「・・・この辺でちょっと、休憩にしましょうか」
思い返していた「過去」という世界から一度戻ってくるように、私は閉じていた瞳をゆっくりと開けた。
そしてゆっくりと目を向けると・・・そこには、私の膝の上で早くも船を漕ぎ始めている愛娘の姿が。
「ヒナちゃん、大丈夫?」
「ひゃっ。う、うん。だいじょーぶだよ」
肩をポンポンと撫でるように二度叩くと、ヒナは少し驚いたように声を上げ、気丈にもその眠気眼を擦った。
「それじゃあ、眠気覚ましにコーヒーでも淹れましょうか。ヒナちゃんには、ミルクたっぷりのカフェ・オレね?」
「うん!・・・お砂糖もいっぱいね?」
「はいはい♪」
新学期が始まり、そろそろ桜の季節も終わろうかというこの時期。
春の陽射しが暖かいこの季節に、ホットコーヒーはどうかとも思ったけど・・・まあのんびりと話を進めるには、丁度いいかもしれない。
もちろん、ヒナちゃんのカフェ・オレはミルクで割るので「ホット」というよりは「アイス」の方が近いかもしれないけれど。
コーヒーとカフェ・オレを淹れ終え、彼のために取っておいたクッキーから4枚ほど拝借してから、リビングへと戻る。
さあ、可愛い娘と一緒に、午後のティータイムを楽しもうか。
D.C. SS
「小鳥のさえずり」
Written by 雅輝
<10> 幕間 〜眞子と美春〜
”ピンポーン”
「あら?誰かしら?」
「だれかしら〜?」
不意に聞こえてきたチャイム。今日は誰とも会う予定は無いはずだけど・・・と首を傾げると、対面のヒナも私の真似をして首を傾げた。
その様子に微笑ましさを感じつつ、腰を上げて玄関へと向かう。
「はーい」
応対の声と共にドアを開けると、そこに立っていたのは――。
「やっほ。ことり」
「お久しぶりです、ことりさん♪」
気さくに片手を上げる眞子と、シュタっと冗談ぽく敬礼する美春ちゃんだった。
「お久しぶりだね、二人とも」
「うん、直接会うのは、去年の忘年会以来かな?」
眞子と会話を交わしつつ、二人をリビングへと招き入れる。
そうしてリビングへと入ると、おとなしく待っていたヒナが、二人の姿を見るなりその瞳を輝かせた。
「あっ、眞子おねーちゃんに美春おねーちゃんだ!」
「こんにちは、ヒナちゃん」
「元気にしてましたか〜?」
「うん!ヒナもママもパパも元気だよ!」
その言葉の通り、元気よく手を挙げるヒナに、二人とも顔を緩ませる。
こういうのは親バカかもしれないけど・・・本当にヒナは素直で良い子に育ってくれたと感じる瞬間だ。
「・・・それで、急に二人してどうしたの?」
追加のホットコーヒーと買っておいたカステラを二人に振舞いつつ、今日やってきた理由を尋ねる。
もちろん、迷惑というわけではない。ただ、いつもは仕事に追われている二人がこんな平日の午後に来ることに疑問を感じた。
「特に理由は無いんだけどね。ただ私は非番だったし、美春も研究がひと段落着いたから長期休暇中」
「ということで、久しぶりに会おうという話になりまして。美春の提案で、ことりさんの家にお邪魔したというわけですよ」
そんな疑問に眞子が苦笑しつつ答え、美春ちゃんがその後を継ぐようにカステラを口にしながらはにかむ。
その笑顔は学生時代から変わらず、とても可愛らしい。
「あの・・・ご迷惑でしたか?」
私が無言で微笑んでいると、何か勘違いしたのかシュンとなって問いかけてくる。
「そんな、迷惑なんて。むしろ大歓迎だよ。それに・・・」
私は苦笑しつつ、隣の椅子の上でもうそろそろはしゃぎたくて我慢できない様子のヒナを見やる。
「ヒナも遊び相手が欲しかったみたいだし。美春ちゃん、お願いできる?」
「はい!美春にお任せくださいっ!行こっ、ヒナちゃん」
「うん!――わぁっ、高い高い〜♪」
何故か妙な使命感に瞳を輝かせた美春ちゃんは、そのままヒナを連れて――もとい抱えて、隣の子供部屋へと突撃する。
その様子は微笑ましい姉妹・・・というよりは。
