「しっかし、今日も寒いなぁ〜」
「あはは、まあまだ暦の上では冬ですからね。しょうがないっすよ」
私は朝の桜並木を、”今日も”朝倉君と一緒に登校していた。
一緒に登校しようと約束してから丁度一週間。実はその間も毎日――もちろん学校がある日に限ってだけど――待ち合わせをして、学校までの短い道のりを彼の隣で歩いた。
今まで男の子の友達がほとんどいなかった私にとって、その時間はとても新鮮で。
彼と一緒にいると少し高揚する気持ちを抑えながら、ゆっくり歩いても20分掛からない短いひとときを楽しむ。
そして今日も何事もなく校門に着き、私は少し名残惜しい気持ちを抱きながらも別れを言おうとした。
「・・・あっ!」
しかし手を振ろうとしたその瞬間、彼は何かを思い出したかのように声を上げる。
「どうしたんです?」
「あぁ、いや。今日の朝にことりに言おうと思ってたことがあったんだけど、すっかり忘れてた」
「でももう時間も無いしなぁ・・・」と腕時計に目を落とす彼に倣い、私も自分の手首を見やる。
確かに、チャイムが鳴るまであと数十秒といったところだった。
「じゃあ、ことり。今日の昼休み、いつもの中庭のベンチに来てくれないか?ちょっと話したいことがあるんだ」
「別に構いませんけど・・・話って?」
「それはまたその時に・・・ってチャイム鳴ってる!?そ、それじゃあまた後で!」
彼はセリフの途中でチャイムが鳴っていることに気づき、慌てて自分の教室へと廊下を駆けて行った。
「・・・? 話ってなんだろ?」
急展開すぎて彼の心を読む暇すら無かった私は廊下で一人、首を傾げながらそんな疑問を呟いていた。
そして瞬く間に時は過ぎ、約束の昼休みに。
「あ、ことり。こっちこっち」
既に来ていた朝倉君の呼び掛けに素直に応じ、持ってきたお弁当を片手に彼の隣へと腰を下ろす。
「来てくれてありがとな。一方的な約束だったし、来なくてもしょうがないかなぁとは思ってたんだけど」
「いえいえ、そんな。気にしないでくださいよ」
「そう言って貰えると助かる」
『しかしことりは本当に良い娘だよなぁ。常に相手の事を気遣ってるっていうか・・・』
聞こえてきた朝倉君の心の声に、私は内心苦笑する。
だって、私のは違う。私はただ能力に従うように、相手の顔色を窺っているだけなのだから。
気遣い上手な人というのは・・・例えば、目の前の朝倉君のような人を言うのではないだろうか。
「それで、話というのは・・・?」
「おっと、そうだった。・・・ことり」
「は、はい?」
朝倉君は一転して真剣な表情となり、私の名前を呼んだ。
普段はあまり見ないそんな彼に真正面から見つめられ、思わず返す返事もどもってしまう。
『このシチュエーションって・・・ま、まさかね?そんなわけないじゃない』
ドキドキする心臓を落ち着かせるように、必死に自分に言い聞かせる。
でも、人通りの少ない場所に一人呼び出され、こんな真剣に見つめられては・・・誰でも勘違いしてしまうのではないだろうか。
「頼みがあるんだ」
「頼み・・・?」
「ああ」
勝手に熱くなる頬を自覚しつつも、視線を彼の瞳から逸らすことが出来ない。
そして――。
「頼む!俺に勉強を教えてくれっ!!」
・・・。
「・・・はい?」
――何とも複雑なこの気持ちは、やはり「勘違い」で決着を迎えるのだった。
D.C. SS
「小鳥のさえずり」
Written by 雅輝
<9> 3−1の勉強会
話を要約すると、もう3日後に迫った学年末試験に備えて、勉強を教えて欲しいという内容だった。
確かに、私の成績が良くないといえば嘘になるけど・・・かといって、人に教えられるほど理解しているとも言い切れない。
その旨を彼に伝えたら、朝倉君は笑ってこう言った。
「そんなに深く考えなくていいからさ。ただ勉強をするにしても、大勢の方が楽しいと思うし。それに・・・」
「え?」
「い、いや、何でもない」
『流石に「ことりと勉強するのは楽しそうだから」なんて、恥ずかしくて言えないよな・・・』
「あ・・・」
気になって朝倉君の心を読んだ私は、その内容に思わず気恥ずかしくなってしまう。
そう言われて悪い気がするはずない。その言葉が、特に彼からのものなら。
――特に?
