『解かれた魔法 運命の一日』〜第83話〜











                                                   投稿者 フォーゲル








  「・・・!!」
 俺は自分のいる空間の空気が変わったことに気が付いた。
 『柾影、気が付いたか?』
 「ああ、分かっている」
 頭の中に直接流れ込んで来た『ユグドラシル』の声に俺は答える。
 明らかに、異質な魔力が感じられた。
 正確に言うならば、『俺を倒せる魔力』を持ったやつらがこの『空間』の中に入り込んで来た。
 (ついに来たか・・・)
 恐らくは完全決着を付けるために。
 実力差を考えれば、俺が奴らに負ける可能性はほとんど無い。
 だが・・・
 
 『愛されているあなたはきっと優しい人なんです』

 シンシアによく似た印象を持っている少女が言った言葉が印象に残っていた。
 他でもない、シンシアが俺に対してその言葉を言ったからだ。
 あれは・・・
 俺がその言葉を言われた時のことを思い出そうとして首を振る。
 彼女は彼女であって、シンシアじゃない。
 俺は、そう考えると呪文を唱え始める。
 奴らへの宣戦布告と、そして、完全決着を付けるために―――




  魔法陣の中に飛び込んだ時、俺が最初に感じたのは息苦しさだった。
 圧倒的な魔力と強烈な負の感情―――
 それらが混ざり合った何とも気持ち悪い空間。
 そんな感じだった。
 「何だ・・・ここは」
 雄真さんの声が近くからする。
 その姿は―――俺の目には上下逆に写った。
 どうやら、この圧倒的な魔力と負の感情の持ち主の柾影がこの中に入ったことで、
 『式守の秘宝』と結びつき、圧倒的な魔力を生み出しているのだろう。
 それが俺達の視覚にも影響を起こしているみたいだった。
 事実、俺の近くにいるはずのすももの姿も今は遠くの方に豆粒みたいに見える。
 その証拠に、すももが俺の魔法服の裾を確実に掴んでいるという感触はハッキリと感じられるのだ。
 「すもも、こっちだ」
 「は、はい・・・」
 俺は手探りですももの身体を抱きよせる。
 ようやく、正常にすももの姿が俺の目に映る。
 (これだけ、近づけばさすがに普通に見えるな・・・)
 俺は、その時に気が付いた。
 すももの身体が小刻みに震えていたことに。
 「・・・怖いのか、すもも?」
 「えっ?う、ううん、そんなことないですよ〜」
 慌てて否定するすもも。
 しかし、その表情は明らかに強張っていた。
 「大丈夫だよ。俺が何があっても守ってやるから・・・」
 「う、うん・・・」
 だけど、俺の言葉を聞いてもすももは不安顔。
 「何だよ。俺の言葉じゃ不安か?」
 「ち、違いますよ〜ただ・・・」
 「ただ?」
 俺がそう聞き直したその時だった。
 「すももちゃん!和志くん!」
 神坂さんの声がしたと思うと、俺はすももを庇うように倒れこむ。
 その頭上を魔力の槍が過ぎていった。
 魔力の槍はやがて急上昇したかと思うと、空間の彼方に消えていった。
 やがて、遠くで何かに当たったような爆発音がした。
 俺はすぐに、追撃に備えて防御呪文の魔法式を組み立てる。
 しかし、それ以上の追撃は無かった。
 「何だったんだ?今のは・・・」
 俺はすももを立ち上がらせると、一息付く。
 「恐らく、柾影さんからの攻撃でしょう」
 高峰さんが考え込むように言う。
 いつの間にか、みんなお互いの魔力の波動パターンを頼りにしたのか、集まって来て、
 お互いの姿も正常に見えるようになっていた。
 「師匠、『式守の秘宝』のある場所はいつもこんな感じなんですか?」
 「いや、そんなことはない。ここは魂の安息の地なのだからな」
 「ということは・・・」
 「柾影さんが『式守の秘宝』を取りこんだせいで、彼の心が反映された空間になっているんですね」
 高峰さんが結論付ける。
 「でも、どうするんだ?こんな上も下も分からないような不安定な空間の中でどうやって奴のところに辿り着くんだ?」
 「それなら、俺に考えがあります。すもも、協力してくれるか?」
 「は、はい!」
 「それから、師匠と雄真さんは転移魔法、神坂さんと高峰さんは防御魔法の準備をお願いします」
 みんなが頷くのを確認してから、俺はすももと打ち合わせをして―――呪文を唱え始めた。
 未だにすももの身体が震えているのを感じながら。






