『解かれた魔法 運命の一日』〜第86話〜








                                                       投稿者 フォーゲル







  『ぐわぁぁぁぁぁっ!!』
 柾影の苦しむ呻き声が響く。
 それと同時に、だんだんと背後の『式守の秘宝』が見えて来る。
 「間違い無い・・・確実に融合が解けかかっておる・・・」
 師匠の指摘通り、柾影の背後に見える『式守の秘宝』の色が禍々しい赤色から白い輝きを取り戻しつつあった。
 「あれが、『式守の秘宝』の本来の色なのだ」
 「何が、起こってるんだ?」
 「恐らくは、柾影さんと、『ユグドラシル』の間での信頼関係が崩れかけているんでしょう」
 雄真さんの問いに答える高峰さん。
 何故、信頼関係が崩れているのか、それは―――
 「・・・」
 「・・・?どうしたんですか?和志くん?」
 すももが不思議そうに、俺の顔を見る。
 俺には、柾影と『ユグドラシル』の信頼関係の崩壊の要因がある程度分かっていた。
 
 『それは、本当にシンシアさんが望んだことだったんですか?』

 『シンシアさんが本当に望んだことは―――』


 さっきのすももの言葉が蘇る。
 その言葉に動揺して、ノーモーションで攻撃した柾影。
 それは、シンシアさんが、柾影に託した想い―――
 そして、俺の考えがほぼ正解に近いと言うことも確信した。
 (でも・・・)
 俺はすももの顔を見つめ返す。
 (もし、俺がシンシアさんと同じ目に会わされたすももに同じセリフを言われた時に―――)
 果たして、その通りに出来るかどうか―――
 「吾妻くん!?」
 ボーッとしていた俺に神坂さんの声が響く。
 見ると、荒れ狂う魔力の余波が俺に向かって来ていた。
 俺は、とっさにすももを抱きかかえると、横に跳んだ!!

 “ズゴワァァァァァっ!!”

 コントロールも何も無い、ただの魔力の塊が俺とすももの居た場所を通過した。
 「大丈夫か!すもも!和志!」
 さすがにこの状況では、普通に心配してくれる雄真さん。
 「は、はい、兄さん・・・」
 「俺も、何とか・・・」
 そうこうしている間に、柾影から放出される魔力がだんだん濃くなって来た。
 「もう、一刻の猶予もならぬな・・・」
 師匠の声に若干の焦りが生まれていた。
 
 “ズガガガガガガァン!!”

 『エル・アムスティア・ラル・セイレス・ディ・ラティル・アムレスト!!』

 雄真さんと神坂さんの二重詠唱に防御魔法が、魔力衝撃波を防ぎ切る。
 しかし、一発だけで攻撃が止む訳も無く、次から次へと魔力弾や衝撃波が降り注ぐ。

 『ア・ダルス・ディ・ラム・ディネイド!!』

 『タマちゃん!!』

 『あいあいさ〜!!』

 魔力衝撃波は師匠の防壁魔法が、魔力弾はタマちゃんが防いでいた。
 その状況を見て、俺は決意を固める。
 「やるしか無いですか・・・」
 「わたしはいつでもいいですよ!!」
 すももは自信たっぷりに笑顔で答える。
 そんなすももに、俺は思わず問い掛けていた。
 「なあ、すもも、お前・・・怖くないのか?」
 どうしても、護国さんに指摘された言葉が引っかかる。
 もし、一発で柾影を止めることが出来ても、すもも自身の限界を超えれば―――
 「それは・・・もちろん、怖いですよ」
 しかし、その口調には、恐怖の感情は浮かんでいなかった。
 「でも、和志くんが柾影さんを止めたいっていう気持ちは私も一緒です。それに・・・」
 「それに?」
 「和志くんが一緒に居てくれるなら、何だって出来る気がします」
 この状況下でも笑顔を絶やさないすもも。
 「ちなみに、根拠は?」
 「えっ?な、無いですけど・・・でもでも、それでも・・・」
 「もういいよ」
 そう言いながら、俺はすももの頭をポンポンと叩く。
 不思議と不安は消えていた。
 「ありがとうな。すもも」
 「は、はい」
 俺も、よく考えたらすももがいつもそばに居てくれたから何だって出来たんだ。
 魔法科トーナメントの時も、海水浴の時も、師匠の実家で伊織さん達に襲撃された時も・・・
 「よし!行くぞ、すもも!!」
 俺はすももに負けないくらいの笑顔を返す。
 「は、はい!和志くん!」
 すももが力強く答える。
 「は、話は纏まったのだな!」
 師匠が俺達の様子を見て、呟く。
 「よし、行くぞ!!」
 「させるか!!」
 一際密度が濃い魔力の塊が三つ叉の槍状に変化して襲い掛かる。
 (マ、マズイ!!)
 今の状態では、『四神』を召喚して融合している時間が・・・