「・・・?どうかしたか?」
「あっ、いえ」
私が自分の気持ちに内心戸惑っていると、心配した朝倉君が声を掛けてきた。
それに首を横に振ることで応じ、話題を変えるべく口を開く。
「大勢ってことは、他にもいるんですか?」
「ああ。後は俺のクラスのやつ2,3人・・・工藤のやつもいるから、そんなに気まずくはないと思うけど」
「工藤君も・・・」
うん、朝倉君と叶ちゃんが一緒なんだったら、参加してみようかな。
私としても、数学などでそろそろ分からない問題が出てきたし。これを機に、他の人に教えてもらうのもいいかもしれない。
「わかりました、参加しますね」
「ん・・・そっか」
『工藤の名前を出した途端に参加を決めるっていうのは・・・何となく複雑だなぁ』
彼の返事が若干憂いを含んでいたので心を読んでみると、そんな言葉が返ってきた。
そっか、私と工藤君が付き合ってるって噂が流れてるって、前に耳にしたことがあったっけ。
ということは、やっぱり。
『朝倉君にも、そう思われてるのかなぁ・・・』
そう考えると、なんだか胸がきゅーっとしてしまう。
「それに・・・」
気づくと私は、彼に向かって笑顔でこう言っていた。
「私も、朝倉君と勉強してみたいですしね」
その時の彼の照れた表情は、いつまで経っても忘れられない。
翌日の放課後。勉強会に招待された私は、勉強道具を持参して3−1の教室までやってきた。
やはり放課後で人がほとんどいないとはいえ、他の教室に入るのは少し緊張する。
おずおずと扉を開けると、朝倉君を含めた三人の男子生徒と、一人の女子生徒が机をくっつけて――当然だけど――勉強していた。
「おっ、ことり来たな。こっちこっち」
一番に私に気づいた朝倉君が手招きで呼び寄せ、工藤君はヒラヒラと笑顔で手を振っていた。
私もそれに笑顔で応え、彼らの元へと歩み寄ると、座っていた女の子がキョトンとした顔で朝倉君に尋ねる。
「あれ、朝倉。特別ゲストって、白河さんのことだったんだ」
「ああ・・・って眞子、ことりのこと知ってたのか?」
「いや、直接の面識は無いけど・・・ウチらの学年じゃ、知らない人はいないでしょ」
彼女はそう言うと席を立ち、そのボーイッシュな雰囲気にピッタリの、サッパリした笑顔を私に向けた。
「私は水越眞子。眞子でいいよ。よろしくね、白河さん」
「あっ、私の事もことりでいいですよ。よろしくです、眞子さん」
「うん。じゃあよろしく、ことり」
「はい」
差し出された手に応じて握手を交わすと、彼女のショートボブの髪の毛がサラリと揺れた。
『でも、本当に綺麗だなぁ、ことりって。この前音夢が自信無くすって言ってた意味が、何となく分かった気がするわ』
「・・・」
あまりにも直球な言葉――心の声だけど――に、思わず赤面してしまう。
どうやら雰囲気の通り、ハッキリとした性格のようだ。
「まあまあ、座って座って」
「あっ、はい。お邪魔します」
『椅子に座るのに「お邪魔します」はちょっとおかしいかなぁ』と思いつつ、眞子さんによって引っ張り出された席へと座る。
ふと顔を上げると、真正面に座っていた男の子がその目を細めてじっと私を見ていた。
「あ、あの・・・?」
「ああ、気にしないでくれ白河嬢。ちなみに俺は朝倉の友人で、杉並という。よろしく」
「あっ、はい。よろしくお願いします」
流れのままにされた挨拶に戸惑いつつも、私も頭を下げる。
それが終わってもまだ見つめてくるので、一応心の声を読んだんだけど・・・「フェロモンの効力か?」とか、「宇宙人の新兵器か?」とか、よく分からない単語が飛び交っていたのでスルーした。
「こらこら杉並。あんまりことりを見るなよ。嫌がってるだろう」