  和志くんの指示に従って、わたしは自分の中の魔力をゆっくりと引きだします。
 わたしの身体を金色の光が包み込みます。
 伊吹ちゃんの特訓のおかげで、和志くんの魔法を強化するくらいのことは、出来るようになりました。
 それをしながら、わたしはさっきの和志くんの言葉を思い出していました。
 
 『大丈夫だよ。俺が何があっても守ってやるから・・・』

 以前のわたしだったら、深く考えることなく、喜んで、安心していたでしょう。
 でも・・・シンシアさんに同化してあの体験をしてからは、素直に喜べませんでした。
 シンシアさんは柾影さんを庇って、亡くなりました。
 身体から流れる血。薄くなっていく意識。
 わたしは同化したことで、『死』に対する恐怖を感じました。
 そして、そんな状態でも柾影さんを気遣うシンシアさんの心の強さも。
 それと、同時にある一つの考えに行きつきました。
 もし、あの立場が逆だったら、恐らく柾影さんはシンシアさんを庇っていたでしょう。
 それは、和志くんにも言えることでした。
 
 『何があっても守ってやるから―――』

 それは、『自分の命と引き換えにしてでもわたしを守る』ということと一緒です。
 そんなのイヤです。
 例え、わたしの命が助かっても、和志くんがそばにいてくれないなら―――意味は無いです。
 それと同時に、またあの『夢』のことがよぎります。
 わたしを置いて和志くんがいなくなってしまう夢。
 もちろん、そんなことある訳無いって分かっています。でも―――
 「すもも」
 わたしの様子に気が付いたのか和志くんは振り向かずに答えます。
 「大丈夫だ。俺は死なないよ。ましてやすももを一人にしてな」
 「和志くん・・・」
 その言葉は、力強くて、わたしを安心させてくれるものでした。
 「だから、安心しろ。分かったな」
 「はい!」
 わたしは、力強く答えました。




  「よし・・・」
 遠くで魔法の槍が炸裂したのを俺は感じた。
 これで、決戦の準備は出来た。後は―――
 俺は更に呪文を唱え始める。
 『ラグナ・オル・ファズ・ライリス・レイニック・アル・ブリンズ!!』
 『ユグドラシル』の力を組み込んだ魔法式を構成して、
 丁度、奴らに対応するだけの6つの魔力弾が生まれる。
 それを一点に凝縮し、一つの魔力弾が生みだす。
 『ま、柾影!?』
 驚く『ユグドラシル』。
 その声に構わずに俺は凝縮した魔力弾を打ち出した。




  その時だった。
 遠くから、魔力反応が感じられた。
 その方向から、強力な魔力弾が飛んで来た。
 『エル・アムスティア・ラル・セイレス・ディ・ラティル・アムレスト!!』
 神坂さんの声に答えて光の壁が出現する。
 『・・・ディア・ダ・オル・アムレスト!!』
 追加の魔法式で光の壁が一直線に並ぶ。

 “バギンッ!!バギンッ!!バギンッ!!バギンッ!!バギンッ!!”

 魔法弾は光の壁を破壊しながら突き進むが威力も衰えていく。
 しかし、ついに最後の光の壁も突破される。

 『エル・アムイシア・ミザ・ノ・クェロ・レム・トゥーナ・カルヌス!!』

 威力が落ちた魔法弾は、高峰さんが生みだした更に強力な防御障壁に当たって消滅した。
 魔法障壁が消えた瞬間、
 『ウェル・シンティアス・レイ・フェニス・ラル・セイガレスト・フェール・サイラリス!!』
 すももの強化魔法で威力が上がった魔力の槍を俺は魔法弾が飛んで来た方に向かって放つ。
 その魔力の槍は、空間の彼方へ飛んでいく。
 それが弾けた感覚を感じた。
 「師匠!!雄真さん!!」
 『エル・アムダルト・リ・エルス・カルティエ・ラ・アムティエト』
 『ア・グナ・ルーシット』
 2人の唱えた転移魔法が俺達6人を包み込んだ。