 『エル・アムスティア・ディ・ルテ・カルティエ・エル・クォーナ・アムレスト!!』

 俺達を襲った三つ叉槍は、空中で受け止められていた。
 「くっ・・・ぅぅぅぅぅっ!!」
 新しい防御呪文を唱え神坂さんのお陰で。
 魔法式からして、相手の魔法に干渉して魔法そのものの動きを止めているのだろう。
 「春姫!!」
 「ゆ、雄真くん、みんな、私が食い止めている間に早く!!」
 「わ、分かった!!」
 雄真さんの身体が少しづつ赤い色に―――『朱雀』の魔力を身に帯び始めていた。
 それを確認してから俺はすももと頷き合う。
 神坂さんが柾影の魔力に干渉出来るのは、恐らく『エル・クォーナ』の干渉系の魔法を使えることと、
 『朱雀』を使える雄真さんと一緒にいた力が長かったことで、ある程度『四神』クラスの魔力でも慣れてることが原因だろう。
 だけど、それでも稼げる時間はそんなに無いだろう。
 師匠や高峰さんもそれぞれ『白虎』や『玄武』の魔力を身に纏い始めた。
 




  それを確認してから、俺はすももに目配せをする。
 すももは、コクリと小さく頷くと手を目の前に組んで祈るようなポーズを取る。
 それぞれの『四神』が守護する方位に散る俺達。
 そしてその中心にすももが立っている。
 すでに、俺達4人の頭の上にはそれぞれに召喚された『青龍』『朱雀』『玄武』『白虎』がそれぞれ召喚されている。
 その『四神』がすももの身体から放出されている金色の魔力に覆われる。
 金色の魔力に包まれた『四神』が寄り集まるように中央―――すももの頭の上に集まる。
 懸命に同じ姿勢を崩さないすもも。
 しかし、その額には玉のような汗が浮かぶ。
 (大丈夫か!?すもも!?)
 (だ、大丈夫ですよ・・・和志くん)
 『四神融合』の影響で繋がっているのか、すももの心の中の声が俺の心に流れ込む。
 口ではそう言っていても、魔力の扱いに慣れていないすももにこれだけの膨大な魔力は辛いはずだ。
 (早く、早く・・・)
 俺の焦りの声が聞こえた訳でも無いだろうが、すももが俺を見てまたコクリと頷いた。
 融合完成の合図だ。
 それと同時に、すももの頭の上に渦を巻いていた金色の魔力が弾ける。
 白い爪と紫の鱗、赤い瞳と蒼い稲妻を撒き散らしながら、現れた龍。
 これが『四神融合』の最終形態。『ユグドラシル』を止められる唯一の力を持ったもの――――

 ――――森羅万象を司る象徴『黄龍』(おうりゅう)

 『黄龍』はピタリと目の前の敵―――柾影と『ユグドラシル』に狙いを定める。
 未だに柾影と『ユグドラシル』は意識の主導権争いを続けていた。
 その時だった。
 
 “ドカァァァァァァァッン!!”

 「きゃあ!!」
 ついに耐えきれなくなったのか、神坂さんが三又槍状の魔力を相殺しながらも、俺達の方に吹き飛ばされる。
 「春姫!!」
 雄真さんが走り寄る。
 「大丈夫か!?春姫!!」
 「う、うん・・・」
 (和志くん、今です!!)
 (ああ!!)
 俺の意識に従って『黄龍』が柾影と『ユグドラシル』に向かって収束する。
 『ぐっ・・・・ぐわああああああっ!!』
 全力で抵抗する柾影と『ユグドラシル』。
 (よし、いける!!)
 俺が内心、そう確信した瞬間―――

 ―――『ムッ、いかん!!』―――

 どこかで聞いたような声が聞こえた。
 俺がそれを思い出すよりも先に―――

 『黄龍』が柾影と『ユグドラシル』を巻き込んで消えた。





  “ドドドドドドドドンッ!!”
 盛大な爆発音がした後、静まりかえる空間。
 柾影と『ユグドラシル』が居た場所にはもう何の存在も無かった。
 「お、終わったんですか・・・和志くん」
 足元がおぼつかない様子ながらも近づいてくるすもも。
 その手首には、すもものお父さんから託されたブレスレットがあった。
 最も、『黄龍召喚』に耐えたのもギリギリだったのか、無数にヒビが入っていたが。
 「・・・」
 だが、俺はその問いに答えられなかった。
 確かに目の前に『柾影』の気配は感じられない。
 だけど、俺の勘が警戒心を解こうととはしなかった。
 「う・・・うん・・・」
 「痛って〜」
 今の爆風で吹き飛ばされたのか、遠くで師匠と雄真さんがうめき声を上げながら目を覚ます。
 「伊吹ちゃん!兄さん!」
 すももが2人の方に近寄ろうとした、その時―――