「何を言う工藤。俺はただ白河嬢の人気がどこに因果しているのかと、大佐に教わった眼力術をだな・・・」
「んな怪しげなもんをことりに使うな。・・・ことり。杉並はいつもこんな感じだから、だいたいはスルーしていいと思うぞ」
「あ、あはは」
そう言って朝倉君も席に着くと、眞子さんがそれを待っていたかのように”パンパンッ”と軽く手を叩く。
「さあ、ことりも来たことだし、本格的に勉強を始めるわよ」
「そうだな」
その雰囲気に私も鞄から問題集を取り出し、気持ちを切り替えてシャーペンを手に取るのであった。
「そういえばさ、ことりって何の教科が得意なんだ?」
勉強開始から1時間ほどが経った頃だろうか。数学の問題と格闘していた朝倉君が、ふと思い出したかのように訊ねてきた。
「えっと・・・一応、理数系と英語は大丈夫だと思います」
「そっか。眞子は文系、工藤は理数系、杉並はどの教科でもオッケーらしいから、分からない所があったらどんどん聞いてくれよ」
「あ、はい。・・・あれ?朝倉君は?」
「ああ、俺も一応文系だけど・・・眞子には及ばないからな。理数系は死ぬほど苦手だし」
「いつも教えてもらう立場だ」と苦笑しながら言う朝倉君に、私は思わず口を開く。
「それじゃあ・・・」
「ん?」
「あっ、えっと・・・私が理数系、教えましょうか?」
「ホントか?助かるよ、ことり」
「い、いえ・・・」
「「「じーーーっ」」」
気づくと私と朝倉君以外の3人は、勉強の手を止め、私たちをジト目で軽く睨んでいた。
「ど、どうしたんだ?3人とも」
「・・・いや、構わんさ」
「それにしても、鈍感だよな。朝倉って」
「この様子だと、噂は本当だったみたいね」
朝倉君の質問に、杉並君、工藤君、眞子さんが次々と答えていく。
私は眞子さんの言う噂が気になり、意識を集中させて彼女の心を覗いてみた。
『・・・まあ、最近は登校も一緒にしてるみたいだし。恋人っていう噂が立ってもしょうがないよ、これじゃ』
『こ、恋人!!??』
我ながら、よく驚きを心の中で抑えたものだと感心する。
『わ、私と、朝倉君が!?こ、ここここ恋人同士!?でもでも、朝倉君には音夢さんが!』
内心は軽いパニック状態。幸い、彼らはまだ談笑していたのでこの状態に気づかれた様子は無いけど。
私はこの沸騰しそうな気持ちを何とか抑えようと、再びペンを手にとって無心で勉強を始めるのであった。
これは余談だけど。私たちは学年末試験で何とか全教科赤点は取らず、春休み中の補講は免れ。
晴れて卒業パーティーの準備期間という、一足早い春休みに突入した。
10話へ続く
後書き
約2週間振りのUPです〜。うわっ、よく考えると今年初めての作品ですね^^;
ってことで皆様、明けましておめでとうございます!今年も私の作品を、よろしくお願い致します〜m(__)m
この2週間はなかなかに忙しく(特にバイトが)・・・こちらの方は一週正月休みにさせて頂きました。
また今週からは週1掲載に戻るはず・・・たぶん(汗)
さて、今回は「サブキャラを出そう、第1段」ってことで、眞子と杉並を登場させました。
・・・いや、第2段があるかどうかは分かりませんが(爆)
でも結局は純一とことりが主体になってしまったのですが。眞子、あんまり出番無かったなぁ(笑)
ちなみに本編ではあえて触れていませんが、音夢は風紀委員の仕事のため欠席です。
もちろん、彼女も赤点など取らなかったのですが。
次回は、一度幕間を挟むつもりです。話的にも一区切り付きそうなので。
過去の話は一旦止めて、現代へと帰っていきます。
それでは、また次週お会いしましょう!^^