  転移魔法で俺達はある場所に辿り着いた。
 目の前には、大きなクリスタルとその前に佇む一人の人物。
 赤い長髪に、鍛え上げられた肉体。
 何よりも一番の特徴は、赤い鱗に覆われて指の数が3本になった右腕。
 その右腕からは『ユグドラシル』の気配を感じていた。
 「なるほどな・・・この空間が俺の魔力と負の感情でおかしくなっているから、俺の居場所を探るために、
  俺の攻撃魔法の発動地点を探したという訳か」
 「ついでに言うなら、俺の魔法を防御させて、転移魔法を使う師匠と雄真さんにお前の居場所を見失わないようにして貰った」
 目の前の男―――藤林 柾影は不敵に笑った。
 「だが、どんなに頑張っても、お前たちに俺は止められない」
 柾影の言葉に後ろのクリスタルが赤い輝きを放つ。
 「危ないな・・・」
 師匠が呟く。
 「何がですか?」
 「『式守の秘宝』が赤く輝いておる・・・つまり奴は完全に『式守の秘宝』を取りこんでいるということだ」
 「つまり、柾影さんは無限大に魔力を使えるということですね」
 高峰さんの言葉に頷く師匠。
 「さあ、始めようか―――!!」
 柾影の魔力が膨れ上がって行った。
 





  “ハァ・・・ハァ・・・”
 私達は急いで爆発音がした方角に向かった。
 「柊さん!!大丈夫!!」
 「大丈夫よ!沙耶に回復魔法掛けて貰ったしね。それより渚、アンタこそどうなのよ?」
 「私は大丈夫!『彼女』を取りこんだみたいだから」
 『彼女』とはもちろんさっきまで戦っていた『藤林 渚』のことだ。
 彼女は私自身だったのだから、彼女の持っていた魔力も元は私のものなのだ。
 負の感情を受け入れることは、もちろん辛いことだけど、それを受け入れることで強くなれる。
 私はそれを感じていた。
 「なっ・・・こ、これは・・・」
 一番前を走っていた信哉君が立ち止まる。
 その後ろから、私は前を覗き込む。
 そこには、破壊された祠と魔法陣があった。
 「信哉君、ここは・・・」
 「間違い無い。『式守の秘宝』へ繋がる魔法陣だ」
 私と追いついて来た沙耶さんは破壊された魔法陣を調べる。
 「どうも、内側から破壊されたみたいですね」
 冷静を装いながらも、沙耶さんの口調からは焦りが感じられた。
 「ちょっと、それってヤバイんじゃないの!!」
 柊さんの言葉の意味は十分過ぎるほどに分かった。
 ここの魔法陣が破壊されたということは―――


 ―――カズ君達は例え柾影さんに勝っても脱出出来ないということを意味していた―――




 
                                   〜第84話に続く〜


                         こんばんわ〜フォーゲルです。第83話をお送りします〜

                             柾影vs和志達の前哨戦という感じでしたね。

                             まずは、柾影のところに辿り着くまで一苦労。

                       そして、シンシアと同化したことで、死に対する恐怖を体感したすもも。

                    自分を守るために和志も同じことをするんじゃないかと言う不安を表現してみました。

                    柾影の今回の行動や、和志達が脱出ルートを封じられたことを知った渚達がどう動くか。

                        そして、最終決戦の行方はなどにも注目して頂けると嬉しいです。

                                  それでは、失礼します〜    




管理人の感想

フォーゲルさんより、解かれた魔法の第83話をお送りして頂きましたー^^

ついに柾影との直接対決の場面まで来ましたね。

かつては安息の地であった秘宝の封印場所も、今や柾影によって歪められ・・・あまつさえ、秘宝すら柾影に取り込まれてしまった。

ユグドラシルと秘宝。そして何やら強化されている様子の柾影を相手に、和志たちがどう戦うのか。

また、すももの不安は現実となってしまうのか。

次回も楽しみにしましょう!



2010.2.15