「なんか、姉妹というよりは子供が二人って感じよね」
「あ、あはは」
自分の考えと全く同じ言葉が眞子の口から出てきて、私は苦笑する他無かった。
「へぇ、昔の話をねぇ」
「うん、学校の宿題らしいんだけど・・・ヒナちゃん自身も、結構興味があるみたい」
美春ちゃんとヒナが隣の部屋でじゃれ合って遊んでいる最中、私は眞子に昔語りをしていることを話していた。
思えば、もうあの日々は12年も前の話だ。今でも事細かに覚えている自分に、それだけ充実した日々だったのだろうと納得する。
ふと見れば向かいの彼女も、その頃の事を思い出しているのか、目を懐かしげに細めていた。
「ことりと朝倉の出会いの話かぁ。まあ子供って、自分の興味のあることだったら、何でも知りたがるからね」
「ふふ。それは小児科看護師としての見解かな?」
「見解って・・・それほど大層なものでもないけどね」
彼女は今、自身の親が営む島内の「水越病院」で小児科の看護師として日々を過ごしている。
ちなみに美春ちゃんは、「天枷研究所」の職員。何でも、ロボット研究の第一人者が彼女のお父さんらしい。
時折彼女が持ってきてくれる試作品の小型ロボットは、専らヒナのお気に入りになっていたりもする。
「でも懐かしいなぁ。確か、付属最後の試験前の勉強会で、初めてことりと会ったんだよね?」
「そうそう。私は純一君に誘われて・・・眞子も?」
「いや、実はあの勉強会は私が提案したの。そしたら朝倉が、一人違うクラスから誘っていいかってね」
「へぇ・・・」
「まさか、それが学園のアイドルとして名高いことりとは思ってなかったけど。知ってた?あの頃、朝倉とことりって結構噂になってたんだよ?」
「そ、そうなんだ」
まさか、「あなたの心の声を聞いて初めて知りました」なんて言えるはずもない。言っても信じてすら貰えないだろうけど。
「もしかして、ことりはあの頃から朝倉の事が好きだったの?」
「・・・どうだろ。たぶん、心の奥の方ではそういう感情もあったかもしれないけど、少なくとも自分では気づいてなかったかな」
「その気はあったってこと?」
「うん。あの頃の純一君は、間違いなく私にとって特別な男の子だったから」
「はいはい、御馳走様。でも、実際に付き合い始めたのって、確かそのもうちょっと後だったわよね?」
「うんうん。あの時は・・・」
そうして私と眞子はしばらくの間、過去を一つ一つ確認するように交わされる昔話に花を咲かせるのであった。
「それじゃあね、ことり。コーヒー御馳走様」
「うん、またいつでも来てね」
「お邪魔しました!バイバイ、ヒナちゃん」
「うん!眞子おねーちゃんに美春おねーちゃん、さよーなら!」
私は控えめに、ヒナは腕を大きく上げてぶんぶんと手を振りながら、玄関先で二人を送り出す。
扉が閉まり、二人の姿が完全に見えなくなると、ツイと軽く私の服の裾を掴む感触が。
「また、来てくれるかな?」
「・・・うん、きっとヒナちゃんに会いにね。今度はこっちから遊びにいこっか」
「あ・・・うん!」
目線を合わせるようにかがんで頭を撫でると、ヒナは溢れんばかりの笑顔で一つ頷く。
「それじゃあ、さっきの話の続きをしよっか」
「はーい」
そうしてまた私は、娘に昔語りを始める。
次は・・・そうだね。私と純一君が、恋人同士になるまでを語ろうか。
11話へ続く
後書き
ちょっと定時より遅れちゃいましたが。第10話UPです〜^^
やっと10話といったところでしょうか。今までの更新速度に比べると、遥かに遅いですね。
何気にもう4か月が経ってますし・・・実はPiaキャロの長編は、4か月で30話書き上げてますからね。
やはりあの頃よりは、創作意欲が無くなってきているということでしょうか。
閑話休題。
さて、今回は幕間ということで。少し現代に帰ってきました〜。
これからも何度か帰ってきます。その度に、今回のように別のキャラも出していこうかと。
それでは、また次回の後書きで^^