 “ゾクッ”

 俺の背中に嫌な予感が走り抜ける。
 「すもも!!」
 俺は慌ててすももを自分の方に抱きよせる。
 
 “ジャジャジャジャッ”

 耳障りな音共にすももがいた空間そのものが切り裂かれた。
 『ふん・・・逃れたか、運がいい奴だ』
 空間を切り裂いて、『柾影』が現れる。
 いや、それは『柾影』と呼んでいいものだったのか―――
 確かに目の前に居るのは柾影だった。
 しかし、その時と最大に違うのは―――
 以前、廃墟になった自分の家で『ユグドラシル』の魔法を使った柾影は目の色が金色になっていた。
 今の『柾影』の目の色もその時と同じ金色だ。
 しかし、最大の違いは―――その瞳に『柾影』の意志が感じられないということだ。
 『お前の考え通りだ』
 『柾影』は不敵に笑う。
 『お前達がもたらした『柾影』の心の動揺と『黄龍』のお陰で、我は完全にこの男を支配出来た。
  後は、お前達を滅ぼし、我自身も滅することで我の目的は達成される』
 「そ、そうはさせない・・・」
 すももをかばいながら立ちあがる俺。
 「まだ、寝てる訳には行かぬようだな・・・」
 「そう、みたいですね・・・」
 師匠や高峰さんも立ちあがる。
 『ほう、『黄龍』を召喚してまだ立ち上がるか?それに敬意を表して相手をしてやろう』
 『ユグドラシル』が臨戦態勢に入った。




  (柾影さん―――)
 伊織は上も下も分からない空間の中で必死に柾影の魔力を探っていた。
 自分がこの空間に吸い込まれた理由は、何か理由があるはず。
 そして、ある一定の時間からある『声』が聞こえるようになった。
 それは―――
 『伊織―――』
 聞き間違えるはずも無い。柾影の声だ。
 (柾影さんが私に助けを求めている?)
 そう思った瞬間伊織はその方向に向かって動き始めた。
 自分に何が出来るのか―――それは分からない。
 でも、そうしなければならないと思った。





  「ぐわっ!!」
 「きゃあっ!!」
 魔法攻撃を防ぎきれず、吹き飛ばされる雄真さんと神坂さん。
 「兄さん!姫ちゃん!」
 すももが悲鳴を上げる。
 『油断はせぬことだ!!』
 掌に魔力を蓄えた『ユグドラシル』がすももの目の前に現れる。
 
 “ガギィィィィィィッ”

 「和志くん!!」
 俺はすももに向けられた攻撃をレイアで何とか防いでいた。
 しかし、その威力に耐えられず、後方に吹き飛ばされる。
 そんな俺達2人の身体を師匠と高峰さんが受け止める。
 2人かがりでないと受け止められないほどに、魔力を消耗していた。
 それは、俺もすももも、雄真さんも神坂さんも同じだろう。
 『さあ、もう分かるだろう』
 『ユグドラシル』が不敵に呟く。
 『もう、俺を止めるにはお前達自身が出て来るしかないということを』
 この『お前達自身』というのは俺達のことではないらしい―――

 『確かに、そうかも知れぬな―――』

 そう呟いたのはレイア―――いやレイアの身体を借りて出て来た『青龍』だった。
 『済まぬな。和志。ちょっとレイア殿の身体を借りるぞ』
 そう言って『青龍』は『ユグドラシル』と対峙した。







                                〜第87話に続く〜

                         こんばんわ〜フォーゲルです。第86話になります。

                           引き続き柾影とのバトルが続いてます。

              何気にこの作品では影が薄かった春姫が一人で頑張っているシーンを入れられたのが良かったなと。

                 ついに『四神融合』で最終形態『黄龍』を召喚したものの、決着を付けるどころか、

                  逆に柾影が完全に『ユグドラシル』に精神を支配されるという最悪な事態に。

                 追い詰められる和志達の前に、レイアの身体を借りて現れる『青龍』は何を語るのか?

                        そして、『柾影の声』を頼りに移動する伊織は?

                            次回も楽しみにして頂けると嬉しいです。
                       
                                それでは、失礼します〜
 




管理人の感想

フォーゲルさんより、解かれた魔法の第86話をお送りして頂きました〜^^

ユグドラシルに支配されつつある柾影と、和志たち6人の戦い。戦いは激しさを増す中、春姫の奮闘により出来た間隙。

そして遂に召喚された、四神の最終形態黄龍。だが結果は予想外の方向へ。

ドキドキな展開ですね。まさか黄龍による攻撃で、完全にユグドラシルが出てきてしまうとは思いませんでした。

精神を呑み込まれた柾影の安否と、青龍とユグドラシルの会話など、まだまだ目が離せませんね!



2010.4.11