 頑張れ!和志!!
ではでは、今回もありがとうございました。